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25:静かな終わり












 学校の制服を着て、地面にハンカチを敷きつつ腰を下ろしながら、私はぼんやりと空を眺める。

三上町からちょっとだけ離れた場所にある火葬場……私達は今日、すずさんを送るためにここに来ていた。


 あの後、私達は病院に連絡し、すずさんについての出来事を大体そのまま伝えていた。

下手な嘘を吐くよりはいいだろう、との判断である。猫が喋る事さえ抜かせば、この話は主人の危機を伝えに来たペットとその飼い主の美談だ。

正直な所、そんな風に茶化す気には全くなれなかったけど。


 すずさんに身寄りは無く、既に天涯孤独の身であった為、葬儀と呼べるものは行われなかった。

彼女にとって家族と呼べる存在はウツロのみ。結局、こうして静かに葬られる事となってしまった。

それが良かったのかどうかは、私には分からない。あんな孤独に満ちた終わり方は、私は嫌だと思う。

けれど……孤独だったからこそ、唯一と言える心残りを果たす事が出来たのかもしれない。

すずさんは、確かにあの時、満足そうに笑って逝ったのだ。



「……はぁ」

『浮かない顔をしているな、娘』

「こんな場所で陽気な顔してる方が問題でしょ……それに、外であんまり喋るんじゃないわよ」

『何、このような町外れに人などそうそうおるまい。それに、私は人の気配には敏感だからな』



 上げていた視線を戻せば、私の隣にはいつの間にか、一匹の黒猫が身体を丸めるようにして座っていた。

ウツロと言う名前の、怪異と化した黒猫。

コイツの目的は、自分の新たな飼い主を見つけて、前の飼い主であったすずさんを安心させる事だった。

それについては理解したし、納得も出来ている。けれど―――



「……アンタって、結局何だったの?」

『何だった、とは?』

「どういう怪異なのよ? 結局、『人面犬』の亜種って訳でもなかったみたいだし、どんな怪異なのかさっぱりなのよね」

『ふむ……お主らに正しく理解させる事も、まあ必要な事ではあるかも知れんな。長年生きてきたおかげか、私は最早曖昧な存在とは言えなくなって来ているようだ』



 自分の腹を舐めながら、ウツロはそう呟く。

どうでもいいけど、その渋い声で猫らしい可愛いポーズをされると凄く微妙だ。

何て言うか、どう受け取ったらいいのか分からなくなる。

しかしそんな私の心境などお構い無しに、黒猫はあくまでマイペースな様子で語り始めた。



『私が周囲からどのような認識をされ、このような存在に至ったかといえば……恐らく、『化け猫』とでも考えられていたのだろう』

「『化け猫』、ねぇ……でも、それにはそう認識されるだけの理由があったって事でしょう? アンタの前身となる噂……一体どうして、そんな風に見られていた訳?」

『何、単純な話だ。『私』は、長く生き過ぎてしまったのだよ』



 その言葉に、私は目を細める。

怪異とならなければ、ただの猫が長生きする筈が無い。その言葉は、矛盾しているように聞こえてしまう。

けれど、何故だろう……ウツロの語る『私』には、何か別のニュアンスが含まれているように感じられた。

だから、私は何も言わずに言葉が続くのを待つ。

そして私のそんな姿勢を感じ取ってか、ウツロは静かに虚空を見上げながら続けた。



『すずが『私』を飼い始めたのは、あやつがまだ幼き子供の頃であった。そう……新たなる我が主のようにな』

「……随分昔ね」

『そうだな。八十か、その程度であろう。ともあれ、あやつは『私』を飼い……慈しんで育てた』



 本物の猫好きであると言うか……人生の大半を猫と共に暮らしてきたんじゃないかしら、あの人。

どこか懐かしむように言うウツロに対し、私はぼんやりとそんな事を考える。

ともあれ、ここまでは普通の話だ。重要なのは、そこからどうしてウツロが怪異と化したのか。

いくつかの考えを浮かべながら、私はウツロの話を待つ。



『そして当然ながら―――『私』は死んだ』

「え……?」

『何を呆けた顔をしている。当然の事であろう?』

「いや、まあ……そりゃ、普通はそうだけど。でも、そこで怪異になって、ずっと生きてきたって事じゃ―――」

『無理だな。その時点では普通の猫と普通の飼い主、怪異と化す理由などどこにも無い』



 なら、どこかで普通じゃなくなってしまったという事なんだろう。

その死んだはずの猫の事を『私』と呼んだり、色々時になる点はある。

私は嶋谷や先輩ほど察しが良くないのだ、しばらくは聞きに徹した方がいいだろう。



『問題は、そこからだ。すずは心優しい少女であった……故に、『私』の死に耐えられなかったのだ。だからこそ、あやつは『私』を求め続けた』

「……それで、どうなったの?」

『単純だ。すずは、再び『私』を飼ったのだよ』



 その言葉の意味を理解できず、私は眉間にしわを寄せる。

どういう事だろう。死んだ筈の猫を飼う事なんて出来る筈が無い。

もしも似たような猫を飼ったとして、例えそれがどんなに似ている猫だったとしても、結局その猫は別の―――



「あ……!」



 ぴん、と。頭の中に衝撃が走ったような感覚を覚える。

あの家の庭に並んでいた石の列……それの意味が、今ようやく理解できたのだ。

あれはやっぱり墓だったのだ。すずさんが今まで飼ってきた猫の墓。

そしてその猫は全て―――



『飼う猫が死ぬ度、すずは金の目をした黒い猫……それも前に飼っていたものとほぼ変わらない体格のものを探し出し、それに同じ『ウツロ』という名前を付けて飼い続けていたのだ』

「だから……周りの人には、すずさんが年老いて行っても『ウツロ』だけは変わらないように見えていた。だから周りの人は、アンタが化け猫なんじゃないかって、そう思ってしまっていた……」

『そう……そして、遂に『ウツロ』は怪異と化した。永遠に生きる化け猫の怪異とな』



 あの石の列は、全てが『ウツロ』の墓。

『ウツロ』と名付けられた、金の目を持つ黒い猫の墓。

それが、長年生き続けた『化け猫』の正体……誰もが思ってしまう、ペットと別れたくないという思いの結晶。

妄執、妄念、あまりいい感情とは言えない心だったかもしれない。

でも、たった一人孤独だったすずさんにとって……永遠に一緒にいたいと思うほど、『ウツロ』は大切な存在だったんだ。



「……何て言っていいか、分からないわね」

『思うがままに口にすればよいだろう。我等は所詮、本来の理から外れた存在だ。結局の所、我等の存在の方が間違っているのだよ』

「そうなのかもね……けどさ、アンタは今そうやって生きてるんだから。それはそれでいいんじゃないの?」



 化け猫だとか、怪異だとか、それは確かに私達の常識の外の存在だとは思う。

けれど、段々怪異に慣れて来たからだろうか、それともお兄ちゃんのようなトンでも人間を知ってるからだろうか。

私は、それが存在しちゃいけないなんていう風には思わなかった。


 ウツロは怪異である以上、その生まれの秘密を伝える事はそれなりに存在の危険を伴う行為だ。

人々の認識で成り立っているのだから、その正体を広く知られれば普通の猫に戻ってしまう可能性だってある。

ウツロはきっと、私の事を信頼してそれを話してくれたのだ。

―――怪異なんて存在の癖に、人間を信じてくれたのだ。



「正しいとか間違ってるとか、そんなのは私が決める事じゃないわよ。だってアンタ、葵ちゃんに危害を加える気なんてこれっぽっちも無いんでしょ?」

『ああ、あの娘子が怪異に巻き込まれるならば、それから護る事も誓おう』

「うん……なら、私はアンタを受け入れるわ、ウツロ」



 だから、それが私の答え。

ひきこさんの時には怖い目にもあったけれど……怪異は必ずしも、人間の敵じゃない。

結局は噂が元に生まれた存在。その噂次第では、味方になってくれる事もあるのだ。

警戒を忘れちゃいけない、けど偏見を持つべきでもない。怪異は、正しく知って理解する事が必要なのだ。

それが分かっただけでも、今回の件は収穫だったのだろう。



「でさ、ちょっと気になったんだけど」

『む、何だ?』

「『みゃー太』って、何よ?」



 それは、葵ちゃんがウツロの事を呼ぶ時に使っていた名前。

その時はこいつも自分で名乗ってはいなかったから、すっかりそれが名前だと勘違いしちゃったんだけど。

そんな私の疑問の言葉に、ウツロは項垂れながら嘆息して見せた。

猫の癖に、器用な仕草ね。



『アレは、あの娘子が勝手につけた名だ。私も自ら名乗らなかったのだから非が無いとは言えぬだろうが―――』

「いやいや、猫は普通は喋らないんだから。あの子にも、悪気なんて一切無いでしょ」

『分かっておるよ、責めるつもりなど無い。しかし、私はこの名でこそ怪異として存在しているのだ。それを止めるつもりなどありはしない』

「それに、すずさんが付けてくれた大切な名前だものね。その辺は自分で言いなさいよ。きちんと説明すれば、あの子はちゃんと分かってくれると思うから」



 テリア先輩に対しては何かと挑発的な行動を取るけど、アレは何と言うか……市ヶ谷さんと仲がいい事に対する嫉妬みたいな感じだった。

葵ちゃんは、市ヶ谷さんの事がかなり大好きだ。傍目から見ててもすぐに分かる。

そして先輩は……まあ、あの人は良く分からないけれど、初めて会った時の反応から察するに、何かしら思う所はあるんだと思う。

で、秋穂さんは、食事をくれる相手という絶対的に優位な立場である為、特に反抗するような事は無かったようだ。

もしかしたら、市ヶ谷さんが父親なら秋穂さんが母親、と言う風に認識しているのかもしれない。



「……ま、あの時も結構父親してたしね」

『む、何の話だ?』

「いや、こっちの話よ」



 ちらりと、私は視線を市ヶ谷さんの方へと向ける。

彼は一番の年長者と言う事で、すずさんを発見した経緯やら何やらを警察の人とかに説明していた。

正直、この間ひきこさんの件に首を突っ込んだ私達は、下手をすると叩けば埃の出る身だ。

市ヶ谷さんは結構話術の辺りも得意にしてるみたいだから、その辺りは上手くやってくれている。

話術って、怪異に関わる人間の必須項目なんだろうか?

そんな事をぼんやりと考えていた時―――ふと、市ヶ谷さんの近くにいたテリア先輩と視線が合った。

どうやら、亜理紗先輩と話をしていたみたいだったけど……テリア先輩は適当に話を切り上げたのか、こっちの方へと歩き寄って来た。



『……あの娘か』

「ん、何? もう話したの?」



 身体を丸めて目を閉じていたウツロが、僅かながらにその目を開き、歩いてくる先輩を視界に収める。

その言い方に、私は思わず首を傾げていた。

何だか、若干敬遠しているような感じの声音だったけど。

そんな私の疑問を察したのか、ウツロは一度尻尾を振ると、どこか嘆息を交えたような声音で声を上げた。



『油断のならない娘だと思っただけだ。あ奴め、私の話を聞かない内に、私の正体をほぼ完全に言い当てたのだ』

「うわぁ……流石と言うか何と言うか」



 頭の回転が普通と違う。一体どんな風に推理してそこまで辿り着いたんだか。

っていうか、IQ測ったらいくらぐらいあるのかしらね、あの人。

そんな事を考えているうちに、先輩は私達に近寄り、ヒラヒラと手を振りながら声を上げていた。



「や、杏奈ちゃん。猫と話してると、中々乙女ちっくに見えるね」

「ほっといてください」



 開口一番でこれか―――とは思いつつも、今日はあまり軽口のキレが無いように感じられる。

話の中にエロネタを挟んでこないし、けれど真面目モードになっているという訳でもない。

何と言うか、この人には限りなく似合わない言葉だけど……少しだけ、落ち込んでいるように感じられたのだ。



「先輩……?」

「ウツロ、虚ろ、空ろ……空虚な存在、実体が無い。名は体を表すという場合もあるけれど、影響を受けやすい名前だというのは納得できるね」



 まるで私の疑問を避けるように、先輩はウツロを挟んだ反対側に腰を降ろす。

何故だか分からないけれど、その空虚という言葉はこの黒猫よりもむしろ先輩に似合うように思えてしまう。

今、先輩は一体何を考えているのだろう。

多少気になりはしたけれど、今の先輩の態度はどこかその話題を避けようとしているようにも感じられる。

嶋谷も、先輩の事はあまり話そうとはしなかった……無理に聞くべきではないだろう。



「……そういえば、亜理紗先輩とは何を話していたんですか?」

「ん……ああ、アレ? 今回の記事の内容の吟味だよ。流石に、お婆さんの事を記事にする訳にはいかないからね。情報の取捨選択が難しい所だったけど、何とか纏まりそうだよ」

「成程……けど、ウツロの事は正確に話さない方が―――」

「勿論、それは分かってるさ。大丈夫、『化け猫』だと認識するような記事にしているよ」



 そう言って小さく笑った先輩に、私はほっと安堵の息を吐いていた。

こんな事でウツロが消えてしまっても面白くない。

折角こういう風に助ける事ができたのだ、その努力を無意味にしたくはなかった。



「……ま、今回は危険な怪異じゃなかったんだ。あんまり辛気臭くなってばかりもいられない」

「そう、ですね。結局の所私達は部外者ですし……ウツロは、ちゃんと悼んだんだろうし」

『ああ、無論だ』



 すずさんは、満足していたのだ。

故に、私達が懸念を抱いた所で仕方が無い。

小さく苦笑と共に息を吐き出し、私は大きく伸びをしながら立ち上がった。



「んー……っと。ま、これも経験という事で」

「おお、青春だねぇ杏奈ちゃん。夕日に向かって走り出す?」

「そういうのはトモにやらせてください」



 言い返して、私は空を見上げる。

最早、煙突から昇る煙は無い。あるのはただ、雲の少ない青空だけだ。

まだまだ眠気を誘うような春の陽気―――けれどこれも、少しすれば暑さの感じる初夏へと入ってゆくのだろう。

時間はすぐに通り過ぎる。すずさんの事も、世間ではすぐに忘れ去られてゆく。

だから―――



「……ありがとう、おやすみなさい」



 最後に、そう締めくくって―――私は、私の中で今回の事件への決着を付けていた。





















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