第6話 騎士団のご神体は最硬のジュエル
しばらく食事の方法や三交代制の勤務形式などの実務の説明から、罪と山賊を間違えたことなどたわいのない話をして笑いあった後、団長はさりげなく鈴里に退席を促した。
「鈴里くん、下に戻って騎士たちに歓迎の準備をさせるように言っておいてください」
「了解しました、団長。じゃあまたね、トキちゃん」
すっとソファーを立つと、にこっと笑って右手を胸に当てておじぎをする騎士団の正式な合図をしてみせて、トキを置いて外に出て行った。
入れ替わりにミーチャイが入ってきると上品なそぶりで団長に手のひらサイズのキラリと光るものを手渡した。団長は立ち上がると。
「さあ、トキくん、立って立って」
「は、はい」
「手を出してごらん」
それがなにだか分かったトキは、さっと立ち上がり、姿勢を正して、右手をゆっくりとさし出した。団長はその手を取ると、手のひらを上に向けさせて、そこに静かに乗せた。
「これが騎士団章ですね」
憧れの団章を顔に近づけて見てみた。ひし形の金色の台に透明なクリスタルで作った流れ星がのっている。微妙なカットであまたの面が作られており、ダイヤモンドのような輝きを見せている。
「裏をよーく見てみなさい」
「えっ?」
そっと裏返してみる。そこには古い字体で「AKATSUKI」と小さく刻まれていた。
「これはねえ。もともとはトキくんのおじいさんのものだよ」
「えっ! おじいさまも騎士団にいたんですか?」
「そうですよ。さっき初陣が一緒だったと言ったでしょう。あの頃の正宗殿は無茶苦茶な騎士だった。ははは」
「そうか。おじいさまも……。わたしが入団を決めたときには、なにもおっしゃらなかったのに。ところでおじいさまは強かったのですか?」
「それはそれはもう。正宗殿が皇家の跡取りでなければ、今この団長の椅子に座っていたのは間違いなく彼でしたよ。なによりも外科医としての腕も過去最高です、いや、今はどうかな・・・。ところで、トキくん」
「何でしょうか、団長」
団長と目を合わせたミーチャイがすっと音もなくソファに浅く腰をかけた。
「ワシとミーチャイは君と同じように輝石術を使うのです」
「えっ」と驚くトキにかまわず、団長は続けた。
「城壁がどんなに高くても、そしてどれほど厚くとも、攻撃をくらい続ければいつかは壊れます。とりわけ帝国の長距離砲はなかなかの破壊力ですしね。それなのにこの城が無敵でありつづけたのはなぜだか分かりますか? 自慢じゃないが、ワシが術によって城壁をガードしてきたからなのです」
団長はすいっと右手をあげると、鈍い機械音ともに団長たちの後ろの床に一メートル四方の穴が開き、ガラスケースが持ち上がってきた。
「こ、これは……」
トキは二の句を続けられなかった。
ガラスケースの中には直径一メートルはある巨大なダイヤモンドが月の淡い光を浴びて幾多の反射光を発しながら輝いていた。
「こんなに大きいダイヤモンド。いえ、どんな宝石だってこんな大きさのもの見たことない……」
地上で最も硬く、そして美しい宝石を前にしながらトキはこの石自体が、すさまじいエネルギーを放出していることを体全体で感じていた。
「この石が流星神イメリアの御神体。つまり隕石なのですよ」
ミーチャイが説明した。
「ダ、ダイヤモンドの隕石ですか。よくぞ燃えることなく地上に降り立ったのですね」
トキはその奇跡に嘆息した。
団長はうなずきながら話を続けた。
「トキくんも術師ならば分かるでしょう。この石はまさに神。ジュエルパワーを絶え間なく出しているのです。これによって最強の守護術の・・・」
「光殻甲守!」
トキの口から思わず言葉が漏れた。
その術は、ダイヤモンドを術の媒体に使う防御のための術だが、極めて高い技術と霊力が必要だ。術がひとたび発動すれば、物理的な攻撃からはまず守られる。
ただ、普通のサイズのダイヤモンドの場合は、一度術の媒体に使えばその石の持つジュエルパワーを失って、真っ黒な炭に変化してしまう。極めて貴重な宝石を使うため、トキもまだ試したことすらない。
――術の教本ではパーティを守るための術で、有効範囲はせいぜい十メートルくらいだったはずだけど。
「そうです、トキくん。ディアミスリルトスの術です。よく勉強していますね。いざというときはこの術で城全体を包み込むのです。ご覧の通り、この石はこれまで何度かの発動を経過しても未だに力を出し続けているのです」
「こんなに広い範囲を守護できるのですか」
石の大きさもあるが団長の術師としての力量には驚くしかなかった。
「まあ、色々技術的な秘密もあるのですが、八年前の攻撃まではなんとかワシ一人で術を発動できたのです。しかし、さすがに年を感じるようになりまして。五年前にミーチャイに来てもらいました。そしてトキくんの力も必要なのです」
「すみません。わたくしの力が未熟なばかりに」ほとんど表情をかえずにミーチャイが謝った。
「いえいえ。そういうことではありませんよ、ミーチャイ。三人というのは術を発動する上で非常に安定感を与える数字なのです」
「で、でも私……」
重い責任を感じたトキは口を挟んだ。
「ディアミスリルトスなんて、レベルの高い術は経験がないのです。いいのですか、私みたいな術師で」
「ははは、安心してください。トキくんが発展途上なのはワシもよーく分かっていますよ。今は帝国の動きもまあ静かだし、すぐに必要になるという話じゃあない。まずはゆるりと、ここで修行してください。素質のほうは、なんといっても最強の輝石術騎士と呼ばれた正宗殿の孫だ。ワシが保証しますよ」
期待の大きさにトキは武者震いして、しっかりとうなずいた。