21:葵の行方
「どうも、ありがとうございましたー」
三軒目の聞き込みを終え、揃って礼を言いながら私達はその店を後にする。
そのまま次の目的地へと向けて歩き出しながら、得た情報を整理する。
アリスが記録していた店は実際にその喋る猫とやらに出会っていて、一体何処からそんなモノを調べてきたのかと気になる所ではあった。
正確な情報が得られるのはありがたいし、それを言い出したら先輩なんてもっと危うい資料を持ってるんだから、今更と言えば今更だけど。
「さてと……今の所、人の顔になっていたとかそういう目撃談は上がってないけど、どう思う?」
「難しい所だな」
私の問いかけに対し、嶋谷は若干目を細めながらそう口にする。
テリア先輩がいない今、都市伝説に対する知識としては嶋谷だけが頼りなのだ。
その嶋谷ですら判断が難しいというのは、一体どういう事なのか。
そんな私の疑問に答えるように、嶋谷は話し始める。
「先輩も言っていた通り、今回の怪異は順序がおかしいんだ」
「順序って言うと……普通の怪異は噂から生まれるのに、今回は怪異の方が先行しているって言うアレだよね?」
「普通の怪異ってのもどうかと思うけど……別の怪異が存在しているのではないか、っていう話じゃなかった?」
ヒメと私は、テリア先輩の言葉を思い返しながらそう口にする。
人々の噂が具現化した存在である怪異が、噂される前から存在する事はありえない。
単純な計算式で、誰でも考え付く事が出来る当然の帰結。
だからこそ、調べる事は難しい。
「これまで聞いた話でも、その猫の事を『人面犬』の亜種だと認識している人はいなかった。邦崎妹、その『人面猫』とか言う呼び方はどこから拾ってきた話だ?」
「さあ、よく知らないのよー。部長がそういってただけなのさ」
「あの女か……自分で言い出した可能性もあるし、聞くだけ無駄だろうな」
中途半端な知識はこれだから……と、嶋谷はブツブツ文句を零しながら視線を伏せる。
何て言うか、嶋谷がここまで警戒と言うか目の敵にしている相手も珍しいわね。
新聞部の部長って、一体どんな人物なんだろうか。
「……今の所目撃談ぐらいしか手がかりが無いのが痛い所だな。その猫の出所が分からない限り、真相に辿り着くのは難しいだろ」
「言い方、ちょっと大げさじゃない?」
「そうでも無いさ。猫は怪異に近いが、都市伝説でメジャーという訳でもない。都市伝説とは全く関係ない、突拍子も無い噂である可能性もあるんだ。そうなれば、俺の知識は役に立たないからな」
ああ、そうか。都市伝説は広く人々の間に広まり易いから怪異となる可能性が高い。
けれど、小さなコミュニティの中で噂される話も、怪異となる可能性がゼロという訳じゃないんだ。
そういう話の場合、外に漏れ辛いから手がかりを得る事が難しくなってしまうんだろう。
正直、私達にとっては厄介極まりない話だ。
「……となると、やっぱり一番の手がかりは葵ちゃんかしらねぇ」
「そうだな。その猫とやらと直接話をするのが手っ取り早そうだが、葵がいた方がいいのは確かだろう」
ただ、葵ちゃんって人見知りが激しいと言うか、警戒心が強いのよね。
今回はアリスと言う見知らぬ人間がいるし、心を開いてくれるかどうか……まあ、その辺はヒメに任せましょうかね。
「ん? 杏奈ちゃん、どうかしたの?」
「いや、ヒメは頼りになるなーと思っただけよ」
「え? え? あ、う、うん。ありがとう?」
何が何だか分かっていない様子のヒメに苦笑して、私は視線を前方へと向ける。
今いる場所は三上駅から続いている商店街。沢山の人が行き来していて、その分飲食店もそれなりにある。
無数に聞こえてくるざわめきは、今の私にとっては一つ一つが怪異を構成する噂話のように聞こえてしまって、若干落ち着かないけれど。
小さく嘆息して―――ふと、どこか見覚えのあるベージュのコートが目に入った。
「あ……市ヶ谷さん?」
「何? 何処だ?」
「ほら、あそこ」
嶋谷の問いに応え、私は見えたその姿を指差す。
そこにいたのは、何やら焦った様子で周囲を見渡している市ヶ谷さんだった。
ちょっと様子がおかしいけれど、何かあったのだろうか。
「ふむ……まあ、話を聞かなきゃ始まらないか。しかし、また面倒な事になりそうだな」
小さく嘆息を零しながらそう口にし、嶋谷は小走りに市ヶ谷さんの方へと駆け寄って行った。
それを追って、私達三人も同じように彼の方へと向かってゆく。
近付けば更に分かりやすかったけれど、市ヶ谷さんは結構憔悴している様子だった。
そして、周囲に葵ちゃんの姿は無い。さっきは人ごみに紛れて見えないだけかと思ったけれど、ここまでくれば確定だ。
流石に、もう大方の事情は把握できる。
「浩介兄さん!」
「っと、おお! 賢司か、いい所に!」
嶋谷の声に、市ヶ谷さんは渡りに船といった様子で歓喜の表情を浮かべる。
どうやら、本当に結構困っていたようだった。
「何となく状況は予想できるけど……どうかしたのか?」
「ああ、葵が迷子になってしまってな……ちょっと手伝ってくれないか? まだ葵にはこの辺りの土地勘が無い、自力で『コンチェルト』まで戻ってくるのは難しいかもしれないから」
「やっぱりそんな感じだったか……了解。邦崎妹、ちょっと私事になっちまうが、構わないか?」
「構わないのさ。その葵ちゃんって子は、元々話を聞こうと思ってた相手だしなー」
あの子が見つからないと猫の調査も進めづらいし、ちょうどいいと言えばちょうどいいか。
市ヶ谷さんに懐いていたあの子が彼から離れて行動するとは考えづらいし、偶然逸れてしまっただけなのか。
それとも、何かしらの理由があって離れる事になってしまったのか。
今の所それは分からないけれど―――
「……っと、そうだ嶋谷。あの猫の事は聞いてみないの?」
「今聞くのか?」
「相手は怪異なんでしょ? どう転ぶか分からない以上、知れる事は知っておいた方がいいと思うけど」
「成程……道理だな、一本取られた。浩介兄さん、ちょっといいか?」
「ああ、どうした?」
私の言葉に頷き、嶋谷は市ヶ谷さんに声をかける。
怪異に対する恐怖心が強いからこその発想なのだろうか。
嶋谷としても警戒するに越した事は無い、というスタンスみたいだけど。
「兄さんは、葵が最近黒猫の世話をしてるのは知ってるか?」
「ん? ああ……秋穂から頼まれた奴だったか。秋穂が餌を作っている所は見ていたが、そこからは葵に任せていたんだったっけか」
「そうなんだけど……兄さん。あの猫が怪異であるかもしれない事は知ってたか?」
「―――ッ!」
嶋谷の言葉を受け、市ヶ谷さんは息を飲むようにして目を見開いた。
けれどそれは驚愕の表情とも少し違う……嶋谷がそれを口にした事に対して、何かを考えているようにも感じられた。
怪異の専門家を名乗るだけあって、その一言だけで十分伝わったようではあるけれど。
「……そうか。どんな怪異なのかは分かっているか?」
「少なくとも、今の所は危険に関しては確認されていない。噂に挙がっているのは、ただ単に『猫が喋る』と言う部分だけだ。けど、その喋り方のおかげか、『人面犬』の怪異と結び付けられつつあるかもしれない」
「成程な……喋る猫の怪異か」
口元に手を当て、市ヶ谷さんは黙考する。
そのまましばし沈黙している辺り、パッと思いつく有名な都市伝説は無かったんだろう。
この人ですら思いつかないのであれば、それは相当に珍しい現象だという事。
それは、それだけこの現状の厄介さを告げていた。
「兄さんでも、どんな怪異なのかは分からないのか?」
「そう、だな。この都市伝説だ、と断定する事はできない」
だが、と市ヶ谷さんは一拍置く。
それから彼は顔を上げ、ゆっくりと己の考える事柄について口にした。
「君達なら、『喋る猫』と聞いたら、一体何を思い浮かべる?」
そんな市ヶ谷さんの言葉に、私とヒメは思わず目を見合わせる。
どう考えたものかとしばらく悩み―――結局は思いつく事などたった一つで、私達は疑問を覚えながらもそれを声に出す。
私とヒメの考えは、奇しくも大体の部分で一致していた。
「何って……その、妖怪とか?」
「化け猫とか、そういう感じの存在を思い浮かべてしまいますけど……それがどうかしたんでしょうか?」
動物が喋るなど普通はありえない。
もしもそれが喋ったりするのだとしたら、それは最早普通の動物ではなく、他の何かであろう。
化け猫、妖怪、呼び方なんて何だっていい。テリア先輩が言っていたのであれば、開けた襖を自分で閉めて行くとか、尻尾が二本あるとか、そういう話だ。
そういうモノになった猫ならば、喋ったとしても不思議ではないと思う―――
「―――人間は、不思議だと思うものを自分の理解できるように置き換える事がある」
考えていた事を言い当てられたようで、私は思わずぎくりと肩を震わせる。
市ヶ谷さんはそれに気付く事無く、虚空で視線を彷徨わせながら、思い付きを口にするようにぽつぽつと語る。
それはむしろ、私達に聞かせると言うより、自分自身を納得させようとしているかのようだった。
「もしも、どこかの猫が……不思議だと、そう思わせるような要素を持っていたとして。周囲の人間が自分を納得させる為に、『あれは化け猫なのだ』とそう噂していたとしたら―――」
「……その噂が、喋る猫を生み出す事になるかもしれない、と?」
「確証は無いって言うか、単なる想像……妄想の領域ですらある。けど、俺が今パッと思いつけるのはこの程度だ。現状その猫とやらが人間に危害を加えていない以上、危険な存在として噂されていた訳ではないと思う」
市ヶ谷さんの言葉に納得し、小さく頷く。
元々『人面猫』として噂されていた訳ではないのだ。それならば、喋る猫として―――或いは、喋ってもおかしくない猫として噂されていたはず。
その噂が一体どんなものだったのか、根本となる噂を見つける事が出来れば、今回の怪異の尻尾を掴む事が出来る。
猫に直接訪ねると言う手もあるけれど、情報を掴んでおくに越した事はないしね。
その怪異が危険じゃないってまだ決まったと言う訳でもないんだし。
「と、まあ俺の見解はこんな所だ……と言う訳で、そろそろ葵を探すのを手伝って貰いたいんだが」
「あ……ゴメン、つい話に夢中になって」
バツの悪そうな顔をして、嶋谷が頭を下げる。
って言うか、話を広げてしまったのは私な訳で、嶋谷に頭を下げさせるのはこっちが申し訳ない。
しかしここで無理に頭を上げさせるのもおかしい場面、私は思わず眉間にしわを寄せ、一緒になって頭を下げていた。
そんな私達の様子に小さく苦笑を零し、市ヶ谷さんは声を上げる。
「いや、気にしないでくれ。怪異が関わってくるなら、どんな危険があるか知る事は重要だからね」
「そう言ってくれると助かる……それで、葵は何処でいなくなったんだ?」
「ああ、お菓子を買いたいって言うから、お金を持たせてスーパーに行かせたんだけど……そのまま戻ってこなくてな。簡単なお使いのつもりだったんだが……」
監督不届き行きかとも思ったけど、葵ちゃんの成長を望む市ヶ谷さんとしてはやっておきたい事だったんだろう。
それに、そのぐらいならば流石に大丈夫だと思うんだけど……戻ってこなかった、という訳か。
スーパーって言うと……この商店街にあるスーパー松崎よね?
あそこ、そんな分かりづらい場所にある訳じゃないし、中だってそんなに複雑な構造してないんだけど。
「スーパーの中は探しに行ったのか?」
「ああ、一通り見て回ったが、発見できなかった」
「葵ちゃんが行きそうな場所に心当たりは無いんですか?」
「生憎だが、この町に来たばっかりだからな。まだ殆ど案内していないんだ」
嶋谷とヒメの質問に対して、市ヶ谷さんは困ったような表情で首を横に振る。
しかし、手がかりが無いとなると面倒ね。何処を探したらいいかさっぱり分からない。
子供が集まりそうな場所はいくつか思いつくけれど、人見知りの激しいあの子が、他の子供が遊んでいるからってそこに寄って行くかと聞かれるとそれも疑問だ。
本当に、一体どこに行ったんだか、あの子。
「ふむ……とりあえず、手分けして探そう。邦崎妹、お前は面識がないから、一旦『コンチェルト』に戻っていてくれ。もしも戻ってきてたり、後から戻ってきたりしたら俺達に連絡を頼む」
「了解なのさー」
「ありがとう、迷惑をかける」
「いいんですよ。私も、葵ちゃんの事大好きですから」
申し訳無さそうに頭を下げる市ヶ谷さんに、ヒメは綺麗な笑顔でそう告げる。
私とて、あの子が危ない目にあっているかもしれないのであれば、ちゃんと協力するつもりだ。
「一応、先輩達にも声をかける?」
「ああ。怪異の憶測も踏まえて、俺が連絡しておく。皆、できるだけバラバラに探し回ってくれ」
「うん、分かったよ」
「それじゃ、何かあったら連絡するって言う事で」
嶋谷の言葉に全員頷き、そしてそれぞれ別の方向へと走り出す。
怪異の調査から変な方向へシフトしたものだとは思いつつも―――何か、おかしな予感を感じる私がいた。
市ヶ谷さんの事が大好きなあの子が、彼の言いつけを破って勝手にどこかに行くなど考えづらい。
何かあったのか、あったとすれば何があったのか。
あまりいいとは言え無い予感を感じながらも、私は一人住宅街の方へと走っていったのだった。




