第8話 裏切り
「うぐぐ」
「兄貴、しっかりしろ。この縄をほどいたら逃げられるからな」賊の弟が懸命に後ろ手に縛られた縄を外そうとしている。
「一体、なにが落ちてきたんだ。まるでゾウか恐竜のケツでも降ってき…ぐえっ」
賊の兄のみぞおちにトキの蹴りが鋭く入った。
「あら、いけない。思わず足がでてしまったわ」
「か弱い乙女にゾウなんて言うからよ。トキはあっちのグループを見てきて」鈴里が笑った。トキは「はい」と答えてその場を走り去っていった。
「お、お前ら、兄貴にトドメを刺す気だな」
鈴里はにやりとしながら兄の縄を解いた。
「え? なんで」
「トドメを刺す暇はないわ。ケガの治療をするのよ」
「俺たちをか」
「ケガしていないなら、別の患者のところに行くけど」
「ま、待ってくれ。兄貴を早く頼む」
「そうそう。患者は医者や看護婦の言うことを素直に聞いてればいいのよ」鈴里はてきぱきと薬を塗り、首に包帯を巻き付けた。
「看護婦さんよ。どうなんだ、兄貴の状態は」
「かなり悪いわね」
「そうなのか、今晩で永遠のお別れしねえといけねえのか」弟は号泣しはじめた。
「全治一か月よ」鈴里はけろりと言った。
「えっ?」
「致命傷はあんたらの顔よ」鈴里は二人の背中をばしんと叩くと、次の負傷した捕虜のもとへ足早に向かった。
もうすぐ夜が明ける。自分の名前の由来である暁の美しさがトキは大好きだ。だが、心は晴れない。迫り来る敵への恐怖心よりも、石を持たない自分の無力さからだった。そこへリリィが自分の体半分ほどの大きな赤い石を難なく運んできた。
どすん
「火甲石!どうしたの」
「裏山から見つけたのさ。これなにかに使えないかい?」
「すごいわ。これで火矢の術を出せるわ。でも…」
「でも、なんだい?」
「大きすぎるわ。城壁を破ることはできるかもしれないけど、一発で終わっちゃう」
「ああ、そういうことかい」
リリィは石の前で愛用の鉄バットを構えると、ふんと気合をいれて振り抜いた。すると、巨石はゴンという鈍い音を立ててバラバラに崩れた。
「すごいわ、リリィ」
「存分に戦おうや、親友」「了解!」二人はお互いの手をハイタッチした。
◇
日の出とともに始まった騎士団四人と街族団約百人の最後の戦いは一進一退だった。
「おい、助けにきたぜ」ひそかに回り込んだ賊の一人が捕虜たちの入れられた小屋の扉を開けた。
「頼む、俺たちの縄をまずほどいてくれ」鈴里の治療を受けた兄弟が頼んだ。
「まあ、順番だ」
「待てねえんだよ。早くいかねえと」
「分かったよ。急がねえと騎士団が血祭りになって、獲物がなくなっちまうもんな。じゃあお前たちが最初だ」賊は二人の縄をほどいた。
兄が賊に言う。「ありがとよ。ついでにお前のその棍棒渡せや」
「はあ、なに言ってやがる。ふざけ・・・」言葉の途中で弟が後ろから賊の股間をけり上げた。
棍棒を奪い取った兄は「あの女だけは、俺たちの手で」とつぶやくと、「ああ、絶対にだぜ、兄貴」と弟がにやりと笑った。
◇
土方愚連隊は、術の火矢を出すトキを中心に、三人が外側を向いて守る防御体制をとった。開戦から二時間、敵と入り乱れ、フォーメーションが崩れてきた。前日と同様、土方が力量の劣るトキとリリィをカバーするため、鈴里がまた突出し二十人近い敵に囲まれてしまった。
鈴里の鉄鞭の射程範囲ぎりぎりまで囲みは縮まっていった。「誰か弓を持ってこい。射殺すしかない」一人が叫ぶと、数人が散った。その空いたスペースに、兄弟二人が姿を現した。
「あんたたち、懲りないね」鈴里は舌を打った。
「ぜひ、俺たちの名前を覚えて欲しくてね」
「冥土のみやげに覚えといてあげるよ、言ってみな」
「俺の名前は白虎、弟のこいつは玄武」
「立派なお名前をお持ちなのね」
弟が言った。「おうよ。立派すぎて恥ずかしくてよ、ちんけな賊をやっている間ずっとこの名前は隠してきたんだ」
「なるほど、私を、騎士を倒せば、その立派な名前が名乗れるってわけね。悪のエリート様は」
その時、囲みの外に飛び道具を探していた賊が一抱えの弓と矢を持って戻ってきた。白虎はそれを問答無用で奪い取ると、ひざで叩き折った。「な、なにをするんだ」賊が文句を言うと、玄武は顔に拳をたたき込んだ。
「俺たちは死ぬまで嘘つきの半端もんよ。だが、たまには飛び道具なしで男らしくやろうぜ」
ほかの賊に考える間を与えず白虎が「いまだ襲いかかれ」と合図を出すと、二十人の男達が一斉に鈴里に飛びかかった。
瞬く間に十人ほどが鈴里の鞭の餌食になった。しかし、兄弟を含む十人は鈴里の目の前にまで近づき、それぞれの武器を振り上げた。
――まずいわ。今度は絶対にトキちゃんのお尻落ちてこないし。
鈴里は鞭をさらにまわし左半分の五人を倒した。残りは刀を振り下ろす三人と、その後ろにはさらに白虎と玄武の二人も棍棒を振り下ろそうとしていた。
ゴン、ゴン、バキ
刀の三人の頭がそれぞれめり込んでいた。白虎と玄武の棍棒、そして鈴里のかかと落としだ。
「あんたたち?」
「俺たち兄弟は姉さんにずっとついて行きます、なあ玄武」
「あねさんの男気に、いや女っぷりにほれちまったんです」
「へえ、変わった趣味をお持ちで。まあ歓迎するわ、白虎、玄武。さあ味方と合流するよ」鈴里は二人にウインクした。「へい、姉さん!」と二人は答えた。
先頭を走る鈴里は振り向きもせずに言った。「しかし、あんたたち嘘つきだね」
「嘘ついてないっすよ。さっき『俺たちは死ぬまで嘘つきの半端もん』って正直に言ったじゃないすか」玄武はにやりとした。
騎士団と合流した兄弟の活躍はめざましかった。
「兄貴、俺たちこんなに強かったっけ」
「そうだよな」
「強いやつらと一緒に戦うと楽だな」
兄弟の話を聞いていたトキが割って入った。
「それだけじゃないわ」
「うん? なんだ、ゾウのケツの姉ちゃんか」玄武がからかった顔を赤くしたトキは玄武の顔に指先を向けた、人さし指が赤く輝きだした。
「おいおい、やめろ、冗談だよ」
トキは「はっ」と気合を入れて、赤い魔法の矢を放った。
「うわー」玄武は目をつぶった。すると、後ろから「ぎゃー」という叫び声が鳴り響き、振り向くと今まさに玄武に襲いかかろうとしていた敵がもんどり打って倒れた
「あ、ありがとうございやす」頭を少し下げた。
「仲間を守ろうとすると、どんどんと力がわいてくるの。感じない?」
「そういうことかい。たしかに姉さんをなにがなんでも守ると思ったら、負ける気がしねえ」「おうよ」




