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輝石のトキ ~流星騎士団病院の物語  作者: シバ万
第3章 戦乱序章
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第4話 土方死す

 サウガリアとオチデント帝国の国境線にあたる南モモソ山脈は二千メートル級の山が続く。国土はサウガリアだが、警備は自由国家同盟軍が共同で担当している。最高峰のハヤチナ山頂に設けられた見張り台からは帝国領の荒涼とした大地が見えた。前夜まで一週間も続いた猛吹雪から一転、雲一つない好天だ。見張り台から背は高いがやけに細い二人の若い兵士が退屈そうに表に出てきた。


 「先輩、見事に晴れましたね。昨日までの嵐が嘘みたいっす。また退屈な任務が始まるわけっすね」おかっぱ頭をした兵士がもう一人に話しかけた。

「お前さあ。俺たちの仕事の中身、わかっているの?」髭の剃り残しが目立つだらしない出っ歯の兵士が偉ぶって話した。「お前さあ。哨戒と偵察の差を知らねえだろう?」

 「なんすか、それ。知るわけないじゃないですか」

 「じゃあ、教えてやろう。敵がいるかもしれない危なーい場所に行くのが偵察で、敵が来るかもしれない場所にじーっと待っているのが哨戒っていうんだよ」

 「で、僕たちはどちらで?」

 「ひゃっははは。もちろん哨戒だよ。こんな高い山に敵は登って来られないんだよ」

 「じゃあ。先輩の後ろにいる竜の子供みたいな化け物は敵じゃないんですね。いやー、よかった」

 先輩と呼ばれた男があわてて振り向くと、小型の竜ワイバーンと騎士がやりを構えていた。

 「おもいっきり敵じゃねえか!」

 灰色の目をした竜騎士は一本のやりを軽く投げると二人の兵士をまとめて串刺しにした。バサバサと羽音がして、次々に竜騎士を乗せた小型な竜、ワイバーンの群れが山頂にとりついた。





 二日後、イメリア流星騎士団の第七内科に派遣命令が出された。

 婦長の罪ボナパルトの招集で、土方愚連隊の全五小隊計二十人がナースステーションに集合した。そこには知らない若い男の顔があった。

 トキは隣のリリィにささやいた。


 「ねえねえ。あの私たちくらいの年の彼、第七内科にいたっけ?」

 「けっ。第一内科からの出戻りだよ。王様、貴族が大好きで、アマリアの追っかけをしていたフランフランって男だよ」


 リリィは吐き捨てた。その後、少し顔を赤らめて「治療や戦闘の腕は確かだが、すげーアホなんだ。ちなみにあたいの幼なじみなんだ」とぽつりと付け足した。

 

 「エーーーッ!」


 「二人とも静かにしないさい」振り向いた鈴里がにらんだ。二人は小さくなった。



 罪が作戦の説明をはじめた。


 「・・・というわけで、先日の早春の嵐で南モモソ山脈を警備する自由国家同盟の兵士たちが遭難したらしい。サウガリア公国からの依頼で、救援の部隊を出すことになった。本来は第三外科が出張る順番なのだが、ちょっと訳ありで五一団長じきじきに第七内科にとの指令があった」


 「質問があります」フランフランが手をあげた。

 「なんだ」


 「山岳救助の場合は通常、二部隊が派遣されるはずですが?」

 「うむ、その通りだ。今回、サウガリア公国から、一時帰国させていた騎士たちも派遣し現地で合流し、作戦終了後にはそのまま騎士団に戻ってもらうと言ってきているのだ。人数的には足りるだろうよ」


 「やったー! アマリア姫と一緒になれるんですね。わがお姫さま! しばしお待ちを、このフランフランめが、すぐにかけつけます」

 フランフランが大声で喜ぶと、まわりの騎士たちはしらけた目で彼を見つけた。

 リリィは「ほら、アホだろ」とトキにこそこそというと、トキも大きく何度もうなずいた。

 「では、解散。すぐに準備に入るように」

 罪が号令をかけると、騎士たちは「寒いのやだね」「スキー持って行こうか」と軽口を叩き、ナースステーションを出て行った。人気がなくなった部屋にはまじめな顔をした土方が居残り、罪となにやら話し込んでいた。



  ◇


 所々に雪が残る山道を騎士たちが登っていく。濃密な森の中にある麓の小さな村から歩きはじめて約六時間。高度と気温が低い森林限界に入ると、視界が開け、山頂までは急な岩場が続いている。


 「きゃっ」 


 トキが残雪に足を滑らせて前のめりに転んだ。

 「おい、大丈夫か」後ろを歩いていたリリィが声をかけた。


 「わあ、見てみて、リリィ。かわいい花」岩陰で高山植物が可憐な花を咲かしていた。

 「すごいや、これハヤチナユキクサだよ」声を弾ませてリリィがしゃがみ込んだ。

 「え、ハヤチナなになに?」


 「ハヤチナユキクサ! アルチャット大陸でもこのハヤチナ山でしか咲かないすごーく珍しい花なんだよ。感激だなあ。持って帰りたいなあ。でもほかの場所では育たないし、そもそもこんな貴重な花を摘んではだめだし。どうしようどうしよう。誰か絵が上手な人に描いてもらいたいくらいだよ。あああああ。一生に一度でも見られるなんてもう大興奮! 騎士団に入ってよかった。第七内科でよかった!」


 リリィは目にひっつくほど顔を近づけたり、指でアングルを作って眺めたり、せわしなく小さな花のまわりを動き回る。まわりの騎士たちも口をあんぐりと開けている。


 「あのぉ・・・」おずおずとトキが口を開いた。「すごい花だってことは分かったけど。リリィがそんなに花好きとは知らなかったよ」

 トキの問いかけにも無反応で花を凝視しているリリィに代わってフランフランが答えた。


 「暁姫、リリノアに代わりわたくしめがお答えしましょう。彼女は子供の頃から大の花好きなのであります。幼稚舎の頃は、髪も長くて花の模様のお姫様のようなフリフリの服をいつも着ていたのですよ」

 「へぇ、意外な過去だわ」


 「本当にお姫様のようでした。そんな彼女を見て、わたくしめはすっかり世のお姫様にあこがれ・・・」

 途中まで言ってフランフランは横に吹っ飛んだ。

 

 「フランフラン! なに余計なこと言ってるんだ!」顔を真っ赤にしたリリィの握り拳が湯気が立っていた。

 「・・・いや、なんでもないよ、りっちゃん。ぐふ」今度は蹴りが入った。

 「りっちゃんとか言うな!」

 

 ぷっとトキが吹き出すと、まわりの騎士たちにも笑いが広がった。

 その時、隊列が止まったことに気づき先頭を行く土方が降りてきた。「賑やかだな。ちょうどいい。ここで休憩しよう。しんがりの鈴里にも伝えてくれ」

 

 

 天気は晴れていて、さわやかな山の空気で、わいわいと楽しそうにおにぎりをほおばる第七内科の騎士たち。s¥

 

 「どうしたの?」

 鈴里が山頂を見つめる土方の表情に気がついた。

 「見張り台のある山頂を見てみろ」

 「うん? さすがにハヤチナ山は夏でもけっこうな積雪があるのね」

 

 「あの程度の雪でも遭難するものなのか」

 「山の天気は変わりやすいというしね。頂上で待ち合わせるサウガリアの騎士たちに聞けばわかるんじゃない?」

 「そうだな。俺も山のことは分からん。よし休憩は終わりだ。出発するぞ」




 頂上の手前には、大雪原が広がっていた。

 「すごい広さだな。ここで野球ができそうだぜ」リリィは鉄バットを入れた袋を振り回しだした。

 「りっちゃ、いやリリィ。でもみろよ、この崖。ファールボールでも追いかけたら、地の底へ真っ逆さまだよ」

 「本当だ。雪で滑ったら大変」トキも崖をのぞき込んだ。そのとき。

 

 ドガッッ!!


 「なに? 爆発音?」

 「違う、上を見ろ! 雪崩だ」

 「こっちに向かってくる! 巻き込まれる!」


 身の丈をこえる雪崩が押し寄せてくる。飲み込まれたらそのまま崖へと落ちてしまうことは必至だ。連戦錬磨の騎士たちも大自然の猛威になすすべもなく立ちすくんだ。


 そのとき、先頭の土方が振り向いて叫んだ。


 「トキ、術でみなを脱出させろ」


 「えっ? は、はい」我に返ったトキはあわててリュックをひっくりかえして、サファイアを取り出した。――でも、発動までの時間がわずかに足りないわ。トキの目は、時間が間に合いことを土方に伝えた。

 はっとした土方は鈴里をちらりとみて、「鈴里、あとは頼んだぞ」笑顔でいった。なにかに気づいた鈴里は「待って、総司」と手をつかもうと腕を伸ばした鈴里に対して、突然刀を抜き、居合で切りつけた。鈴里は声もなく雪の中に顔から倒れ込んだ。


 「峰打ちだ、誰か介抱してやってくれ。さあ、トキ早くやれ! 俺のことはかまうなよ」


 「でも」


 「でもじゃない。早くしないと間に合わなくなる!」

 土方はグウとしゃがみこむと、一気にバネを使って山頂側へ跳躍した。

 着地すると目の前に押し寄せる雪崩をにらみ、「ムン」と気合をいれると、目にもとまらぬ一閃を放った。

 雪崩の壁は左右にぱっくりと分かれた。


 「す、すげえ、居合で雪崩を叩ききったぜ」フランフランが口をあんぐりあけた。

 しかし、また轟音が鳴り響くと、さっきよりも数段大きな高さの雪崩が迫っていた。

 「後ろからもっと大きい雪崩が!! 逃げて隊長!」リリィが叫ぶ。

 騎士たちの悲鳴が届くまもなく、身長の5倍はある大雪崩が瞬く間に土方を飲み込み、下にいる騎士たちに向かって凄まじい早さで迫ってきた。そのとき、突然、トキの頭の中にアッシュのことが思い浮かんだ。


 ――アッシュ!助けて! 時間にしたら0・1秒もなく、トキは覚醒した。

 ――なにをしているの、わたし。早く術を! 

 

 「…思点飛翔パイトントロン!」

 

 術が発動した。まわりにいた騎士たちとともに、さきほど休憩した場所まで一瞬で移動した。大雪崩は轟音をたてながら、さきほどまで騎士たちがいた場所をさらうと、そのままの勢いで崖の下にまで一気に流れおちていった。

 

 「総司!!!」

 

 目を覚ました鈴里が崖に向かって叫んだ。

 

 「トキ! なんで総司を置いていったの」鈴里は目を血走らせて、トキの肩をつかむと力任せに身体をゆすった。

 

 「うっ、ごめんなさい」

 「総司を戻して!」

 

 バシッ! リリィが鈴里の頬を叩いた。

 「鈴里姉え!やめてくれよ!」

 鈴里は赤くはれた頬に手をあてると、「うわぁ!!!」と叫び、トキの足元に崩れ落ちた。

 「ごめん、トキ、本当にごめん。どうかしてた」

 「・・・いえ、私の力不足です」

 

 頂上付近から山がうなるようなギシギシという不気味な音が響く。騎士たちは次の雪崩の気配を感じて、はっと上を仰ぎ見て、そして隊長代理となった鈴里へと視線を送った。

 

 「力不足・・・。私は総司の言葉を護らなくちゃ」

 涙をぬぐうとよろよろと立ち上がった。

 「土方愚連隊、いや第七中隊のみんな。みっともないところをみせてごめん。最初の指令です」

 「探しましょう、隊長を!」

 「おう」

 「ただし、明日の日の出まで。それ以降は・・・」

 全員の心に沈黙が冷たく突き刺さった。

 「山を下ります! 朝になって暖かくなれば雪崩の危険が大きい。それに、そのときはもう・・・」

 

 鈴里のかみしめた唇から血が流れているのをみて、だれもがなにも言わず、捜索活動を始めた。

 月が煌々と頭上に輝いていたが、土方の姿は全く見あたらなかった。雪崩が流れていった谷に降りることはできず、来るはずのサウガリアの騎士も見あたらず、朝を迎えた。山を下りて麓の村へ着く頃、背後の山頂から雪崩の音が聞こえてきたが、だれも振り返らなかった。

 

 村で騎士たちはテントを張り夜営した。トキとリリィはテントに入ると手をつなぎ、夜通し号泣するのをおさえ、ヒックヒックと声を押し殺した。

 その晩、騎士で眠りにつけたものも、声をあげて泣くものも皆無だった。鈴里はひとりテントを抜けだしていたこともほかの騎士たちは知っていた。

 

 

 隊長を失ってから五日後、第七中隊は騎士団へとたどり着いた。

 「お帰りなさい、姉さん」と城門の前で、ほうきとちりとりを手に掃除をしながら帰還を待っていた白虎と玄武の兄弟は、鈴里の顔をみて、つぎの言葉を失った。「あぁ、あんたたち、ちょっと休ませて・・・」とつぶやくと鈴里はその場に倒れこんだ。





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