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71:宿る力












「えっと、その……どうして、その事を?」



 ヒメは、ミナさんに対してそう問いかける。

若干の警戒心だろう。ただ、ミナさんはそれすら見透かしたように微笑みながらヒメの問いに対して返答していた。



「わたしたちも……あなたと同じように、力を持っているから」

「でも、私にはミナさんの力とか、よく分かりません」

「あなたの力は、まだ最低限度の領域……自分の力を、自覚して使用できるようになった程度に過ぎない。力を感じ取れるようになるのは、もっと先」

「あれで、最低限……」



 木刀で木を斬り倒してしまった時の事を思い出しているのだろう。

確かに、あれで最低限なんて言われたら、強くなってしまった時にどうなるのかさっぱり想像も出来ない。

まあ私も、ミナさんの力がどんな物なのかとかは知っているんだけど。

だから、この人は決して嫌いではないのだけれども、ちょっと苦手。

好ましい人だとは思っているけれど、思わず身構えてしまうのだ。



「――自分の力がどんな力なのか、気になる?」

「えっ!? あ、は、はい」



 ミナさんは変わらぬ調子で、ヒメに対してそう問いかける。

ヒメのほうはその言葉に対し、面食らったような表情で驚きながらも、何とか頷いていた。

どうやら、先回り・・・されたようだ。私も経験あるから、ヒメの気持ちは分からないでもない。



「教えてください。私の力が、一体どういうものなのか」

「うん……あなたの力は、物質を構成する情報領域に干渉、書き換えをする力」



 ミナさんの言い方はとても淡々としていて、けれどその言葉は難しく、簡単には理解できないものだった。

ヒメも同じなのか、目を見開いてきょとんと首を傾げている。

しかしそんな私たちの様子を見てもなお変わらず、いつも通りの調子でミナさんは声を上げる。



「わたしたちの力は、物理的な影響を及ぼすものと、使い手の知覚に影響するものの二つがある。これの前者を『全能』、後者を『全知』と呼んでいる……わたしは、後者」

「えと……何か、神様みたいですね。全知全能って」

「そう、だね」



 ヒメが何とか呟く事ができた言葉に対し、ミナさんは少しだけ言葉を詰まらせた。

何だろう、言いたくない事でもあったのだろうか。

しかし表情の少ないミナさんのこと、すぐさま普段と変わらない表情に戻ってしまった。

この人が何を考えていたのか、それは分からずじまいだ。



「……あなたの力は本来、物の情報を読み取る力のはずだった。あなたたちに分かりやすく言うと……サイコメトリー?」

「ああ、はい。ニュアンスは何となく分かりました」



 要するに、物に触れただけでその持ち主の事が分かったりするあれだろう。

創作の世界かなんかでは時々見る能力だ。ヒメの力も、本来はそういうものだったのだろう。

そう、本来は、だ。



「それは、『全知』の側に属する能力のはずだった。けど、今は違う……そうでしょう?」

「そう、です。確かに、私は物理的な干渉が出来ていました……そんな事まで分かるんですか?」

「……わたしの力は、人の心を読む力。あなたが思い出した光景は、わたしにも見える」

「え……っ!?」



 ミナさんの言葉に、ヒメが思わず動きを止める。

まあ、そうだろう。目の前にいる相手が読心能力を持ってるなんて分かったら、身構えてしまうものだ。

って言うか、ちょっと失敗だったわね。



「ごめんなさい、二人とも。あらかじめ言っておくべきだったわ」

「ううん、いいよ。アンナは気にしないでもだいじょうぶ」

「私、も。ミナさんはきっと、悪い人じゃないと思うから」



 ミナさんは自然体で。ヒメはちょっと無理をしている感じはあったけれど、それでも真っ直ぐとミナさんの瞳を見つめながら頷いた。

心を読めようが何だろうが構わないと、そう言うかのように。

そんなヒメの様子に、ミナさんはほんの僅かながら口元を嬉しそうにほころばせたように見えた。



「で、話が逸れちゃいましたけど……どうして私の力は、こんな風に?」

「ん……この力は、人の心の影響される。特に、強い願いに」

「強い、願い」



 その言葉を聞き、私は横目でちらりとヒメの事を見つめる。

ヒメが強い願いを持っているかと聞かれれば、それは確実にその通りだろう。

私たちを護りたいと常日頃から言っている。人を護れる強さが欲しいと思ったから、いづなさんに師事したのだ。

有言実行で前に進むヒメが、それだけの強い思いを抱いているのは当たり前の事だろう。



「弱い自分が嫌、護られているだけの自分が認められない。だから、皆を護れるだけの力が欲しい。傷ついた少年を支えた時から、彼の事を愛おしい・・・・と、護りたいと感じた時から――あなたは、己の価値を定めた」

「え――」

「ちょ……っ」



 ミナさんの言葉に思わず面食らい――そして、目があった瞬間、私は思わず息を飲んでいた。

その奥底にある複雑な色、その奥から、ミナさんは私に語りかけてくる。


 ――本当に、それがあなたの幸せでいいの?


 まるで直接耳にしたかのようにはっきりと伝わってきたそれ。

そんな言葉に対し、私は一瞬だけ逡巡していた。

けれど――それでいいと、私は頷く。それでいいのだ、それで構わない。

この感情は嘘ではないのだ。だって、私は二人の事が同じぐらいに好きだから。

私の中の想いだって否定は出来ない。けれど、私にとっての幸せは、私が定めたそれであっても遜色ないものだと、胸を張って言う事ができる。

だから――


 ――あなたの心は嘘じゃない。本心からそう思っている。だから、安心して。


 再び、そんな言葉が伝わってくる。

ミナさんは、私の瞳をじっと見つめて微笑んでいた。

その言葉と、その柔らかな視線に――私は、思わず安堵する。

私は、私を偽らずにいられたのだ、と。



「あなたの『護りたい』と言う想いが、あなたの力をそういう形に作り変えた。大切な人たちを、愛しい人を護れるように」

「え、あの、えっと……」

「だから、情報を読み取る能力が書き換える能力に変わった。ヒメノ、あなたは優しいね」



 目を白黒させ、顔色を赤くしたり青くしたりと器用な真似をしているヒメは、果たしてその言葉をちゃんと聞いていたのだろうか。

恐らく、ヒメは今、先ほどのミナさんの言葉を反芻している事だろう。

ヒメは決して頭は悪くない。むしろ、その直感的な部分はかなり優れていると言ってもいい。

だからこそ、心を読む事が出来るミナさんの言葉が、自分の心の奥底にある本心であると理解できてしまったのだろう。

今まで自覚していなかったそれは、自分を見つめ直す事で、踏み出し方を知らなかった一歩を踏み出す事ができる。



「あの、えっと、私――」

「人の想いは、複雑。それを一概に、言葉で表すことはできない」



 未だ混乱しているヒメを諭すように、ミナさんは淡々と言葉を発する。

慣れていなければ分からないけど――そんな言葉の中に含まれているのは、深い慈愛の感情だった。

お兄ちゃんたちの誰もが、ミナさんの事を大切にしている。その理由が、ここにあるんだろう。



「あなたから読み取ったそれが、わたしにとってのそれと同じであるかは、分からない。けど、あなたが最初に『護りたい』と思ったのは、傷ついた彼を抱きしめたとき。それが、あなたの根本だから」

「私が、最初に思った、事……あの、時の?」



 ヒメは、自問するようにぶつぶつと呟いている。

が、ミナさんが言った以上、それは本当の事なのだろう。

この人が本気になれば、自分が自覚していないような心の裏の裏まで簡単に読み取ってしまう。

そして、ミナさんは決して、意味の無い嘘なんて吐いたりしない。

ヒメのそれは、紛う事無き本心なんだろう。


 ヒメはしばし、己に問いかけるように俯いていたけれど、やがて顔を上げてじっとミナさんの事を見つめた。



「ミナさんも、そう思える人がいるんですか?」

「うん。わたしは、レンの事を愛しているよ。誰よりも、何よりも」



 本当に穏やかで柔らかで、それでいて嬉しそうにミナさんは頷く。

思わず羨ましいって思ってしまうほど、この人は純粋に、本心からその言葉を口にしていた。

その姿はあまりにも綺麗で、花が開いたような笑顔に、思わず見蕩れてしまっていた。

普段は人形のように表情に乏しいから、こうして表情らしい表情を見せてくれた時の破壊力が半端ないのだ。

本当に、煉さんを愛している事を心の底から誇っているかのように――ミナさんは、ただただ純粋に笑っていた。

そしてヒメもまた、そんなミナさんの表情に呆然と目を見開いている。

あまりにも綺麗で見蕩れてしまった?

いや、違う。これは――



「いい、なぁ」

「ヒメ?」

「あ、ううん! な、何でもない!」



 思わず呟いてしまったのだろう。

そんなヒメの言葉を、私は決して聞き逃していなかった。

もしも、あんな風に笑えるミナさんの事を羨ましいと思ったのだったら、今度はちゃんと目を向けてくれると思うから。

今度こそ、自分の本当の気持ちに気付いて欲しい、と。



「そ、それより、話の続きです! えっと、どうして私の力がそうなったのかって言う事までは分かりましたけど、その……もうちょっと色々、基本的なこととか!」

「ん……基本的。力を使いすぎると、頭が痛くなる」



 だいぶ無理矢理な話の戻し方に呆れつつも、私は戻ってきた答えを吟味する。

頭が痛くなる、か。本当にその程度で済むのだろうか。

力のデメリットについては、しっかりと知っておきたい所である。



「力の消耗は、全知の能力よりも全能の能力のほうが激しい……本当に使いすぎると、目から血が出たり大変だから、無理はしないように心がけないと駄目」

「目から血って……」

「う……き、気をつけます」



 ミナさんの言葉に、ヒメは嫌そうな表情で頷く。

まあそりゃあ、そんな凄絶な姿にはなりたくない。ちゃんと気をつけないとならないだろう。

そうして全員がしばし沈黙した後――ミナさんは、ぽつりと声を上げた。



「ヒメノ。あなたの力は、とても強い」

「え……?」

「存在しているものの情報を書き換えて、上書きしてしまう。『繋がっている』状態のものに『切断されている』状態を上書きする事で物質を斬断する力。限定的ながら、これは物質の変換と呼べる力」

『――――っ!』



 ミナさんの言葉に、私とヒメは揃って息を飲む。

今まではあまり実感がなかったけれど、ミナさんの言葉が確かなら、ヒメがやっているのはとんでもない事だ。

ミナさんの心を読む力すら可愛く見えてしまうような、そんな力。

けれど、ミナさんの言葉はそこで終わらなかった。



「そしてこの力と、怪異と呼ばれる現象を引き起こしている力……それは同種のもの」

「えっ!? 怪異と同じ、ですか!?」

「そう。どちらも、情報を操る力。ある程度のパターンを元に、実体を創り上げている」



 つまり、ヒメの力が情報を無理矢理消して上書きするものだとすれば、怪異とはプログラミングによって一つのソフトを創り上げているようなもの。

ようやく、ヒメの力が怪異たちに対してあんなにも良く効いていた理由が分かった。

怪異たちにとって、ヒメの力は天敵なのだ。いかに頑強であったとしても、木の枝一本で消し去られてしまうのだから。



「あなたの力は、容易く怪異を斬り裂ける。けれど同時に、怪異を生み出している存在は、あなたの力を奪う事で自分の力を強化できる」

「ミナさん、それは……ッ!」



 思わず、ぎょっとする。

それは、私が今までヒメに対して隠し続けていた事だったから。

それを知ったら、責任感の強いヒメは私たちを巻き込んだと自分を責めてしまうから。

事実、その言葉にヒメは目を見開いている。



「それ、じゃ……怪異が、私によく向かってきていたのって……?」

「あなたの力を食らおうとしているから」

「私が、いたから? 私のせいで、怪異が――」



 ヒメは俯き、呆然とそんな事を口にする。

私は思わず舌打ちし、ミナさんに食って掛かろうとして――目を見開いた。

いつの間にか席を立っていたミナさんが、ヒメの隣に膝をついていたのだ。

そしてミナさんは、そっと手を伸ばしてヒメの頭を自分の胸に抱き寄せる。

まるで母親のように慈愛の表情を浮かべながら、ヒメの頭をゆっくりと撫でて。



「え……?」

「あなたのせいじゃないよ、あなたは悪くない」

「で、でも、私がいたら皆が……!」

「確かに、あなたがいる場所で怪異は起こる。でも、あなたは何も悪くないよ……あなたが皆を危険に晒しているんじゃない。あなたが怪異に巻き込まれるのと、あなたの大切な人が怪異に挑むのは、全く別の理由だから」

「え――」



 思わず、耳を疑う。

この人は、嶋谷やテリア先輩が怪異に挑む理由を知っているのだろうか。

確かに、この人ならば一目見ただけでその理由を読み取ってしまうのかもしれないけれど。



「だからね、ヒメノ。皆を巻き込まないために一人で戦おうなんて、考えちゃ駄目。それは、悲しいことだから」

「でも、そうすれば皆が安全に――」

「違うよ。だって、あなたがいようといまいと彼らは怪異に挑むのだから。そして、あなたの守護がなくなれば、その分だけ彼らは危険に晒される」



 その言葉に、ヒメは目を見開く。

現状、ヒメの力はあらゆる怪異に対して、対処法を用いずに致命打を与えられる唯一の方法だ。

それがなくなれば、私たちはきつい戦いを強いられる事になるだろう。

嶋谷たちが怪異から手を引く事がないのなら、そういう状況になるのは火を見るよりも明らかだった。



「ヒメノ……そばにいて、護ってあげて。あなたの愛しい人を。あなたの大切な仲間を……傷つけて、失ってしまわないように」

「は、い」



 ぬくもりに包まれてまどろむように、けれど確かな意思を込めて、ヒメは頷く。

その答えに満足したかのように、ミナさんはそっと腕を放した。

そして、私もそっと胸を撫で下ろす。もともと、隠し続ける事は無理だと思っていたのだ。

けれど、上手くヒメを説得する方法も思いつかず悩んでいたのだけど――ミナさんが説得してくれて助かったわ。



「あ……」



 ヒメは離れて行ったミナさんにちょっとだけ名残惜しそうな声を上げて、それに自分で気付いたからか顔を赤くして俯かせる。

けど――その瞳の中には、確かな決意が秘められていた。



「あの、ミナさん」

「ん、なに?」

「私……頑張ります」

「ん……応援してるよ、頑張って」



 何を、とも何に、とも言わない。

ただ、ミナさんは子供を見守る母親のように、穏やかな笑みを浮かべていたのだった。





















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