82:思わぬ解決
「で、何? あっさり解決しちゃったって?」
「ええと……はい」
色々と……本当に色々とあった日の翌日。
部室に呼び出された私は、珍しく不機嫌な様子の先輩にねちねちと詰問を受けていた。
いやまあ、我ながら早まった事をしたと言うか、その場のテンションに任せてとんでもない事をしてしまったとは思うけれど。
「あのねぇ、杏奈ちゃん。君も分かってるとは思うけど、怪異ってのはとんでもなく危険なんだよ?
それこそ、危険な怪異ばかりに遭遇してる君の方が怪異に対する恐怖心は強いだろうに」
「はい、返す言葉もございません」
「ふぅ……もうちょっとこう、杏奈ちゃんって知性的なイメージがあったんだけど」
どうやら、先輩は心底呆れているらしい。
まあ、そういう評価も仕方ないだろう。私がやったのは本当に危険な行為だったのだから。
ついでに言えば、お兄ちゃんに気付かれないように刀を持ち出したのだって相当ヤバイ行為だ。
何とか終始お兄ちゃんには気付かれずに済んだけど、あんな真似はもう二度としたくない。
って言うか先輩、私を弄って楽しんでいるように見えるのは気のせいか。
私がちゃんと反省している事は分かったから、今度はそれをネタにして楽しんでいるような気がするのだけれど。
事実、先輩の口元が若干ニヤついている。とは言え、言ってる事は限りなく正論だから反論できないのだけれども。
「杏奈ちゃんって、結構そういうところありますよ?」
「直情径行って言うか、切羽詰ると感情任せに行動するようになると言うか……」
「熱い女って事だな」
「トモの評価は何となく納得できないけど、まあうちの家系みたいなモンです」
我が家の面々は大体そういう性格をしている。
私はそこまで酷くはないと思っていたのだけれども、仲間たちからすれば似たり寄ったりだったようだ。
くそう、納得できないけれども、反論する事もできないわ。
「まあ、杏奈ちゃんが暴走する気持ちも分からなくはないけどねぇ」
「……え?」
「先輩、まさか気付いてたんっすか」
「はっはっはー、ワタシの観察眼を甘く見てもらっては困るよー」
私のほうを見つめ、そしてヒメと賢司の方へ視線を動かし、先輩はにやりとした笑みを浮かべる。
拙い、とんでもないからかいのネタを提供してしまったかもしれない――そう思った、が。
「手を繋いで登校しちゃうなんて二人とも早くもアツアツだし、これは見逃せないね」
「えっ、ええ!? そ、そのあの、あれはその……!」
「……人が多い場所では離してたんですが、もう耳に入ってきましたか」
「そりゃまあ、姫乃ちゃんは有名人だからねぇ。賢司君も爆ぜろとかもげろとか爆発しろとか、色々とコメントが入ってきてるよ」
先輩の矛先は、私ではなく成立したカップルの方へと向けられていた。
てっきり私のほうに来るかと思ってたんだけど、まあ口出ししてこないならありがたい。
深々と嘆息して頭を抱える賢司にご愁傷様と胸中で呟いてから、私は再び先輩の方へと視線を向けた。
「それで、先輩。例の怪異に関してはどうしましょう?」
「うん、あれは一応依頼受けて調べた内容だからね。こっちからも報告しないとならない。報告書の作成は任せていいかな? こっちの調べた内容も回すから」
「あ、はい。分かりました」
まあ、それぐらいはしないと罰が当たるだろう。
先輩が調べた内容と、私が直接見聞きした内容。それだけあれば、正確な情報を伝える事ができるだろう。
正直あの怪異は心底気に入らない。けど――実際の所、私もそれほど人の事を言えたものではないのだろう。
流石に他人から奪い取って補わなきゃ保てないような弱い意志は持ち合わせていないつもりだ。
けど、私の賢司に対する想いは、日常を願う気持ちに対して劣っていたと言う事なのだろう。
きっと私だけでは、それを踏み越える事はできない――その結果が、今のこれなのだ。
あの怪異の事も、端から端まで笑えるという事ではない。
まあ、それでも――あんな腐った事を口にするつもりはないけれど。
「まあ、今回は誰も傷つかなかった訳だし、良しとしようか。賢司君と姫乃ちゃんもくっついた訳だし、いい結末だったと言う事で」
「部長……いつまでからかうつもりですか」
「無論、ずっとだよ。とりあえず今日はこれから二人の告白シーンの鑑賞会でも――」
「えええええええええっ!? ちょっ、何で持ってるんですか!? お兄ちゃん!?」
「いや、違うぞ!? 俺は渡してないぞ!?」
どうやらこの先輩、成立したカップルに対する風当たりのほうが強いらしい。
あれか、これもまた市ヶ谷さん関連の事だと言うのか。
となると、この人はある意味私にとっては近い存在と言う事なのか。
……正直、印象としては微妙なところだ。
「……って言うか、本当にどうして持ってるんですかその映像? 結局有耶無耶に出来なくてヒメに奪われちゃったんですけど」
「応よ、俺も予備は持ってなかったんだぞ、ヒメ」
「それ以前に撮ろうとするなお前ら」
別に映像自体にはそれほどこだわっていないらしい賢司が、嘆息と共にそう口にする。
ちなみにあの映像、この二人は自分達で楽しむ為にとってあるらしい。
まあ、将来的にはある意味おいしい映像になるかもしれないけれど。
結婚式とかで流してやるとか。
そんなからかいのネタを考えている私に対して、先輩はにやりとした笑みを浮かべつつ声を上げた。
「そりゃもちろん、相手は怪異だったんだし。多少の監視ぐらいはつけといたよ」
「うう……っ、もっときっちり周囲を探って置けばよかったかも」
「まあ後の祭りだが、部長、本当に勘弁してください」
「ま、身内でカップルが成立した時の洗礼みたいなもんよ。諦めなさい」
特に先輩は、人をからかう事に関して本当に妥協しない。
これからもしばらくの間は、これをネタにからかわれ続ける事だろう。
ま、それはそれで平和な証って事でしょうけど。
「しかしまぁ、新聞部もネタに困らなくて安心だねぇ」
「……ネタを渡すつもりですか、先輩」
「いやいや、ただでさえ有名かつ部活で繋がりがある相手なんだから、既に把握してるでしょ。次の学内新聞にネタが載ってると思うよ?」
「ううううう……」
「怪異のネタも合わせて恋愛特集って所ですかね?」
まあ、あの学内新聞も本格的ではあるものの、そこまで多くの人に読まれてるという訳ではないのだが。
それでもヒメと賢司の記事があったら目に付くでしょうけどね。
と、そんな賢司に対して、笑みを浮かべたともが横から声をかける。
「いいのかよ、賢司? 随分落ち着いてるな?」
「ああ、まあ……あそこの部長相手には何言っても無駄だろうしな。それに……多くの人間相手に、『ヒメは俺のものだ』ってアピールできる訳だし」
「ふぇっ!? け、けけけ賢司君!?」
「おお、言うねぇ賢司君。なかなか男前じゃないか」
開き直っている――いや、これはむしろ賢司の本心だろう。
普段の賢司から考えると後先考えない行動のようにも思えるけれど、賢司は今までずっとやきもきして来たのだから、そりゃあ周囲にアピールもしたくなるというものだろう。
その辺は、流石に肝が据わっているようだ。
まあ、それぐらいの方が私も安心できていいのだけれども。
と、そんな様子を横目に見ながら報告書の内容を考えていたとき、トモが小声で声をかけてきた。
「なあ杏奈、呼び方は戻しちまってよかったのか?」
「ん、まあね。そのぐらいの意趣返しはさせてよ」
トモの問いに対して、私は小さく笑みながらそう答える。
まあ、多少の意地悪ぐらいは勘弁して欲しい。折角幸せになったんだから、少しぐらいいいでしょう。
それに――
「この方が、さ。二人とも、私の願いを忘れずにいてくれるでしょ?」
「ああ……成程な。そりゃいいわ」
私の言葉に、トモはくつくつと笑みを零す。
私の願いは、二人が幸せになってくれる事。私の愛する変わらぬ日々を大切にしてくれる事。
だからこそ、それを忘れずにいてくれるなら――そう願って、私は賢司の呼び方を戻したのだ。
そもそも、もう私自身、自分の思いに対して決着を着けたのだ。
だからこれ以上、呼び方を偽る必要もないし、自分を誤魔化す必要だって無い。
かつてないほどの爽快感に、私は浮かれていた。失恋のショックがもう残ってないのは、我ながらどうかとも思ったけれど。
「……ミナさんには感謝しないと、ね」
私は、誰にも聞こえないように小さく呟く。
あの時ミナさんが背中を押してくれなかったら、私は今でも迷っていたかもしれないから。
確かに辛く感じた事もあったけれど、今ではこれで良かったと思っている。
私にとっての幸福は、今も変わらずあるのだから。
「もうっ! 先輩も賢司君も意地悪だよ!」
「いいじゃないか、愛があるんだし。ねぇ賢司君?」
「それは間違いなく」
「だーかーらー!」
騒がしい様子の皆――これが私にとって何よりの幸福なのだと再認識して、私は静かに笑みを浮かべていた。
* * * * *
神代家の居間――そこには、一振りの長大な刀が置かれていた。
あまりにも無用心であると思われるが、その重さは実に20kg以上。
例え泥棒が入って来たとしても、そうそう持ち歩けるような重さではない。
その主にとっては小枝同然の重さであったとしても、だ。
そんな刀の傍に、一人の少女が腰を下ろす。
翠の髪を揺らす、美しき少女――ミーナリアだ。
そんな彼女は、置かれた刀にそっと手を当て、小さな微笑と共に声を上げる。
「お疲れさま……ありがとう、ツバキ」
しかしながら、周囲に人の姿は存在しない。
その言葉を聞く者など、この場には無い――そう、その筈だった。
しかし――
『礼には及ばないさ。ワタシも、あの子の事は気に掛けていたからね』
「サクラが気にしてた……から?」
『まあ、そういう事だ』
その言葉に、答える声があった。
それと同時に現れたのは、少し背の高い女性の姿。
鳶色の髪を短めに切っている、怜悧な印象を受けるであろうその姿は、突如として刀の横に現れた。
彼女の名は雛織椿――雛織桜の姉にして、神代誠人の相棒と言える存在。そして――
『まあ、見えないように手を貸したに過ぎないさ。あの子は偶然を疑ってはいないだろう。何故ならワタシは――』
「幽霊、だから?」
『ふふっ、その通り』
既に死して、魂だけの存在となった者であった。
彼女は普段誠人の刀に宿っており、いざと言うときに誠人に力を貸している。
しかし今回に限って言えば、その相棒とも言える存在を欺くような行為を行っていた。
それを思い出し、ミーナリアは僅かに目を伏せる。
「ごめんなさい……あんなことを頼んで」
『いや、たまにはこういうのもいいのではないかな? ワタシは、彼女ならやってのけると信じていたしね』
「ん、ツバキが言うなら、本当だ」
椿の持つ特殊な才能は、誠人と同じく未来視と呼ばれるもの。
ある種反則であるそれがあったからこそ、椿は今回杏奈に協力していたのだ。
本来であるならば、椿がいる以上、誠人に悟られる事なくこの刀を持ち出す事は不可能だ。
彼女の意志があれば、刀の所在などすぐに知らされてしまうのだから。
しかし今回、椿はあえてこの事を誠人に伝えようとはしなかった。
『しかし……煉は一体何を考えているのやら』
「わたしたち、全員の事」
『まあ、それは確かだろうけれどね。何せ彼は強欲だ。ワタシたちの仲間、誰一人として失わせるような事はしないだろう。それに、ワタシたちが大切に思っているものも含めてね』
「ん……それに伝えちゃうと、マサトが大変」
『それは確かにそうだ。あの過保護な男の事、家族が危険な目に遭っていると知ったら何をしでかすか』
苦笑交じりに椿はそう呟くが、それはあまり洒落になってはいない言葉であった。
そして、それを知っていて尚、彼に隠しながら動いている彼女たちのリーダー――九条煉の思惑が見えず、椿はわずかに視線を細める。
『……ミナ、君は煉が何をしようとしているのか、知っているのではないのか?』
「怪異の、事は……わたしたちが手を出すのは、危険だから。たくさん、壊してしまう」
ミーナリアは、若干詰問と化していた椿の言葉に、言いよどむ事無く答える。
しかしながら、その言葉は椿の問いに対する正確な答えとは言いがたかった。
ミーナリアが語った事は事実ではあるが、全てを語ったという訳ではない。
『ワタシには言えない事、か?』
「ん……でも、きっと隠し切れなくなる。その時、マサトは怒るだろうから……そこで、どうすればいいか決めればいい」
『やれやれ……あいつが怒ると、とんでもない事になるぞ?』
「でも、きっと必要なこと」
『ああ、そうだろうな……』
苛烈な怒りをもつ神代誠人、そして圧倒的な力を持つ九条煉――その二人がぶつかり合った時、果たして何が起こるのか。
それの合図となるのは、すべての事を誠人に隠せなくなった時。
即ち――この世界に存在する怪異の根本を、表まで引きずり出した瞬間だ。
そしてそれは――
「もう、少し。皆、頑張って……」
――足音が聞こえるほどにまで、近づいてきていた。




