49:向かう先では
「へぇ、研修旅行かー。いいなぁ、羨ましいなぁ」
班のメンバーを集めた後に集まった部活。
まあ、依頼も無く何の事件も起こっていない以上、やる事なんてせいぜい資料の整理ぐらいしかないのだけど。
それでも約束した訳でもないのに集まってくる私達は、結局のところ皆暇なのだろう。
学生としてどうなんだ、とは思わないでもないけれど。
「って言うか先輩、先輩だってもうすぐ修学旅行でしょ」
「二年で修学って言うのも何だか変な話だけどねぇ。進学校はこれだから面倒だよ。どうせ来年は勉強漬けだろうし」
「……部長って進学予定なんですか? てっきりうちの喫茶店で働くつもりだと思ってたんですが」
「んー、それもいいかなぁとは思うけどね」
嶋谷の言葉に、先輩は何やら含みを持たせた様子で小さく微笑む。
そんな仕草に、嶋谷の方は肩を竦めて嘆息するだけだった。
また二人だけで通じる会話と言う事なんだろう。
しっかし――
「羨ましがる必要なんて無いでしょ。修学旅行のほうがよっぽど豪華じゃないですか。海外だし」
「オーストラリアねー。まあ、楽しみではあるよ。だけどさぁ……ワタシは中学はここじゃなかったから、その分研修旅行やら修学旅行に行けなかったのが勿体無いなぁって思えてしまって」
「そりゃ仕方ないでしょうに」
先輩の言葉に、私は小さく肩を竦めていた。
中学では二年で研修旅行、三年で修学旅行がある。
中学高校とも、修学旅行は一応ながら海外の姉妹校との交流という大義名分があるため、これもれっきとした勉強扱い。
実質色んな所を巡って楽しむだけなので、私達が今回行く研修旅行よりはよっぽど面白いだろう。
いやまあ、研修旅行がつまらないとは言わないけれど。
「まあ、それはそれとして。杏奈ちゃんたちの研修旅行って何処に行くんだっけ?」
「熱海ですよ。どうせなら夏場に行って海水浴したかったですけど」
「そこはかとなく悪意を感じるよなぁ」
「遊びに行ってる訳じゃないんだから、仕方ないだろ」
トモの言葉に、嶋谷が苦笑を交えた声を上げる。
まあ、言う事は確かにその通りなんだけどね……それでも、もうちょっと配慮してくれてもいいかなぁとは思ってしまう。
小学校の頃は臨海学校で海水浴とかできたのに、こっちではさっぱりなのだから。
遊びに行く訳じゃないと言われてしまえば、まあそこまでなんだけど。
「で、杏奈ちゃん。ワタシに何か聞きたい事があるんじゃないの?」
「分かってるんだったらそんな遠回しな言い方しないでくださいよ、全く……熱海で現れそうな特有の都市伝説があるのかどうか。気になったのはそんな所です」
「ふむ、成程ね」
先輩は、私の言葉に視線を細める。
ヒメが怪異に狙われているかもしれない事――それを知っているのは先輩と嶋谷だけだ。
故に、これは冗談や興味本位ではない。切実な問題なのだ。
先輩達の助けを借りる事ができない場所で怪異に巻き込まれれば、その時は私達だけで対応しなくてはならないのだから。
それがどれほど危険な事か、私達は十分に知っている。
「うん、そうだねぇ……熱海特有って言うと、そんなにポンと思いつくような事は無いけど。幽霊電話って言うのはあるけど、あれはあっさりネタ晴らしされてたから怪異にはならないだろうし」
「幽霊電話、ですか?」
「うん。0時と3時と12時にしか繋がらない電話番号で、名前を聞かれた時に正直に答えてしまうと、一週間後に事故に遭うって話。割とありがちなパターンだけど、実際にやった人のおかげでネタが割れちゃってるからね」
「ネタって?」
そこだけ聞くと普通に都市伝説だと思うのだけど、何か下らない真相でもあったのだろうか。
私達の疑問を含んだ視線を受け、先輩はクスクスと小さな笑みを浮かべながら答えてくれた。
「その番号、地元で周りに迷惑をかけてる暴力団の組員の電話番号だったらしくてね。嫌がらせの為に都市伝説という形で番号を晒されたらしいよ」
「……まあ、どっちもどっちですね」
そういうオチが伝わってしまっている都市伝説は、恐らく怪異にはならないだろう。
それならそれでいい。拍子抜けだとは思うけれど、起こらないに越したことは無いのだから。
どっちにしろ、そういうこっちから手を出さなければ何も起こらないタイプの怪異なら、手を出さなきゃいいだけの話なんだけどね。
「でも、それぐらいしか無いなら、ご当地特有の何かって言うのは心配しなくていいんですかね?」
「あ、あー……うん」
「ん? 妙に歯切れ悪いっすね?」
「いや、ちょっと思い出した事があったんだけど……ちょっと、難しいって言うか」
「難しい?」
珍しく歯切れの悪い様子の先輩に、私は思わず首を傾げていた。
難しいとは、一体どういうことだろう。複雑な話なのか、対応する事が難しいのか。
どっちにしろ起こらないに越した事は無いけれど、万が一の事を考えれば知っておきたい。
全く知らなかった場合、地雷を踏んでしまいかねないのが怪異と言う存在なのだから。
「ああ、うん……厄介な事に変わりは無いから、一応教えておくよ。その都市伝説は、『ヒサルキ』って言うんだ」
「ヒサルキ……?」
聞きなれないその名前に、一同は眉根を寄せる。
唯一嶋谷だけは、その名前を聞いてあからさまに顔を顰めていた。
何だろう、そんなに厄介な怪異なのだろうか。
「ヒサルキ……ヒサユキでもいいし、キラキラさんと呼ばれる事もある。ネット上の書き込みから端を発した都市伝説だったと思うから、比較的新しいものだと思うよ」
「ヒサユキだったら、何だか普通に男の人の名前みたいですね」
「うん、まあねぇ……だけど、これがまた本当に厄介な怪異なんだ」
「厄介、か。それで、一体どんな怪異なんですか?」
先輩が厄介と言うほどの話だ。恐らく、相当に面倒な性質を持つ怪異なんだろう。
それが現れると決まった訳じゃないけれど、気をつけておくに越した事は無い。
最悪、どうやって逃げるかぐらいの対策は立てておかないと。
が――先輩は、私の言葉に首を横に振った。
「分からない」
「え……ちょっと、それってどういう――」
「分からない、正体不明と言い換えてもいい。とにかく、ヒサルキは正体の分からない怪異なんだ」
正体が分からないとは、一体どういうことなのか。
言葉の上だけではさっぱり分からない。何とか整理しようと頭の中でしきりに考えているけれど、やっぱり情報が少なすぎる。
とりあえず、分からないなら分からないなりに、多少は話して欲しい所だ。
そんな私の表情が読めたのだろう。先輩は、軽く肩を竦めて嘆息を零して見せた。
「ヒサルキに関するネットの書き込みは複数ある。そのどれもがちぐはぐで、けれど一部だけ整合性が取れている。
話の中で出てくるいくつかの共通点が、話の信憑性を持たせていて……けれどその存在の正体までたどり着く事は出来ない。
ヒサルキって言うのは、そういう怪異なんだよ」
「……それで難しい、ですか」
「一応、命を奪いに来るような怪異じゃない。けれど、目を抉られそうになったりとか、強いショックで失語症を患うほどの精神的ダメージを受けたりとか……まあその辺は曖昧だけど、決して会いたい怪異じゃない」
「怪異なんてどれでも会いたくないですけど」
ただまあ、先輩の言葉で多少は納得する事が出来た。
成程、確かに厄介だ。正体が分からなければ、対処する事は難しいだろう。
今回、下手したらそんなモノを相手にしなくちゃ――って、考えが先走ってるわね。
別に出てくると決まった訳じゃないんだから、知識として留めておくだけで十分なのだ。
「動物を殺す、普通は目に見えない、人の身体を操る……一応ながら、書き込みの中で共通している事項はこんな所だよ。
しかしそれでも、その正体はさっぱり分からない。ヒサルキは一体何が目的で、どんな条件下で活動しているのか。
こんなモノを相手にしろと言われても、ワタシだって困ってしまうよ」
「先輩でもそんな風に言うような怪異がいるなんて……」
「怪異なんてどれもこれも厄介な事に変わりはないんだし、ワタシだって対応できないような怪異はいるよ」
ヒメの呟きに、先輩は苦笑しながらそう答える。
何でもかんでも知ってるから、どんな状況でも何とかできると思ってしまいがちだけど、先輩だって人間なのだ。
できる事とできない事があるのは当たり前である。
まあ、それでも私達よりはよっぽど知識があるのだけれど。
「だが、部長。それでも実際に現れないとは限らないんだ、厄介な相手なら、それだけ対策は立てておくべきじゃないんですか?」
「まあ、それはそうなんだけどね。具体的な対処法なんて存在しないに等しいから……精々、近付かないように心がけるしかないと思うよ。
何せ、相手はこっちの体を操ってくるんだ。一度目を付けられたらどうしようもない」
「うわぁ……」
あんまりにも厄介なその性質に、私は思わず顔を顰める。
別に今までの奴が厄介じゃなかったって言う訳じゃないけれど、そこまで避けづらいのは聞いた事がない
ホント、どうすればいいのか見当もつかない。
しかし、ネット上の書き込みか……最近はネットのおかげで噂が広がるのも早いんだろう。
怪異を知っている身としては、正直勘弁してほしいと言った所である。
これ以上怪異が起こりやすい環境を作らないで欲しい。
「さて……まあ一応、資料は印刷して渡しておくよ。元になった書き込みもあるし、全部纏めれば考察する事も可能だろう。夜中に皆で怪談をやるのにも便利だと思うよ?」
「ただでさえ会いやすいんですから、これ以上無駄にホラーを味わいたくありません」
「ふーむ。まあ、下手に興味を持って近づくよりはそっちの方がいいか」
どうやら、先輩は結構真面目なモードに入っているようだった。
それだけ、ヒサルキとやらは厄介な怪異と言う事なのだろう。
自然と、私の意識も引き締まってゆく。
「とにかく、あの地方でありそうな怪談やら都市伝説もまとめておくよ。あんまり量が多すぎても邪魔だろうし、そこそこ程度の量にしておくから、何か分からない事があったら電話で聞いて?」
「……はい」
「了解しました」
ともあれ、先輩の助けを得られるのはかなり助かる。
後は、異界に引き込まれないことを願うだけだ。流石に、あそこだと電話をする事は難しいだろうし。
とにかく下手に首を突っ込まないようにし、巻き込まれない用にする事。
私達だけで何とかできるとは思わないようにする事……ヒメが変に正義感発揮しないように気をつけないと。
あと問題になるとすれば、相場か。あいつもそれなりにホラーに興味あるみたいだし。
あいつに関しては梓に任せておけば多少手綱が握れそうだから、その辺はあの子に頼るとしよう。
「まあ、ワタシもオーストラリア行くわけだけど……正直、そっちの方が心配だしね。
資料はちゃんと集めておくよ。だから、君達も危険には首を突っ込まないようにするように。
特に姫乃ちゃん、分かった?」
「わ、私ですか!?」
「まあ、ねぇ。もしも友達が危険な目にあってたら見捨てられないのは分かるけれど、他人だったら変に首を突っ込まないようにね。二次的な被害に遭ったら元も子もない」
そこは先輩の言うとおりだろう。
ぶっちゃけ、ヒメの食指が動く範囲は自分の班の中だけにして置いてもらいたい。
あんまり知らない友達とか、見ず知らずの他人を相手にいつもの病気を起こして欲しくない。
真面目に、洒落にならないのだから。
「とにかく、そういう事だから。気をつけるんだよ、二人とも」
「何かあったら、俺達にも連絡をするんだぞ?」
「賢司君……うん、分かった」
「りょーかい。アンタも、そんな極端に心配しすぎるんじゃないわよ?」
「分かってるよ」
互いに言葉を交わして、私と嶋谷は苦笑する。
まあ、こう言ってもこいつは心配するんだろう。自分の手の届かない範囲なのだから、それも仕方ない。
それは別に嬉しい事だから別にいいけど、あんまりボーっとしていられても困る。
トモは……まあ、言っても無駄だろう。どうせ何していてもヒメの事を心配してる。
変に抑圧させるよりは、好きなようにさせておいた方がいい。
それは、嶋谷も十分心得ているだろう。
「じゃ、そういう訳で……今日の部活は資料集めと言う事にしようか。皆、手伝って」
パンパンと手を叩き、先輩は私達のことを促す。
まあ、何もせずにいるのも手持ち無沙汰だったし、ちょうどいいと言えばちょうどいいか。
そんな事を考えながら小さく苦笑を零し、私は先輩の声に従って立ち上がったのだった。




