第3話 銀色の髪の男
城の中に入るには、受付部屋にある二メートル近い樫の木の扉を開けなければいけない。かなりの重量があるだろうが、鈴里がちょっとひっぱると、スーッと手前に開いた。
二人はそこからトンネルの中に歩みを進めた。一歩入れば、そこはあの城壁の下を通っていることになる。アーチ型のトンネルは五十メートル近く続く。それがそのまま城壁の厚みだ。
「すごい強固な壁ですね」
感心したようにあちこちを眺めながらトキは、鈴里の後を付いていった。
「トキちゃんも知ってのとおり、戦争が長く続いてきたからね。騎士団はいつもその最前線だしね」
鈴里は振り向いた。
暗闇を歩きながらトキはこの大陸の歴史を思い起こしていた。
トキと鈴里は長いトンネルを抜けて、城壁の内側の扉に辿りついた。
「さあ、この向こうに病院自慢のオアシス庭園があるんだよ」
話しながら鈴里はまた軽々と重そうな扉を押し開ける。ジーっと鈴里の腕を見つめるトキに気づいた。
「あはは、これは蒸気式の半自動ドアだよ。こんな細い腕ではさすがにこんな重いドアは開かないわよ」
わずかに扉の奥でガコンガコンと機械仕掛けの音が聞こえ、その音はトキの耳にも入ってきた。扉が完全に開いた。
トキは扉を締めようと手で押してみる。――うっ、重い、動かない。
苦笑いしながら鈴里が手を貸すと、スーッとまた扉はすべるように動き出し、バタンと音を立てて閉まった。
トキは顔を引きつらせた。
もっとも後日、『日中は開けっ放しになっているから安心していい』と警備隊長のキルキルから教えられるのだが。
二人は振り返り、中庭を眺めるが、すでに闇夜に包まれた自慢の庭園はわずかに病棟から漏れる灯りに照らされて、中心にある噴水が見える程度だ。
「あらら、庭園は見えないわね。今日は満月だけどまだ出ていないのね。残念だけど、朝を楽しみにしてね」
鈴里が声をかけた。が、その時、トキはなにかの気配を感じ、惹きつけられるように病棟の建物を見上げていた。
五階建ての病棟の屋上には、一人の若い男が手すりに寄りかかりながら城壁の外を眺めながら立っていた。背が高く手足の細長いシルエットが闇夜に浮かぶ。
下から眺めるトキたちからは表情は見えないが、どこかさびしげな様子は伝わってくる。そのとき、一陣の風が吹き込み、男の銀色の長い髪と濃紺のマントが流れるように揺らめいた。
男は、その拍子に突然、トキたちのほうに顔を向けた。
その瞬間、トキと目が合った。
離れているのに男の突き刺すような激しさと凍えるような寂しさを持った視線をトキは確かに感じた。あの視線にトキは自分がなにもかも見抜かれているような不思議な感覚に襲われ、身を震わせた。
――なんだろこんな気持ちはじめて。
自分の心臓の音が高鳴るのが感じるがどうしても目を外せなくなっていた。
「あいつは入院患者だよ。名前はアッシュ。アッシュ・ナペルタス。髪の色を見れば分かるだろうけど西の人間だね、旅の行商人らしいよ。足を怪我して入院しているんだ」
鈴里の説明をぼんやり聞いていたトキは
「アッシュ……」
と独り言のように、その男の名前をつぶやいた。
アッシュは、会釈もせずにくるりと後ろを向くとそのまま視界の外へと静かに消えていった。
「さあ、トキちゃん行こうか」
トキはアッシュが立っていた場所を、今は空気しかない、見つめながら、先を歩き出した鈴里を追いかけた。
中庭はバラやラベンダーなどの花がたくさん咲いているようだ。かぐわしい香りが二人の周りを包み込む。歩いているだけで気分が華やかになる。トキはあの男の冷たい視線を忘れた。