37:魂のチカラ
「『七人ミサキ』って言うのは、主に高知県を始めとした、四国地方によく現れる妖怪のようなものなんだよ」
解説は自分の仕事だと言わんばかりに、先輩は語り始める。
既に高校棟一階の廊下の怪異は払われ、近くに怪異がいなくなったためか、周囲の怪奇現象も大人しくなっている。
そんな中、休憩という事で、私達は近くの教室に入って休む事にしていたのだ。
正直そんな事をしている暇があるのかとは言いたかったけれど、笹原さんやヒメ、そして慣れている嶋谷ですら、少々疲弊し始めている。
多分私も、自覚は無いけど大分参ってきているはずだ。大丈夫なのは体力バカなトモと慣れ過ぎてる先輩ぐらいである。
だからこそ、休憩はやっぱり必要なものだ。
「七人一組の姿で現れる亡霊で、水辺での目撃談が多いとされている。特に、海難事故の多い場所で現れやすいと言われているんだ」
「……怪異、幽霊と来て、今度は妖怪ですか。って言うか、そんなのが何でこんな所に?」
「さてね。まあ、都市伝説の上では東京の渋谷でも発生したと言うし、何処に現れてもおかしく無いんじゃないのかな」
肩を竦め、先輩はそう口にする。
それだけ聞くと、随分と適当な妖怪だ。まあ、後半に語ったのは、その『七人ミサキ』とやらを元にした怪異の類なんだろうけど。
でも桜さんは、今回現れたのは本物だと言っていた。
正確に言えば、本物の『七人ミサキ』に、怪異が取り憑いて操っていたと言う感じらしい。
まあどうにしろ、本物が現れたのは事実だ。水害を元として現れる怪異ならば、この現れ方は少々不自然なように感じる。
と、そこで桜さんが横から口を挟んできた。
「……『七人ミサキ』は、言ってしまえば霊の集合体。無数の霊が一つの残留思念に凝り固まって出来た存在。七人一組と言っているけれど、実際にはもっと沢山の霊が内側に取り込まれている。
水辺で起こりやすいと言うだけで、必ずしも水辺である必要は無い。一つの災害や事故で、多くの人間が共通の無念を抱えたまま死ぬこと……条件としては、それが大きい」
「へぇ……本当に、幽霊の事に関しては物知りなんだねぇ」
「……昔から、良い霊も悪い霊も、凄く寄って来やすい体質だったから」
そう言う桜さんは、少しだけ沈んだ表情を浮かべていた。
あまり愉快な思い出と言う訳ではないのだろう。
話題を替えるため、私は二人に先を促した。
「それで、結局『七人ミサキ』って言うのはどんな妖怪なんですか?」
「そうだね。怪異として分類するなら、『出会ってはいけない』タイプかな。『七人ミサキ』に出会った人間は、高熱に見舞われて死んでしまうんだ」
「ええっ!?」
と、そこで悲鳴を上げたのはヒメだ。
まあ、私達は実際にさっき出会ってしまっている訳で。
特に、存在を感知できるヒメや私は『出会ってしまった』扱いにされかねないだろう。
桜さん曰く、アレは本物なんだし……ちょっと、ヤバイ?
が、蒼褪める私達に、桜さんは小さく微笑を浮かべながら声をかけてきた。
「大丈夫……あの『七人ミサキ』の中にあった霊は、全て私が取り込んだから……貴方達に影響を与えるような事は、無いよ」
「それって、桜さんは大丈夫なんですか!?」
出会っただけで相手を死なせてしまうような亡霊だ、自分の中に取り込むなんて危険なのではないか―――そんな疑問と共に、ヒメは声を上げる。
この状況で桜さんの心配を出来るんだから大したものだとは思うけれど、正直その心配は余計なお世話だと思う。
私が知っている限りの桜さんの力でも、その程度の相手は問題にすらならないのだ。
「うん……アレを数十倍ぐらいにしたのに半年弱ぐらい付き纏われていた事もあるし、この位なら全然大丈夫だよ」
「……このお姉さんの話を聞いてると、ワタシの非日常の常識すら吹っ飛んでいくよ」
テリア先輩が、桜さんの言葉に渇いた笑みを浮かべている。
正直、あの『七人ミサキ』とか言うのからは数十……いや、あんまり感覚の鋭くない私の主観だから、下手をすれば三桁単位の怨霊が渦を巻いていた。
それを纏めて取り込んで尚、その数十倍ぐらいでも大丈夫だと言い放つのだから、本当に基準がおかしい。
「ま、まあそれは置いておくとして……『七人ミサキ』って言うのはさっきも言った通り、特に害のあるタイプの存在なんだ。
何故なら『七人ミサキ』は、人間を取り殺すと自分が成仏できると考えているからね」
「……つまり、自分が助かりたいが為に、誰構わず殺して回ると?」
「そうだね。だからこそ性質が悪い。何かを伝えようとしているのでも、恨みを晴らそうとしているのでもない。単純に、自分が助かりたいが為に、無差別に殺そうとしているんだ」
成程、それはつまり、対処法と呼べるものが存在しないと言う事だろう。
伝えたい事があるのならば、それを聞き出してやれば言い。恨みがあるのならば、それを晴らしてやればいい。
けれど、『七人ミサキ』にはそれが無い。単純に、人を殺す事自体が目的なのだから。
「伝承によっては、切腹を命じられた武将とその部下達が『七人ミサキ』なったという話もあるし、その怨念は計り知れないものがある。
比較的近い所の『七人ミサキ』に関する伝承だと、山伏の怨霊が変化したものと言う場合もあるし……白装束って言うのももしかしたら、それの事だったのかも知れないね」
山伏の衣装は確かに白いものが多いけれど、そういうものだったのだろうか。
まあ、桜さんはあんまり興味無さそうだし、どちらでもいいという感じなのだろう。
と、そこで、先輩がなにやら珍しく不可解そうな表情で、桜さんの方へと視線を向けた。
「けど、私としても疑問なんだけど……あなたの言い方だと、『七人ミサキ』は人を殺しても成仏できないように感じられたよ?」
「ええ……それはその通り、です。正確には、表側に出ている七人の内の一人が、霊の集合体の中に取り込まれるだけ。
表側の七人はありもしない希望を抱いて人を殺し、成仏するように見せかけながら内側に取り込まれ、更なる怨念を溜める。
怨念を溜め続けるための、負の循環機構。『七人ミサキ』って言うのは、そういう存在です」
「……えげつないな」
嶋谷が、桜さんの説明に顔を顰める。
いや本当に、どうしようもないぐらい悪質な存在だ。
そんなモノがどうしてこの学校にいたのか……それは分からなかったけど、よく今まで目立った被害が無かったものだ。
そんな存在が現れたら、謎の病原菌の繁殖とか訳の分からないことになっていたかもしれない。
「まあとにかく、『白装束の行列』の正体は『七人ミサキ』だったって言う事だね……うん、これは流石に予想外だったけど、無事に終わって良かった」
やれやれと、先輩は大きく息を吐き出す。
しかしまあ、これって桜さんがいなかったらどうなっていた事やら。
霊の存在を感じ取れると行っても、私には幽霊を何とかするような手段は無い。
それはヒメも同じだろう。『白装束の行列』は、私達にはどうする事もできないような怪異だったのだ。
……少なくとも、ここまで誰一人傷付かずに、というのは無理だっただろう。
「ッ……」
戦慄を感じて、私は思わず腕を擦る。
下手をすれば、全員残さず死んでいたかもしれないのだ。
この『学校の七不思議』は、それほどに危険な怪異の群れ。
改めて、自分が死の危険の真っ只中にいると言う事を自覚させられてしまった。
知らず、私はバックの中に手を突っ込み、そこにあるハードカバーの背表紙に手を触れさせていた。
(杏奈……私、やっぱり認識が甘かったのね)
怪異は危険な存在ばかりでは無い。それは事実だし、疑うつもりも無い。
けれど、危険な怪異がいる事だってまた事実なのだ。
私はひきこさんの件で、それが分かったつもりになっていた。
実際にあの時は引き摺られる寸前だったし、死の危険だって十二分に感じさせられた。
けれど―――自分達の力ではどうしようもない理不尽なんて物は、初めてだったのだ。
あまりにも強大過ぎて、自分達の力ではどうしようもないほどの力。
今度こそ、理解する。これこそが、本当の怪異なのだと。
(先輩は、今までこんなモノを相手に? ……いや、部活ではそんな危険な怪異を相手にしたことは無いと言ってた。
でも、やっぱり先輩は落ち着きすぎてる……何かで、こういう怪異に出会った事があるんだ。それが多分、市ヶ谷さんの―――)
先輩がどんな経験をしてきたのか、私には想像する事も出来ない。
けれど、もしもこんな理不尽な怪異に巻き込まれた事があるのだとしたら……先輩が怪異を憎んでいるのも、何となく分かる気がする。
だから先輩はきっと、怪異に臨む時は真剣なんだ。
……やっぱり、怖い。死ぬかもしれないなんて、嫌だ。
「お兄ちゃん……」
知らず、私は小さくそんな言葉を呟いていた。
幸い周囲には聞こえなかったみたいだけど、未だにお兄ちゃんに頼りきりである自分を自覚して、私は思わず苦笑する。
でも、こんな所でなら頼ったっていいでしょう?
ここで挫けてしまったら、きっと二度と帰る事は出来ないから。
「―――杏奈ちゃん」
「っ……さ、桜さん?」
気付けば、いつの間にか桜さんが私の後ろに立って、両肩に手を置いていた。
表情は見えないけれど、降ってくるその声音は、凄く優しいもの。
「大丈夫、大丈夫だよ、杏奈ちゃん。約束したでしょう、私が皆を元の世界に帰してあげる」
「あ……」
「私は強いから、皆の為に強くなったから。この強さは、愛してくれる貴方たちを護る為にある。私は、あなた達の愛を何一つ失いたくない」
何処までも自分本位で、そして心の底から愛してくれていると言う、その言葉。
それは欲求から生まれた言葉であるが故に、何処までも真剣で真摯な物だった。
桜さんは、決して約束を違えない。それほど真剣に、真っ直ぐに―――私達の事を、愛してくれていた。
だから、その声音で私の心は落ち着いてゆく。死の恐怖は未だあれど、立ち向かうだけの勇気も復活していた。
「……ありがとうございます、桜さん」
「うん……一緒に頑張ろうね、杏奈ちゃん」
あんまり年は変わらない筈だったけれど、やっぱり経験が違うとこれほど差があるんだな、と……私は、思わず納得していた。
そして皆の方へちらりと視線を向けてみれば、そちらも少しだけ和らいだ表情を浮かべている。
どうやら、皆も桜さんの実力を目の当たりにする事で、『何とかできるんじゃないか』という心の余裕が生まれ始めているようだ。
それでも若干嶋谷の表情が硬い辺り、どうせ『頼り過ぎては万が一の時に拙い』とか考えているんだろう。
嶋谷らしいと言えば嶋谷らしいし、そういう考え方は必要だろうから助かるのだけれども。
「さて……終わった事をいつまでも考えていても仕方ないでしょう。とりあえず、休憩の間に次の七不思議についての予備知識を得ないと」
「っと、そうだねぇ。ええと、次は……体育館、『張り付き生首』か」
その言葉に、私は思わず顔を顰める。
確か先輩曰く、七不思議の中では危険度が低めなものだと言う事だったと思うけど。
しかし、名前だけ聞くと随分嫌な感じよね……今度は、どんな怪異なのかしら?
「まず、皆体育館の天井の事は知ってるよね。まあ、見た事ぐらいはあると思うけど」
「天井って……そりゃまあ、見た事あるっすけど」
それがどうかしたのか、とトモが首を傾げる。
ちなみにその隣に座っていた笹原さんは、既に話の内容を知っているのか、どこか気まずげな表情で視線を伏せていた。
そう言えば笹原さん、さっきこの話について随分と嫌そうな顔してたわよね。
何となく嫌な予感を覚えながらも先輩の言葉を待つ。
「体育館の天井といえば、あの梁の間にボールが挟まっているアレだ」
「どうやって挟まったのか分からないものが沢山ありますよね、あれ……バスケットボールとかバレーボールとか」
まあ、比較的軽いバレーボールだったらまだ分からなくはないけれど、あのバスケットボールを天井近くまで飛ばすのとか、一体何をやったらそういう事になるのか。
意図的にやらない限り、そういう事は起きないと思うのだけれど。
で、まあ……ここまで来れば、何となく話の筋は読めたわ。
「『張り付き生首』って言うのは、その天井に挟まっているボールが、人の生首になっていた、という内容だよ。
他の七不思議に比べるとストーリーがあんまり無い辺り、これも『異次元の鏡』と同じく適当に考えられた類だろうね。内容の嫌さ下限は段違いだけど」
先輩の言葉に、全員が顔を顰めて同意する。
確かに、聞く限りでは危険度が低めで、私達でも何とかできるかもしれない内容だ。
が―――そんなグロい物、絶対に目にしたいとは思えない。
「まあ、あの高さから落ちてきたら、ボールだろうが生首だろうが危ないものは危ないし……頭はしっかり護るようにね」
「嫌過ぎる……」
自分の顔めがけて生首が落ちてきたらとか、正直想像したくもない。
呻くように呟いた嶋谷の言葉に同意しつつ、私は深々と嘆息を零していたのだった。




