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74:チカラ












「まず、ひめのんには特殊な力がある。これはもう、皆分かっとるんよね?」



 いづなさんの言葉に、全員が頷く。

私は勿論知ってるし、トモは昨日の内にヒメが話しておいたはずだ。

そして嶋谷と先輩は、人並み外れた洞察力を持っている。学校の七不思議の中で起こった事を鑑みれば、二人がそれに気付いていたとしても何ら不思議ではないだろう。

けれど――分かっていても簡単には納得できないだろう。



「……力があるのは分かる。けれど、どうして姫乃ちゃんがそんなものを持っているんだい?」

「どうして、と言われても困ってまうんやけどね。偶然としか言いようが無いんや。この力は生まれつき個人に備わっとるものやから、ひめのんがこれを持っとるんは完全なる偶然なんや。それが幸か不幸かはさておきとしてな」



 いづなさんはそう言い放って肩を竦める。

その言葉の中には、どこか自分に対する皮肉のようなものが含まれているみたいに感じられた。

力を持っていた事が幸福だったのか、或いは不幸だったのか、いづなさんにも判断できないという事なのだろう。

だって、いづなさんだって同じく力を持っているのだから。



「どうしてそんな力が存在しとるんか、それに関しては説明できひん。せやけど、これの性質に限って言えば、うちらは誰よりも知っていると言っても過言やない」

「というと、あんたもその力とやらを持っているという事なのか?」



 嶋谷の言葉に、いづなさんは薄く笑む。

そんなこの人の視線は、静かにテリア先輩の胸元へと向けられた。

しかしそれはいつものようにふざけた視線ではなく、その奥にある何かを見透かすようなものだ。



「そのペンダント、市ヶ谷浩介さんから貰ったものやね。購入したのは福岡県の大きな駅前、どうやら一つ一つハンドメイドしとる露店みたいや。なかなかいい腕しとるね」

「な……っ!?」



 いづなさんの言葉に、テリア先輩は大きく目を見開く。

何故それを知っているのか――いや、先輩ですら知らないような事をどうして知る事ができたのか。

驚嘆と言う言葉すら通り過ぎ、怪異と言う存在を誰よりも知っている先輩が、あまりの衝撃に言葉を失っている。

その驚きは、相手が人間であったためだろう。

相手が怪異ならまだしも、人間がそのような力を持っている事が、恐らく先輩には信じられなかったのだ。



「これがうちの力。簡単に言うと、物に刻まれた記憶を読み取るモンや。性質としちゃ、ひめのんが持っとる力の本来の形に近いようなもんやね。

ま、力はうちらの中でも最も弱い方やけど。強いのはもっと訳が分からんからねぇ」

「……師匠。師匠の仲間っつー事は、その人も誠人さんも力を持ってるっつー事っすよね?」

「ん、持っとるよ」



 トモが、ミナさんの事を示しながらそう声を上げる。

まあ、桜さんの力に関しては既に見ているようなものだから、疑うまでも無いんだろう。

あの人の力は、目には見えづらいけど分かりやすい。

トモにとっては、ヒメがその力を肯定しているだけでも信ずるに値するものだろう。



「ミナっちの力は相手の心を読む事。そして、まーくんの力は未来の出来事を知る事……未来視って奴やね」



 正確に言うと、その力はお兄ちゃんだけではなく、桜さんのお姉さんにも備わっている力だそうだ。

非常に便利な力で、家計に困った時とかはちょっと宝くじを当ててもらっていたりする。

まあ、あまりにも大きな金額を当てると色々大変だから、ある程度の所で自重しているのだけれども。

しかし、皆にとってみればそんな俗っぽいイメージなどまるで無かっただろう。

まるで奇跡のような、人知を超えた力なのだから。



「そんな、事が……」

「驚くのも無理ないけどなぁ。まあとにかく、ひめのんもそういう力を持っとるっちゅーこっちゃ」

「とりあえず、了解した。それで、ヒメの力ってのは一体どんなものなんだ?」



 驚愕に呻く先輩と、驚きながらもヒメの事を優先する嶋谷。トモは……たぶん、あるがままを受け入れてるって事なんだろう。

驚きはあるものの、事実を真っ直ぐに受け止めているように感じられる。

そして、そんな嶋谷の言葉に答えたのは、その本人たるヒメだった。



「私の、力はね……たぶん、物質の状態を書き換える力なんだと思う」

「状態を、書き換える……?」

「ちょっと特殊なんや。うちとしても、こんな形で発現するんは予想外やったからなぁ」



 ポリポリと頭を掻き、いづなさんは嘆息する。

その言葉の中には、珍しく愚痴っぽい色が含まれていた。

どうやら、いづなさんとしても本当に予想外の出来事だったようだ。



「ひめのんの中に力があるんは知っとった。力は他の力に触れると成長する傾向にあってな、うちらと付き合っとれば、最低限の力を発現できる程度には育つと思っとったんや。

せやけどなかなか発現せんし、もしかしてうちらの勘違いやったんかと思っとった矢先に怪異騒動。

その結果として、こないな攻撃的な形で発現した訳や。まあ、ある意味では好都合やとも言えるんやけど」



 ぼやきつつ、いづなさんは二本の木刀を拾い上げる。

片方はヒメに贈られたあの黒い木刀で、もう片方はいづなさんが持ってきたものだ。

その二つをカンカンと打ち合わせて、皆の方へと示す。



「見ての通り、木刀や。刃物やない、斬れるモンやない。まあ、うちなら頑張れば木刀で斬鉄ぐらいは出来るんやけど、ひめのんにはそないな技量はあらへん」



 何か今、ものすごく驚くべき事を聞いたような気がしたんだけど……いや、いい。話の腰を折らないようにしよう。

いづなさんはそれが頑丈な木刀である事を示した後に、ヒメへと黒い木刀を手渡した。

そして、いづなさんは普通の木刀の方を縦に持って構える。



「ほな、やってみ?」

「はい」



 ヒメは頷くと、皆にぶつからないように気をつけながらも、黒い木刀を横薙ぎに振り払った。

その刀身部分は間違いなく衝突したはずなのに、木と木がぶつかり合う甲高い音が鳴り響く事はなく、ただ静かに構えられていた木刀が半ばから切断されて床に落ちる。

そのありえない光景に、嶋谷たちから息を飲むような音が響いた。

今、ヒメが木刀を振るった速度は普段のような凄まじい速さのものではなく、頑張れば目に追える程度だったのだ。

あの程度で木刀が折れるはずもないし、さらに言えばこのような鋭利な断面が生まれる筈がない。

異様としか表現できない、そんな光景だったのだ。



「これが、ヒメの……だが、一体どんな力なんだ? 木刀で刀のように斬れるようにしている?」

「それは違うんや。ひめのんの力は、本来は『情報』を操るもの。物事を構成している情報を読み取り、その性質を知る事ができるっちゅーもんや。せやから、本来やったらうちの力に近い筈やった」



 それに関しては、昨日ミナさんから聞いた事と同じだ。

ヒメの力は本来サイコメトリーのようなもので、物理的な攻撃性を持つ物ではなかったはずだと。

しかし、それが何故かこのように物質に鑑賞する能力を得ている。

その仕組みについては、あまり理解できているとは言いがたかったが――



「ひめのんは、木刀を振るう時に何を考えとる?」

「え? ただ精密に、正確に……いづなさんの手本をなぞるように、って言う感じですけど」

「あー、ちっと言い方が悪かったかな。何をイメージしとるかって事や。ひめのんはもしかしたら、自分が真剣を持っとるようなイメージを重ねて斬りかかっとるんとちゃう?」

「あ……それは、はい、確かにそうです」



 ヒメが初めていづなさんの剣術を間近で見たのは、お兄ちゃんとの模擬戦の時だった。

模擬戦といっても凄く真剣な戦いで、二人とも真剣同士、一歩間違えれば相手を斬ってしまうような危険なもの。

その凄まじさは、ヒメの記憶の中に印象深く刻み込まれている事だろう。

そしてヒメは、そんないづなさんの姿をイメージの中に残して剣を振るっている。



「恐らくやけど、そのイメージが現実世界にも反映されとるんや。イメージの中で刀を以って斬ったものを、現実世界に転写する。頭の中にある映像で現実世界の物質を上書きする……ひめのんの発現した力は即ち、《物質の変換》や」



 その言葉に、ミナさんの話を聞いていなかったみんなが息を飲む。

想像を絶するほどの力。全てを知っている私ですら簡単には言葉を鵜呑みにする事が出来ないほどの、強大な能力だ。



「もしも何の制約も制限もなく使えるんやったら、うちらのリーダーの能力と比較しても遜色無いほどの絶対能力。うちですら信じたくないと思った程や」

「ッ……しかし、制約はあるって事なんだな?」

「せやね。ひめのんの力は斬撃にしか発現しとらん。即ち、今の所は斬る事にしか使えんって事なんやろう。

自由自在な変換は出来ず、出来る事は唯一『斬れていない物を斬れた状態に変える』事のみ。

ひめのんの体にも何ら影響は及ぼしとらんし……言ってみりゃ、何でも斬れるような名刀を持っているだけや」



 その言葉に――私は、安堵を覚えていた。

そんな神様みたいな力を持ってしまったら、まるでヒメが遠い所に行ってしまうような気がして怖かったのだ。

けど、今ならまだ割り切れる。単に鋭い刀を持っているだけだと言うのならば、まだ私のイメージを逸脱するようなレベルではないからだ。

けれど――



「今の所は、か」

「強くなる可能性に関しちゃ、否定できへんよ。力は使うほどに成長してゆく。そして、使い手が望む形に進化して行く。

ただ強い願い、強い思いを形にする事……それが、うちらの持つ力の行き着く先や」



 いづなさんの言葉に、私は眉根を寄せる。

これ以上力が強くなってしまったらどうなるのか――私は、それを誰よりも知っていた。

お兄ちゃんも、いづなさんも、桜さんも……ミナさんも行き着いてしまったその場所の事を。



「うちらの力は、いずれ使い手自身を作り変える。それが、超越者という存在や」

『――ッ!?』



 その言葉に、嶋谷と先輩が息を飲む。

二人は知っているのだ、超越者という存在の事を。

以前、桜さんから聞かされた話を――人知を超えた力と壊れた心を持つ破綻者の事を。

この二人は桜さんが持っていた異様なほどの身体能力や特殊な能力を知っている。

しかし、それがヒメの持っている力の先に生まれるものだなんて、誰が予想しただろうか。



「超越者の持つ力はあまりにも圧倒的……強い力と意志さえあれば辿り着けるが故に、ひめのんはちょいと危ないかもしれへんね」

「そう、なんですか? でも、強い力があるなら皆を――」

「――それで、皆と共にいられなくなったとしても、かいな?」



 その言葉に、ヒメは目を見開く。

それは、ヒメにとっても――そして、他の全員にとっても認めがたい言葉であった。

一緒にいられなくなるなんて、絶対に考えたくない事であったから。

そんな私たちの様子を見つめ、いづなさんは僅かながらに嘆息を零す。

仕方ない、とでも言うかのように。



「ただ力が強いだけやったら、超越者なんて大層な呼ばれ方はせんよ。言うたやろ、作り変えるって……その存在は最早人やない。永遠の命と圧倒的な力を持つ化け物や。

そうなってもうたら皆と一緒に生きられへんの、分かるな?」

「それ、は……」

「せやから、ひめのんは超越者になるべきやない。それは分かって欲しいんや」



 ヒメは――小さく、頷く。

その仕草に、私は胸を撫で下ろしていた。

ヒメならそう答えると分かってはいた。それでも、少しは不安が残ってしまうものだ。

しかしながら、いづなさんの話はそこで終わらなかった。



「とは言え、簡単な話しっちゅー訳でもないんやけどな」

「……と言うと?」



 珍しく真面目な様子のトモが、いづなさんに対して問いかける。

それに対し、いづなさんは小さく肩を竦めながら答えた。



「あー……答え辛いんやけどな。皆が相手にしとる怪異ちゅー現象。これを起こしとるんは、ひめのんと同じ力によって超越者になった存在なんや」

「それは――」

「ヒメノに、昨日説明した。どうして、ヒメノが怪異に狙われるのか。その超越者は、ヒメノの力を取り込もうと狙ってる」

「まあ、そういう訳なんや。つまり、超越者との戦いは避けられんやろう」



 その言葉は、先ほどまでの説明を聞いていた私たちにとっては、絶望的なもののように感じられた。

そんなもの、どうやって相手にすればいいのか――と。

私とヒメは、まだあまり理解できていなかったのだろう。

今まで相手にしてきた怪異は、私達でも何とか退けられるものだった。

けれど、本当に戦うべき相手はそれよりも遥かに強大で――それに届かせる事ができるとしたら、ヒメぐらいしかいない。

しかし、ヒメが強くなる事は避けなければならないのだ。どうやって相手にすればいいかなんて、さっぱり想像も出来ない。



「……どう、すれば」

「安心し、そこまで不安に思わんでも大丈夫や」



 俯き、私がぽつりと零した言葉――それに対する返答は、私の頭に軽く乗せられたいづなさんの手だった。

普段のふざけた様子なんて全くない、優しさに溢れたその声音に、私はピクリと肩を跳ねさせる。

恐る恐る顔を上げれば――そこには、穏やかに微笑むいづなさんの姿があった。



「うちらが護る。うちらが軽々と力を振るう訳には行かんけど、それでもひめのんを超越者にさせたりはせぇへん。せやから、他の皆もとりあえず安心し」

「……信用、出来るんだよね?」

「愛する家族の為や。うちらは決して仲間を裏切らない。まーくんの妹と、その友達やで? うちらが全力を賭して護るには十分すぎる立場や」



 先輩の言葉に、いづなさんは相手の瞳を真っ直ぐと見つめながら言い放つ。

そしてそれに賛同するように、隣に座るミナさんが微笑みながら声を上げた。



「マサトの愛する人なら、わたしもあなたたちを愛すから。あなたたちを、奪わせたりしない」

「ぅぇ……!?」



 どこまでも純粋なミナさんの言葉に、テリア先輩が面食らったように呻き声を上げる。

でもその頬が若干赤らんでいるところを見ると、満更でもないようだったけれど。

そんな先輩の様子と、二人の言葉に、私は何とか冷静さを取り戻す。

ああ、分かってる。私の家族は強いんだ。お兄ちゃん達がついているなら、何も不安な事なんてない。

だからと言って、そこに胡坐をかいている訳にも行かないけれど――



「ありがとう、ございます」

「礼ならええよ。ま、ここから先はお互い情報交換して決めるとええ。今は一気に話してもうたけど、皆はそれぞれ一部分ずつ大事な所を知っとるはずやから」

「え? あの……ワタシたちの活動を止めたりはしないの?」

「どうせ向こうからやって来るんや、止めようと止めまいとあんまり差なんぞあらへんよ。せやから、自由にやるとええ。君たちも大切な想いを抱えとるみたいやしね」



 全てを見透かしたようないづなさんの言葉に嶋谷と先輩は息を飲み、同時に嘆息を零した。

どうやら、ようやくこの人の性質が身にしみて理解できたようだ。

まあ、ともあれ――



「結局、色々知りはしたけど変わらず、か」

「あはは、そうだね」

「ヒメ、自分の事なのにずいぶん余裕そうじゃない?」

「うん……悩みはするよ。だけど、私がする事は変わらないから」



 そう答えて、ヒメは視線を庭のほうへと向ける。

葛藤はあるだろう。皆を護る事と、一緒にいられなくなる事――その二つを天秤にかけて、悩んでいる筈だ。

口を出したいけれど、結局のところ決めるのはヒメだ。

私は、ただヒメが道を踏み外さないように見守ろう。色々と、諦める事はできないのだから。



「はぁ……色々と、忙しくなりそうだわ」





















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