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輝石のトキ ~流星騎士団病院の物語  作者: シバ万
第3章 戦乱序章
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第6話 帝国最強の武将ハンニバル

 帝国軍の一部隊が封鎖した大回廊の「後ろ」からイズマイルの守備隊を急襲したのだ。思いがけない攻撃に、守備隊は潰走し、生き残りの兵はベガルタにたどり着いたが「無数の龍に背後の空から襲われてなすすべもなかった」と報告して息絶えた。

 すぐにベガルタから迎撃部隊が出撃した。ところが、彼らはすぐに引き返してきた。


 「帝国軍の本隊が大回廊を通過。その数、ざっと十五万」


 翌朝、日の出とともに西の地平線にモウモウと土煙があがった。城壁には兵だけでなく、住民たちも籠城戦を覚悟し、注視した。ところが、土煙はベガルタには向かわず、途中から南へと進行方向を変えた。


 「どういうことだ?」

 「あの方向は、騎士団病院が狙いなのか」

 「よかった、助かった」

 「バカ。騎士団が先にやられたら、ベガルタへの救援も来ないぞ」

 「そうか。どちらにせよ時間の問題か」

 兵と住民たちは口々に議論をした。むろん、大本営でも同じ議論がされていた。大本営は決断を下した。


 「全軍で後ろから追撃する」

 

 低く雲がたれ込めるイズマイルの乾燥地帯を進む帝国軍の最後尾には、黒ずくめの重装備の軍団がいた。鎧と同じような黒い体に赤い眼のムカデの軍旗をかかげている。ムカデは前にしか進まない、決して敵に後ろを向かないことを意味している。

 漆黒の巨大な馬にまたがる漆黒の鎧の男は、身体の大きい軍団兵のなかでもひときわ大きい。

 

 「伝令です。ハンニバル将軍」

 「追撃してきたか」

 「はっ。予想通り、三万の兵をもって急進しております」

 「よし。騎兵一万、付いて参れ」

 「ははっ」




 乾燥した大地が、無数の男たちの血を吸って所々、どす黒くなっていた。

 「な、なにが起きたんだ」イズマイルの軍師は血を流して意識を失いかけながら、わずか三十分の戦いを思い出していた。

 イズマイルの三万の軍は、目の前に、自分たちよりはるかに少ない敵が待ちかまえているのを見つけた。「歩兵も、槍兵も、弓兵もいない」イズマイルの軍師は、ほくそ笑んだだが、その笑みが固まるのに時間はかからなかった。

 漆黒の軍団は、一糸乱れず、矢の斉射をやすやすと左右に交わすと、弓部隊が後方に下がる間も無く近づき、虐殺といえるほど一方的にたたきのめした。あわてて繰り出された槍兵は、簡単に脇に回られ、苦手な横っ腹からの突敵をくらい一蹴された。イズマイルの司令部が気付いたときに、目の前は黒一色となっていた。

 「こ、これが、帝国最強のハンニバル軍団なのか・・・」軍師の思考はそこで止まった。


    ◇

 

 月明かりが降り注ぐ騎士団病院には、先日の赤母衣衆と同盟軍に続いて、さらにたくさんのイズマイル軍の残存兵たちが続々と到着した。整然と列を作っていたが、みな疲れ果てていた。けが人も多数いた。

 団長室の窓には、兵たちの列を見下ろす五一団長がいた。


 「ミーチャイ。一般の患者たちの転院は進んでいますか」

 「はい。滞りなく。まもなく完了します」

 「よろしい。では、臨戦態勢に入りましょう。騎士団旗を掲げなさい」

 ミーチャイは黙ってうなずいて、音もなく暗闇に姿を消した。


 トキとリリィは、病室に入れない兵士たちであふれる庭園で走り回っていた。そのとき、バサバサと上空で音がして、同時に振り向いた。町にある建物くらいの大きさの騎士団の旗がはためいている。


 「なんて大きい旗・・・」

 「あたいもはじめて見るよ。もうここは病院じゃない。城なんだな」

 「戦いがはじまるのね」二人はごくりとつばを飲み込んだ。


 団長室には巨大な一枚板の机が置かれ、そのまわりを十数人の男女が座った。

 団長の左には、腕を組んだ罪ボナパルトがどかっと座り、右には、ほとんどの人間が見たことのない青いマスクをかぶった男、警備隊長のキルキルが不思議な存在感でひかえている。軍議に参加しているのは、騎士団の第一から第二十中隊の中隊長。第七中隊だけは、なぜか指名を受けてトキとリリィの二人が出席することになった。そのほか、頭に包帯を巻いた赤母衣衆の副官ラビエヌスと、イズマイルの将軍もいた。


 「帝国軍は、南から先行していた水軍二万を吸収して今は十七万にふくれあがっています。サウガリアからも三万の兵が北上して、こちらに向かっている情報があり、いずれ合流すれば二十万の大軍で、このイメリア城を包囲する見込みです」

 キルキルが状況を報告しだしても、トキとリリィは上の空だった。

 「それでこちらの戦力は」団長が聞くと、罪がパーッと巻紙を机の上に広げた。

 「騎士団が五百。イズマイルと同盟軍が二万、ざっと十倍。食糧はまあ一週間は持つが、その前に決着は着くだろうよ、ガハハ」


 「なにがおかしい!」イズマイルの将軍が机を叩いた。


 「うん? また十倍差だ。八年前と同じようにやつらを叩きのめしてやるって意味だが」罪は片眼でにらむと、将軍は小さくなった。


 ラビエヌスが立ち上がった。みなの視線が集中する。「同盟軍一万をお貸しください。皇帝の首をいただきます」


 「なにを言っているんだ? 虎の子の兵でそんな賭けにでるなんて・・・」イズマイルの将軍の言葉が言い終わらないうちに、五一団長が「それでいこう。援軍の来訪が読めない以上、上策である。で、勝機は?」


 ラビエヌスはニヤリと頷いた。


 「自信ありそうですね。では、お任せしましょう。さあ、騎士団への団長命令です。第七中隊をのぞく、各騎士は城の配備につきなさい」

 「ハッ!」

 「ちょっと待って! うちらの中隊は」リリィが叫んだ。

 「第七中隊は一時、解散します。罪からの指示で各部隊へ向かいなさい」

 「そんな・・・土方隊長や鈴里姉えがいないからなの!」

 「団の決定です。そして、暁トキ」

 「ハイ」ぼう然としていたトキもあわてて立ち上がった。


 「あなたは団長室に残りなさい。重要な役目があります」

 「・・・は、はい」


 罪がうなだれる二人の肩をばしんと叩いた。「リリィ、おまえはラビエヌス殿について行け」


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