22:喋る猫
「さて、と……」
商店街から外れた住宅街。
その間にひっそりと存在している小さな公園に足を踏み入れ、私は周囲へと視線を走らせた。
この間ひきこさんが現れた大きな自然公園とは違う、小さな子供の遊び場といった感じの場所だ。
ただ、本当に規模が小さい為、大体の子供は自然公園の方へと足を運んでいるのだけど。
「……やっぱり、いないか」
葵ちゃんの行動パターンが分からない以上、こうやって虱潰しに探していかなければならないんだけど―――流石に、そうそう簡単には行かないか。
小さく嘆息し、けれど一応確かめねばならないと、公園の中を歩き回りながら周囲の確認をする。
―――まあ、予想はしていたけれど、やっぱりいない訳だ。
「どうしたもんかしらね、これ」
この小さな公園には隠れられるような遊具は存在していないし、ざっと見て回るだけで十分だろう。
そして、それで見つける事が出来たのは、精々ベンチに寝そべっている女の子ただ一人。
―――って、あの人は。
「……フリズ、さん?」
「ん……?」
思わず呟いてしまった程度の声だったけれど、その女の子―――もとい、フリズさんはそれだけでしっかりと反応していた。
身体を起こしたその人は、まあ女の子と言っても私より年上。赤毛の髪をポニーテールにした、活発そうな服装をした人。
この人もまた、お兄ちゃんの友達だ。変人揃いの中でも、凄く常識的で話の分かる人。
そして、変人筆頭であるいづなさんを御する事の出来る数少ない人物だ。
まあ、逆に弄られる事も多々あるんだけど―――そのフリズさんが、一体どうしてここにいるのか。
「あれ……杏奈ちゃん? どうしてここに?」
「いや、それはこっちの台詞ですけど……休暇ですか?」
「あはは、うん。まあそんな所」
口元を引き攣らせつつ曖昧な笑みを浮かべるフリズさんに、私は胸中でこっそりと嘆息していた。
大体分かる、これは煉さん絡みの事だろう。フリズさんは、あの人の調停役でもあるのだ。
何と言うか、この人も難儀なものだ。あの人を好きになってしまうのは大変そうだな、と思ってしまう。
……好き、ねぇ。
「うちに顔を出してくれれば歓迎したんですけど……」
「あ、うん。後で寄るつもりではあったわよ。貴方達にはお世話になってるしね」
「いえ、私の方も、兄がいつもお世話になっています」
こういう事を言ってくれる人もフリズさんぐらいだ。
もう一人凄く優しい人はいるんだけど、あの人は何と言うか……よく分からない。
凄く綺麗で、おおらかで、神秘的で―――どこか、何もかも見透かされているように感じてしまう。
嫌いでも苦手でも無い、というか嫌う事が出来ない人だけど、何となく遠い存在なのだ。
と―――余計な事を考え過ぎた。
今すべき事は、葵ちゃんを探す事だけだ。
「あの、フリズさん。この辺で小さな女の子見ませんでした?」
「女の子? そりゃ、公園だから多少は見かけたけど……どんな子?」
「えっと、年は10歳前後ぐらいで……髪はこう、肩にかかるぐらい。髪は猫っ毛で、あんまり表情が無い感じの子です」
「成程、ふむ……」
私の言葉を聞き、フリズさんは視線を虚空へ向けながら沈黙する。
休んでいたのだとしたらあんまり注意深く周囲の子供なんて観察していないだろう。
あんまり過度な期待はせずに、私はフリズさんの言葉を待っていた。
と―――そこで、フリズさんは私に対して疑問の言葉を発した。
「……ねえ、杏奈ちゃん。どうしてその子を探してるの?」
「え? えーと……」
そんな言葉が来る事は予想外で、思わず言葉に詰まってしまう。
どうしてそんな事を聞いてきたのか、何処まで話したものか、この人は何処まで知っているのか―――そんな言葉がぐるぐると頭の中を回って、考えが纏まらない。
しかしそんな私に対し、フリズさんは更に混乱するような言葉を重ねてきた。
「それはもしかして、貴方が持ってる不思議な力を持つものに関係してる?」
「え……え? この日記の事、どうして……いづなさんに聞いたんですか?」
「そっちは日記の形してるのね……それで、どうなの? 関係あるの?」
「え、えっと……関係は、無いです」
私の疑問には答えず、フリズさんは納得したように頷く。
日記の事を知らないのに、私が怪異に関連したものを持っている事に気付いた?
いや、この人達ならそれぐらい出来ても不思議ではないと思うけれど、一体どういう事だろう。
この人は、今どうしてそれを聞いてきたの?
私が目を白黒させていると、その様子に気付いたフリズさんは、小さく苦笑を浮かべて謝罪の言葉を口にした。
「ゴメンね、混乱させちゃって。いづなから貴方達がアレに関わった事は聞いてたけど、その一部を持ち歩いているとは聞いてなかったから」
「やっぱり、フリズさんも怪異の事を?」
「怪異……怪異ね。まあ、知ってると言えば知ってるわ。しかしまあ、随分と面倒なものに手を出しちゃったわね」
苦笑しながら、フリズさんはそう告げてくる。
面倒なものというのは確かにそうだけど、何だかちょっと言葉に違和感があるような気がした。
何だろう、とは思うけれど―――それを口にする前に、フリズさんは仕切り直すように首を振り、声を上げる。
「貴方の言っていた容姿に該当するような子は見たわ。あんまり時間は経ってないわよ」
「え……ほ、本当ですか!?」
「うん。ちょっと気になる事があったから、よく覚えてる」
言って、フリズさんは私が入ってきた公園の入り口を指差す。
そしてその指を動かして、反対側にある入り口を目指すように軌跡を描きながら声を上げた。
「その子は向こうの入り口から入って、こっち側に出て行った。そのまま左に曲がって、住宅街の奥の方に行ったわ」
「分かりました、ありがとうございます!」
とりあえず、その子が葵ちゃんだという確証は無いけれど、有力な手がかりを得る事が出来た。
確かな証拠を得られたら他の皆に伝えて捜索範囲を絞るんだけど、他にフリズさんは何か見てないのかしら。
そう思って、更に情報を聞き出そうとした、その瞬間。
私の言葉を遮るように、フリズさんは声を上げた。
「―――その子、貴方の持っている日記とやらと同じ気配のする猫を追いかけていたわ」
「ッ……!?」
その言葉に絶句し、私は思わず目を見開いていた。
杏奈の日記と、怪異と同じ気配のする猫?
それはまさか―――
「その猫は……黒猫、でしたか?」
「ええ、そうよ。追われながら、それでもその女の子が見失わない程度に立ち止まりつつ……まるで誘導するように、向こうの方へと向かっていった」
殆ど確定だ。
その女の子は葵ちゃんで、葵ちゃんが追いかけていたのは件の喋る猫。
そしてフリズさんの証言を聞く限り、その猫は何らかの目的を持っている可能性が高い。
葵ちゃんを誘導してゆく事にどんな理由があるのかは分からないけれど……葵ちゃんは怪異に巻き込まれている。
致死性云々の問題ではない。私達が思っていた以上に、深く関わってしまっているのだ。
「分かりました、ありがとうございます!」
「言うまでも無いと思うけど、気をつけて。あたしも手を貸したいけど、もうすぐやらなきゃいけない事があるの」
「はい、分かりました!」
深く礼をして、私はフリズさんの指し示した方向へと走り出す。
それと同時に携帯電話を取り出し、メールを作成してメーリングリストのアドレスを呼び出した。
一人一人に連絡していたのでは時間がかかりすぎてしまうという事で、怪異調査部で嶋谷が作ったアドレスである。
アリスと亜理紗先輩には届かないけれど、そこは嶋谷やテリア先輩が連絡してくれるだろう。
「こっちは一足先に探している、と」
あまり時間は経っていないとは言え、曲がり角の多い住宅街を一人で探すのは少々骨が折れる。
葵ちゃんの体力ではあまり遠くまでは行ってないと思うんだけど。
とにかく、この近辺にいるのは間違い無いんだから、頑張って探さないと。
「……それにしても」
ポツリと、言葉が口から零れる。
葵ちゃんの姿を探しながらも、私の思考を占めていたのは一つの疑問だった。
黒猫―――怪異と思われるその猫の目的は、一体何なのか。
葵ちゃんが追いかけていった黒猫の正体が、『コンチェルト』に餌を貰いにやってくる猫だったとして……いつも餌をくれる葵ちゃんに危害を加えるとは考えづらい。
無論、相手は動物なんだから考えている事なんて分からないけど、もしもそれが喋る怪異なのだとしたら、それなりの知能を持っていたとしても不思議ではないと思う。
わざわざ餌をくれる相手に危害を加えるだろうか……もしも危害を加える事が目的じゃないのならば、黒猫の目的は何だろう?
『追われながら、それでもその女の子が見失わない程度に立ち止まりつつ……まるで誘導するように―――』
フリズさんの言葉を思い返す。
黒猫は、まるで葵ちゃんを誘導するかのように住宅街の方へと向かっていた。
一体何処に導こうとしていたのか。誰かに会わせる為?
……駄目だ。現在の情報だけじゃ、何も断定する事は出来ない。
とにかく、葵ちゃんのことを見つけ出さない事には始まらないのだ。
そう思い、十字路で立ち止まって周囲を見渡そうとした―――その、瞬間。
―――にゃあ。
「っ……!」
聞こえた猫の鳴き声に過敏に反応して、私はその方向へと視線を向ける。
その声の主は―――僅かに視線を巡らせただけで、すぐに見つける事ができた。
車も人の姿も無い道の真ん中、そこに座りながらじっとこちらの事を見つめている黄金の瞳の黒猫。
まるでこの場所が切り取られ、別の場所に置かれてしまったような―――自分で自分を俯瞰しているかのような、そんな違和感。
一言、異様と言える。言葉ひとつ発する事も出来ず、私はこの雰囲気に飲まれてしまっていた。
―――その中心にいる黒猫が、口を開く。
『お主……怪異の臭いがするな』
「ッ!」
そして―――私は今度こそ絶句していた。
あまりにも理性的過ぎるその言葉は、間違いなく黒猫の口から発せられていたのだ。
* * * * *
走り去って行った杏奈の背中を見送り、フリズは小さく嘆息を零す。
全く、と―――ここにはいないはずの相手に、小さく悪態を吐いて。
ベンチの背もたれに身体を預けながら、空へと向けて小さく呟いていた。
「面倒な上に後味の悪い事やらせてくれるわね、煉」
「お前といづなの言い出した事だろ。極力手を出さないようにって言うのはさ」
―――思いがけず返って来た返答に、フリズは小さく苦笑する。
そんな笑みと共に視線を戻せば、そこにはいつの間にか一人の少年の姿が存在していた。
九条煉―――自分達のリーダーであり主であり、家族でもある存在。
その姿を認め、フリズは小さく肩を竦めながら声を上げる。
「確かにそうね。あたし達は極力手を出すべきじゃない。あの子達に直接の危険が及ばない限り、する事は助言まで。その取り決めはあたしの言った通り」
「その割には不満そうだな?」
「そりゃ、ね。あの子達は誠人にとっての『家族』……アンタの一部でもあるでしょう?」
そんなフリズの言葉に、煉は小さく目を見開き―――そして、苦笑を零していた。
どこか、嬉しそうな色をその笑みの中に滲ませて。
「よく分かってるな、フリズ」
「一体何年の付き合いだと思ってんのよ、全く」
そう言って、互いに苦笑する。
二人とも互いの事を知り尽くしているが故に、言い返す事などできはしなかった。
それが譲れないものであると、理解しているのだ。
「……了解、今回は危険も無さそうだし、手は出さないわよ」
「頼んだ。まあ、保険として目は光らせておいてくれよ」
「大丈夫よ。別に、どれだけ離れていたってあたしにとっちゃ目の前にいるのと同じだし」
小さく笑みを浮かべ、フリズはそう口にする。
そして彼女は立ち上がり、踵を返して歩き出した。
己の役割を果たす為、何よりも仲間の事を想う己が主の為、その力を使う事を決意して。
―――そして最後に、一言だけ煉に対して言い残していた。
「アンタ、誠人にぶっ飛ばされるわよ?」
「承知の上だよ。これが終わったら、覚悟しておかないと駄目だろうなぁ」
「ったく……ま、あたしはアンタに味方してあげるから、安心しなさいな」
「……サンキュ、フリズ」
ただそれだけ言葉を交わし―――二人の姿は、風に吹き散らされたかのように消え去っていた。




