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神代杏奈の怪異調査FILE  作者: Allen
ひきこさん編
9/108

09:近付く真相












「―――これが、私の知っている全てだ」

「うん、流石恭子ちゃん。随分助かったよー」



 中央棟の一角、調査部の部室。

その部屋の中には、二人の人影が存在していた。

一人はこの部屋の主と言っても過言ではない、調査部の部長たるテリア・スリュース。

そして、彼女の正面に座っているのは、調査部の顧問であり、杏奈や姫乃の担任である白峰恭子だった。

テリアはそんな彼女から書類を受け取り、それに一通り目を通しながら、口元に小さな笑みを浮かべる。



「いくら位置をある程度指定していたとは言え、良くこんな事調べられたね。もう四十年近く前の話だよ?」

「確かに、一世代前ぐらいの話ではあるが……何、あの公園は中々に大きな事業だったからな。そこで立ち退きになった家は、調べれば出てくる話だ」



 テリアの持つ資料に書かれていたのは、その公園建造の際に移動となった世帯についてだ。

元々広い空き地が広がっていた場所であり、建築ラッシュでさまざまな住居が建てられていた頃である。

立ち退きにかかる費用は、それほど高いものではなかった。

とは言え、その辺りの処理が適当になされていたという訳ではなく、数が少ないからこそしっかりと処理されていたのだ。



「特にあの池の周辺……そして小学生ほどの娘が亡くなっている家となれば、そんなものは複数あるものではない」

「そして、その家が森さんであったと……成程、『ひきこさん』が現れる土台としては十分すぎるものだね」



 『ひきこさん』の逸話において、そのメインとなった少女の名は森妃姫子。

苗字だけでも被っており、近くにひきこさんが好むとされた蛙の棲む池があって、さらにはいじめを苦に自殺している。

これだけ条件が揃えば、ひきこさんの信憑性を高める要素となりえてしまうのだ。

しかし―――土台となる存在がある以上、ひきこさん自身もまたその土台の影響を受けてしまう。



「鏡が効いた事は確か……この森さんの娘が顔にコンプレックスを持っていたのは事実みたいだね。けれど、それ以外の話が逸話通りになるとは限らない……土台があるとこれだから厄介なんだ」

「だが、それが弱点となり得る……だろう?」

「まあ、ね。しかし、こんな事良く考えたもんだよねぇ、あの人も」



 小さく、苦笑のような声音で、テリアはそう口にする。

そこに含まれていたのは、半ば郷愁の様な感情。

かつての日々を懐かしむように―――普段軽薄な表情の浮かべられている顔は、どこか寂しそうに曇っていた。

その表情を見つめ、恭子は小さく息を吐き出す。



「……全く、あのバカは一体何処にいる事やら」

「さあ? 正義の探偵さんだし、今日もどこかを放浪して人助けでもしてるんじゃないの?」

「相変わらず、バカな生き方だ」



 下らない、と吐き捨てるように、恭子はそう口にする。

けれど、その声音の中には、どこか羨望のような感情が混じっていた。

まるで、自分には出来ない生き方をするその人物を羨むように。

それを僅かながらに感じ取り、テリアは小さく苦笑する。



「さて……それじゃ、明日には決着をつけるよ。来週には事件が起こらなくなってる筈だから」

「あの部員達は連れて行くのか?」

「ワタシ一人でも十分……と言いたい所だけど、危険は危険だからなぁ。少なくとも、賢司君は向こうから協力を申し出てくるだろうけどね。

彼、既にワタシの行動パターンを把握してるし。多分、勝手に来るんじゃないかな?」

「それを知っていて、パターンを外そうとはしないんだな」

「気持ちは嬉しいからね。無駄にしたくない。ワタシが都市伝説を探す理由を知ってるのは、恭子ちゃん以外では賢司君だけだから」



 自嘲じみた表情でそう口にしたテリアに、恭子は小さく目を細める。

誰よりもテリアの事情を知っているからこそ、その視線の中には案ずる感情の色が含まれていた。

不真面目な教師の姿ではなく―――生徒にはあまり知られていない、生徒思いな教師の姿。

そんな表情のまま、恭子はテリアへと向けて声を上げる。



「……やはり、まだ都市伝説を憎んでいるのか?」

「当たり前だよ。それは変わらない……ずっとずっと、変わらない」



 ―――その一言で、テリアの顔から表情が、感情が消え失せた。

否、それは感情が消えたわけでは無い。必死でその下にある感情を抑えようとしているのだろう。

抑揚も何もかも、必死に取り繕う事で抑えられている感情は―――強い、憎悪。

都市伝説というあやふやな事象に対して向けられた、これ以上無く確かな恨みの感情だった。



「ワタシから全部を奪って……そしてこれから先も奪ってゆく。諦めたくないんだ……失いたくない。だから必死に足掻くんだよ」

「あいつと同じように、か」

「そうだね……彼はワタシの憧れだ。憧れて、届かないと知って、その方が賢いと理解して……それでも、手を伸ばしたい」



 手に持った書類がくしゃりと歪む。

けれどそれも気にする事無く、テリアはただ、どこか遠くを見つめるようにしながら視線を上げる。

そこに宿る渇望は強く、真っ直ぐなもの。

しかしそんなテリアに対し、恭子は目を閉じながら嘆息する。



「分かっているとは思うが……お前の願いと努力は、高確率で無駄になるぞ」

「そこは教師として、背中を押すもんじゃないかなぁ」

「下手に背中を押しても、結局傷つく事に変わりは無いだろう。なら、私は最初から覚悟させておくさ」

「シビアだねぇ」



 小さく、テリアは苦笑する。

けれどそれは、彼女としては百も承知な事であり、改めて説明されるまでもない事であった。

知っている、理解している、言われるまでも無い。それでも、諦める事はできないから。



「でも、それでこそ恭子ちゃんかな。やっぱり、お礼は言っとくよ。何だかんだ言って、協力してくれるし」

「……ふん」



 鼻を鳴らし、恭子は眼を背ける。

そんな彼女の様子に小さく苦笑して―――テリアは、席を立った。



「……行くのか?」

「うん。まずは準備だけど……あんまり、時間は掛けていられないからね」



 小さく笑い、テリアは退室して行く。

その背中を見送り、恭子は深々と嘆息を吐き出していた。

ちらりとその視線を窓の外へと―――そこから見える、桜並木の道を見つめる。

そして、ポツリと呟かれた彼女の言葉の中に含まれていたのは―――



「……お前そっくりに育ったものだよ、馬鹿者」



 ―――ここにはいない相手への、恨み言のようなものだった。











 * * * * *











「ふぅ……疲れたー」

「お邪魔しまーす」



 とりあえず、色々疲れた事もあり、私達は一度私の家に戻ってきた。

玄関に置いてあった靴の数は二組……どうやら、誠也が帰ってきてるみたいね。

それともう一つは……地下足袋。うん、これだけで誰が来てるかは簡単に分かってしまう。



「はぁ。ただいまー、誠也。いづなさん来てるのー?」

『おーう』



 どうやら、誠也は奥の方の自室にいるらしい。

そしてそれと同時に、居間の襖がガラッと開き、そこからいづなさんが顔を覗かせた。



「やほー、お帰りさんやでー」

「あ、いづなさん。お邪魔してます」

「ヒメ、この人うちに住んでる訳じゃないんだから」

「まあまあ、似たようなモンやし、ええんやない?」



 とりあえず、それはいづなさんが言う事ではないと思う。

でもまあ、お兄ちゃんがいなくて良かったかもしれない。あんな事があった後だと、無駄に心配されそうだし。

っていうか、そうだ……あの事、いづなさんに相談しようかな?

私がどうしたものかと逡巡していたちょうどその時、いづなさんは小さく口元を歪めて声を上げた。



「で? また随分と厄介なモンに絡まれたみたいやね?」

「え……っ!?」

「もしかして、見てたんですか?」

「んー……ちょいと違うけど、まあ似たようなモンやね。まあ、とりあえず玄関で立ち話しとっても進まんやろ?」

「そう、ですね」



 この人は相変わらず色々と謎だ。

まあ、それは今に始まった事じゃないし、ここはさっさと上がって休むとしよう。

私が上がらないと、他の三人も詰まっちゃうし。

とにかく、靴を脱いで上がり、四人揃って居間に入る。

いづなさんは、そこで自分で淹れたらしい緑茶とお茶受けのお煎餅を片手に、まるで我が家のようにくつろいでいた。

相変わらず態度がでかいわね、この人は―――と、そう思っていた瞬間、いづなさんは準備されていた四つのお茶碗に、急須でお茶を注ぎ始めた。

準備がいいってレベルじゃないわよ。



「……相変わらず、何なんですかその把握スキル」

「んー、こういうのはまーくんやつばきんの方が得意なんやけどね。まあ、うちでもある程度は分かるモンや」

「わぁ……杏奈ちゃん、私も出来るようになるかな?」

「案ずるな、ヒメ。お前は誰よりもいい女になるに決まっている!」

「とりあえず、ツッコミは無しで」



 色々諦めきった表情をしてる私に気付き、嶋谷も嘆息交じりに追及を断念する。

うん、まあこの人のやる事を一々気にしていたら身が持たないから、それでいいだろう。

とりあえず、私達も卓を囲んでほっと一息つく。

さて、と。それで―――



「いづなさん、何処まで把握してるんですか?」

「せやねぇ。皆が巻き込まれたんがどういう事件なんか、っちゅー事は分かっとるよ。まあ、この世界にそういう性質があったっちゅー事を知ったんは最近やけど」

「性質というと……噂話が実態を得る、という事ですか?」

「せやね。ごく普通の物理法則しか存在せぇへんかと思っとったら、意外や意外。こんな不思議現象が起こるとは思っとらんかったよ」

「いや、不思議現象って……」



 まあ、物理的に説明が出来ないのは確かだけどさ。

しかし、何だか一々話がスケールデカイと言うか、世界規模で認識しているとは思わなかった。

世界的に見たらどうなのかは、まあよく分からないけど……とりあえず、今この街でそういう事が起こっているのは事実だ。



「ま、ある時点からそういう理が追加……現象が起こるようになったんかもしれへんけど、それは今気にしとっても仕方ない。皆が知りたいんは、アレをどうするのかっちゅー話やろ?」



 また良く分からない言い回しが……けどまあ、知りたい事に関しては確かにそれだけでいい。

よく分からない事を語られても困るのだ。

今気にするべきなのは、ひきこさんをどうすれば止める事が出来るのか―――それだけである。

そんな私の内心でも読んだのか、いづなさんは小さく口元に笑みを浮かべ、声を上げる。



「まあ、賢司君の事や。例え逸話から外れた相手であろうと、どないすれば解決できるんかは知っとるんやろ?」

「……それはまあ、そうですけど。俺も部長も実際にやった事は無いですし、それが本当に効くのかどうか―――」

「効くよ。理に適っとる」



 聞いてもいないのに、いづなさんはそう断言する。

多分、どんな方法なのか既に気づいていると言う事だろう。

正直、私達にとっては見当もつかない話なんだけど。


 いづなさんの言葉を受けた嶋谷は面食らったように目を見開き、その後眉間にしわを寄せた。

嶋谷は、こういう相手が苦手なのだ。二手三手先を読んで、結論を知った上で迂遠な話をするような人が。

それを言うなら先輩もそうなんだけど……嶋谷の奴、良くあの人と付き合い続けられたわね。

そっちも若干疑問だけど、とりあえずそれは後回しにしよう。


 嶋谷はいづなさんの言葉に小さく嘆息し―――肩を竦めて話し始める。



「実話の信憑性によって本来の逸話とは違う形で現れた都市伝説は……その矛盾点や相違点を突きつけてやる事で、都市伝説として存在できなくなってしまう。

俺が先輩から聞いたのは、そういう話です。先輩もどうやら伝聞のようでしたが……これが、通用すると?」

「うん、保証したってもええよ。元々、あやふやな物にあやふやな形を与えとるに過ぎん存在や。現実と虚構の関連性が低いなら、その結合を分断してまえば、実話と都市伝説は別々のものになってまう。そうすれば―――」

「都市伝説は、消滅する……」



 それが、都市伝説を消す方法。

さっき公園に現れたひきこさんは、本来のひきこさんの逸話とはかなり離れたものとなっていた。

雨の日にしか現れない筈が晴れの日に姿を現し、小学生しか襲わない筈なのに中高の私達を襲った。

ひょろ長いと言われていた体躯は普通の少女のもので、しかも弱点の一つである『引っ張るぞ!』という言葉も効かない。

大まかな部分は同じだけれど、詳しく知れば知るほど、本来の逸話との相違点が浮かび上がってくる。



「ひきこさんの元になったのが一体どんな人物なのか……それが重要ってトコやね。恐らくその人物は、自分の事を『ひきこさん』やと思い込んどる。せやから、その誤解を解いてやらなあかん、っちゅー事やね」

「名前でも言ってやればいいんですか?」

「方法ならそっちに任せるで。ま、ある程度は調べついとるんやろうし」



 言って、いづなさんは指を三本立てる。

その動作に首を傾げている間に、指は折り曲げられ二本に、そして一本に―――次の瞬間、嶋谷の携帯が着信音を奏で始めた。



「うおっ、と……先輩?」

「詳しい情報は、そっちの方が知っとる筈や。それにうち等のリーダーの意向で、今回の件にうちらは直接的には関われん。せやから、うちに出来るんはちょっとした手助けだけや」



 どうやら、ぴったりのタイミングでテリア先輩から資料が送られてきたらしい。

やっぱり、いづなさんは色々と謎だ。

この人がリーダーと言っていたのは、恐らくお兄ちゃんの友達の一人である、九条煉とか言う人のことだろう。

一応、その人が自分達のリーダー格だ、とお兄ちゃんは語ってたし。

しかし、その人の意向ねぇ……一体何を考えてるのか。多分、この中では私しか会った事無いだろうけど、あの人はいづなさんとは別の意味で不気味だし。



「ちゅー訳で、ほい、ひめのん」

「え、は、はい……って、え!?」



 ぽいと投げ渡すようにいづなさんが取り出したのは、紫色の長細い袋。

竹刀袋だとは思うけど……その中から取り出されたのは、黒く重厚な刀身を持つ木刀だった。

鍔つきの木刀なんて、私初めて見たんだけど。



「こ、これって……?」

「鉄芯入りの木刀や。本黒檀の高級品やで」

「ぶっ」



 嶋谷がお茶を噴き出すほどに驚愕してる……つまりアレか、本気で高級品なのか。

ヒメは目を白黒させながら、その視線を木刀といづなさんの間で行き来させている。

突然の師匠からの贈り物に驚愕してしまったのだろう。

しかしそれを渡した当の本人はと言えば、カラカラとまるで気にした様子も無く笑っている。



「まだまだ未熟やし、真剣を渡すには早いやろうからね。せやから、今回はそれで我慢しとき」

「が、我慢なんて……ほ、本当に貰っていいんですか?」

「ん。ひめのんが本気で仲間を護りたいと思っとるのは分かる。せやから、うちも応援したいと思っただけや。頑張ってな、ひめのん」

「っ……は、はい!」



 本当に嬉しそうにヒメは笑う。

強くなって仲間を護りたいって言う思いは本物だし、多少なりとも師匠に認められたのは嬉しいんだろう。

私も、頑張らないといけないわね。



「さて……ある程度は頭ん中で纏まったようやし、うちは退散しとくよ。皆、頑張ってな」



 と、用は済んだといわんばかりにいづなさんは立ち上がり、ヒラヒラと手を振って居間を出てゆく。

……もしかして、この為だけに来てたのかしら?

分からないけど、結構マメなのかもしれない。

ともあれ、色々と情報は揃った。後は、実際にどういう風に動くかだ。

そしてそういう事に関しては、全て我等が参謀に任せている。



「さあ、どうするのよ嶋谷?」

「俺達はお前の指示に従うぜ?」

「賢司君、一緒に頑張ろう」



 私達の言葉を受けて、嶋谷は小さく苦笑する。

どうやら、もういい加減私達の参加を認めたようだ。



「……よし。なら、まずは―――」





















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