第1話 アッシュとの再開
騎士団の入団から一ヶ月が経過した。手術後の夕飯を済まして、部屋に戻ろうとしたトキを、鈴里が食堂に入ってきて呼び止めた。
「トキちゃん、総司が呼んでるよ。医局に来てくれって」
鈴里は土方のことを「総司」と名前で呼びつけにする。二人の関係がトキにはよく分からない。恋人のようでもあり、友人のようでもある。実際のところはどちらでもないんじゃないかというのが同僚達の答えだったが。
「なんだろう?」
言われるまま、トキは第七内科の医局に向かった。夜間でもいくつかの診療室は灯りがついている。――本当によく働く病院だなあ。感心しながらトキは夜の病院の廊下を歩いた。
「暁トキ、入ります」
ドアをノックして、中に入ると、椅子に座ったまま土方がくるりと振り向いた。
「ああ、トキか。まあ座って」
「はい。用件とはなんでしょうか。土方隊長」
騎士団では午後五時を回ると、医師と看護婦ではなく、騎士としての称号で呼び合う決まりになっている。夜間は臨戦態勢で、というのが建前になっているからだ。ただ実際には、トキのような新人以外にはこの決まりを守る騎士はほとんどいない。むろん建前を好む副団長率いる第一内科は例外だ。
「うん、用件は二つ」
話す内容の数を最初に伝えるのは、無口な土方の癖だ。
「一つはいい話。君のお姉さんから郵便が届いているよ」
「本当ですか! お姉さまから手紙なんて、考えてもいなかった」
これが騎士団のもう一つの決まりだ。郵便物は必ず上司を通じて手渡される。むろん、開封されて中身をチェックされるなんてことはない。むしろ、平常時にはほかのことに優先して仕事中であっても上司が部下を探して手渡ししてくれるのだ。
「はい、これだよ。うん? 封筒にしては重いな。なにかが入っているみたいだ」
「本当だ。開けてみますね」
暁家の紋章が刻印された蝋の封を丁寧にはがし、封筒を傾けると、手の平に四つの宝石が転げ落ちてきた。
「わあ。きれいな石たち」
「ほお、いずれも貴重な宝石じゃないか。ダイヤモンドに、ルビーに、それにサファイア。これは最上位の輝石術が使えるな。うん?サファイアは二つある」
「なになに……。『トキはねぼすけだから、思点飛翔用のサファイアは多く必要だと思って』だって。お姉さま、するどい」
顔を赤らめたトキに、一瞬頬を緩めた土方だが「手紙は後で自分の部屋で読みなさい」と言うと表情を引き締めた。
「もう一つの用件だが」
空気の変化を感じたトキは緊張した。
「そんなに怖い顔をしなくてもいい。もう一つの話も別に悪い話じゃない。騎士団恒例の地方への巡視診察が、今度うちの中隊に回ってきて、第一小隊、つまり俺たち四人で行くことになった」
「地方巡視ですか?」
「そう。病院に来られない田舎にも診療の機会を与えようという騎士団設立から続く、重要なイベントだ。とは言っても、今は平和だし、行き先もサウガリアの近くだから、ちょっとした小旅行といったところだ」
「わあ! うれしい。私、あんまり旅行ってしたことないんです」
「そうなのか。お姫さまなのに?」
「はい。小さい時は神国から一歩も外に出たことなかったし、初めて国を出たのはベガルタの中等学校に入学した時で、それも寮生活だったので、町の中すらほとんど歩いていないんです」
「そうか、それはいい機会だ。必要な準備は鈴里か、リリィに聞きなさい。ところで、リリィとは相変わらずなのか?」
「はい」トキは少し落ち込んだ。
「年齢も近い二人だ。一緒に旅をすれば、すぐに仲良くなれるさ。じゃあ、おやすみ」
ウキウキしたままトキは病棟の階段をのぼり、屋上の扉をあけた。外の空気を吸いたくなったからだ。そこには、あの男がいた。
「あっ」
小さいトキの声に反応して、柵に寄りかかって外を見ていたアッシュが振り返った。
「やあ、君は暁さん」
「名前、覚えてくれたの、アッシュさん」
アッシュはにこりとうなずくと、手招きした。胸を高鳴らせながらトキは近づいた。ちょっと近くまで寄りすぎたと感じて、あわてて一歩横に動いた。苦笑するアッシュ。
「暁さん、すごいね。輝石術師なんだよね」
トキは、術の「結果」を思い出し、一気に顔を真っ赤にしてなんとか話題をかえようとした。
「いやいや、あのあの。そうそう、きのうね、誰が見ても瀕死の患者が運ばれてきたの」
「ああ、大騒ぎだったな」さらに苦笑いするアッシュ。
「外科もさじを投げて、私たちが呼ばれたんだけど、私も一目であきらめそうになったわ。そのとき」
「土方先生だろ」
「なんで分かったの?」
「俺も病院生活長いからあの人がただの内科医とは思ってないさ」
「ふふふ。土方先生はこう言ったの。『トキ! 患者が助かるかどうか、体で判断するんじゃない。患者の目を見るんだ。輝きを見るんだ!』って。それから5時間も手術して、さっき終わったばかりなのよ」
「へえ!」アッシュは灰色のまなかを見開いた。
「そんなにびっくりする言葉かしら、土方先生のセリフ?」
「いや、君の名前。『トキ』ってすてきだなって思ったのさ」
「えっ」
ますます顔が赤くなった。「わ、わたしもう行きます。失礼します」
駆けだしたトキの背中に「弓矢」が突き刺さった。「俺はいつもここで待っているよ、トキ」
一瞬立ち止まったが、すぐに我に返って振り返りもせずに走った。部屋に戻るまで五回転んだ。




