第10話 帝国軍にて
団長室のスピーカーから、続々と戦況を伝える報告が流れた。北側の城壁は防戦一方だが、中央では押し返し、南側でも真田丸の攻防戦が続き、城壁そのものは攻撃をまともに受けていない。
「うん、上出来。ミーチャイ、トキくん、ご神体から離れて休憩してください」
「で、でも」トキがミーチャイに目配せをする。ミーチャイも迷っている。
「いいから。まだまだ先は長いですよ」
「ハイ」二人はダイヤモンドにかざした手を離した。
「あれあれあれ?」
「いやん?」すると、トキとミーチャイはその場でがくっとひざを落とした。気を張りつめてなんとか立っていたことに二人はようやく気付いた。
「ホホホ、どうです。最強の術をなめてはいけませんよ。ソファーで少し休みなさい」
しかし、すぐにミーチャイは立ち上がると、コップに水を入れて、まず団長に飲ませ、残りの二つをソファーのテーブルに置いた。
「さすが、スーパー秘書。騎士団の縁の下を支えるミーチャイさん」なんとかソファにたどり着いたトキが心から口にだした。「そうかしら」ミーチャイは疲れた眼差しでソファーに座った。
二人はソファーに並んで、コップの水を口にした。ミーチャイはごくりと喉をならして飲み込んだ。(あの上品な人がこんな飲み方するなんてよっぽど疲れているのね)トキは思った。
「ねえ、トキちゃん。こんなときになんだけど。あなた患者さんとお付き合いしているでしょう」
「えっ? いや、あの、その」
「ウフフ。かわいいわね。その男のことは好きなの」
「……はい。好きです。戦争が終わったら、お休みをもらって会いに行きます」
「へえ、積極的ね。でもそれってただの恋じゃなくて?」
「どういうことですか」
「うーん。ただの憧れとか。たとえばその彼の持つ自由さへの憧れ」
「そ、そんなことは・・・」
二人はしばらく押し黙った。ふたたび口を開いたのはミーチャイだった。
「誰にも言っていないんだけど、私には命をあげてもいいくらい大切な人がいるのよ」
「えっ! そうなんですか、騎士団の誰かですか」
「いいえ、病院にはいないわ。もっとずっと昔からの運命」きれいな指でコップをとると、優雅に水を口にした。
「それって許嫁……?」
最後の質問にミーチャイは答えず、悲しいような、ほほ笑むような不思議な表情で立ちあがるとコップを静かにおいて、ご神体のダイヤモンドへ戻っていた。トキも残った水を飲み干すとあわててついていった。
◇
真田丸が突き出た南側と違い、なにもない城の北側の右翼は帝国第二軍の猛攻撃を受けていた。帝国側の士気は高い。
「第二陣のヤマドゥ隊、城壁へ取り付け」
後方にある第二軍司令部から百人のヤマドゥ出身の武士たちを率いるサヨリ姫へ指令が届いた。
「さあ、出番がきましたね。では、隣の中隊長へ、ご挨拶にいきましょう」仮面の騎士クロフォードが言うと、サヨリ姫はうなずいた。
「一同、ついてまいれ」
「承知!」
漆の甲兜をまとった武士たちは、ザザザと地面を擦る音を立てながら進行した。だが、その方向は城壁でなく、横の部隊だった。
「おい、お前たち。なんのようだ」隣の帝国兵が叫ぶが、武士のひとりが無言ではじき飛ばした。サヨリ姫とクロフォードは、騒ぎにも動ぜず、腕を組み、まっすぐ城壁をにらんだままの中隊長の視線をさえぎるように、その目の前に立った。
二人は兜を外した。中隊長はちらりと、女と仮面の男の顔を見くらべたが、すぐに視線を城壁のほうへ戻した。サヨリ姫の眉がぴくりと動く。
「貴殿、われの顔を忘れたというのか」
「知らんな。戦いの邪魔だ」
「なに」サヨリ姫は中隊長の胸ぐらをつかんだ。「ちょいと待ってえな、サヨリ姫はん」クロフォードが姫の腕をそっとはずすと、自分の仮面を外した。本陣での説明とは違いケガなどないきれいな顔をしていた。
今度は中隊長の眉が動いた。
「ほお、これは面白い。赤母衣衆のスキピオ大佐じゃないか。いったいここでなにをしている」
「あんたこそ、なにをしているんや。土方総司殿!」




