第2話 貧しい村への巡回視察
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二週間後、土方、鈴里、リリィ、そしてトキの四人は南部の貧しい村への巡回視察へ旅立った。二頭立ての馬車で二日間かけて、サウガリアの国境すぐそばのマルユカ地区の寒村ムラクシタンに到着した。道中、おちゃらけ続けた鈴里の話で始終笑っていたが、とうとうリリィと直接話す機会はなかった。
着いたのは人口三百人ほどの小さな村だった。
村長の家の離れに用意された簡易診療所には、ほとんどすべての村民が集まってきた。
「あれが騎士さまたちだよ」「ずいぶん若いんだね」「いやー、立派じゃないか」
ざわざわと小声で話す村人の話しに、トキはかなり照れた。横に立つリリィも鼻をこすり、照れくさそうなしぐさをみせた。
「さあさあ、診療は騎士さまの食事の後じゃ。もう少し待ってなさい」と、小太りの村長が誇らしげに住民たちに伝えた。用意された、田舎にしては豪華な昼食をとると、さっそく診察が始まった。
土方の外科医としての見事な腕前が発揮された。盲腸一人と複雑骨折二人の外科手術があったのだが、助手としてできることはほとんどなかった。いつも土方と一緒に仕事をしている鈴里やリリィでさえ、ぼーっと見取れるほど、見事なメス裁きを見とれている有様だった。
――目にも止まらぬ速さとはこのことね。
唖然としているうちに手術は終った。
初日のわずか二時間で外科の患者の診察は終り、夕方までに比較的重い内科の患者の検診も終ってしまったのだった。土方と鈴里は、村長が用意した夜の宴席へ出席する準備をしはじめた。
「義理ものだから俺と鈴里は出席するが、片付けが済んだら、君たちは、宴会に来てもいいし、旅の疲れを癒して、早く寝ていてもいい」と言うと、土方は白衣を脱いで、さっと出て行った。
部屋には二人だけになり、また騎士団病院のときと同じような沈黙が流れる中、トキは診察道具の整理を始めた。すると、突然、リリィが「なぁ、トキ。村の全員を見たって、いつもの仕事よりずっと早く終わっちまうよな」と思いがけず、トキの背中に話しかけてきたのだ。
「えっ? う、うん。そうだね」
トキは驚いて振り返ったが、まともな返事ができないうちに、リリィは「じゃあ。あとの片づけはよろしく」と言うと、扉の外へ出ていった。
「フン、フン、フン♪」
仕事を体よく押しつけられたにも関わらず、短いながらも久しぶりのリリィとの会話に、トキは知らずのうちに鼻歌を歌いながら、掃除をしていた。その時。
「だ、誰?」
窓の外に何者かの気配を感じたトキは振り向くと、すばやく白衣のポケットに左手を突っ込むと、中から一つの宝石を取り出し、身構えた。そしてもう一度、少し大きい声を出した。
「誰なの? いるのは分かっているわ。出てきなさい」
確かに外に気配はするが、動きはない。トキは手にした、薄い水色の半透明な光を放つアクアマリンをぎゅっと握り締めると、小さな声で「我に力を。ウラメウ、ウルイヒフネ……星と地の精霊よ」と術を発動させた。
「幻水波熱!(ドゥートクワン)」
トキの眼が淡い青い炎を宿した。術によって民家の薄い土壁程度なら透けて見ることができる視力を得たのだ。
トキは緊張しながら、窓の方向を見た。しかし、壁の向こうに見えたのは、小さな男の子のシルエットだった。
ほっとしながら、トキは優しく声をかけた。
「ボク、心配しないで入ってらっしゃい」
ガチャリと音をたて扉を開くと、貧しい身なりの少年が立っていた。 少年はおずおずと、中に入ってきた。服は古くボロボロだが清潔だった。
「ボク、どうしたの? なんでこんな時間に来たの。急患かしら」
少年は答えない。もう一度繰り返すと、ぽつりと答えた。
「ボク、ボクって、お姉さんだって、子供じゃないの?」
ウッとへこまされたトキだが、顔を引きつりながらも笑顔で答えた。
「あのねぇ。私は確かに新人だけど、れっきとした騎士よ。イメリア騎士団の暁トキです」
「そうだよね。暁さん。僕だって同じように名前があります。チャプタイ・ミロク。十二歳です」と少年は明るく言うと、丁寧に頭を下げた。へぇ、結構しっかりとした子じゃない、とトキは感心した。
「ボクなんて言って、ごめんなさい、チャプタイ。それで一体どうしたの? 急病かしら」
「実はお母さんが最近、ずっと病気で寝込んでいるのです。それで先生に診てもらえないかと思って……」
「どうして日中に来ないの」とトキは少し驚いて聞いた。
「そ、それは。村長から行ってはいけないと言われているんです」
「そんな馬鹿なこと」
「我が家は村八分の刑になっているのです。母も村長の家には行きたくないというし……」
トキは憤然と言いはなった。
「村八分なんて、関係ないわ。村のおきてがどうであっても、私達は病人を治しにきたのよ。先生を今呼んでくるから」
飛び出しそうになったトキを少年が必死に止めた。
「ま、待って! そんなことしたら僕たち村に居られなくなっちゃうよ」
真剣な表情を見て冷静になったトキはしばらく考えるとぽんと手を叩いた。
「それじゃあ、私が今からあなたの家に行って、診察してあげるわ。私も騎士のはしくれ、診ることくらいはできるわ」
「ほ、本当ですか? ありがとうございます」 チャプタイは床にこすれんばかりに頭を下げた。
「ちょっとそこで座って待てって」トキは包帯、メスのセット、消毒薬などの用意を始めた。看護学校での成績はトップクラスだっただけあって、下手な医者よりは知識がある。騎士団で下働きを続けることに不満はないが、少し自分を試したくなってもいたのだ。
――もしも大変な病気ならすぐに土方隊長を呼べばいいのよ。
なぜかウキウキながら自分の鞄を開けた。そこで思わずため息がでた。
――あっちゃあー。使える石がないよ。そういえば、大切な石をなくさないようにって、お姉さまの手紙を読んだから、ほとんど置いてきたんだったわ。しまったなぁ。
しかし、白衣の内ポケットを探ると、いくつか石が見つかった。
――あーよかった。戦闘用の術の石はひとつもないけど、医療用のはちゃんと持ってきたんだ。えらいぞ、トキ。
自分で自分を誉めて、満足そうに石を外来用の黒い皮製の診察鞄に積むと入り口に向かって歩き始めた。
「お待たせ、チャプタイ。さあ行きましょう」
「うん、騎士どの、ご立派です」少年が敬礼したので、思わずトキも手を胸にあてる騎士団風の敬礼で返してしまった。
二人は暗闇の中を谷へと駆け下りていった。その後ろを静かに黒い影が少し離れて付いていった。
少年の母親の容体は?そして黒い影とは?




