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70:慈愛の黄金












 研修旅行を終え、最終的に到着したのはいつもの学校だった。

ここで解散となり、各自家に帰ってゆく事となる。

私はと言えば、こうして普段見慣れた光景を目にする事ができ、どこか安心感を覚えていた。

やっぱり、普段慣れている場所が一番って事でしょうね。



「さて……それじゃあ皆、お疲れ様。色々あって大変だったけど、協力してくれて助かったわ」

「うん、皆ありがとう。それに、何だかんだで楽しかったよね」



 私は皆のほうへと向き直り、改めてお礼の言葉を口にする。

それに同調するのはヒメだ。木刀を背負っているおかげで悪目立ちしているヒメは、しかしそんな視線などものともせずに皆に対して笑みを浮かべる。

何だか、ヒメも結構図太くなってきたわね。

そんな感心をしていたところ、私たちの言葉を受けたほかのメンバーも、笑顔で返答してきた。



「気にしないでいいわよ。実際、そこまで役に立てた訳じゃないんだし。ま、楽しかったのは確かだけどね」

「ごめんね……私も、もうちょっと助けになれればよかったんだけど」

「十分助けにはなってたわよ、本当にありがとう」



 皆のフォローがなかったら、私たちは一体どんな扱いになっていた事やら。

怪異はとにかく厄介なのだから、現実世界のしがらみは考えないようにしたい所だったのだ。

そういう所をフォローしてくれたおかげで私たちは後の旅行を純粋に楽しむことが出来たのだし、本当に感謝している。



「まあ、今後も何かあったら呼んでくれよ。出来るだけ助けになってやるぜ」

「出来る事は限られているかもしれませんが……まあ、多少のフォローなら出来ますので」

「うん、ありがとう二人とも。そっちも、何か困った事があったら呼んでね?」



 男二人の言葉に対しては、ヒメがそう笑顔で答える。

こいつらも変わった連中だけど、決して悪い奴らじゃない。それは、十分に理解する事ができた。

怪異に巻き込む事はできないけど、何かあったら助けになろう。借りは返さないと気が済まないのだ。

まあとにかく、こうして楽しく旅行が出来たのも皆のおかげだ。

その感謝だけは忘れないようにしながら、私は告げる。



「それじゃ、これで解散にしましょう。皆、お疲れ様でしたー」

『お疲れ様でした!』



 そして皆も、それに合わせて一斉に声を上げ、その後ひとしきり笑い合う。

そんないつも通りの雰囲気に満足しながら、私たちは各々の帰り道へと向かっていった。

完全に桜の散った桜並木の道へと向かい、私とヒメも足を進めて行く。



「いやぁ、大変だったわねぇ」

「あはは、杏奈ちゃん口を開くとすぐそれだね」

「む……まあ、大変だったのは事実だしね。ヒメだってそうでしょ?」

「うん、まあそうだけど」



 私の様子に、ヒメはくすりと小さく笑う。

その穏やかな表情に悪い気はせず、私もまた笑みを浮かべていた。

確かに大変だった。大変だったけど――それでも、心の底から楽しむ事が出来たのだ。

辛かったし嫌だったし、心残りな事もあるけれど、それでも自分を偽る事無く楽しめたのが嬉しかったのだ。

それだけでも、旅行に行った価値はあっただろう。



「ヒメ、うちに寄ってく?」

「あー、そうだね。あの話も聞きたいし、誠人さんとかいづなさんがいたら挨拶もしときたいし」

「あ、そうね、それもあったか」

「杏奈ちゃん……自分で言ったのに忘れてたの?」

「あははははは……ほらまぁ、それだけ楽しめたって事で」

「もう……まあ、私も今まで忘れてたんだけどね」



 そんな風に言葉を交わしながら、私たちは家への道をゆっくりと歩いてゆく。

ごろごろと転がるキャリーバッグの音が少々気になるけれど、それ以外はいつも通りの光景だ。

私の日常、何よりも大切な日常……それを噛み締めながら、家への道を歩いてゆく。

と――そんな時、ふと大きな声が響き渡った。



「杏奈ー!」

「あ、この声って……」

「え、マジで?」



 私たちは同時にその声の正体に気付き、響いた方向へと振り返る。

そこにあったのは、一組の男女の姿だった。

若干高めの身長で、短く刈り込んだ硬い髪質の黒髪が印象的な男性と、栗色の柔らかそうな毛を長く伸ばしている女性。

その二人の姿は、私にとってとても見覚えのあるものだった。

って言うか――



「お父さん、お母さん? いつ帰ってきてたのよ?」

「今よ今! すごい偶然ねー。ただいま、杏奈。そっちも研修旅行だったのよね?」

「う、うん」

「そうかそうか。よし、父さんが荷物を持ってやろう。姫乃ちゃんもどうかな?」

「あ、いえ、大丈夫です」



 ――私のお父さんとお母さんだ。

ここ数ヶ月間、旅行やら旅先でのヘルプやら出張やらで家に帰ってきていなかった私の両親。

父、神代誠敏まさとしと母、神代みやこ

本当に、どうしてここまで久しぶりになってしまったのかと突っ込みたい両親であった。

まあ、携帯電話で毎日連絡は取っていたから、あんまり久しぶりと言う感じはしないのだけれども。

ちなみに両親とも旅行かばんを持っていることから、これが待ち伏せではなく本当に偶然の出会いである事が分かる。



「あーんもう、久しぶりの娘だわ。癒されるー」

「いやちょっと、往来で抱きつかないで。せめて家に帰ってからにして」

「ああん、いけずー。あ、そうだわ。ヒメちゃんもうちにおいでなさい」

「はっはっは、それはいいな、歓迎しよう」

「あ、えっと……は、はい」



 非常にテンションが高く感じるが、うちの両親は大体こんなもんである。

ヒメでさえたじたじになるその勢いは、お兄ちゃんがいなければ制御不可能なのだ。

私が普段冷静と言うかテンション低いのは、この両親が原因であったりもする。



「相変わらずだね、おじさんとおばさん」

「相変わらずすぎて安心したと言うべきか、ちょっとは落ち着いてくれる事を期待したかったと言うべきか……」

「あははは……」



 乾いた笑みを浮かべるヒメに対し、私は後ろからお母さんに抱きつかれながらも嘆息する。

別に両親の事が嫌いって訳じゃない。むしろ大好きだ。けど、不満が一つも無いと言う訳ではなく。

とりあえずもうちょっと落ち着いてくれと言いたい。いろいろな意味で。

うちの家系は感情優先で行動する遺伝でもあるのだろうか。



「ま、とりあえずとっとと帰りましょう。お兄ちゃんが首を長くして待ってそうだわ」

「あら、誠人も帰ってきてるのね」

「誠人さんですから、杏奈ちゃんが帰って来る時にはちゃんと待ってますよ」

「誠人は相変わらずシスコンだなぁ、ははは!」



 ちなみにお父さん、その台詞をお兄ちゃんの前で言ったら容赦なくぶっ飛ばされるわよ。

まあ、言われずともちゃんと分かってはいるでしょうけれども。

お兄ちゃんは私と言うより、家族全体を大事にしている節があるから、別に私に限った話と言うわけではないのだ。

ヒメの言うとおり、私と両親が帰ってきたとなれば、たぶん石段の下まで降りて待ってくれているだろう。



「と……噂をすれば何とやら、かな」



 閑静な住宅街を抜け、ちょっとした坂道になっている場所へと差し掛かれば、うちの神社への石段が見えてくる。

その下には、やたらと背の高い男性――即ち、うちのお兄ちゃんの姿が見えていた。

何時ごろ帰るとは伝えておいたけれども、わざわざ下で待ってなくてもいいのに、と思わず苦笑を零してしまう。

そしてお兄ちゃんもこっちの姿に気付いたのか、私たちの方に視線を向けると軽く手を上げてきた。

いつもと変わらぬその姿に、私は小さく笑う。



「ただいま、お兄ちゃん!」

「ああ。お帰り、杏奈。それに、父さんと母さんも。そして姫乃も、よく帰って来たな」

「ただいま、誠人。随分と空けてしまって済まないな」

「ただいまー、誠人。あなたのお友達も元気だったかしら?」

「ただいま戻ってきました、誠人さん」



 皆で一様に挨拶をし、その言葉に満足そうに頷いたお兄ちゃんは、ひょいと女性陣の荷物を全部まとめて持ち上げてしまった。

相変わらず、凄まじい筋力だ。2m近い刀を軽々とぶん回すだけはある。



「おーい誠人ー、父さんの荷物は持ってくれないのかー」

「流石に三つも持てば限界だからな。と言うか、男なんだからそれぐらいはがんばってくれ」

「お父さーん、ガンバー」

「ふむ、息子と娘に励まされては頑張らねばならんな」



 私とお兄ちゃんの言葉を受け取り、お父さんは何やら得意げな顔でそのまま石段を登り始める。

ぶっちゃけ、ちょろい。まあ、お父さんはリュックに荷物を背負ってたから、多少は楽だろうけれども。

そうしてひょいひょう石段を上って行くうちの男二人を見上げながら、私はふと気になってお兄ちゃんに問いかけた。



「ねえお兄ちゃん、今日は誰か来てるの?」

「ん、ああ。少し珍しい奴がな。会いたがっているから、行ってくるといい」



 珍しいと来たか。

となると、桜さんやいづなさんではなさそうだ。

誰なのかと悩みつつも、私たちは石段を登りきる。

そうして玄関の方へと向かっていって扉を開ければ――そこに、女物のブーツが一つ置いてあった。



「ん……となると、煉さんではないか」

「煉さんって、えっと……」

「ヒメはあんまり会った事無いかもね。あの人、あんまりこっちに来ないから」



 まあ、一度か二度ぐらいは会った事があるかもしれないけど。

しかし女物だからと言って、蓮花さんの物だとは考えづらい。あの人、あんまりうちに興味ないみたいだったから。

煉さんの付き添いで来た事がある程度だったから、一人でうちに来るとは考えづらかった。

しかし、他に女の人って――



「……あの人、一人で来るかなぁ?」

「杏奈ちゃん、心当たりあるの? 私が会った事ある人?」

「ええと、どうだったかしら……」



 もう一人思い当たる人は、日本語があんまり得意ではない。

色々努力する人だから、会うたびに徐々に上手くなってきてはいるけど、その為に一人でこっちに来る事はまず無かった。

まあ、よく考えれば今回はお兄ちゃんがこっちに来ている訳だけれども。



「うーん……まあ、会ってみれば分かるか。とにかく、ただいまー」

「ただいま。ふぅ、久しぶりの我が家だな」

「懐かしく感じちゃうわね、ただいまー。あと、ヒメちゃんはいらっしゃい」

「あ、お邪魔します」

「お帰り、それといらっしゃい。疲れただろう、しばらく休むといい」



 荷物はお兄ちゃんが居間の方へと持って行ってしまった。

たぶん、そこでまとめて整理するのだろう。見られて恥ずかしいなーとは多少思うけど、まあお兄ちゃんだし、大丈夫だろう。

お父さんもその後に続き、整理をするためかお母さんも付いて行く。

それを見送った私たちは、お客さんがいるであろういつもの部屋へと足を運ぶ。

私の予想が確かなら――ちょっと、覚悟しないといけないだろう。



「っ……よし、こんにちはー」



 そう言いながら開いた扉の先に――人形が、座っていた。

いや、違う。思わずそう錯覚してしまうほどに均衡が取れた姿をした、一人の女の子の姿があったのだ。



「あ……おかえりなさい、アンナ」

「ぅ……に、日本語上手になりましたね、ミナさん」



 ミーナリア・フォン・フォールハウト。それがこの人の名前だった。

エメラルドグリーンに透き通る髪に、儚げな色を宿した黄金の瞳。

左右完全対称な、人間ではありえないほどに整った容姿――私はヒメの事を美少女だと思っているけれどこの人と比べればそれも霞んでしまう。

私は本当に心の底から、この人よりも美しいと思える人間をテレビの中でも写真の中でも見た事が無いと断言できる。

瞳を細めて淡く微笑むその姿は、思わず息が止まってしまうほどに綺麗で、その白いワンピースも含めて神々しいとすら形容できるほどの美しさだった。

と――耐性のある私ですらそう思ってしまうのだ。見慣れていないヒメでは――



「…………」

「あー、やっぱりこうなっちゃったか」



 ヒメは、ミナさんの姿を見て呆然とした表情のまま硬直していた。

まあ正直、正面に立っていたとしても現実味が沸かないほどの人なのだ。

ヒメがこうなってしまうのも無理はないだろう。とりあえず、肩を揺さぶって正気に戻すけど。



「ほらヒメ、あんまりボーっとしてないの」

「ぇ……え、あ、うぇい!?」

「いや、うぇいってあんたね……」

「いやっ、ううん、大丈夫大丈夫。ちょっとびっくりしちゃっただけだから。えっと――」



 ヒメが視線を向けると、ミナさんもそれに返すように視線を向ける。

心の底まで見透かすような黄金の瞳は、向けられると若干ながら気恥ずかしさを感じてしまう。

ヒメもそれに違わず思わず視線を逸らしてしまいながら、ミナさんへと向けて声を上げた。



「え、えっと……こ、こんにちは」

「こんにちは……あなたが、ヒメノ?」

「は、はいっ! し、篠澤姫乃です!」

「ん……わたしは、ミーナリア・フォン・フォールハウト。ミナで、いいよ」



 ミナさんの、大体いつも通りの自己紹介。

でも、ある程度気を許した人じゃないと、後ろに『愛称で呼んでいいよ』と言うのはついてこない。

ヒメは合格という事なんだろう。

とりあえず、私もヒメもミナさんと向かい合うように座りながら、浮かんだ疑問の事を問いかけた。



「えっと、それで……どうかしたんですか? お一人でここに来るなんて珍しいですけど」

「ん……ちょっとだけ、話がしたかったから」

「話、ですか?」



 私とヒメは、揃って首を傾げる。

一体、この人が私たちとどんな話があると言うのだろうか。

正直な所、全くと言っていいほど想像できない。

疑問を抱きながら視線を返せば、まるでその内心を見透かしたかのように淡く微笑み、ミナさんは声を上げた。



「ヒメノの、力について」

「な……っ!?」

「何で、それを!?」

「徐々に、力が強まってきている事は分かっているから……そろそろ教えた方がいいって、いづなが」



 じゃあ何でこの人が直接来たのだろうか、と疑問に思ってしまう。

結構重要な立ち位置の人だった筈なのだけれども。



「知らなきゃ、いけない。わたしたちの力が、どんなものなのか。あなたに、後悔して欲しくないから」

「え、えっと……この力の事、教えていただけるんですか?」

「うん、大丈夫……もう、怖くないよ」



 そういって、ミナさんはどこまでも優しげな笑みでそう答える。

その姿に――私とヒメは、思わず息を飲んでいたのだった。





















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