第11話 それぞれの邂逅
罪ボナパルトは、巨大な青竜刀を振り回しながら「グオー」と叫びながら突き進んだ。「まったく大げさなんだから」すぐ後ろには、苦笑しながら武器をふるう鈴里をはじめ有力な騎士や多数の兵士たちが続いていた。
籠城戦を決め込み、まさか敵が攻め込んでくると思っていなかった帝国第一軍の兵士たちは、次々に吹き飛ばされ、宙を舞った。
「ひゃははは。気持ちいいくらい強いな、兄貴」
「おうよ。この恐ろしい罪と、それ以上に恐ろしい姉さんの後ろに入れば、やりたい放題さ」
鈴里がキッと振り向いて白虎と玄武をにらんだ。死にものぐるいの帝国兵が後ろをむいた鈴里に向かって渾身の勢いで剣を突いてきた。「おっと」すかさず白虎は棍棒を兵に投げると、見事命中させた。「ちゃんと働いてますぜ」
「鈴里、右を見ろ」罪が青竜刀を振り回しながら大声をだした。
――押されていた北側城壁の敵の真横に切り込めるわ。
鈴里は黙って罪にうなずくと命令を発した。「ここで兵を分けます。ここから後ろは私についてきて」
「うっひょー。盛り上がってきたぜ」「おうよ」兄弟は跳びはねるように鈴里に付き従った。頭が二つに分かれる双頭の大蛇のように騎士団軍は、一方の矛先を帝国軍の横っ腹へとふりむけた。
◇
「りっちゃん、いやリリィみてよ。すごい数の敵が壁をよじのぼってくる」
「真田丸を落とさないとやばいってようやく気付いたんかね。よっと」リリィは軽々と大人の身体くらいある石を抱えると、城壁の下にポイと投げおろした。「ぐああああ」何十人もの帝国兵が落下した悲鳴が聞こえた。真田丸は敵に突き出すように位置しているため四方から攻撃を受けているが、これまではなんとか凌いできた。
「俺と二人でだって真田丸は守りきれそうですよ、キルキル隊長」フランフランが軽口をたたいた。「ねえ、隊長!」
「ああ、そうかもな」キルキルは遠くの空を見ている。不思議に思い、リリィとフランフランはその視線を追った。
空には何十羽の鳥たちが城壁の上空を越えようとしている。
「渡り鳥だよね、りっちゃん?」
「ちょっと待ってよ。あれすごくでかくない。鳥じゃないよ」
「ワイバーンか! 竜騎士! あのルートはまずい! みなのもの、中間地帯まで撤収する!」キルキルは突如叫んだ。
「えーーーーっ」二人は声を合わせた。
「リリィ、フランフラン。すまないが二人は殿を頼む。危険だが、それができるのは、俺とお前たちしかいない。城が危ない」
「キルキル隊長・・・。エロも冗談もないセリフって、マジなんですね」リリィはつばをのみ込んだ。
「撤退戦はきついぞ」キルキルはうなずくと、次々に撤収の指令を出した。イズマイルなどの一般兵、そして最後が三人の順で撤退戦がはじまった。
「あたいの足つかむんじゃねえ」
リリィは真田丸の壁の上に立ち鉄バットを振り回しながら、足首をつかんだ帝国兵を空遠くへ蹴り飛ばした。「次から次ときりがない。俺のサーベルも曲がっちゃいそうだよ」フランフランが泣き言をいった。
キルキルは不思議な柔術で敵に触れるか触れないかのしぐさだけで次々に城壁に手をかけた帝国兵たちが悲鳴をあげて落ちていく。仮面を通じた目で城の入り口を見やると、味方が城内へ戻ったことを確認した。
「潮時だな。二人とも一気に走るぞ」
「了解!」
三人は、真田丸から渡り廊下を通り、城の門の中に難なく入った。騎士のいなくなった真田丸にはわらわらと帝国兵がのぼってきた。すぐに城門へと殺到してくる。
キルキルは落ち着いた表情で、ぽんぽんと右の手のひらに載せた大きな玉をいじっている。「花火?」リリィが聞くと、キルキルは「もっと強力さ。炮烙玉といって、門を閉めるときにこれを放り投げれば、外のやつらはみな帝国領内まで吹っ飛んでいくのさ」
「それはないだろ、キルキル隊長」
「あはは、ようやくいつものに戻ったね」
キルキルは門を下げるレバーを引いた。ガラガラと音を立てて、鉄鋲の打たれた厚い木の門が降りてくる。敵も走ってくるが、まず間に合いそうだ。
そのとき、放送が入った。『キルキル隊長。緊急事態です。敵の竜騎士が侵入。最上階の団長室を狙っています。至急、来てください』
「わかった。すぐに行く」と天井に向かって答えた、そのとき、ガタンと音がして門の降下が止まった。
「どうしたの?」
「まさか、こんなときに壊れるなんて」あのキルキルが冷や汗を流している。
「おい、なにか方法はないのかよ」フランフランも焦っている。
「ある。しかし……・」
黙ったキルキルの頬をリリィが思い切りはたいた。仮面が吹き飛んだ。切れ長の美男子がそこにいた。
「おい、りっちゃん! なにを!」フランフランは目を白黒させて、二人の顔を順番に見比べた。
だが、謝ったのは、右の頬を赤くしたキルキルのほうだった。「すまん。俺が間違っていた。外側にあるレバーを引けばいい」
「でも、そのあとは中には戻れないっていうお約束よね」
「ああ」
『・・・隊長、早くしてください。1階の防御ラインは突破されました』
「……」キルキルは黙ったままだった。リリィはキルキルの胸ぐらをつかんだ。「なにさ。右の頬を打たれたら、左の頬を差し出しなさいって、身体をはったギャグを言いたいわけ?」
「……すまん。俺は団長室の援護に向かう。頼んだぞ」
「決断したなら、振り向かずにいって!」
キルキルはうなずくと、炮烙玉に火を付けて、思いっきり外に向かって投げた。見事に走ってくる帝国兵の真ん中に落ちて、大きな炎と音ともに爆発した。「俺のできるのはこれだけだ」キルキルは城の中へ駆けだした。
「さて、上官を殴った罰で、あたいが行ってくるか」とつぶやいたリリィの肩を後ろからフランフランがトントンと指でつついた。「なにさ?」
振り向いたリリィの腹に、フランフランの全力の拳がめり込んだ。リリィのひざが崩れ落ちる。
「ぐふ……フランフラ……てめえ」
「じゃあな。りっちゃん。ようやく俺のお姫様を守れたかな」フランフランは途中まで降りていた門の下をすーっと足からすべって軽やかに外側へ出た。
◇
最大の激戦地、つまり最も帝国軍が攻め込んでいる北側城壁の前では、妙な会話が始まっていた。
「ヤマドゥのサヨリ姫よ。なぜ敵のスキピオと一緒にいるんだ」
土方総司は腕を組み、まっすぐ視線を前の城壁に向けたまま言った。衝撃的な言葉を聞いて土方隊の兵たちがざわめきだした。
サヨリ姫はまた土方の胸ぐらをつかんだ。
「わたくしの名前をちゃんと覚えているじゃない! それなのに知らないとはどういうこと。あなたとわたしは生まれたときからの許嫁・・・」
スキピオは再び姫の腕をそっとはずした。「土方殿。ヤマドゥ隊はこれから帝国に反旗を翻す。あなたはんの故郷のヤマドゥの独立のためでっせ」
「もう捨てた過去と故郷だ。心に響くことはない。今の俺の心には、騎士団を倒すことしかない」
「なにを言っているんや! 土方殿が帝国軍にいるのにごっつ驚きましたで。当然、作戦だと思っていたんや。違うんか!」
「わけのわからんことを。俺は心底憎い騎士団を倒すだけだ。邪魔をするならむろんお前たちも」土方は組んでいた両腕をはずすと、スキピオも気付かない間に右手がすでに日本刀の束を握っていた。「……殺すぞ」
スキピオはおもわず半歩下がりそうになった。だが、下がったところで間合いから抜け出せないのは明らかだった。
「どうしたんや! わいの教え子、暁トキ君、その友達のリリィ君、そしてあんたを支えてくれていた鈴里はん。みんな忘れたというんか?」
「うおーーーー!」
突如、土方が雄たけびをあげた。百戦錬磨のスキピオも結局一歩さがってしまった。
「……す、ず、りがいるのか、この戦場に」
「ああ、そうだ。当然や!」
「……に、にくい。すずり。殺す、殺す、殺す。憎い。憎い。憎い。すずり……」
土方隊の兵士たちも隊長の異様さに身動きがとれないでいる。「これは、帝国の奥の院に伝わる反魂呪術。持っている思いが強ければ強いほど、逆の感情に増幅されてしまうんや」スキピオは唾を飲み込んだ。
「ちょっと待ちなさい!」サヨリ姫の目が怒りでふるえた。「それじゃあ、あなたは、ヤマドゥのことは憎くもないってこと? わたくしのことを総司殿は心憎くも感じないと?」
「ああ、なにも感じん。だが、騎士団を倒す邪魔をするなら……お前も敵だ」土方は冷静に言い切った。
「裏切りだ。ヤマドゥ隊が裏切ったぞ」周囲の帝国兵が異変に気付いた。
頬を涙でぬらしていたサヨリ姫は、すっと右手をあげた。
「ちょっと待ってくれはれ」スキピオは姫を止めようとしたが、間に合わず腕は振り下ろされた。「侍たちよ。この帝国の兵を、祖国の裏切りものの土方を倒せ」
「おおおお!」武士たちは抜刀すると、周囲の帝国兵を切りつけはじめた。
「ちっ、はじまったしもうたら仕方ない。わいのローマル式の剣術が土方殿の抜刀術に通用するとは思えんが」スキピオは、土方に向かって剣を構えた。つーっとスキピオの頬に汗が流れる。
――全く隙がない。この人はほんま強い。
「スキピオ殿、お待ちなさい。あなたでは勝てないわ」
サヨリ姫だった。涙を一度ぬぐうと、「わたくしにはヤマドゥ王家に伝わる秘剣がある。彼に対抗できるのはそれしかないわ」腰の刀に手をそえた。
「それって、まさか相打ちなんでは……」
「いえ、勝つわ。故郷を忘れた男に千年の秘剣が負けるはずがない」
「姫、せめてワイも一緒に」
「それでは秘剣の効果がない。あなたは計画通りに城内に入って、ヤマドゥの寝返りを騎士団に知らせて」「しかし」
そのとき、上空をバサバサと音を立てた二十頭のワイバーンが城壁を越えた。
「あれを見なさい。あの作戦を止めないと騎士団は終わりよ。クロフォード! 最後の命令です!」
「……分かりました。サヨリ姫さま、どうかご無事で」スキピオは帝国の軍服についた階級章を引きちぎると、城に向かって走り出した。
(勝てっこないんや……)
バシュ! はるか後ろで刀を抜くにしては大きい音が聞こえた。(ああ、サヨリ姫……) スキピオは振り向かずに壁の下にとりつくと、落ちてくる石をたくみによけながら、自分の庭のように登っていった。
◇
二つに分かれた騎士団の先頭を行く白虎が眉をひそめた。
「あそこ、なんかおかしいぞ。おーい姉さん!」
十メートルほどの円の中心に男が一人、血がしたたる日本刀を手に立っている。まわりには帝国の兵たちが抜き身のまま倒れている。
――まさか!
鈴里は目を疑った。振り回して帝国兵をなぎ倒していた鉄鞭をだらりと地面にさげると、ふらふらとした足取りで男に近づいていった。
「姉さん、待って」玄武が叫んだ。(あいつのまわり、みな帝国兵じゃないのか)。白虎は目にした。「おい、女も倒れているぞ」
男は、鈴里たちを目にすると目を見開いた。そのまなこには、怒りの赤い炎が燃えあがった。
「す・ず・り・」声を出さずに口だけ動かした男はすっと手をあげると、円を取り囲む多数の帝国軍の兵士がボーガンをかまえ、鈴里にむけた。
「まさか! 総司! やっぱり! 総司なの?!」
鈴里は駆けだした。土方は、手をさっとおろした。一斉にボーガンが無防備な鈴里に向かって放たれた。
「ぐあああっ!」悲鳴があがった。
「あんたたち!」白虎と玄武が鈴里の前に両手を広げて立ちはだかった。兄弟の身体には無数のボーガンの矢が突き刺さっている。がくっと膝を落としながら、兄弟は土方の足元ににじり寄ろうとした。
「おい、あんた、どういうことだ」
「姉さんのこと愛しているんじゃなかったのかよ!!」
白虎が血まみれの拳をふりあげたが、そこで力尽きて倒れた。
――愛、憎しみ。正義、悪。守る、殺す……。愛するものを守る。憎しきものを殺す。
「に、憎いぞ。す、ず、り、お前が憎い。殺してやる」土方の目は正常な輝きではない。それでも鈴里はゆっくりと歩いた。土方がおかしいのは百も承知だ。
「総司、生きていたのね。よかった」
「止まれ! 近づくと殺すぞ。俺はお前が憎い!」
「あなたがそういうなら、私は殺されてもいいわ」鈴里は鉄鞭を地面に捨てると、両手を広げて、一歩一歩総司に近づいていった。強烈な殺気を浴びても、鈴里の目からは喜びの涙すらあふれている。
「く、来るな。お前を殺すと言っているんだ。やめろ、その笑顔を俺に見せるな!」
総司は抜き身の日本刀を構えながら、じりじりと下がった。
「総司、もう苦しまないで」
鈴里は土方の間合いに入った。土方は左手で刀を持つ自分の右の手首をがっと震えながらつかんだ。
「止まれ!」
「止まらないわ」
「お前を殺すぞ」
「あなたになら殺されてもいい」
「殺す……お前を……・愛しているから」
鈴里の目が輝いた。「殺しなさい!」
刹那、白刃が目にも留まらない速さできらめき、周辺に血の赤色が広がった。
「そ、総司・・・。どうして?! 総司!!!」鈴里は絶叫した。目から血の涙が流れていた。いやそれは血しぶきだったのかもしれない。
これでこの章は終わりです。次が最終章です。




