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20:聞き込み調査

ちょっと忙しいので、一週間ほどお休みします。












 あの後、嶋谷たちが部室にやってくるのを待ち、私達は聞き込み調査へと出発した。

とりあえず二手に分かれる事となり、目撃談が何処から出ているのかを知っている邦崎姉妹はその両側に分かれる事となる。

亜理紗先輩の方にはテリア先輩とトモが。そしてアリスの方には、嶋谷とヒメ、そして私が付く事になった。

まあ、活動に慣れているテリア先輩と嶋谷が別れるのは当然なので、大体順等な分け方だと言えるだろう。

それはいいんだけど―――



「おー、すごいすごい! ホントに日記が受け答えしてるのさ!」


『うん、本当に出来るなんて思わなかった……ありがとう、アリス』


「どういたしましてなのよー」

「……あのね、人通りの多い所でやらないでよ」



 杏奈の日記が気に入ったのか、しきりに話しかけているアリスに、私は思わず嘆息を零していた。

気持ちは分からないではない。物珍しいのはこれ以上なく確かだし、日記の杏奈の方も、目と耳を手に入れてテンションが上がっている。


 アリスが描いたのは、私の指示を忠実に再現した、三頭身ほどのデフォルメ画像だった。

そんなんでいいのかと最初は思ったけれど、杏奈の方は予想外に気に入ったらしく、吹き出しを浮かび上がらせて喋ると言う器用な真似までやって見せている。

姿と言うか形と言うか、まあそういう感じのものを手に入れたおかげか、杏奈は日記の外の状況を把握する事が出来るようになった。

どうやらページを閉じていても外の状況が把握できるらしく、ページを開くと突然文字が浮かび上がってくる事もある。

ただ、口はあってもさすがに声は出せないみたいだったけど。だから結局、ページを開かなければ会話が出来ない事に変わりは無い。

精々、書き込みという手間が省けるようになった程度だ。



「はぁ……あの邦崎の妹か。話には聞いていたんだが、ここまでとはな」

「賢司君は亜理子ちゃんの事、知ってたんだね」

「まあ、話の上だけだけどな。邦崎……姉から、何度か話は聞いていた。随分、濃いキャラをしているらしいとな」

「ああ、まあねぇ」



 一応私の話を聞いていたのか、周囲に分からないように小声で日記帳と会話しているアリスへと、私は横目で視線を向ける。

お姉さんの方は凄くまともそう……もとい、真面目そうな性格をしているので、このギャップは凄まじい。

特に、お姉さんの方ばっかり見てきた嶋谷にとっては、話に聞いていたとしても受け入れがたい姿だろう。

それなりに長い付き合いになりそうだし、慣れるしかないんだけど。



「あの様子だ、恐らく今まで怪異に出会った事は無いだろう。今の内にそういう不思議に慣れておく事はいい事ではあるが、怪異に恐怖を抱かなくなるのも問題なんだよな」

「嶋谷だって、半分は好奇心でしょうに」

「まあ、否定はしないけどな。でも恐怖もあるし、義務感もある……怪異って言うのは、道楽だけで付き合っていい代物じゃない、と思っている」



 それもまた先輩からの受け売りなのか、或いは嶋谷自身が考えている事なのか。

私には分からないけれど、少なくともそれが本気の言葉なのだと言う事は理解できた。

そうなると、初めてであった怪異が『ひきこさん』であった事は、私達にとって幸運な事だったのかもしれない。

あの怪異と相対して、私達はこれ以上無いほどの恐怖を味わったのだから。

怪異=恐ろしい存在だと、既に私達の頭には刻み込まれているのだ。



「……まあ、邦崎妹の世話は姉の方に任せるとするか。あいつは、結構面倒見がいいからな」

「亜理紗先輩の方は怪異と会った事があるの?」



 ヒメの問いに対し、嶋谷は首肯する。

去年までの怪異調査部の活動は良く知らないが、それなりに一緒にいたのかもしれない。

あまり危険な怪異とは出会わなかったって言ってたけど、それなりに怖い目にはあっていたのかしらね。



「初めは話を聞くだけだったが、時々付いて来るようになった。記事にするなら、直接目にした方が手っ取り早いからな」

「物好きなんだか何なんだか……」

「まあ、あいつなら妹の方もしっかり教育するだろう。怪異と相対する事がどういう事なのか、ちゃんと理解している筈だ」



 小さく笑みを浮かべている嶋谷に見えないように、私は小さく嘆息する。

随分と信用しちゃってまあ。その辺りの話、聞いてみたいものではあるけど……やっぱり、部室にある資料は読みたいわね。

一体、どんな怪異を相手にしてきたのやら。


 ともあれ―――今は、目の前の怪異に集中しなくちゃね。

相手は、危険は無いかもしれないけれど、嶋谷にとっても決して無関係とは言えない所に関わってきてしまっているのだから。



「とりあえず、今はその事は置いとこう」

「そうだね。それで、聞き込みは秋穂さんの所から行くの?」

「ああ、そうだな。ここから近いし、話し易いのは姉さんだ……邦崎妹、お前もそれでいいか?」

「あいさー、私は初心者だから、お任せするのよー」



 まあ、一応それなりの慎重さは備えていたらしい。

好奇心に突き動かされて怪異に向かって行ったりしないのならばいいんだけど。

とりあえず、あんまり出しゃばらずに情報収集に努めて貰いたい所だ。

……別に、私が偉そうな事言える立場じゃないけどさ。この場のリーダーは、あくまでも嶋谷だ。


 桜並木の先で先輩達とは別れたので、『コンチェルト』までの距離はそれほど遠くはない。

真っ直ぐに進んでいればすぐに着くのだから、この会話の間にも殆ど目と鼻の先ほどまで近づいてきていた。

今日は先輩もバイトに入っていないから、別の人がシフトにいる筈。

いつも通り、お客さんは多すぎるとも少なすぎるとも言わず、喫茶店らしい落ち着きを持っていた。

嶋谷はその入り口へ遠慮なく近付き、扉を開ける。



「ただいま、姉さん」

「あら、お帰りなさい賢司。今日もお客さん?」

「いや、今日は部活の方だよ」



 秋穂さんは、色々と理解のある人だ。

もしかしたら嶋谷の部活の事も認めてくれているのかもしれない。

秋穂さんは嶋谷の言葉を聞いて納得した様子で頷き、そして視線を私達の方へと向けた。



「こんにちは、杏奈ちゃん、姫乃ちゃん。それと、そっちの子は?」

「こっちは邦崎の妹だよ」

「亜理子なのよー」

「ああ、あの子の……亜理子ちゃんね、こんにちは。私は嶋谷秋穂、そこの賢司の姉です。よろしくね」



 流石秋穂さん、まるで動じていない。

まあ、その辺りは今は気にしないでおく事として……さっさと話を進めるとしましょうか。

私は嶋谷にちらりと目配せをして―――彼も、それをすぐさま理解して応じてくれた。



「姉さん、聞きたい事があるんだけど、今は時間大丈夫かな?」

「ええ、大丈夫よ。今はオーダーも落ち着いているからね。とりあえず、カウンター席にどうぞ」



 客でも無いのに招き入れてくれて、本当にいい人だわ。

私達が並ぶようにカウンター席に座ると、秋穂さんは穏やかな笑顔でコーヒーを差し出してくれる。

豆から挽いてサイフォンを使って淹れているこのコーヒーはとても本格的で、タダで貰うのは非常に申し訳ないんだけど、嶋谷の家に遊びに来た時にはいつもこうやって出してくれる。

昔は遠慮していたのだけれど、秋穂さん曰く『感謝という名の自己満足だから、私の好きにやらせて欲しい』だそうで。

秋穂さんは恐らく、事故当時嶋谷が落ち込んでいたのを私達が支えた事を言っているんだろう。

正直、それを成し得たのはヒメ一人だから、私達まで感謝されるのは気が引けるけれど、秋穂さんにああまで言われては引き下がれない。

けどまあ、この場では流石に―――



「ありがとうございます、秋穂さん。ちゃんとお金は払います」

「杏奈ちゃん、いつも遠慮しないでって言ってるでしょ?」

「もう……他のお客さんがいる手前、振りだけでも払っておかないとダメです」



 後半は小声で言った私の言葉に、秋穂さんはきょとんと目を見開き―――申し訳無さそうに眉根を寄せた笑みを浮かべた。

正直、この辺りが落とし所だ。何ていうか、やっぱり秋穂さんは優しすぎる。

強かな部分もあるけれど、商売人をやって行くには甘さがあった。

その辺り、嶋谷が上手くやっているから大丈夫だろうけど。



「いつも杏奈ちゃんにはお世話になっちゃうわね……さて、今日はどんな用件なのかな?」

「ああ、ちょっと噂の調査に来たんだ」

「噂?」



 洗った食器を拭きながら、秋穂さんは首を傾げる。

その手つきに澱みは無く、相変わらずの器用さを見せ付けていた。

内心で感心したまま、私は嶋谷が言葉を続けるのを待つ。

説明に関しては、多分嶋谷の方がよほど上手に出来るだろう。



「この辺りで、『喋る猫』の噂が広まってきているんだ。それについて話し合ってる時に、この間歓迎会の時に姉さんがそんな事を言っていたと聞いたからな、こうやって話を聞きに来たんだ」

「喋る猫……あの時と言うと、あの黒い猫ちゃんの事?」

「ほうほう、黒猫なのかー」



 秋穂さんの言葉を聞いて、アリスが手持ちのメモ帳に猫の情報を記し始める。

正直、そろそろ杏奈の日記を返して欲しいんだけど……まあ、気が済むまでやらせておかないと離しそうにないか。

イラストを描いてもらった借りもあるし、しばらくは貸しておこう。


 秋穂さんはなにやら思い出すかのように視線を天上へと向け、しばし沈黙する。

そして数瞬の後、小さく頷いて声を上げた。



「そうね。黒くて、金色の目をした猫ちゃん。子猫と言うほどじゃないけど、まだ若さはありそうだったわ」

「わぁ、見たかったなぁ」

「四歳か五歳ぐらい、と言った所かな? 見た目から変な部分は無かったんだよな?」

「ええ。見た所は普通の猫ちゃんだったわ。それがそこの勝手口の所にいて」



 秋穂さんが指差した先にあるのは、ゴミを出したりする為に外に通じているガラス戸だった。

曇りガラスになっていて向こう側は良く見えないけれど、傍に何かがいれば存在に気づく事は出来るだろう。

見た目は普通となると、やっぱり『人面猫』という呼び方は適切ではないのかもしれない。

まあ、噂と合致しちゃったからそう呼ばれているんだろうけど……それでもし完全に『人面犬』の噂と関連付けられてしまったら、本当に人面猫と化してしまう可能性もある。

あんまり実害のある怪異ではないだろうけど……気分良くはないわね。



「うちも飲食店だから、動物を中に入れるわけにはいかないのよね。だから外で餌をあげたんだけど、どうやらここが気に入っちゃったみたいで」

「って、あの後も何度かここに来てたんですか?」

「ええ、毎日って言う訳じゃないけど」



 それは予想外だった。正直、こんな身近な場所にかいいが存在しているとは思っていなかったのだ。

いや、まあ私だって杏奈の日記を持ってる訳なんだけど。



「それで、その……えっと、その猫ちゃんって喋るんですよね?」

「ああ、それなんだけど……私は、猫ちゃんが喋る所を見た訳じゃないのよ」

「あれ、そうなんですか?」

「むー、話が違うのさ」



 アリスが不満そうな表情を浮かべているけれど、そんな事を言われても対応に困る。

まあ、それはともあれ……どういう事だろう。最初の時はちょっと聞こえただけだから気のせいかもしれない、とは言っていたけれど。

それでも、何度か接していれば声を聞く機会だって―――



「やっぱり、私が直接触れるのは望ましくないからね。猫ちゃんの相手は、葵ちゃんに任せていたのよ。だから、もしかしたら葵ちゃんならその猫ちゃんが喋っているのを見ているかもしれないわ」

「あ、成程……そういう事だったんですか」

「俺は家の方にいたから気付かなかったが……そんな事になってたのか」



 こっちの家と言う事は、市ヶ谷さんもその猫の事は了承しているのだろうか。

それとも、気付かぬ間に葵ちゃんが怪異に関わっている?

分からないけれど、確認はしておいた方がいいかもしれない。



「動物と触れ合う事は子供にとってもいい事だからね……あの子の境遇は少し特殊だから、こういう情操教育も必要かと思って」

「へー……」



 秋穂さん、お母さんみたい―――そう言いかけて、口を噤む。

秋穂さんや嶋谷の前だ、親と言う言葉に関してはほぼ禁句と言ってもいい。

私達の親がどうとか言うならまだしも、この二人に直接親がどうとか言うのは流石に気が引ける。

それに、秋穂さんの年齢的にも、母親と言うのはちょっと複雑だろう。



「ふむ……まあ、了解した。それで、浩介兄さんと葵は今いるのか?」

「ううん、ちょっと出かけてるわ」



 嶋谷の言葉に対し、秋穂さんは首を横に振る。

ふむ、最初からいてくれれば手間が省けてよかったんだけど……流石に、そうそう上手くは行かないか。

葵ちゃんは戸籍云々に関しては問題ないんだけど……経歴からか、ちょっとひねている所がある。

だから、すぐさま小学校に通うと言う訳には行かず、少し様子見の段階だった。

まあ、義務教育なんだし、その内学校には行くようになるだろうけど……今はほぼ通信学校の状態だ。

それ関連で出かけているのかもしれない。



「さっき出て行ったばかりだから、戻ってくるには少し時間がかかるかもしれないけど……どうするの?」

「そうだな……」



 嶋谷は、私達に対してちらりと視線を向ける。

このままここで待つか、それとも市ヶ谷さん達を追いかけるか……そう問いかけているんだろう。

正直、こちらの意見なんか仰がなくても、嶋谷の意見ならば従うつもりだけど……ま、いいか。



「他の飲食店にも話は聞きに行くんでしょ? それだったら、聞き込みがてら探せばいいんじゃない? 見つからなくても、最終的にここに戻ってくる訳なんだし」

「ああ、そうだな……それじゃ、姉さん。しばらくしたら戻ってくるから」

「ええ、分かったわ。それじゃあ、またのお越しを」



 にっこりと笑って、秋穂さんは私達を送り出す。

一応ながらお金はちゃんと払い、秋穂さんがどうしても納得できないようだったら後で返してもらう事として、私達は市ヶ谷さんと葵ちゃんを探しに出発する。

さて、今回の怪異もいつの間にか身近な所に来てしまっているけれど……どんなモンなのかしらね。





















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