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神代杏奈の怪異調査FILE  作者: Allen
ヒサルキ編
63/108

63:救援










 強烈な打撃音と、視界に映る横に伸びた足。それの向かっている方向には、思い切り吹き飛ばされた男の姿。

直前までの状況にいっぱいいっぱいになっていた私は、そんな見れば分かるような現状を把握する事にすらしばしの時間を要してしまった。

二つ目までボタンの飛んだ胸元を押さえつつ起き上がれば、見えてきたのは動きやすそうな服装をした女性の姿。

けれど――私は、そいつが純粋に女性と言える存在ではない事を知っていた。



「ヒサルキ……何であんたが、ここに?」

「そりゃまあ、君たちからの救援を受け取ったからだよ。ボクも行くって言っただろう? 今日はコースケ君と動いているのさ」



 指を一本立てつつ、得意げな表情でヒサルキはそう答える。

その服装はあの時のように裸Yシャツとかふざけた事にはなっていなかったが、それはそれで地味に違和感を感じてしまう。

市ヶ谷さんはこいつにきちんと服を着せたのか……って、そんな事はどうでもいい。



「でも、どうやってこの中に――」

「まあその辺のネタばらしは後でするとして、今はあいつだよ」



 行って、ヒサルキは立てていた指を横方向、先ほど男が吹き飛んだ場所へと向ける。

木に思い切りぶつかって呻いていた男は、それでものっそりと身体を起き上がらせた。

多少のダメージはあるようだが、行動不能と言うほどではないようだ。

その姿に先ほどまでの恐怖が蘇り、私は思わず後ずさってしまう。



「っ……」

「ま、無理もないか。でも、安心していいよ」



 と、私が後退するのに合わせるかのように、ヒサルキは数歩前へと進み出た。

その姿に、私は思わず目を見開く。ヒサルキが積極的に私を護ろうとしてくれている事もそうだが、ヒサルキはあの狂人と正面から戦えるだけの自信があるというのか。

それにそもそも、ヒサルキは人間を傷つけることが出来るのか。

怪異は逸話通りに動き、そしてヒサルキは人間を殺さない怪異。本当に、あいつを相手できるのか。

そんな疑問は――どうやら、ヒサルキには伝わってしまっていたようだ。



「大丈夫だよ」

「え……?」

「拡大解釈って奴さ。ま、見ててごらん」



 自信満々に言い放ち、ヒサルキは男の前に立つ。

そしてその頃には、男のほうも既にダメージから立ち直っているようだった。

ヒサルキを視界に収め、先ほど私を目にした時と同じく表情に狂喜を宿らせる。



「ひひっ、ははハハハはッ! 増えタ、もウ一匹――ィッ!!」



 狂乱の叫びとともに、男はヒサルキへと向かって飛び掛る。

人間の動きではない、全身で相手を押さえつけようとするその姿は、肉食獣が獲物を捕らえようとする時のそれに似ていた。

正気じゃない、こいつは最早完全に壊れてしまっている。

その姿に、離れているとはいえ思わず身を硬くしてしまった――その、刹那。



「五月蝿いな」



 ヒサルキはそんな呟きと共に、無造作に右拳を横薙ぎに振り払っていた。

驚くべき速度で放たれたそれは男の頬を容赦なく抉り、横方向へと吹き飛ばしてゆく。

そんなあまりにも人間離れした膂力に、私は呆然と目を見開いていた。

仮にも人間の身体を使っている筈なのに何て力なのか、と。

しかしヒサルキはそんな私の驚愕を他所に、どこか無関心な様子のまま地面に倒れた男へと近寄ってゆく。



「この異界は蠱毒の壺だ。光もない、果てもない、そして無論の事ながら水も食料もないこの場所で人を狂気に誘い、共食いを誘発させる。

人の血で喉を潤し、人の肉で飢えを癒す……それは最早人ではない。妖と同じ領域の存在だよ。

理性などなく、本能のみで動く化生。分類としては取り替え児チェンジリングに近いだろうけど、こんな物は獣と同じだよ」



 ヒサルキの言葉を聴き、私はごくりと喉を鳴らす。

あの怪異は、無理矢理入ってきた私を私を狙ってこの場所に落としたのか。

私を、あの男と喰らい合わせる為に。それが……蠱毒の壺。

そうして出来上がるものの正体は本能で動く獣のような怪物。

それは――鬼と呼ぶべき存在だろう。



「そして――」

「ぐ、げぇ……!?」



 ヒサルキは手を伸ばし、痛みにのた打ち回っていた男の首を掴んで持ち上げる。

女性の細腕から発せられる力だとは到底思えなかったけれど、ヒサルキの指は男の首に食い込むほどに強い。

常識外の力だ、逃れられるはずもないだろう。

必死に手足をばたつかせる男に、ヒサルキはどこか嘲笑のような色を込めて、言い放つ。



「――ヒサルキは、獣を殺すんだ。目を閉じているといい、人間の少女よ」



 その言葉に、私はその後の展開を予想して目を閉じ、ついでに耳を塞いでいた。

あの男に関する事は、何もかもが怖く感じてしまっていたのだ。

そう、例えそれが――首をへし折られて死ぬ様であったとしても。


 そして、僅かな時間が過ぎ。



「はい、もういいよ」

「っ……え、ええ」



 肩を叩かれて目を開けば、目の前には相変わらず軽薄な笑みを浮かべたヒサルキが立っていた。

そんな怪異の身体に隠されるようにして、背後の風景には横たわる男の足が見える。

それを意識して見ないようにしながら、私は声を上げた。



「あの……助けてくれて、ありがとう」

「怪異にお礼を言ってくれるとはねぇ。ま、こっちも指示された事だし、気にしなくていいよ。殺せない相手だったら逃げるつもりだったしねぇ」



 もしも相手が人間だったら、手を出す事はできなかった。

ヒサルキはあくまでも動物を殺す怪異であり、人間を殺す事はできないのだ。

人を辞め、畜生に堕ちた外道であったからこそ、ヒサルキは相手を殺す事ができたのだろう。

ギリギリにも程があるけれど、助かったのは事実だ。私はそこで、ようやく安堵の吐息を吐き出していた。

そしてヒサルキの方も若干気を抜いたのだろう、あの時と同じような調子に戻り、ニヤリとした厭らしい笑みを浮かべ始める。



「しかし、ずいぶんと必死そうだったねぇ。賢司っていうのは君の恋人の名前かな」

「な――違う、違うわよッ!」



 しかしそんなヒサルキの言葉に対し、私は思わず叫び声を上げてしまっていた。

相手は怪異なのだからまともに取り合っても仕方ない――そう分かっていた筈なのに。

流石に驚いたのか、目を見開いているヒサルキの表情に、私はバツが悪くなって視線を逸らしていた。

今のは、我ながら女の子が照れて誤魔化していると言った口調ではなかっただろう。

もっと必死で、悲しい……そんな私の内面が、如実に表現されてしまっていた。



「……あいつは、違う。そんなんじゃ、ない」

「ふむ……ま、深く聞くのは止めておくとしようか。ここは忙しくて時間も無い事だしね」



 と、少々意外ながら、ヒサルキは私の言葉に対して追求してくるような事は無かった。

本当に時間が無いからか、あるいは何かしらを感じ取ったのか、それは分からないけど、改めて指摘する気にはなれなかった。

薮蛇になっても面倒だし、私としても追求しないでいてくれるのはありがたい。

小さく息を吐き出し、頭を振る。まだ若干手は震えているけど、大丈夫だ。

さっきのは嫌悪感だらけの思い出にはなったけれど、こんな所で止まっている訳には行かない。こんな程度で折れるほど、私は弱くない。

強くなくちゃ、いけないから。



「ふぅ……よし。それで、ヒサルキ。貴方たちはどうやってここに入ってきたの?」

「それってあんまり重要じゃないような気がするんだけど?」



 どうやら、ヒサルキも話を繰り返さないでいてくれるようだ。

それに内心ほっとしながら、私は小さく肩を竦めつつ返す。



「外に出られるヒントがあるかと思ったんだけど、既に出る方法を知ってるの?」

「まあ知っていると言えば知ってるし、知らないと言えば知らないだろうねぇ」



 迂遠な言い回しに、私は嘆息を零す。

何となく、こいつの言い回しにも慣れてきたのだ。それが好ましいかどうかは別問題だけれども。

相変わらず脳内での評価は相変わらず『信用ならない奴』のままだ。



「『隠し神』の類はあくまでも子供を攫う怪異。大人が入ってくる事自体がそもそもイレギュラーな訳だけど、向こうとしてはあくまでも子供を攫いたいのさ。

だから呼びかけてやったんだよ、『逢魔ヶ時に子供が帰らず遊んでいるぞ』ってね」

「まだ夕方には遠いでしょうに……まあ、役に立たないって言うのは分かったわ」



 今のはあくまでも入るための方法であって、出るためのヒントにはなりづらい。

少なくとも、今この場ではそれをヒントにした脱出法は考え付かなかった。

仮に考え付いても本当にここから脱出できるかどうかはまた別問題だ。



「それで、知っていると言えば知ってるってのはどういう意味?」

「んー? セオリー通りって意味だけど」

「……要するに、怪異を倒せば出られるって?」

「そうそう、基本だろう?」



 にやりとした笑みを浮かべ、ヒサルキは私にそう告げる。

そんな言葉に、私は思わず嘆息を零していた。これはあまり当てにはならないだろう。

確かに、今までの怪異だって、本体を倒せば何とかなっていた。

異界は怪異の一部であり、怪異によって構成されているが故に、本体が存在出来なくなったら消えてしまうのだろう。

本体を倒せば出られるってのは、ある意味納得できる内容ではある。

が――



「本体って……隠し神とかいう得体の知れない妖怪の事? あんたは動物しか殺せないんでしょう?」

「ふむ、まあボクが戦えと言われてもちょっと困るかもね。相手は怪異とはいえ、動物だと認識できなきゃ攻撃は出来ない」

「どうするのよ? 対策の分からない怪異に正面から挑むなんて、単なる自殺行為にしか思えないわ」



 自分が戦うと言う選択肢は最初から除外してしまってるけど、正直勘弁して欲しい。

私は普通の女子中学生なのだ。怪異とかああいう化け物と正面から斬った張ったなんて出来はしない。

が、そんな私の言葉に対し、ヒサルキは相も変わらずにやついた笑みを浮かべながら声を上げた。



「あっはっは、ここに来たのはボクだけじゃないんだよ? 君だって分かってるだろう?」

「そりゃまあ、そうだけど」



 私だって、ヒサルキが単体でここに来たとは思っていない。

付き合いは短いから断言できる訳ではないけど、正義の味方と称されるあの人が、困ってる私たちを前にただ待つと言う行動を取るとは思えなかったのだ。

しかし、あの人が怪異相手に一体何が出来るのかと聞かれても、正直イメージする事が出来ない。



「怪異を相手にする探偵っていうぐらいだし、何かしら手段を持ってるんでしょうけど……本当に大丈夫なの?」

「あっはっは、常日頃怪異を相手にして生き残ってる人間だよ? あんな腕があって奇特な人間はそうそういないってば。あいつの力は間違いなく本物だよ、それはボクが保証しよう」

「まあ、何かしら手を持ってるんだろうとは思ってるけど……こちとら、怪異相手に安心とか思えるほど楽観的な人間じゃないわよ」



 全てにおいて何が起こるか分からない存在、それが怪異だ。

特に今回のように、相手の性質が全く分かっていないのはきつい。

市ヶ谷さんはある程度調べられたのかもしれないけど、それでも油断できない相手だ。

それに――



「もしかしたら、市ヶ谷さんはもっと十全に準備した上で怪異に挑むつもりだったのかもしれない。それを私たちが急かせてしまったから……予想外の状況が積み重なってる以上、油断は出来ないわ」

「ふむ、それは確かにあるだろうね。それじゃあさっさと応援に行く事にしようか」

「異存は無いけど、市ヶ谷さんの今の位置、分かるの?」

「まあ、ある程度ね。さあ行こうか」



 そういうヒサルキの言葉の中には、どこか追求を拒絶するような色が含まれているように感じられた。

それが本当なのか気のせいなのかは分からないけれど、追求を避けようとしている以上は突っ込まない方がいいだろう。

気にならないと言えば嘘になるけれど、その情報が今絶対に必要であるかと聞かれれば疑問だ。

今はそれよりも――



「……市ヶ谷さんは、ヒメの方に行ったのよね?」

「と言うより、怪異の気配の濃い方にね。恐らく、君の友達はそっちのほうにいるだろう」



 ヒメの性質を考えれば、確かにその通りだろう。

この時間帯から異界が開いたのも、怪異の奴がヒメを狙ってきたためだろう。

私が飛び込まなかったら、ヒメだけがこの異界の中に引き込まれていたはずだ。

となれば、怪異の気配が濃いほうにヒメ、および市ヶ谷さんがいるのは頷ける。

だけど、何故だろう。先ほどヒサルキが言った事の理由が、それではないと感じられるのは。



「さ、行くよ」

「あ……うん、分かった」



 分からないけれど――今は、それでいい。

とにかくヒメの所に辿り着くのが先決だろう。自分にそう言い聞かせ、先ほどよりも幾分かマシになった心持ちで、私は暗い森の中を進んで行ったのだった。





















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