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18:新聞部












 部活禁止も解けた水曜日の午後。

放課後になって、私とヒメは怪異調査部の部室を訪れていた。

正式に届け出も終えた為、私達も学生証があれば部室の鍵を借りる事が出来る。

中央棟の入り口の守衛さんたちの窓口に届出をし、既に鍵が開いているかどうかを確かめてから部室に向かうのだ。

そして鍵がまだ残っていたと言う事は、つまりまだ誰も来ていないと言う事でもある。



「誰も来てないのも珍しいね」

「まあ、高校の授業だし、長引く事もあるんじゃない?」



 私達以外の部員は名前だけの誠也を除いて全員が高校生。

まだ中学生の私達には、正直その生活の基準は良く分からない。

私達が考えるよりも大変なのかどうなのか……まあ、トモでも何とかなってるんだし、私達も頑張れば大丈夫だと思うけど。


 と、そんな事を考えている間に、私達は怪異調査部の部室まで辿り着いていた。

相変わらず安っぽいコピー用紙に書かれているその名前に小さく苦笑し、私はその扉を開け放つ。



「さて、先に来ちゃった訳だけど……どうする?」

「うーん……ゲームでもする?」

「正直、この部室って何があるのか良く分からないのよねぇ」



 多分嶋谷が片付けてるんだろうから、一応その辺りはしっかりとやってあるとは思うけど……あいつの片付け方は、あいつにしか全容が把握できないようなものになってしまうのだ。

自分が使いやすいように、という前提で片付けられている為、私達にはどこに何があるのか分かりづらい。

私に分かるのは、精々この間先輩が出してきていたひきこさんに関する資料ぐらいだ。



「んー……この辺の都市伝説の資料とか、適当に見てましょうか」

「ええっ!? や、やめよ! 止めよ、ね、お願いだから!」

「いや、ヒメ……怖がりすぎでしょ」



 私がその辺にあった適当なファイルに手を掛けた瞬間、ヒメは大げさとも言えるほどに反応し、私の手を掴んで止めて来た。

ヒメがホラー苦手なのは知ってたし、この間も事件が終わってから怖がってたのも分かってるけど……流石に過敏すぎると言うか、過剰反応だ。

小さく嘆息して半眼を作り、若干低い声でヒメへと告げる。



「怖がってる割に、自分で調べてたと見た」

「う……! い、いや、だってね? もしかしたらこれから対決する事になるかもしれないし、その時に色々知ってた方がって……!」

「うん、アンタが勤勉なのは知ってるけどさ。でも、そのあたりは先輩が教えてくれるんだろうし、怖いのに無理して調べる必要は無いでしょうよ」

「うー、そうなんだけど……」



 生真面目なヒメらしいと言えばその通りだけど、わざわざ墓穴を掘りに行く事も無いでしょうに。

あれかしら、大方、知っただけで駄目なタイプの都市伝説とかを警戒してる感じかしらね。

『紫鏡』とか、ああいうタイプの都市伝説。

この場合、私に危害が及ぶ事を恐れての判断だろうし……まあ、仕方ないか。



「はぁ……分かったわよ、ヒメ。見ない見ない。見たとしても、先輩か嶋谷の許可を得てからにする」

「杏奈ちゃん……うん、ありがとう」

「別に、礼を言われるような事はして無いでしょうに」



 苦笑しつつ、私は適当に席に座る。

机に肘を突きつつ適当に視線を巡らせて部室を見渡し―――ふと、気付いた。

目の前の席に、誰か座ってる。


 かなり小柄な、悪く言えば発育不良すら見える少女。制服は中学のものだから、私達と同じかそれ以下ぐらいの年だろう。

若干癖のある、寝癖にも見えかねない猫っ毛のようだけど、それはポニーテールのように髪を縛る事で違和感を無くしていた。

とは言え、髪はそこまで長いという訳ではなく、若干パイナップルのような頭に見えてしまうけれども。

そんな女の子は、くりくりとした大きい瞳で私の視線を受け止めると、片方の口の端だけを吊り上げる不敵な笑みを浮かべ、声を上げた。



「やー、アリスなのよー」

「……いや、誰よ」

「えっと……どちらさま?」



 本当に誰だ、って言うかいつの間に入ってきた。

まさか、部室に住んでる座敷童的な何かだったりしないわよね?

……いや、オカルトに毒されすぎか。流石に、中学の制服着てる座敷童なんていないわよ。って言うか、いてたまるか。



「ええと、アンタがアリスなのは分かったけど、何処のアリスさんよ?」

「おいさ! 所属は私立白海大学付属中学校、1年C組、出席番号9番、邦崎くにさき亜理子ありす! この度、怪異ネタ担当になった新聞部新入部員なのさ!」

「新聞部?」



 成程、この部活は新聞部とも協力してるから、向こうにもその担当みたいな人がいるって訳か。

まあ、誰彼構わず教えていいネタばかりじゃないって言うのは分かってるし、そのあたりは慎重な訳ね。

しかし、また随分と濃い性格の子が来たわね。



「成程ね、まあ新聞部は分かったけど……それで?」

「ふえ?」

「いや、新聞部は分かったから、一体何をしに来たのかって聞いてるんだけど」



 その言葉に、アリスと名乗った女の子はしばし虚空を見上げて硬直し……そして視線を戻すと、首の角度を横に曲げつつ声を上げた。



「何で?」

「こっちの台詞だ!」



 何だろう、この学校に普通の奴はいないのだろうか。

いや、うちのクラスの連中とかは結構普通なのが多いから、怪異調査部や新聞部に変なのが多いだけだと信じたい。

ともあれ、会話のテンポがおかしな奴と言うのはトモで慣れてるから、それほど対応に困る訳ではないだろう。

おかしな事を言い出したらスルーすればいい。そして、とりあえず会話が通じているうちは、こちらで会話の主導権を握っておけばいいのだ。



「とりあえず、質問を変えるわ……怪異調査部担当って、一体何をするのよ?」

「お? 実は、それは私も良く分からんのよ?」

「分からんって……アンタの仕事でしょ?」

「私は新入部員だから、まだ詳しい話は聞いてないって事。今まではお姉ちゃんがその担当だったのよ?」



 この子のお姉ちゃん、ねぇ。

正直、ここまで来るとどんな人が飛び出してくるのかさっぱり分からない。

しかし、新聞部にそんな部署みたいなものがあったとはね……確かに、言いふらし辛い話もあるし、話を伝えるのも内密な方がいいんだろうけど。

この辺りは、やっぱり先輩に聞いてみるべき所だろう。

私達はまだまだ新入り、怪異に対して初心者もいい所だ。行動は慎重に行って損は無い。



「杏奈ちゃん、忘れてるよ」

「ん? 何が?」

「自己紹介! 亜理子ちゃんも名乗ったんだから、私達も名乗らないと」



 今更と言えば今更だけれども、ヒメの尤もな言い分に、私は小さく苦笑する。

この子の、アリスの印象が強すぎて、すっかり忘れてしまっていた。



「そうね、ええと……私は神代杏奈。中学2年よ」

「同じく、中学2年の篠澤姫乃だよ。よろしくね、亜理子ちゃん」

「おー、仲良くしてくれると嬉しいのよ?」



 何だかよく分からない疑問系だけど、まあそういう口癖なんだろう。

彼女がこの部活担当だと言うのならば、今後も長い付き合いになるはずだ。

怪異なんて基本的にしょっちゅう起こるものでもないんだろうし、普段の活動は彼女達が持ち込む依頼に専念する事になりそうだ。

と―――ぼんやりとした表情を浮かべているアリスを眺めていたちょうどその時、部室の扉が唐突に開いた。

ノックも無しに入ってきたのは、私の見知った人物。



「やっほー、杏奈ちゃんに姫乃ちゃん。今日もいいおっぱいしてるねー」

「セクハラです、先輩。ついでに、先輩に言われたら嫌味にしか聞こえません」



 いつも通りのセクハラ発言をしながら入ってきたテリア先輩に、私はほぼ反射的にツッコミを入れ―――そして、きょとんと目を見開いた。

先輩が、見知らぬ人物を連れていたからだ。

結構ボリュームのある長い黒髪の女の子……側頭部で髪の一部を三つ編みにしていて、それがちょっとしたアクセントになっている。

先輩と比べるとどうにもスレンダーなイメージになってしまうけれど、それでもすらっとしていてスタイルはいい。

何と言うか、カッコいい系の人だ。

そんな感じの彼女は、部室の中をぐるりと見渡して、その視線をアリスの座っている場所で止めた。

そして彼女は、大仰に嘆息を零す。



「やっぱりここにいたんだ、亜理子」

「おー、ようやく来た。待ちくたびれたのよ、お姉ちゃん」

「って……お姉ちゃん?」



 アリスの発した言葉に、私は思わず耳を疑う。

そしてアリスとこの人の様子を比べ、どうしても拭いきれぬ猜疑の年に私は思わず眉根を寄せていた。

確かに、じっくりと見れば目元やら顔の造形やらはちょっとだけ似ている。

けど、どうにもこの落ち着いたイメージの人との関連性は疑わざるを得なかった。

正直、印象が違いすぎる。そんな私の視線に気付いたのか、アリスのお姉さんらしき人は、苦笑を交えながらこちらへと視線を向けた。



「私の妹が迷惑かけたね。私は邦崎亜理紗ありさ。中学の三年で、その子の姉をやってる……新聞部では、この怪異調査部の担当だよ。そっちの方の知識も多少はあるから」

「あ、はい。私は中学の二年の神代杏奈と申します」

「同じく、中学二年の篠澤姫乃です。よろしくお願いします、邦崎先輩」

「ああ、私と妹の事は名前でいいよ。正直、どっちがどっちだか分かりづらいと思うし」



 そういって、邦崎先輩―――いや、亜理紗先輩はにこりと笑い、その視線をちらりとテリア先輩へ向ける。

そんな彼女の視線の中には、どこか安心するような色が込められていた。



「この部に入ってきた人間にしては、随分とまともそうじゃない」

「おやおや、言うねぇアリサちゃん。こんな真面目なワタシが部長をやっていると言うのに」

「それだけは絶対に無い。去年の救いようも無い面子をもう忘れたの? 嶋谷先輩以外は殆ど話も通じないような人たちばかりだったでしょ。彼だって、一度その気になったらまるで話を聞かないし」

「はっはっは、それが我が部のいい所だからねー」

「直すべき悪癖だって言ってるでしょ……」



 半眼でのこれ見よがしな嘆息も、テリア先輩の図太さには到底通用しないようだった。

って言うか、先輩のテンションも今日は妙に高い感じがする。

あれか、市ヶ谷さんが帰ってきたから、そのおかげでテンションが高いままキープされているのだろうか。

そういう可愛らしい部分があるならばまだいいんだけどね、この人。


 と、テリア先輩はそこで笑いを収めると、僅かに身体を横に動かした。

そして手で部屋の中に入るよう促しながら、にこやかに声を上げる。



「さあアリサちゃん、入って入って。今日の用事をお伺いしようじゃないか」

「はぁ……分かった」



 何だか諦めたような表情で、亜理紗先輩は部屋の中に入ってくる。

テリア先輩は部長席と言う名のお誕生日席、そして片側に私達が座り、普段嶋谷達が座っている場所に邦崎姉妹が座る。

こうして横に並ぶと、髪型や体格のおかげかイメージは違うけれど、顔立ちの似てる部分は良く分かる。

まあ、気難しそうな亜理紗先輩と、お気楽そうなアリスだと、表情は差が生まれるようだけれど。


 亜理紗先輩は席に着くと、ちらりと横目で隣に座るアリスへと目配せをする。

アリスはそれに頷いて懐からメモ帳を取り出すと、そこに書いてあるのであろう内容を読み上げ始めた。



「豚肉、ジャガイモ2個、玉ねぎ2個、ニンジン1/2個」

「亜理子、それは今日の晩御飯の材料」

「おおっと、間違えたのさ」



 ……ネタなのか、素でやってるのか、この二人からだと判別が付け辛いわね。

二人とも表情がまるで変わって無いんだもの。普段からこういうやり取りをしてるのかしら、この二人。

ともあれ、ページを捲って内容を確かめたアリスは、再びそれを読み上げ始めた。

流石に、二度ネタをする気はなかったようだ。



「今回は、この間のネタ提供のお礼と、新しい担当である私の顔合わせのようなものらしいのよ」

「ああ、この間の分は気にしなくていいよ。アレはこちらにもメリットがあってやった事だからね」



 この間と言えば、ひきこさんの事だろう。

あの事件が解決したと言う噂を流す為、新聞部に協力して貰ってそういう記事を書いて貰ったのだ。

あれは、ひきこさんという怪異が終わった事を確かなものにする為の処置。

つまりは、これ以上事件が起きないようにする為の予防策だったのだ。

どちらかといえば、私達が新聞部を利用したと言う形になるのだろう。


 この辺り、テリア先輩は結構律儀なのかもしれない。

そしてそんな先輩の言葉を聞き、アリスもあっさりと頷いて見せた。



「うむ、うちの部長も『ぶっちゃけお礼とか必要として無いでしょうから、お菓子とか持ってかなくて大丈夫です』って言ってたのさ」

「あっはっは、流石によく分かってるねぇ」

「……はぁ。これだから、この人たちは……」



 心中お察ししますと言うか……この人も苦労してそうね、色々と。

ともあれ、そうなれば今回の目的は、アリスの顔合わせという事になるのだろうか。

新聞部とは一体どんな話をするのか時になっていたけど、意外と普通なのね。


 ―――と、私がそう思っていた瞬間だった。



「そして、部長からの依頼があるわ」



 亜理紗先輩は疲れた表情を引っ込め、真剣な眼差しをテリア先輩へと向けながら声を上げる。

途端にピンと張り詰める空気に、私は思わず喉を鳴らしていた。

こういう空気に慣れているヒメはそれほど驚いていないけれど、それでも若干目を見開いている。

普段通りなのは先輩だけで―――彼女はいつも通りの表情のまま、黙って亜理紗先輩の言葉を待っていた。

そして、対して勿体つけられる訳でもなく、その言葉は放たれる。



「―――『人面猫』について、調査および報告を行ってください。それが、新聞部より怪異調査部に対する依頼です」



 ―――これが、私達が新聞部から請けた初めての依頼だった。





















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