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神代杏奈の怪異調査FILE  作者: Allen
学校の七不思議編
46/108

46:元の世界への帰還

この章はこれで終了です。

しばらく忙しい為、次回は七月に入ってからとなります。












 光の中に飛び込み、私は思わず腕で目を覆っていた。

ずっとあの薄闇の中にいた為か、突然の光に目が眩んでしまったのだ。

しかし、その所為で―――



「―――ぐぇっ!?」



 さっき思いっきりぶん殴られたお腹を、部室に置いてある机に強かにぶつける事になってしまったけど。

響く鈍痛に悶絶して机にうずくまっていれば、私に続くようにいくつもの気配がこの部室に入ってきた。

まず最初に穴の所まで辿り着き、私達が入るのを確認していたヒメ。

それに続いた私と先輩。そして相場を背負ったトモと、それのサポートをしていた嶋谷と笹原さん。

最後にヒメが入り―――その次の瞬間、黒くぽっかりと開いていた異界への穴は、砕け散るように消滅した。

机から起き上がり、全員がいる事を確認して、私は深々と息を吐き出す。



「ようやく、戻ってこれた……」

「ああ……」

「今回は、今まで以上にハードだったねぇ」



 私は思わずへなへなと床に座り込み、嶋谷も机に腰を預けながら項垂れる。

ヒメも気が抜けたのか、床に手を付いて荒い息を吐いている。

いつもと大して態度が変わらないのは、例によって先輩ぐらいなものだった。

彼女は背負ったリュックを戸棚の中に押し込み、消費してしまった品物のチェックをしながら、相場の方へと視線を向ける。



「それで、彼は大丈夫?」

「とりあえず、怪我は無いっすね。脈拍とかも異常無し。肉体的には健康そのものっすよ」

「精神的には分からない、と……まあ、今回はトラウマ量産しそうな感じの怪異ばっかりだったからねぇ。慣れてれば、あの屋上の奴はマシって言うぐらいだったけど」

「そうですよね、全く……」



 意外な事に、先輩の言葉に同意したのは笹原さんだった。

そんな彼女の言葉に、先輩が驚いたような表情で目を見開く。

しかし笹原さんはそれに気づく事もなく、ぐちぐちと文句を呟きながら、相場の状態をチェックしていた。



「どうせ気になったからって、他の七不思議は無視して屋上に行ったんでしょう。それで捕まって人質同然の状態だったんですから。アレぐらいで気を失ってないで欲しいですよ」

「ええと……随分逞しくなったね、笹原さん」

「嫌でもなりますよ、あの中にいたら」



 まあ、怪異初心者の笹原さんにはハード過ぎる内容であったのは確かだけど。

どうやら、軽く性格を変えてしまうぐらいにはトラウマになってしまったようだった。

何と言うか、私に依頼を持ってきた頃の大人しく清純な笹原さんは影も形も無い。

基本的には変わってないんだけど、常に周囲を窺っているような、小動物的なイメージが無くなってしまった。



「アレより怖いものなんてそうそう無いですからね……何て言うか、周囲の眼を窺っているのが馬鹿馬鹿しくなってきました」

「ああ、うん。まあ暗い性格でいるよりはいいと思うよ?」

「……この性格矯正の方法はどうかと思いますけどね」



 深々と嘆息しながら頭を抱えようとして―――ふと、私は右手に違和感を感じた。

持ち上げてみれば、そこにあったのは桜さんの短剣を握り締めたまま固まってしまっている私の手。

あまりにも強く握り締めていたためか、まるで指が石膏で固められたかのように動かない。

小刻みに震える手に、私はまるで他人事のような感想を得ながら嘆息を零していた。



「……はぁ」



 自分に刺さらないように気をつけながら、左手で右手の指を一本一本剥がして行く。

何だか吹っ切れている笹原さんに対し、私は未だに怯えていたようだ。

剣を離したがらない右手を押さえつけ、何とか剣を回収して、机の上に置く。

そんな私の事を、隣に座る嶋谷が心配そうに見つめていた。



「杏奈、大丈夫か?」

「どう……かな。精神的には、結構きついかも」



 深く嘆息し、私は机に置いた剣を見下ろす。

あの崩壊が始まってからは凄く慌しくて、あまり考える暇は無かった。

いや……分かってはいだんだ。けれど、出来るだけ考えないようにしていただけ。

そうじゃないと、折れてしまいそうだったから。



「……桜さん」



 あの時、漆黒の穴の中に落ちていった桜さん。

あの後どうなったのか、あそこから脱出する事は可能なのか、異界が崩壊した今、桜さんはどうなってしまったのか。

分からない、確かめる術は無い。今はただ、この手の中に、桜さんから受け取った武器があるというだけ。

それがどうしても、酷く物悲しくて―――



「―――あ、お帰りなさい、皆」



 ―――だからこそ、扉が開いて聞こえた声に、私は耳を疑っていた。

ばっと、大げさともいえるような動作で後ろに振り返る。

部室の入り口、廊下側の窓の外には、夕日が遠ざかり若干ながら暗くなり始めた空。

そして、それをバックに立っていたのは、間違いなく雛織桜その人だった。



「桜、さん……!?」

「桜さん、無事だったんですね!」

「うん……心配かけてゴメンね、杏奈ちゃん、姫乃ちゃん」



 ハンカチで手を拭いている様子から、花を詰みにでも行っていたのだろうか。

既にコートは纏っておらず、ここに来た時の、ラフで楽な格好に戻っていた。

それは、私が日常の中で目にする桜さんの姿。

その姿に、私はこれ以上無いほどの安堵を覚えていた。



「っ……桜さん、私……!」

「ごめんね、杏奈ちゃん」



 困ったような笑みを浮かべた桜さんが私に近付き、そっと抱き締めてくれる。

良かった、失われなかった、と―――私が抱いたのは、そんな想いだった。

私の日常を、大切な日々を失わずに済んだと……この人も今や、私にとって無くてはならないものなのだと。

涙を流す事までは、しなかった。いくら何だって、私はそこまで弱くない……弱くありたくない。

それでも、やっぱり怖かったのは事実で、失いたくなかったのは本当で、だからこそ桜さんの温もりに安堵する。

帰ってきたのだと……失わずに帰ってくる事が出来たのだ、と。



「でも、どうして……」

「あの穴に落ちた後、気がついたらここにいたんです……どうやら私は、あそこから弾き出されたみたいですね」



 先輩の発した疑問に、桜さんはそう答える。

あの時、桜さんは虚無の空間に落下し、そのままこの場所に戻って来たのだと言う。

……正直、あそこからこの場所に繋がっていたのなら、私達の苦労はなんだったのかと言いたくなるけれども。

まあ、一応それで帰っていたら相場を見つける事は出来なかったし、結果オーライと言えるのだろうけれども。



「そういう事だったのか……はぁ、何か無駄に疲れた」

「今回は特別ハードでしたからね……誰も怪我しなかったのは奇跡だ」

「まあまあ、それだけ俺達が頑張ったって事だろうよ」



 嶋谷とトモの言葉に、私も内心同意しながら、ゆっくりと桜さんから離れる。

そして机の上にあった短剣を手に持ち、その柄を桜さんの方へと差し出した。



「貸してくれて、ありがとうございました。とても役に立ちました」

「……うん、杏奈ちゃんのお役に立てたのなら、何よりだよ」



 私の言葉に、桜さんは淡く微笑む。

そういえばもう一本の短剣とあのコートは何処にやったのかと思ったけれど、恐らく気にするだけ無駄だろう。

この人たちのする事だ、きっと突拍子も無いような謎の方法を取っているに違いない。

とりあえず、桜さんも今はそれを仕舞わずに、ぐるりと私を見回して声をあげた。



「とりあえず、私はそろそろ帰ります。予想以上に時間がかかってしまったから、皆に報告しないと」

「……皆、ね」

「先輩? どうかしたんですか?」

「ああ、いや。何でもないよ」



 あの話を聞いていた先輩が、桜さんの言葉に視線を細めていた。

まあ、ヒメに突っ込まれて態度を改めてはいたけれど。

先輩は軽く笑って誤魔化すと、こほんと一度咳払いして、桜さんの瞳を真っ直ぐと見つめて声を上げた。



「ええと……今回、ワタシ達が無事に戻ってこれたのは貴方のおかげです。怪異調査部を代表してお礼を言います……ありがとうございました」

「あ、えっと……私が、やりたくてやっていた事ですから。でも、皆が無事でよかったです」

「それでも、です。本当に、助かりました」



 怪異を前にして真面目になる先輩は割と見るけれど、こうお礼を言うために真面目な表情をする先輩と言うのは中々新鮮だった。

それを前にして、桜さんも穏やかに笑う。

桜さんは、決して善意でこれを行っていた訳ではないのだ。

だからこそ、お礼を言われる筋合いは無いと、本気で考えているのだろう。

まあ、食い下がられてまでそれを拒否するつもりも無いようだったけど。



「ふぅ……では、私はこの辺で。あ……気を失ってる彼ですが、しばらくは目を覚まさないと思います……多分、明日ぐらいまでは」

「……分かりました。トモ、頼めるか」

「おーう、案内があればな」

「あ、それは私が」



 相場は本当に大丈夫なのかしらね。

とりあえず、力のあるトモが運ぶ事になったようだ。

それを見て頷くと、桜さんはゆっくりと踵を返す―――いつの間にか、その手にあったはずの短剣は姿を消していた。



「それでは、また機会がありましたら……杏奈ちゃん、姫乃ちゃん、友紀君、また明日ね」



 それだけ告げて淡く微笑むと、桜さんはそのまま軽い足音を立てながら去っていった。

その背中をしばし黙したまま見送って―――それから、先輩は私達の方へと視線を向ける。



「さて、皆今日は疲れたよね。色々気になる事はあるかもしれないけど、詳しい話はまた明日にしよう。それまでに、こっちでも色々調べておくから」

「はい……よろしくお願いします」



 確かに、いくつか聞きたいようなことはあった。

けれど、頭の中はもういっぱいいっぱいで、あまり余裕と言うものは存在しない。

私は嘆息して、先輩の言葉に頷いていた。

そして私と同じように先輩の言葉を受け入れていた笹原さんは、くるりと私達の方へと向き直って声を上げる。



「今回は、本当にありがとうございました。突然こんな話を聞いてもらって、しかもこんな事に巻き込んでしまって……」

「私は、気にしてないよ。皆無事だったんだから」

「ま……無関係でいられたかどうかは微妙な所だしね」



 朗らかに頷くヒメの横で、私は小さく肩を竦める。

あの怪異は、やっぱりヒメを狙ってきたものだと思うのだ。

まあ、あの月島麗佳自身がそれを考えていたのかどうかは知らないけれど、日記の杏奈の言葉を思い出すならば、何かが纏わり付いてきてそれに乗っ取られていたという事なのだろう。

相手の狙いがヒメだったとするならば、私達も結局巻き込まれていたのではないだろうか。



「……でも、本当にありがとうございました……あ」

「ん? どうかしたの?」



 私達の事を見つめていた笹原さんが、何やら目を見開き、その後苦笑のような吐息を零す。

それに疑問符を浮かべる私やヒメに対し、彼女は苦笑を消せぬままに声を上げた。



「いえ、ちゃんと自己紹介もしていなかったんだな、なんて思って……本当に、余裕がなかったんですね、私」

「ああ……そういえば、そうよね。まあ、無理も無いと思うけど」



 確かに、私は彼女の名前を聞いていなかった事を思い出した。

まあ、それも仕方ないと言えば仕方ないだろう。あの時は、笹原さんも全然余裕がなかったのだろうし。

ヒメ辺りは彼女の名前もちゃんと知っているのだろうけど、今は特別口を挟んでくるような事はなかった。

その辺りの空気は、ちゃんと読めるようになったのだろう。



「それじゃあ、改めて……私は、笹原あずさです。今回は、私と相場君を助けてくれて、本当にありがとうございました。出来れば、今後も友達として仲良くしてくれると嬉しいです」

「……ふふ、それじゃあ、その敬語も止めた方がいいわね。こっちも改めて、私は神代杏奈。杏奈でいいわ」

「改めまして、私は篠澤姫乃だよ。皆からはヒメって呼ばれてる」

「分かりまし……じゃなくて、分かったよ。ありがとう、杏奈ちゃん、ヒメちゃん。これからも、よろしくね。私の事は梓でいいよ」

「うん。よろしくね、梓」

「これからよろしくね、梓ちゃん!」



 穏やかに笑う笹原さん……いや、梓に癒され、私も自然と笑顔を浮かべる。

こんな経験に遭っておきながら、私達と仲良くしたいと言うのだから、線が細いように見えて意外と図太い神経をしていたのかもしれない。

そんな彼女の言葉を、私達はありがたく受け取っていた。

友達を選ぶようにしているから付き合える人は少ないし、彼女の言葉は純粋にありがたかったのだ。

……まあ、この部活に入れとまでは言うつもりは無いけれど。


 と、そこで、ぱんぱんと手を叩く音が部室に響いた。



「さて、新たなお友達も出来たところで、今日は解散にしようか。本日の怪異調査部の活動はこれにて終了……皆、お疲れ様でした!」

『お疲れ様でしたー』



 三人で声をあわせて、小さく笑う。

今日は、日記の杏奈を抱いて眠ろう……そんな事を考えながら、私はもう半分以上沈んだ夕日を見つめていたのだった。











 * * * * *











「やれやれ……私を呼ぶとは、中々に切羽詰っていたみたいだね」

「……こっちであれを使う訳には行きませんし……助かりました、エルフィールさん」



 中央棟の屋上、異界において杏奈達が月島麗佳と対峙していた場所。

そのフェンスの傍に立ちながら、雛織桜は隣に立つ少女と言葉を交わしていた。

あまり見慣れぬ白い髪をした、軽装の少女。エルフィールと呼ばれた彼女は、桜の言葉に苦笑のような笑みを浮かべる。



「その判断は賢明だね。内側からあの異界を無理矢理食い破れば、こちら側でどうなっていた事か分からないし。それに、君達の大切なあの少女達も巻き込まれてしまっただろう」

「そう……ですね」

「ふむ……何やら気になっている事があるようだが、どうかしたのかな?」



 浮かない表情を浮かべた桜の様子に、エルフィールは小さく疑問符を浮かべる。

そんな姿を横目でちらりと確認した桜は、どこか呆れを交えた嘆息を零していた。

白々しい、と。



「貴方はずっと私達の事を見ているんですから……分かっているのでしょう?」

「失敬、少々失礼な問いだったようだね。とは言え、案じているのは事実だ。私の撒いた種なのだからね」



 苦笑とともに、エルフィールは空を見上げる。

夕日は山の影に身を隠しつつあり、空は宵闇を感じさせる藍色に染まっている。

その所々に浮かぶ雲だけが、夕日の名残を受けて紅に染まっていた。



「彼女の才能……君はどう思ったのかな、雛織桜」

「……最初は、私と同じものかと思いました。魂に干渉する力、あらゆる霊魂を統べる才能、《魂魄ゼーレ》」

「しかし違うと、君は睨んだのだね」

「……それに関しては、貴方の方がずっと詳しいでしょう。名前までは知りません。けれど、その性質は少しだけ分かりました」



 フェンスに預けていた身を起こし、桜はエルフィールの方へと向き直る。

その顔の中に浮かんでいるのは、無機質な無表情。

しかし、それは感情が無いという訳ではなく、内側の激情を殺しているような表情だった。



「最初は魂を斬ってそれを肉体に影響させているのかと思いましたが、怪異には魂なんて存在しない。

あれは、情報を斬っていました。結合していると言う情報を切断された結果、分断と言う状態が物理的に発生している。

その気になれば竹刀で鋼鉄でも切断できる……情報によって形作られる怪異にとっては、鬼門とすら呼べる力です」

「正解だ……中々の慧眼だね、雛織桜」



 そしてそんな桜の内心を理解しつつ、エルフィールは薄い笑みを浮かべてそう答える。

紛れも無い肯定の言葉―――それに、桜は思わず顔を顰めていた。

それは、何処までも厄介な事実だったからだ。



「彼女の力は《情報アオスクンフト》……君の睨んだ通り、存在の情報に干渉する性質を持っている。そして……この、『噂話が実体化する』という理を創り上げている力と同一のものだ」

「それでは、怪異が姫乃ちゃんを狙っているのは……」

「彼女を喰らい、己の力と理を強化する為だろう。最終的な目標は……言わずもがな、我等が主だろうね」



 どこか皮肉を込めた『主』という言葉。

しかし桜はそれに反応する事無く、視線を伏せたまま小さく声を上げた。



「……そんな事は、許さない」

「やはり、君ならそう言うか」



 対照的に、エルフィールはどこか楽しそうに声を上げる。

けれど、その声音の奥には、どこか冷酷な重みを含んでいた。

表情は違えど、二人の感じている思いは一つ。


 認めない―――奪う事は、許さない。


 その強い思いは、世界を歪めるほどに強大な力と化す―――それこそが、彼女たちの性質なのだから。



「奪わせない……そうですよね」

「その通りだ。無論、この程度の理が彼に触れられるとは思わないが……ああ、この唯一の勝利を汚される事は我慢ならない」



 二つの強大なる理が顔を上げる。

そこには―――現れた敵に対する、何処までも強大な敵意が秘められていたのだった。





















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