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輝石のトキ ~流星騎士団病院の物語  作者: シバ万
1章 新人騎士兼看護婦の暁トキです
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第9話 最初の魔法が寝坊用なんて・・・

 翌日の朝になった。リリィが部屋を出て行った後も、鈴里と土方は残って酒を飲まし続けたのだった。初めての酒がヤケ酒になったトキは知らない間に寝込んでしまった。


 窓から朝日が入り込み、トキの顔に差し掛かった。


 「ううーん」


 頭ががんがんする。いつの間にかパジャマに着替えて寝ていた。まさか土方ではなく、鈴里が着替えさせてくれたのだろうと、ぼんやりと思いながらまどろんでいた。

 トキは手を伸ばすと、ベッド脇の目覚まし時計を手繰り寄せて、朝日にかざして、時間を見た。


 

 六時四十二分。



 「そんなあ! 目覚まし時計は用意していたのに。仕事は七時からなのに! 初日から遅刻なんてどうしよう」


 ガバっと綿毛布を跳ねのけると、バスルームに駆け込んだ。洗面所のカゴに、きれいにたたまれたナース服とメモがあるのに気づいたのは、シャワーを浴びて出た五分後だった。


 メモには「朝食は抜き! 急げ急げ 鈴里」と書いてあった。思わずぷっと吹き出して笑ったトキはすぐに我に帰って、手早く下着と服を着込んだ。


 六時五十七分。七時の三分前になると、南の塔の上のイメリアの鐘が時を告げる音を鳴らし始める。あの鐘の音がやむとちょうど七時。それでもう遅刻が決定だ。どんなに走っても十分はかかる。ましてや、あの重い扉を一つひとつ自分で開けるとなると、どれだけ時間がかかることか。


 トキはおもむろにバックパックの中から漆塗りの赤い小さな箱を取り出すと、そっとふたを開けた。そこには大小のきらびやかな宝石や珍しい形をした鉱石がぎっしりと並んでいる。


 「これだ」と指を伸ばして取り出したのは、青い炎のようなサファイアだ。「もったいないけど、今は仕方ないよね」自分に言い聞かせるようにつぶやくと、石をつかんだ手首をぐるぐると回しはじめた。


 「我に力を。ウラメウ、ウルイヒフネ……星と地の精霊よ」


 術を発動させる呪文とともに手の指の間から青い光が漏れてきた。光は幾筋の細い剣のようになり、トキの体やまわりの空気を突き刺した。トキの皮膚が体内に溜め込んだ力を滲み出すように青色に輝きだした、その時、トキは大きい声で術を唱えた。


 「思点飛翔パイトントロン!」


 青い光に包まれたトキは徐々に薄くなって、やがて部屋から完全に姿を消した。ただ、主を失った下着が空中に一瞬浮かんで、そして重力に任せてぱさりと床に落ちた。

 空間移動の術「思点飛翔」は、はっきりと場所のイメージができる場所へのみの移動が可能だが、その移動距離はせいぜい百メートルに過ぎないところが弱点だ。しかし、今のトキにとってそれは弱点とはならなかった、むしろトキにとって問題だったのは、もう一つの特徴である、持ち物のなにかはその場に置いていってしまうという術の特性のほうだった。


 病院の入り口の大きな階段前に、まばゆくきらめく青い光が現れたと思うとたちまち人の形となった。何人かの入院患者が驚いた目でそのスペクタクルを見守った。まだ鐘は鳴り続けている。トキは術の成功に満足したが、すぐに下着がなくなっていることに気が付いた。「まあ、服を置いていかなかっただけ、よしとしよう」と思いなおすと、ナースステーションに駆け出して、そして患者にぶつかった。

 あわてていたのと、術の影響で目がよく見えなかったのだ。ぶつかった拍子に尻餅をついてしまった。スカートがめくりあがり、あわてて手で抑えるトキ。


 「す、すみません。大丈夫ですか?」

 トキは急いで患者に謝った。その患者は、昨日の夜、初めて見たアッシュだった。

 「あ、あなたは、アッシュさん。足は大丈夫ですか、本当にごめんなさい」

 

 アッシュの声はよく通る響く声だった。

「ああ、昨日の看護婦さん。僕は大丈夫。今日、ギブスを外す日だったから。それはそうと君は輝石術師ジュエリスタだったんだ」

「はい。私は第七内科に配属になった看護婦の暁です。私は……」と言ったところで、鐘の音がやんでしまった。

 

 「いけない、遅刻しちゃう。アッシュさん、ごめんなさい。私行きます」と走り出した。

 ちなみに、彼がジュエリスタであることを分かった、つまり内モモのタトゥが見られたことの意味に気づき、顔をルビーのように赤らめて、「バカバカバカ」と頭を叩いたのは、その日の夜になってからだった。

 

 その後ろ姿を微笑みながら見ていたアッシュは「術師で、名前は暁。もしかして……」とその灰色の水晶のような目を光らせてつぶやいた。


 トキは可能な限りのスピードで病院内を走り、ナースステーションの観音開きの扉を押し開けた。その空いた空間には、昨日と同じように罪の巨体が現れた。

 

 さすがに再びぶつかることはなく、トキは開口一番、「遅れて本当にすみません。寝坊してしまいました」と頭を下げた。


 そろりと顔をあげてみて、ぎょっとした。鬼のような憤怒の形相をした婦長の罪を先頭に、白衣やナース服を着た騎士たちが整列して、そして刺すような視線をトキに送った。


 ――確か、中に入った瞬間はみんなが驚いたような表情をしていたはずだったが、気のせいよね……。


 罪は息を吸い込んで、思い切り吐くのと同時に病院中に響きそうな大声で怒鳴りあげた。


 「ばかもん! 二十秒しか、いや二十秒もの大遅刻だ。騎士が時間に遅れるとはなにごとだ!」


 あまりの迫力にトキはしゃべることもできず、再び頭を下げたまま、ずりずりと無意識に扉の脇へと下がっていった。


 「大体だな。初日に酔っ払ってくるとはだな。つまり、この仕事を」


 罪の説教が始まったその時、観音開きの扉が大きな音を立てて開き、鈴里が飛び込んできた。トキは押し開かれた扉の後ろに隠れる形になった。



 「ねえねえ、みんな、みんな。トキちゃんはさっき起きてあわててシャワー浴びてたよ。うまくいったね」



 大きく指でVサインを作って、居並ぶ騎士たちに突き出した。騎士たちは罪も含めて、例外なく、口をぽかんと開けていた。


 「あれ? どしたの、みんな」


 奇妙は空気に気づいた鈴里は、そろそろと後ろを振り返った。

 扉が閉まるとそこから現れたのは、訳が分からず目をぱちくりしているトキだった。

 

 「あ、あら、トキちゃん。ずいぶん早いのね」

 「遅れそうだったので術を使いまして……」

 

 一言交わした二人の顔は固まったままで言葉が続かない。騎士たちの間に漂う静寂を破ったのは意外にも無口な土方だった。

 

 「ガハハハハ。す、鈴里、馬鹿だなお前。すっかりすべったよ。ハハハ」。大声で笑い出した土方につられるように、罪をはじめ、全員が腹を抱えて笑い始めた。

 

 「なに、なに? なんなの」

 おろおろするトキに、真っ赤な顔と頭で涙を流して笑っている罪が説明を始めた。

 

 「騎士団員は入団した夜に、先輩たちが酔わせて、翌朝必ず遅刻させるという悪しき伝統があるのだよ。ただし、本当の話、遅刻は厳禁だ。あらゆる緩みにつながるからな。緩みは患者の生命にも直結する、騎士として一番避けなければならないことなのだ。だから最初に厳しくこのルールを刷り込むというわけだ。しかし、術を使うとは思わなかったぞ。それは反則だろう」

 

 「あんまりにも焦ったもので、遅刻したくなかったのです。ごめんなさい」

 

 「まあいい。とにかく遅刻はしないことだ。そうそう、鈴里も遅刻だぞ」

 

 しばらく騎士たちの笑いは途切れなかった。笑っていないのはリリィとアマリアだけだった。



 報告事項の伝達が終わると、騎士たちはすぐに隊ごとに分かれて、それぞれの診療室に向かっていった。

 

 病院の仕事はハードだ。午前中は土方が外来患者の診療をするのだが、トキたち看護婦はその助手を務める。

 第七内科の診療室はナースステーションとは反対側のウイングの中ほどに位置している。ベッドが三つの小さな部屋だが、日当たりはよく快適だ。

 主任看護婦である鈴里は自らも診察をこなしながら、薬や道具の場所をトキに教えてくれた。リリィに尋ねても、一応、場所を指さしては教えてくれるのだが、相変わらず口をきいてはくれない。ただ、その険悪さを意識する暇もないくらい忙しく、診療室内を走り回っているうちにあっという間に初日の午前中は過ぎていった。


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