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72:修行風景












 研修旅行の次の日は、うちの学年は休みという事になっていた。

別に休みなんてあろうと無かろうと大した差があると思っているわけじゃない。

まあ、貰える物は貰っておこうという考えなだけだ。

そして私は、いつも通りのお勤めを果たしていた。数日離れていただけだと言うのに、なんだか久しぶりな気がしてしまう。

とは言え、あんまり汚れているわけではない。新緑の季節では落ち葉が溜まるという事もないのだし。



「さて、こんなもんかしらね」



 竹箒を片手に頷き、私は結構前から進めていた境内の掃除を終了させた。

ちなみに、服装はいつもどおり巫女服である。

まあいくらゴミが少ないと言っても、広い境内を一人で掃除せねばならないのだ。

数日置いておけば、朝の時間だけでは掃除が終わらないぐらいにはゴミが溜まってしまう。

それほど汚れていた訳ではなかったのだが、それでもいい加減おやつ時を過ぎた時間だ。

平日で参拝客もいないし、かなり暇になってきてしまった。



「ふぅ……さて、裏でも見に行ってみますかね」



 ちょっと凝ってしまった背骨をぽきぽきと鳴らしつつ、私は竹箒を片付けながら神社の裏手へと足を進める。

今日は休みという事で、そこではいつも以上に長い時間に渡ってヒメといづなさんの修行が行われていた。

数日開けてしまったから、それを取り戻すためと言う事らしいけど――



「しッ――」

「はぁっ!」



 少し近づくだけで、木刀同士が打ち合わされる甲高い音が聞こえてきた。

その音の高さはいつも以上に激しく、そして速い。

素人の想像でしかないけれど、まるで普段よりも速い剣速で、絶えず木刀が打ち合わされているのではないかと感じてしまう。

そして、普段ならばこれほど音が続く事もありえなかった。

何故なら、そこまで長く続く前に、ヒメの木刀がいづなさんによって打ち払われてしまうからだ。

しかし、今回はそれが無い。と言う事は――



「おーおー、やるようになったやないかひめのん」

「はぁっ、はぁっ……まだ、まだです!」



 裏手まで回れば、その音を奏でている張本人たちの声まで聞こえてくる。

片や非常に楽しそうに、そして片や息も絶え絶えながら闘志だけは漲らせて。

けれどお互い一瞬たりとも動きを鈍らせる事も無ければ途切れさせる事も無く、常に流れるような動作と共に木刀を振るって行く。

結果として響くのは、絶え間なく続く木刀同士の連撃だった

一撃でも当たったら骨が折れてしまいそうな勢いのそれは、正直な所、見ていて心臓に悪い。

が、この場では声をかける事も躊躇われてしまう。

結果として手持ち無沙汰になり、私は縁側に腰掛けているミナさんの隣に腰を下ろした。



「えっと……どんな感じですか?」

「二人とも、嬉しそう」

「あー、成程」



 ヒメは自分の剣がいづなさんに近づいてきている事を実感し、いづなさんはヒメが腕を上げた事を実感している。

二人にとって、それはとても喜ばしい事なんだろう。

何と言うか、ヒメもだいぶ常人離れしてきたわね。



「……さびしい?」

「え――あ、いや。大丈夫、だと思います」



 ミナさんは、また私の心を読んだのか、そんな事を口にした。

ミナさんが言う以上、それは私の本心なのかもしれない。けど実際の所、そこまで大きなショックを受けていると言う訳ではなかった。

私が少しだけ寂しさを感じているのは、ヒメが私の日常の中から出て行ってしまうかもしれないと感じたせいだろう。

常識離れした力を持ち、それを振るうのに相応しい場所へと行ってしまうのではないか――そんな想いは、確かに少しだけある。

けど、私は同時にヒメを信じてもいた。ヒメなら、勝手に私たちの元から離れて行ったりはしないと。



「えっと……ミナさん、私は――」

「うん、だいじょうぶ。ただ曖昧に、そう感じていただけだから。アンナなら、ヒメノのことを信じてあげられるよ」



 ミナさんのお墨付きに、私は照れくさくなって頬を掻く。

この人の言葉は、いちいち人の心の核心を突いてくるのだ。

無論、それが衝突に繋がりかねないような事は流石に口にしないけれど、どういう風に言ったら相手の心に響くかという事を誰よりも把握している。

この人が若干口下手なのって、こうして相手を黙らせてしまうからではないか、と思ってしまったりはするけれど。



「そういえば、ミナさん」

「ん、なに?」

「今回は珍しく長くいるみたいですけど、煉さんは来ないんですか?」



 ミナさんも常時心を読んでいる訳ではないので、こうして問答のような会話をする事もある。

まあそれはともかくとして、私は若干気になっていた事を口にしていた。

煉さんはかなり変わった思考回路を持った人で、気に入ったものを自分のものにしたがる、と言う性質を持っている。

煉さんもそんな自分の面倒さを把握してるのか、あんまり他人に深入りしすぎないように心がけているみたいだけど、そんな彼の琴線に触れてしまった人が三人ほどいるのだ。

それがミナさん、フリズさん、そしてもう一人が滅多に来ない水淵蓮花さんの三人なのである。

この人たちは煉さんの恋人のような扱いになっていて、本人たちも一応納得しているらしい。


 ――まあ、この人は寛容すぎると思うけど。


 思わず、私は胸中でそう呟く。

その三人の中でも、ミナさんは正妻と言うか婚約者と言う立ち位置らしい。

ミナさん的に煉さんがあんなのでいいのかと突っ込んだのだが、彼女としては煉さんが色々な人に愛されるのはむしろ望むところだと言う事らしく。

もうこの人たちの嗜好の特殊性に関しては突っ込むまい、と心に決めたのがずいぶん前の話だ。


 閑話休題――


 まあとにかく、そんな感じで煉さんはミナさんの事を溺愛していると言っても過言ではない。

だと言うのにミナさんがしばらくこっちにいて、煉さんが来ないというのは珍しいな、と思った次第なのだ。



「レンは、がんばってるから……わたしが今むこうにいると、邪魔になっちゃう」

「むしろテンション上げて張り切りそうな感じがしますけど」



 まあ、ミナさんがいるのが当たり前みたいな感じになってる気がしないでもないから、そこまでの効果があるのかどうかは分からないけど。

少なくとも、いなくなってしまったら煉さんのテンションが下がると思う。

それなのにこっちに来ていると言う事は、本当に面倒な状況になっていると言う事なのか。

そんな私の考えを読んだのか、ミナさんはどこか苦笑するような表情を見せた。



「アンナは、気にしないでもいいよ。あなたの好きな事じゃないから」

「あ……ありがとうございます」



 そんなミナさんの気遣いの言葉に、私は思わず恐縮してしまう。

私が日常を好きで、非日常の要素をあまり好まない事を読んでいたのだ。

聞く程度ならそれほど気にするまでも無いんだけど、お兄ちゃんが関わってくると話は別だ。

昨日も私たちを迎えたらすぐ向こうに行ってしまったし、結構忙しいんだろう。



「……レンは、わたしを大切にしてるから、こっちに来させてくれただけ。それに……アンナたちの事も、大切にしてるから」

「え……?」

「アンナは、マサトの大切な人。レンはわたしたち皆が大切だと思ってる人も護ってくれる。だから、レンはアンナの事も助けてくれるよ」



 その言葉は、私にとっては結構意外なものであった。

あの人は自分にとって大切なものにしか興味が無いと思っていたから、まさか間接的な位置にいる私のことまで気にしてくれるとは思っていなかったのだ。

って言うか、それでミナさんをこっちに送ったって事は――



「……もしかして、私とかヒメの事って――」

「結構、筒抜け」

「うぐ……」



 それはそれで嫌だ。

まあでも、ミナさんのおかげで色々スムーズに解決しそうなのは感謝しないといけないし……ああもう、結構複雑だ。

ってかあの人、私の本心の部分まで読み取ってたって事だろうか。

ひょっとして、いろんな人にバレてる?

比較的分かりやすいヒメはともかく、私はしっかり隠せてたと思うんだけど――



「うん、他の人にはバレてないよ」

「あ、あー……はい、そうでしたか」



 ミナさん相手には隠すと言う行動自体が意味無いので、嘆息交じりに頷いておく。

まあ、この人ならばそれをネタにからかったりするような事はしない。

心を読めるためなのだろうか、ミナさんは本当に、想いというものを大切にしているのだ。

だからこそ、私は安心してミナさんの言葉に頷く事ができる。

が――



「あ……でも、いづなは気付いてるかも」

「それは、半分ぐらい諦めてます」



 って言うか、既にからかわれた事がある。

まあ、その上で私の事を心配してくれていたから、悪い人っていう訳じゃないのだけれど。

結構親身になって相談に乗ってくれるから、どこまでが本気でどこまでがネタなのかがさっぱり分からない。

何だかんだで優しい、と言う事だろうか。



「はぁ……まあ、もうちょっとで決着つきそうですし、自分で何とかします。ちゃんと、すっきりけじめをつけられるように」

「うん……ごめんね、急かせるような事をしてしまって」

「いや、いいんです。それぐらいじゃないと、私も踏ん切りがつかなかっただろうから」



 ミナさんがお尻に火をつけるような事をしてくれたから、私は何とか前に進む事が出来そうなのだ。

このままだと、いつまでもうじうじ結論を出せないままでいたかもしれないから。

だから、感謝している。気を使ってくれたと言うのなら、煉さんにも感謝しよう。

これは、私にとってもヒメにとっても、そしてあいつにとっても大切な事だから。



「ずっと前から、決めていましたから」

「ん……そっか」



 ミナさんが深く言及してくるような事はなかった。

それが私にとってはありがたくて、小さく吐息と共に笑みを零す。

そして視線を上げれば――ヒメといづなさんの立ち合いは、そろそろ決着が着こうとしていた。

無論の事、いづなさんの優勢で。



「まさか、一度の実戦でここまで成長するとはなぁ……せやけど、まだ甘いで!」

「く、あっ!?」



 袈裟に迫ってきていたヒメの木刀を、いづなさんは横から絡め取るように自分の木刀を押し当て、そのまま軌道を逸らしながら地面へと押し付ける。

いかに動きの無駄を減らす剣術とは言えど、剣が動かなければ動きは止まってしまうだろう。

そしてそんな間にも、いづなさんは止まることなく左足で踏み込み、ヒメの胸へと向けて掌底を叩き込んでいた。

その一撃に、ヒメは後ろへと向けて大きく吹っ飛ばされる。

2mぐらいは飛んだんじゃないかと思ってぎょっとしたが、実際の所、いづなさんとの修行ではこれぐらい当たり前だ。

きっちり、怪我はしないように加減しているらしい。



「けほっ、げほっ……はぁ、はぁ……あ、ありがとうございました」

「うい、お疲れさんやね。ほんなら、後はマッサージにしとこか」

「え、でも――」

「ひめのんが一気に成長してもうたからね。練習メニューも組み直さなあかん。せやから、今日はここまでや」



 いづなさんはぽんぽんと木刀で自分の肩を叩きながら頷く。

しかし、息も絶え絶えなくせにまだ修行するつもりだったのかヒメは。

あんまり無茶しないようにとは言っているんだけど、昨日の話があったのも原因の一つかしらね。



「しかし、ヒメも結構強くなったと思ってたんですけど……いづなさんと比べるとまだまだですね」

「にゃっはっは、そらまぁ、そう簡単に超えられたら師匠として立つ瀬が無いやろ」

「いづなさんって、そういう事あんまり気にしなさそうですし」

「ま、そりゃその通りやけどね。ほな、ひめのんこっちおいでー。整体のお時間や」



 何とか起き上がったヒメに対し、いづなさんはちょいちょいと手招きする。

いづなさんは既に家の中に上がり、部屋の中に敷いてあった布団の前に待機していた。

別にいかがわしい理由という訳ではなく、いづなさんは実際にかなり高度な整体の技を持っている。

ヒメとしても体を整えてくれるそれはありがたいものらしく、すぐに部屋の中へとあがってうつ伏せに寝転んだ。

ただ――



「ほんなら行くでー」

「はうっ!? いたいっ、いたたたたたっ!?」

「まだ動きが完璧やない証拠やね。無茶しとる所があるから、だんだん歪んで行くんや」



 いづなさんは、何だかだいぶ無理があるんじゃないかという領域まで、ヒメの体をぐいぐいと押してゆく。

まあ、これでもだいぶマシになったほうなのだ。

初めてやったときには、ヒメが絶叫するほどだったのだから。

今ではこの程度の悲鳴で済んでいるし、ついでに――



「ん、んぅ……!」

「うへへへへ」

「いづなさん、笑い方がおっさん臭いです」

「ひめのんがエロいのが悪い!」

「わ、私エロくないで――んぁあ!」



 どうも、いづなさんの整体はやっていると段々体がぽかぽかしてきて気持ち良くなってくるらしい。

身体の歪みがなくなってきた証なのだろうけれども、多少狙ってるんじゃないかと思えなくもない。

って言うか、この人の事だから狙ってるんだろう。どさくさに紛れてヒメの胸揉んでるし。

まあ、今更止めようとした所で無駄と言うか、一応ちゃんとやってくれているのは確かだから放っておくしかないのだが。

そんな事を考えて小さく嘆息した所で、ふと私は、隣に座っていたミナさんがある方向へと視線を向けたのに気付いた。

私が先ほどこの場所に来る時に通ってきた脇道の方だ。

釣られるように私もそちらへと視線を向ければ――ちょうど、そこから一人の人影が姿を現す所だった。



「ん、トモ?」

「ぃよう杏奈、お帰り。相変わらずマニア好みの格好だな」

「蹴り飛ばすわよ変態。まあ、ただいま」

「おう。それでヒメは――」



 予想したとおりの言葉を発しようとした所で、ふとトモが目を見開いて硬直した。

どうかしたのかとその視線を目で追って、納得する。

トモが視線を向けた先にいたのは、他でもないミナさんだったのだ。

例によって、見惚れてしまったのだろう。



「どっ、どどどど、どちら様!?」

「工事音じゃないんだから……この人はミーナリアさん」

「ミーナリア・フォン・フォールハウト……です。ミナで、いいよ」



 どうやら、トモも無害と認定されたらしい。

普段こいつは何を考えているのかと思ったが、どうせヒメの事しか考えていないだろう。

ああ、そうそう。釘を刺しておかないと。



「えっと、よろしければ――」

「旦那がいるから手ぇ出そうとすんじゃないわよ? 冗談抜きに殺されるから」

「旦那さんどんだけ怖いの!?」



 煉さん怒らせると本当に怖いからね。

下手にを出させないようにしとかないと。



「ま、そういう事だから。後、ヒメはもう中にいるわよ」

「お、おう、了解」



 ちらちらとミナさんの事を見つつも、トモは家の中へとあがってゆく。

まあどうせ、今のヒメの姿を見ればすぐにでも機嫌が直るだろう。

そんな事を考えながら、私は深々と嘆息を零していたのだった。





















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