26:小さな依頼
朝、学校に来たら何をするか。
まあそれは人それぞれだろう。友達と話す奴とか、持って来た本で読書を始める奴とか、終わってない宿題を必死にやってる奴とか、机に突っ伏して寝てる奴とか。
そんな中で、私が主に行っているのはヒメとの会話だった。
まあ簡単に言えば、通学路からの続きみたいなものだ。
「……ねえ杏奈ちゃん、その資料読んで怖くないの?」
「いやまあ、怖い事は怖いわよ? 普通に怪談を読んでるようなもんだし」
ヒメの前の席を勝手に借りつつ、ヒメの机の上で資料を広げ、私は小さく嘆息する。
そこにあるのは、先輩から借りてきた都市伝説に関する様々な資料だ。
ヒメの訴えにより、『知ったら駄目』なタイプの都市伝説は省かれている為、安心して読み漁る事が出来る。
正直その辺りだって知ったからどうだ、と言えるようなものではあると思うけど……ここ最近怪異と関わっている身としては、若干身構えてしまうものだ。
私だって、別に死にたがりという訳じゃないんだし、その辺りは必要な時に先輩から聞きたいものだ。
けどまあ―――
「だからって、ヒメは怖がりすぎでしょうに」
「で、でも……怖いものは怖いんだから仕方ないでしょう!?」
「まあ、それはそうかもしれないけどさ……だったら無理して読まなくても」
「あ、杏奈ちゃんだけにこんな危ない事させられないもん……」
「危ない事って、あんたね……」
ヒメの言動に、私は思わず苦笑してしまう。
確かに怪異は危険なものもあるけれど、端から端まで危険だと言う訳では無い。
無論警戒を怠るべきではないと思うけど、まだ起こってもいない怪異を警戒するのは無駄の極みだ。
そんなモノを怖がっていたらきりが無い。
「私達が読んだ程度で、怪異の現れる可能性なんて大して上がらないわよ。アレは不特定多数の人間に認識されるからこそああやって形になるんだしね」
「それでも、無いとは言えないでしょ?」
「ヒメ、怪異が現れるには信憑性が必要なのよ? 実際にそれっぽい話を聞くか目にするかでもしないと、現れる事なんてありえないでしょ」
色々と経験したおかげで、私の怪異に対する知識もそれなりに深まっている。
まだ四月の終わりぐらいだって言うのに、随分と濃い経験をしてしまったからだろうか。
この分だと、ゴールデンウィーク辺りまた厄介なものにでも絡まれそうな……いや、止めとこう。縁起でもない。
折角の休みまで潰されてしまっては、たまったものじゃないのだから。
「まあとにかく、予習復習が大事って事よ」
「……杏奈ちゃん、それ普段の勉強でもしっかりしようよ」
「ほほう、ヒメはよっぽどこれを音読して欲しいと見た」
「やー! 止めて止めて、出来るだけ斜め読みしてるんだから!」
いや、斜め読みって……まあ、それで重要な所はちゃんと拾ってるんだろうから問題は無いだろうけど。
しかしこの子、本当にホラーが苦手よね。良くそれで怪異調査部に入ろうと言えたもんだわ。
まあ、嶋谷がいたからなんだろうけど。
「うー……杏奈ちゃんのいぢわる」
「ああもう、ヒメは可愛いわねー」
「そんな風に褒められても嬉しくないよぉ!」
何とも可愛い怒り方である。
これが立っている状態だったら、ポカポカパンチまで入っていただろう。実に萌える。
まあ、この子が本気で殴れば大の大人だって一撃で昏倒するんだろうけれども、その辺りはちゃんと加減してくれる子だった。
今日も朝から元気を分けて貰えて何より。これで一日気分良く過ごせそうだ―――
「―――あ、あの!」
唐突に、声がかかる。
私は元々、クラスの友達はあんまり多くない。
小学校の頃はやむをえない事情で友達は少なかったし、中学に入ってからもそれは余り変わらなかった。
主に、皆のマスコット扱いされているヒメと一緒にいる為でもあるのだけど。
と言っても、ヒメや私が嫌われているという訳ではない。
何と言うか、ヒメは『遠くから眺めて愛でるもの』みたいな扱いをされていて、私はそのボディーガードのように思われているみたいなのだ。
まあ、ヒメだって話しかけられれば愛想良く対応するし、相手に悪意が無ければ私だって同じだけど。
さて、閑話休題。
先ほど私達に声をかけてきたのは、その『友達ではない』の分類に含まれる大多数の内の一人だった。
一応、苗字ぐらいは覚えてるけど―――
「笹原さん、どうかしたの?」
と、言う前にヒメに言い当てられてしまった。
名前は覚えていないけど……彼女は笹原さん。ちょっと小動物的な印象のある女の子で、クラスの保険委員をやっている。
重い時とかにお世話になった事があるから、顔はしっかりと覚えていた。
しかしながら、私の記憶の中にある彼女は、いつもほんわかした雰囲気を纏っていたと思うのだけど―――
「随分慌ててるみたいだけど……どうかした?」
「え、えっと……その、神代さん!」
「え?」
思わず、きょとんと目を見開く。
私の方に声をかけられるとは思っていなかったのだ。
困り事や頼み事なんかは大抵ヒメの方に相談が行くし、私も積極的に人助けなんかしないから、頼られるような覚えは無い。
けれど、笹原さんは確かに私の方へと視線を向け、声をかけて来ていたのだ。
それが咄嗟に信じられず、私は思わず問い返してしまう。
「ええと……その、笹原さん? 何で私? ヒメの方に相談じゃないの?」
「はい、神代さんにです……」
「うんうん、皆にもようやく杏奈ちゃんの優しさが伝わったんだよ」
「いや、私は別に優しくないから。普段の対応はあんた達だけだから……で、笹原さん。私にどんな用事?」
何やら不満げな表情のヒメはスルーしつつ、笹原さんへと視線を戻す。
彼女は中々に深刻そうな表情を浮かべていて、あまり茶化せる雰囲気と言う訳ではなかった。
どうやら、それなりに深い悩みを抱えているみたい……けど、それはそれで、何故私の方に話が来るのかが分からない。
明らかに、ヒメの方が親身になって相談に乗ってくれる筈だ。
そんな私の疑問は伝わったのかどうか分からないけど、彼女は相変わらず思いつめた表情で、私の方へと声を上げた。
「あの、神代さんって巫女さんなんですよね?」
「え? あ、ええ。そうだけど」
「それなら、お家は神社って事ですよね!?」
「ま、まぁ」
別に否定のしようも無い話だけど……何故笹原さんはこんなにも必死になっているのだろうか。
って言うか、何故に巫女の方が先に来たのか。
アレか、私=巫女のイメージが先行しすぎてて、神社に住んでるから巫女ではなく、巫女だから神社に住んでるみたいな連想のされ方になってるのか。
……まあ、それはいいけど。笹原さんは私が頷いたのを見ると、少しだけ表情を明るくし―――そして、私へと向けて勢い良く頭を下げた。
「あの、私にお祓いしてください!」
「……は?」
本日始まって早々ながら、立て続けに起こる理解不能の状況に、私は思わず素っ頓狂な声を上げていた。
え、何、お祓い?
お祓いが何なのか分からない訳じゃない。私だって巫女らしく、神学の事についてはちゃんと自主的に学んでいる。
歌舞、巫女神楽だってちゃんと出来るし、これでもちゃんと真面目に巫女をやってるのだ。
けど―――
「ええと、それは本来神主の仕事なんだけど……」
「それなら神主さんにお願いします!」
「あー……」
我が家の神主は、言わずもがなお父さんである。
が、あちらは現在旅行中。流石にそろそろ帰ってくると思うんだけど、一体何をしているのやら。
一応、お父さんが居ない間の代理人はお兄ちゃんになってはいるんだけど、常に家にいる訳じゃないからなぁ。
とりあえず、一体どうしてお祓いを受けたいのかはしっかり聞いておかないと。
「えっと、どうしてお祓いを? 霊に取り憑かれたとか?」
「は、はい、そうなんです……」
「んー……」
その言葉に、私はじっと目を細めて笹原さんの事を観察する。
巫女らしくという訳では無いが、私も多少の霊感はある。
と言っても、これは多少勘が鋭ければ誰でも感じ取れるようなものだ。
それが霊の気配であると分かるのは、特大の霊媒体質である桜さんに教えて貰ったからに過ぎない。
そして霊感と言うならば、私よりもヒメの方が数段鋭い感覚を持っていたりする。
「ヒメ、そっちは感じる? 私には分からないんだけど」
「んー……私も、ちょっと。何だか変な雰囲気はあるけど、幽霊じゃないっぽい気が……」
「そうよねぇ」
確かに、笹原さんの周りにはざわざわとした気配があるようには感じる。
けれどそれは霊に取り憑かれているという感じではなく、単純に雑踏の中にいるような感じがするだけだ。
自然音と言うか、人間生活の中の自然音。普通に暮らしていれば常に耳にして、そして聞き流している程度の音。
少しおかしいとは思うけれど、特に危険を感じるような気配ではなかった。
「あの……お願いします、本当に!」
「う、うん、ちょっと待って。今聞いてみるから」
霊に関してならば、私達よりも桜さんの方がよっぽど専門家だ。
あの人ならば、怨霊だろうが悪霊だろうがまるで脅威を感じないだろう。
桜さんは今朝来ていたから、もしかしたらまだいてくれるかもしれない。
ただ機械類が苦手な桜さんに直接電話しても出ない可能性があるので、お兄ちゃんの方に連絡する事にする。
「……もしもーし、お兄ちゃん?」
『ああ、どうした杏奈? 何か忘れ物でもしたのか?』
「いや、小学生じゃないんだから……よっぽど致命的な物でもない限り、お兄ちゃんは呼ばないわよ。恥ずかしいし」
『ぬ……』
あ、地味にショック受けてる。
いやでも、この年になってお兄ちゃんに忘れ物持って来て貰うのは何か恥ずかしいし。
どうしよう、フォローしておくべきか……っていや、そういう話じゃない。
本題に入らないと。
「ねえお兄ちゃん、桜さんってまだいる?」
『桜か? ああ、まだいるが。いづなは先に戻ったが、オレはもうしばらく用事があったからな。あいつも一緒にいる』
「ん、それは良かった」
桜さん、お兄ちゃんにぞっこんだからね……いづなさんと一緒に帰るよりはお兄ちゃんと一緒にいたかったようだ。
普段はいづなさんが一緒にいるから、二人きりになるタイミングってあんまり無さそうだし。
……そう考えると、ちょっと申し訳ないかもしれない。
折角の二人きりの時間だというのに、邪魔してしまう事になる。
そんな私の胸中なんて露ほども知らないであろうお兄ちゃんは、変わらぬ様子で問いかけてきた。
『桜に何か用事か?』
「あー、うん。そんな所。私達が帰ってくるまで残ってて貰えないかな?」
『ああ。だが、戻ってくるのは遅くなるのではないのか?』
「えーと……今日は部活無しで帰るわ。連絡入れておけば大丈夫だと思うし」
今の所依頼は来ていなかったと思うし、何かあったら連絡をくれるでしょう。
一応、先輩や嶋谷にメールを入れておけば大丈夫だと思うし。
流石に、真剣に悩んで相談しに来た子を尻目に部活なんてしてられないしね。
「って言う訳で、お願いね、お兄ちゃん」
『ああ、了解した。桜には連絡しておこう。では、頑張れよ』
「はーい」
軽い感じで通話を終了する。兄妹の会話なんて、まあこんなものだ。
さて、とりあえず幽霊に関する話だったらこれで解決するとは思うんだけど。
一体どうなる事やら。ともあれ、私はとりあえず決まった事を笹原さんに告げた。
「笹原さん、とりあえず、学校が終わったら私の家に行こう。お祓いは出来ないケド、幽霊が原因だったらどうとでもなるから」
「ほ、本当ですか!?」
「うん。むしろお父さんにお祓いして貰うより確実かも」
桜さんならアレだ。そこらへんの悪霊ぐらいなら、手で掴んでぽいっと放り捨てられる。
つくづく人間離れしているけれど、お兄ちゃんの友達なんて皆そんな感じだ。
とまあ、それは兎も角―――
「ヒメ、そっちはどうする?」
「うん、私も杏奈ちゃんと笹原さんに付き合うよ。私だって放っておけないもん」
「了解。それじゃ、先輩には私達二人とも休むって伝えとくわ」
とりあえず、これで大丈夫だろう。
メールで連絡は入れておく事として……まあ、嶋谷達はこっちに付いて来なくても大丈夫だろう。
あんまり部活に人が出てこないのも問題だ。
それに、笹原さんだって高校の方にまで知られたくは無いだろうし。
まあ、こんな所で半ば叫ぶように言ってたんだし、今更と言えば今更だけど。
「じゃあ笹原さん、そういう事で。悪いけど、放課後までは我慢してね」
「はい、ありがとうございます」
「いいのいいの。それじゃ、また後でね」
深々と礼をして自分の席に戻って行く笹原さんの背中を見送り、私はこっそりと嘆息する。
さてさて、また何だか厄介な事になってきたぞ、と―――私は、そんな事を考えていたのだった。




