表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神代杏奈の怪異調査FILE  作者: Allen
ヒサルキ編
57/108

57:怪異探偵と怪異の話












「それじゃ、行ってくるわ……頼むわよ、梓」

「うん、分かったけど……出発の十分前には戻ってきてね。流石に、遅れられると誤魔化すの大変だし」

「分かってる。それじゃあ、ヒメ」

「うん……」



 私の言葉に頷いたヒメの視線は、先ほどまで見せていた楽しげなものではなく、まるで剣を握っている時のよう。

旅行気分に水を差してしまったのは申し訳ないけれども、生憎と今この状況ではそんな事も言っていられない。

相手は怪異だ。それがまた、近くにまで迫ってきているかもしれない。

嶋谷に言わせれば、常に最悪の状況を考えて行動しろと言った所だろう。

決して油断することなく、常に先を見据え、危険を回避する。

今回は桜さんはいないのだ、致死性の怪異を相手にした場合、私たちは正面から闘うことなんて出来ない。



「出来るだけ早く戻ってくるから、残りの連中の事、よろしくね」

「うん……ごめんね」

「何謝ってんのよ。別に、梓にまで関われなんて言わないわよ」

「私たちが何とかするから、梓ちゃんは安心して」



 怪異が現れたかもしれない――それを伝えたときの梓の反応は、正直気の毒になるほど劇的だった。

学校の七不思議のときから割かし早く復活していたようには見えたけれど、やっぱり梓には怪異に対する恐怖がこびり付いてしまっている。

そりゃあそうだろう、私たちが初めて相対したひきこさんも相当きつかったけれど、学校の七不思議に比べれば幾分マシだ。

あの時は桜さんがいてくれたから私としてはそれなりに安心できていたけれど、梓にはそんな余裕は無かっただろうし。

だから、私は梓を怪異に関わらせるつもりなんて最初から無かった。

少しでも戦力が欲しいのは確かだけれど、こうして細かなサポートをしてもらえるだけでも十分ありがたい。

流石に、これ以上を求めるのは酷というものだろう。



「……ごめんね、ありがとう」

「ううん、いいよ。さ、行こう、杏奈ちゃん」

「ええ。じゃあ、また後で」



 俯きながら申し訳なさそうにしている梓の姿は、あの怪異と出会う前の姿に良く似ていた。

やはり根本では変わっていないのだろう……それに少しだけ安心しながら、私はヒメを伴って出発した。

流石に先生に見つかるわけには行かないから、人目を忍びつつ駆け足で進んでゆく。

市ヶ谷さんがいるらしい建物は本当に近くにあり、そして近くに人目も無いため、そこに行く事自体はそれほど難しくは無いだろう。

けれど――



「……あの建物」

「杏奈ちゃん、どうかしたの?」

「いや、何でも……ううん、ここで隠しても仕方ないか」



 もはやヒメも当事者、隠している事に意味は無い。

なら、できるだけ情報は共有しておくべきだろう。

いざという時に情報が滞っていて行動が遅れた、とかなったら洒落にならない。



「ヒメ、先輩からヒサルキの話を聞いたのは覚えてる?」

「え、うん。正直アレは話を聞いても良く分からなかったんだけど」

「まあ、それは私もそうね。資料をまとめて、整理してみても要領を得ないってのが正直なところ」



 ヒサルキって言うのはそういう怪異だ。

恐らくだけど、ヒサルキには実体というものが存在していない。

それを言うなら他の怪異だって、情報から形作られているからこそ実体と呼べるかどうかは微妙だけれど、ヒサルキには文字通り体が無いのだ。

目には見えない、人を操る……それはまるで、悪霊が人の体に取り憑いて操っているかのように。

実際に相対しない限りその性質は実感できないだろうけど、まともに戦ったところで勝ち目は無い。

それは相手が強いとか弱いとかそういう事ではなく、手の出しようがない存在であるという事だ。



「まあこの際、ヒサルキがどんな存在なのかなんてどうでもいいわ。考えたって現状の情報じゃ考察しか出来ない。問題は……あの建物、ヒサルキの逸話に出てくるものと結構似てるのよ」

「じゃあ、もしかして異界……?」

「いや、今のところ異常はないし、それは無いと思いたいんだけど……」



 断定は出来ないのが痛いところだ。

いつも、気づいたら異界の中に入り込んでしまっていたから、外から異界を見た場合にどうなるのかなんて事はさっぱり分からない。

普通は巻き込まれることなんて無いんだろうから、たぶん外からは何も見えないようになっているとは思うんだけど。

とはいえ、あそこまで逸話どおりの建物に出てこられると、思わず警戒してしまうのも事実。

でもまあ――



「……市ヶ谷さんに呼ばれて行くんだし、たぶん大丈夫でしょう」

「うん、そうだよ。市ヶ谷さんはいい人だもん」



 少なくとも、私の知り合いでヒメから『悪い人』という判定を受けた人は見た事がないのだけれど。

いや、市ヶ谷さんがいい人なのは事実だ。今時、あそこまでの善人と言うのも珍しい。

あの人が私たちを騙して危険にさらすような事は無い……それだけは、断言して言えるだろう。

長い付き合いという訳じゃないけれど、あの人の善人っぷりはよく理解している。

それぐらい分かりやすくいい人なのだ、市ヶ谷さんは。



「さて、と」



 あまり距離も無かったし、駆け足で近づけばすぐに到着してしまう。

そうしてたどり着いたその場所は――やっぱり、不気味極まりないところだった。



「……あの、杏奈ちゃん」

「言いたい事は分かるけど、本当にここを指定されたんだからね?」

「うう……」



 まあ、私だって自分の記憶違いではなかったかと疑ってるぐらいだし、仕方ないかもしれないが。

何と言うか、不気味なのだ。見た目だけじゃなく、雰囲気が。

それに、桜さんに比べれば決して強いとはいえないけれど、私の霊感が告げている――ここはヤバイ、と。

恐らくは、ヒメもそれを感じ取っているのだろう。

思わず背筋が震えるようなその気配に、私は思わず腕をさすってしまう。



「っ……ヒメ、そこらへんに棒か何か無い?」

「えっと……あ、捨ててある箒」

「じゃあ、その柄だけでもへし折って持って行っときましょう。流石に、何の供えもなしに入る勇気は無いわ」



 まあ、そんな棒切れで何が出来るのかと言う所だけれど、ヒメが持っている限りは別だ。

先日の七不思議のときは、ヒメは竹刀で怪異をばっさばっさと斬り捨てていた。

どんな仕組みなのかはさっぱり分からなかったけれど、怪異相手に効くのであれば、自衛の為に持っていた方がいい。

まあ、この場所だといるとしたらヒサルキなんだろうけれども。



「うん、準備できたよ」

「よし……じゃあ、行くわよ」



 ドアの前に立ち、ちらりと周囲を確認する。

どうやら、インターホンの類は付いていないようだ。今時それもどうなんだと思いつつ、少し強い力でノックする。



「あの、市ヶ谷さん! 神代です!」



 ちょっと声の大きさは気になったけれど、周囲に人の姿は無い。特に気にする事ではないだろう。

そう思いつつ、相手の返答を待つ。とりあえずすぐに反応が帰ってくる事は無く、けれども中で少しだけガタガタと音が聞こえた気がした。

そして、しばしして――唐突に、声が響く。



『はいはーい、待ってたよ、開いてるから入っておいでー』



 私たちが来る事を分かっていたような言葉、それはいいだろう。

けれど、気になるのは――響いたその声が、女性のものであったという事だ。

聞き間違えるはずも無い、市ヶ谷さんとは似ても似つかないその声音。

その声に、私は思わず眉根を寄せて、ヒメと視線を合わせていた。



「どういう事なのかしら」

「市ヶ谷さんの、知り合いの人? ここに元々住んでる人とか」

「それが妥当なところかしらね……」



 ともあれ、入り口で立ちっぱなしになっていた所で何も進展はしない。

時間は限られているのだから、さっさと覚悟を決めてはいる事にしなければ。

胸中で嘆息しつつ、私は一度小さく頷き、その扉を開いた。



「お、おじゃまします」

「おじゃましまーす……」



 鈍く、蝶番が軋む音が薄暗い室内へと浸透してゆく。

いつだったか見たような光景に、私は思わず顔を顰めていた。

あまり思い出したくない光景だったのだ。


 建物の中は昼間だというのに薄暗く、きっちりと窓が配置されていないのだという事が分かる。

そして目の前にあるのは、上の階へと続いている階段だ。

どうやら突き当たって右に曲がりつつもまだ階段は続いているらしく、それなりに上らねばならないらしい。

――その奥からは、何やらオーディオから流れているらしき音楽が漏れ聞こえてきていた。



「っ……たぶん、上よね?」

「うん、そうだと思う……杏奈ちゃん、私が前に出るからね」

「ええ、お願い」



 ヒメはすでに箒の柄を握り、剣を手にした時のような凛とした表情で前を見つめている。

すでに覚悟を決めたという事だろう。何が来たとしても私を護ろうと、そう決心した表情だ。

それならば、私だって二の足を踏んではいられない。小さく頷き、ヒメの後に続いて階段を上り始めた。

不気味な気配はするものの、何かが起ころうとする様子は無い。

それがまるで観察されているようで余計に不気味でもあったけれど、今のところ何も問題はないようだ。



「杏奈ちゃん、上……」

「ん、扉か」

「うん、入るよ」

「待って、扉は私が開ける。ヒメは何かが来たときのために準備をして」

「でも――ううん、分かった。お願いね」



 ヒメは私の言葉に逡巡し、しかし私が引かないであろう事に気づいてこくりと頷いた。

ヒメの片手をふさぐような事をしては、こちらの方が危ない可能性があるのだ。

故に、ここは私が扉を開く。ヒメが護ってくれる、そう分かっているから。

そっと扉に手をかけ、私はヒメと視線を合わせて小さく頷く。

ヒメも、それに対してこくりと頷いて見せた。準備は大丈夫、それじゃあ――



「……ッ!」



 思い切って、扉を開く。

それと同時に私は壁側に体を寄せて退避し、矢面に立つような形でヒメが構えながら進み出た。

私もまた、ヒメの横から部屋の中を覗き見る。そこにいたのは――



「ほら、お前が俺に返事させないから……変に警戒されたじゃないか」

「はっはっはぁ! ボクに会いに来るんだから、多少怖がってくれないと存在意義がないじゃないか」

「いや、お前に会いに来たんじゃないだろう……っと、済まないな。変に警戒させてしまって」



 ――二人の人影が、私たちを出迎える。

一人は市ヶ谷さん。彼はいつも通りの安っぽいベージュのコートを纏って、私達のほうへと申し訳なさそうな視線を向けている。

そしてもう一人、下着の上にかろうじてワイシャツだけを着ている、何とも露出の多い格好をした女性。

けれど、その顔はどこかで見覚えがあるような――



「柿本、恵……ッ!? まさか、ヒサルキ!?」

「おや、君もボクを知ってるのか。ご名答ご名答、君の言うとおり、ボクはヒサルキだよ。ヒサユキ、キラキラさん、まあどんな呼び方をしてくれても構わないけれどね」



 軽薄な表情で、そいつは――ヒサルキは嗤う。

人の体、資料で見た写真と全く同じもののはずなのに、別人にしか思えないほどに印象が違う。

それだけに、理由も無いおぞましさ……生理的な嫌悪感に苛まれた。

こいつは駄目だ、どうしても、受け入れられない。

そして、ヒメもそれを感じていたのだろう。強く歯を食いしばり、油断無く武器を構える。



「ッ、杏奈ちゃん、下がって!」

「って、あれ? ちょっと浩介君、ボクなんか狙われてない? あの箒の柄でぶん殴られるのはボクとしても勘弁して欲しいんだけど」

「自業自得の部分もあるだろう……篠澤さん、ちょっと落ち着いてくれ。こいつは悪くない……とは一概には言えないが、とりあえず害は無い」

「フォローになってるの、それ? まあいいけど、ボクの事を知ってるのなら、分かってるよね?」



 例えただの棒切れといえど、ヒメの腕なら一撃で人を昏倒させられるし、怪異相手ならそれを一撃で真っ二つにも出来るかもしれない。

が、それを前にして尚、ヒサルキは先ほどからの笑みを消そうとはしなかった。

市ヶ谷さんの言葉は聞いてはいるが、流石にあっさりと信じる事はできない。

そうして警戒する私たちの姿を前に――ヒサルキは、己の胸を指差しながら言い放った。



「先ほど君が言ったとおり、この体は柿本恵のものだ。それを、安易に傷つけていいのかな?」

「っ、それは……!」

「済まない、二人とも。訳は説明する、だから一度落ち着いてくれ」



 ヒサルキの言葉と、市ヶ谷さんの真剣な表情。

それに押され、私たちは思わず黙り込む。そしてしばし逡巡した後、私たちは一度だけ視線を合わせ、その後嘆息して戦闘体勢を解除した。

とはいえ警戒は抜かないままに、私たちはゆっくりと部屋の中に入ってゆく。


 ――ひどく軽薄な笑みを浮かべるヒサルキの姿が、ひたすらに印象的だった。




















評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ