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神代杏奈の怪異調査FILE  作者: Allen
ヒサルキ編
47/108

47:研修旅行の知らせ











「あー……」

「ふぇぇ……」



 学校の七不思議事件が終わって数日。

私とヒメは、未だにその心労から抜け切れていない状態にあった。

本当に、端から端まで命を狙ってきていたあの怪異たちは、私達の精神をヤスリで削ったかのように消耗させていたのだ。

それでも学校には変わらず通っているのだから、多少褒めて欲しいと思ってしまうところである。



「まぁ……そんな事考えられるだけ、余裕があるって事なのかしらね」

「杏奈ちゃん、どうかしたの?」

「いや、何でも無いわよ」



 一つの机の上で両側から突っ伏していたヒメの言葉に、私は苦笑を零す。

翌日辺りは目の下に隈を作っていたヒメも、今では随分マシな表情をしている。

まあ、それに関しちゃ私も人の事は言えなかったけれど、いつも通りの日常生活の中で癒されている次第である。

こちらの事を欠片も気遣う様子の無いいづなさんはどうかと思ったけど、アレは彼女なりの気遣いだったのだろう。

私にとって『日常』というのは何よりも大切なものだったから、普段と何ら変わらないあの人の姿は、私に安心感を覚えさせてくれた。

まあ、同時にふつふつと苛立ちを感じさせられた訳なのだけれど。



「はぁ……うん、よいしょっと」

「杏奈ちゃん?」



 身体を起こした私に、ヒメは疑問交じりの視線を向けてくる。

その視線に私は小さく笑みを零して、ポンポンとヒメの頭を撫でた。



「うん、まあ色々トラウマが増えそうな事件だったけど、無事に日常に戻って来れたんだから善しとしようって……そう思っただけよ」

「……そっか。うん、そうだよね」



 若干の沈黙の後に、ヒメは嬉しそうな笑みを浮かべる。

それは私がいつも通りの様子に戻った事に対するものだったか、或いはヒメも日常の中に戻ってこれたと実感した為か。

付き合いの長い私でも、流石にそこまでは読み取れなかったけど――それでも、ヒメももう大丈夫なようだった。

いつまでもこうしている訳にも行かないし……それに、いろいろ精神的なダメージは受けても、本気で落ち込むような事態にはならなかったのだ。

いつまでも気にしていたって仕方ない。そう割り切って、ヒメもまた体を起こす。

と――そこに、一人の女の子が近付いてきた。



「おはよう、杏奈ちゃん、ヒメちゃん」

「あ、おはよう梓」

「梓ちゃん、おはよー」



 大人しげな様子の女の子、笹原梓。

先日の事件の、ある意味では発端ともいえる少女。

事件の後、私達はあの危機を乗り越えたという連帯感もあって、すっかり仲のいい友達になっていた。

親しい人付き合いが少なかった私やヒメと唐突に仲良くなり始めた事に関して、クラスの皆は訝しげに思っていたようだけれど、私達が遠ざけようとする気配も無いから放置されている様子である。



「ようやく元気になってきたみたいだね、良かった」

「……私としては、梓があんまりダメージ受けて無さそうな事にびっくりだったんだけど」

「それは、まぁ……メーターが振り切れちゃったというか、アレ以上に怖いものなんて存在しないって思えちゃったからかな」

「ショッキングだったもんね、無理も無いよ」



 意外や意外、あの事件の後、最も素早く立ち直っていたのは――他の怪異調査部の面々を除けば――梓だった。

一番大人しげで一番おどおどしていた、あの梓がである。

まあ、本人の語っているとおり、これはむしろ突き抜けすぎて一部おかしくなってしまっているといった方が正しいのかもしれない。

何せ、梓は事件の前後ですっかり性格が変わってしまっていたのだから。

前のおどおどしていた態度は異界の彼方に消え去り、今では普通の女の子と変わらぬテンションで会話している。

これを『人格が変化するほどのショックを受けてしまった』と判断するならば、一番ダメージを受けていたのは梓なのかもしれない。

観察してみた感じ、恐怖心が欠如して赤信号を悠々渡るようになってしまったとかそういう訳では無さそうだったけど。

単純に、ホラーに対する耐性が異様に高くなってしまっただけなのかもしれない。



「ま、あの事件の事はもういいよ。皆無事に帰って来れたんだから」

「……それもそうね。気にし過ぎたっていい事ないか」

「そうだよ。今回は形として残る残滓があった訳でも無いし」



 ひきこさんの時の杏奈の日記や、人面猫の時のウツロのような、その事件を想起させるようなものは残っていない。

あんな出来事を何度も思い出したいとは思えないし、それに関しては素直に喜んでおく事にする。

あんな場所の事、できる事ならもう二度と思い出したくはない。



「ところで、二人とも」

「ん?」

「梓ちゃん、どうかした?」



 と、近くにあった自分の席にカバンを置いた梓は、すぐに戻ってきてそう声を上げる。

どこか楽しそうなその声音に、私は思わず首を傾げていた。

何かあったのだろうか、と。

そんな私の疑問符を浮かべた姿に、梓は微笑を浮かべながら声をあげた。



「二人は、研修旅行の班はどうするの?」

「研修旅行?」

「ああ、そんなのもあったわね……」



 七不思議騒動ですっかり忘れていたけれど、五月から六月にかけてそんな行事が存在していた。

クラス全体で旅行に行き、そこで特定の何かを研究して発表する。

お題は予め決められているから、まあスケジュールどおりに行動するだけの簡単な内容だ。

学生からしてみれば、そんな面倒な企画はいいから普通に楽しませて欲しい、と言った所である。

尤も、イベントである事には変わりないので、それなりに楽しみにしている生徒も多い訳なのだけど。

しかし、つい先日きっつい世界に叩き込まれたばかりの身からすれば、そんな事を気にしている余裕など無かった訳で。

気の無い反応をする私とヒメに、梓はどこか呆れたような表情を浮かべながら嘆息した。



「もう……自分にも関係あることなんだから、もうちょっと頓着した方がいいんじゃないの?」

「それはそうなんだけどね。まあ、気にしてる余裕もなかったって言うか」

「むしろ梓ちゃん、よく覚えてたね……」

「あー、ええと……それはまあ、相場君が」

「ああ、成程。班に誘われたって訳ね」



 研修旅行では、六人の班に分かれてそれぞれのお題をこなす。

新しい学年になり、クラスも変わってから二ヶ月弱……それなりに交友関係も増えてきた頃だろうけど、人付き合いが苦手な人間には少々難しい話だ。

六人と言う少なさも、割と複雑な分け方を生み出してしまう。

まあ、部屋は小さめの三人部屋を狙って、梓と一緒に泊まるのでいいと思うんだけど。



「にしても、班ねぇ……梓の所はどうなってるの?」

「私はまだ声をかけてるわけじゃないけど、相場君はどうなんだろう。そこは分からないけど」

「ふーむ……とは言っても、私達もそんなに行き場がある訳じゃないしね。梓の所、入れるなら入りたいけど」

「それは構わないけど、いいの? 相場君がいるんだよ?」

「大分株が下がってるわね……」



 先日の事件以来、梓の中では相場の評価はかなり下がっていたようだった。

まあ、あの恐怖に晒され続けたストレスを考えれば、あの場面でプッツンといってしまう気持ちも分からなくはないのだけれど。

しかしまぁ、あいつも中々に悪運の強い男だと思う。

たった一人で大した知識も無いままに怪異に巻き込まれて、何だかんだ無傷で生還したのだから。

――と、そんな事を考えていた瞬間だった。



「ぃよっしゃあああああああああああああああああああッ!!」

「ぅひゃっ!?」



 突如として上がった歓声に、ヒメが思わず身体を竦ませる。

対し、私と梓は半眼を浮かべて深々と嘆息していた。

今の声音には、色々と覚えがあったのだ――まあ、噂をすれば何とやら、という奴でもあるのだけど。

吐き出した溜め息もそこそこに、私は声のした方へと振り返る。

そこには、天井に拳を突き上げて勝ち誇っている男子生徒の姿があった。



「篠澤さんと同じ班ッ! 俺の時代来たぜッ!」

「相場、五月蝿い」

「相場君、黙って」



 戯けた事を抜かしているバカに向かって、梓と一緒に消しゴムを投げつける。

が、ヤツは無駄な身体能力を発揮して華麗に回避してしまった。

ええい、無駄な体力バカはトモで間に合ってると言うのに。



「ふはははははっ! 歓迎するぜ二人とも!」

「ええい暑苦しい、不良キャラ何処行ったのよ」

「はっ! えーと、ええと……こういう場合は何て言えばいいんだ?」

「知らないよ」



 梓と仲良くなったおかげで、この相場とも話す機会が増えた。

元々あんまり話す事もなかったし、見た目もアレだから不良っぽさがあるのかと思ってたけど……話してみればこれだ。

すぐにメッキの剥がれるキャラ作り。せめてもうちょっとぐらい頑張れと言いたくなってしまう。

何かこう、アレだ。不良に憧れて強い奴の舎弟になりに行く三下キャラ。

そのくせ、身体能力やら顔のスペックもそこまで悪い訳じゃないのが腹立つというか。

一言で言うと、面倒臭いバカ。何故トモが二人に増えたような感覚を味わわなければならないのか。



「あははは……うん、よろしくね、相場君」

「うっす! よろしくお願いしまっす!」



 何故か中腰で、両膝に手を当てながら返事をする相場。

そのポーズの意味が何なのかは知らないけど、何でヒメに対して下手に出ながら話してるんだろう、コイツは。

まあ、変にちょっかいかけてくるよりはマシだけど。

数日話してみた感じ、コイツはバカで時々変態ではあるが、あんまりヒメに色目を使ってくるような事は無かった。

男子中学生らしいエロさと言うか、まあ時折ヒメの胸をネタに喋る事があるのだが、それは梓をからかってるのと私の突っ込み待ちのようだった。

ヒメを美少女と認識しているのは事実だし、近づくことができて嬉しいと感じているのは確かのようだけれど、付き合いたいとかそういう男の視点で見ている訳ではない。

……あの事件の前、梓を屋上に連れ出したのはそういう事・・・・・なのかと邪推してしまったけど、案外間違いではないのかもしれない。



「さって、残り二人はどうするかなーっと」



 相場は背後へと振り返り、どこか得意げな表情を浮かべる。

それに対し、私達を何とか組み込もうとしていたらしい他の班の連中が奥噛みしたような表情を浮かべた。

相変わらず、ヒメは随分な人気のようだ。まあ、流石にそういう下心満載の班なんぞに入る気はさらさら無いけれど。

……そう考えると、相場は貴重よね。多少は感謝しないわけではない。



「しっかし……」



 小さく息を吐き出し、私は周囲へと視線を走らせる。

周りの様子から察するに、既に結構な人数が班を組み終わっているようだった。

こうなると、残っているのははぶられた連中とか6人の中からあぶれた連中とかになってしまう。

どっちも大差ないとは思うけれど、ここからヒメに変な視線を向けないのを探すのは大変だろう。

かと言って、残り二人を女子にするのも、相場が男一人というのは少し可哀想だ。

ヒメにちょっかいをかけてこない男二人か、或いは仲のいい男女のペア……口で言うのは簡単だけど、そうそうあっさりとは行かないだろう。

実際、キョロキョロと視線を巡らせても、それっぽい生徒は見当たらない。



「うーむ……」

「あ、ねえ杏奈ちゃん。研修旅行の行き先って何処なんだっけ?」

「ん? えっと……確か、熱海じゃなかったかしら?」



 どうせ行くなら夏に行きたい所ではある。

遊びに行くわけじゃない、という事なんだろう。多分。

まあ、御代の中には漁業体験とかもあるわけだし、多少海に関する事が無い訳ではないけれど。

こうも最近事件に巻き込まれている身としては、妙な海難事故に合わないかが不安だ。

まあ、日本なんだからバミューダトライアングルなんて無いけれど。

とりあえず、その辺は後で先輩に聞いておく事としよう。警戒しすぎかもしれないけれど、用心するに越した事は無い。

それはともかく――



「で、ヒメ。行き先がどうかしたの?」

「うん。ほら、海に関連した事でしょ? だから、ちょうど良さそうな人がいるんじゃないかな?」

「え? ちょうど良さそう?」



 ヒメの言わんとしている事が分からず、私は思わず首を傾げる。

梓の方も、ヒメが何を言おうとしているのか理解できていないようだった。

そんな私達の視線を受けて、どこか得意げな様子でヒメは胸を張る。

いつも通りの大きな胸を突き出しつつヒメが口にしたのは――私が、予想もしていなかった言葉だった。






















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