奇術師の三姉妹
暗く広いホールの中でライトアップされたステージに一人の少女が奇術師として立っていた。
少女の行なってきた様々な奇術により、周囲の者達の興奮は知らずのうちに掻き立てられ、今やホールの内部は異常なほどに熱気が満ちていた。
奇術師の少女はそんな観客達の中から、次の奇術を手伝う助手として一人の少女を選んだ。
難しいことなんて何もない、と優しく囁きながら助手に選ばれた少女の手を引いて、金属質の不気味な棺桶の中へ誘う。
そして奇術師は助手を棺桶の中に押し込めて蓋を閉めると、洗練された怪しい動きで周囲へ向けたお辞儀をするのだった。
そんな奇術師の背後に、演出としてたくさんの剣が落ちてきて、次々とステージの床に突き刺さっていく。
奇術師はそのうちの1本を引きぬき不気味に笑う。観客が一斉に息をのみ、次の少女の動きを見逃してなるものか、ホール全体が緊張するのが分かった。
辺りは急に静かになった。
奇術師は満足そうに頷くと、剣を振り上げて棺桶の中心に突き立てた。
観客から悲鳴が上がる。そんな中、2本目、3本目と剣をさしていき、ついに6本の剣を棺桶に突き立ててしまった。
力仕事担当の男をステージ裏から呼び出して、棺桶を担がせてぐるぐる回して、全ての剣が確実につく刺さっていることを示す奇術師。
次にその男たちに棺桶の蓋を開けさせると、そこに助手の姿は無かった。
周囲から歓喜の声が上がる。
同時にステージの入り口の辺りでクラッカーの音が響き、消えてしまった助手の少女が現れたのだった。
貫通と瞬間移動の奇術を最後に、本日の公演はここで終了となった。
奇術師の少女は、暗幕が全て降りきった後も、しばらくはお辞儀をした姿のままでいた。しかしやがては頭をあげると、剣を突き立てられた棺桶のそばまで歩いてきた。
「お疲れ様。もう大丈夫だよ」
奇術師の少女がそう告げると、何も入っていなかったはずの棺から、先ほどの助手——正確には、観客を偽装していた奇術グループのスタッフである、道化の少女が現れた。
「疲れたわ……この奇術は嫌いよ。手がつりそう」
腕をマッサージしながら道化の少女が言った。
棺の中の少女が消えたのは、棺の蓋が持ち上げられた時に、実は蓋の後ろにこの少女が気合でへばり付いていただけである。その結果、棺は空になり、少女も蓋の影で見えなくなる。
古典的な消失マジックであるが、古典的ゆえに普段使わない筋肉を使い、消えている人間には相当な負担となるのだ。その上今回は、奇術師の少女が上から6本の剣を突き刺してきて、それを器用に避けた姿勢を保ったまま蓋にしがみつかなければならないのだから、桁外れの練習量が必要とされる奇術であった。
「私が変わって上げられたらいいんだけどね」
奇術師の少女は困ったような表情を浮かべる。
「姉さんは双子じゃないから、消えただけで終わってしまうでしょう? その後の瞬間移動が出来なくなってしまうわ……」
「まぁ、そうなんだよね……」
たはは、と力なく笑う奇術師。そこへステージの奥へ作られた扉が開き、また別の少女が入ってきた。
「はいはーい。姉さま方お疲れ様でしたー! 差し入れのジュースですよー!」
奇術師と道化の少女にそれぞれ缶ジュースを渡す少女。その少女の顔は、道化の少女と全く同じだった。
「不公平だわ……なんで私はこんなに苦労してるのに、貴女はステージの入り口からクラッカー片手に出てくるだけでいいのかしら……」
「それはもちろん、私が一番の妹だからじゃないですかねー?」
「一番の妹って、貴女と私は双子でしょう? 同等の立場のはずだわ」
「いえいえ。姉さまのほうが私より10秒ほど早く生まれたらしいと、母さまが仰ってましたよ?」
このままだと喧嘩になりそうだと、最年長の奇術師の少女が二人の間に入った。
「はい、そこまでにしておこう。今日は私がみんなにケーキでも焼いてあげるから、それでどうかな? それで、次の公演もまた頑張ろうね」
なんだかんだと言っても、もっとも苦労しているのは奇術師としてステージに立っている少女である。その少女に言われてしまったら、妹として引き下がるしかなかった。
「まぁ、姉さんに免じて今日はそういうことにしておいてあげるわ……。次の公演はどこだったかしら……ほら、小道具しまうわよ。手伝いなさい」
「あ! 姉さま方はどうぞ休んでください! 後片付けは全て私がやっておきますよ!」
「ごめんね? それとありがとう。それじゃぁお言葉に甘えて私は先に上がることにするよ」
奇術師の少女はマントを翻してステージの奥へと消えていった。
“夕暮れ”さんから借りて来ました三題噺。<6、keep、三姉妹>の3つのキーワードを全て使うお題です。短く書き上げようと思っていたのですが、気がついたら結構長くなってしまいました。