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16:怪異の臭い











「はーい、皆、お疲れさまー」



 『コンチェルト』二階の掃除や部屋の片付け、そして市ヶ谷さん達が使う日用品の調達などを終えた私達は、そのお礼と言う事で秋穂さんに招待を受け、夜の『コンチェルト』で半ば宴会のような事を始めていた。

これは市ヶ谷さんと葵ちゃんの歓迎会も兼ねていて、昼間集まっていたメンバーは全員がここにいる。

一応、しばらく帰らない事に関しては誠也に連絡を入れておいたけれど、あっちはお兄ちゃん達が帰ってきているらしく、特に問題は無いようだ。



「いやぁ、働いた働いた」

「悪いな、トモ。力仕事は結構任せちまった」

「いいっていいってぇ。力使っただけで秋穂さんの飯が食えるんなら言う事無しだ」



 事が秋穂さんに関わっている為か、トモはいつも以上に張り切って作業を進めていた。

まあ、今まで使われていなかった部屋に、使用していなかったベッドやら箪笥やらを詰め込む作業だったので、張り切っても張り切らなくても、一番の重労働であった事は確かなんだけど。

ちなみに、残りの男性である市ヶ谷さんは、秋穂さんと話し合いがあったらしく、あまり手伝いには参加できていない。


 私とヒメは部屋の掃除……これは、その部屋を使う事になる葵ちゃんも手伝ってくれた。

ちょっと生意気ではあるけど、何だかんだ素直でいい子だ。

そんな彼女が市ヶ谷さんの養子になる事になったのは一体何故なのか―――それは気になったけれど、口にはしなかった。

ただ、少し気になるのは……この子の纏う空気が、若干ながら桜さんに似ていた事。



(……この子、色々と謎よね)



 秋穂さんの運んでくる料理に目を輝かせている葵ちゃんにちらりと視線を向け、私は目を細める。

桜さん……というか、お兄ちゃんの友達は、お兄ちゃんも含めて基本的に異様な雰囲気を纏っている。

それがどういうものなのかは今一よく分からないし、説明は受けたけれど理解できるものではない。

ただ、桜さんだけは、私にもイメージしやすい言葉で説明してくれた。


 ―――私は霊媒体質なのだ、と。



(この子も、桜さんと同じように……?)



 私は幽霊なんて眉唾だと思っていた……桜さんと出会うまでは。

流石に、あの人の力を見た後ではそれを信じる他無いし、それに最近は都市伝説、怪異なんてものまで知った。

ここまで来れば、オカルトにもそれなりの耐性が付くってものだ。

だからこそ、この子が何かの特殊性を持っていたとしても、そこまで驚きはしないけど―――



「んー? 杏奈お姉ちゃん、どうかしたの?」

「あ、いやいや、何でもない。料理おいしそうだなーって」

「うん!」



 首を傾げる葵ちゃんに、私は苦笑しながら小さく首を振る。

流石に、考え過ぎだ。都市伝説なんてものと出会って、私の考え方もちょっとおかしな方向に向いているのだろう。

世界には不思議な事が沢山ある……けど、それはそんなポンポン集まってくるものではないはずだ。

無理に他人の過去を詮索する必要は無い、それでいい。



「はい……よいしょ、っと。これでいいかな。それじゃ、皆飲み物は渡りましたかー?」

「はーい」



 店の中のテーブルをいくつも繋げて大きなテーブルにし、そこに大きなお皿で料理を並べた秋穂さんは、グラスを行き渡らせたのを確認してにこやかに頷く。

正直ご馳走してもらうのは気が引けたけれど、基本的に店で余ってしまった材料を使っている為、大した損失にはならないそうだ。

おっとりとして穏やかな性格の秋穂さんだけれど、こうと決めた事に関しては絶対に曲げない。

この人の中では、私達がパーティに参加する事はもう決定事項だったのだろう。

嬉しそうな表情で席に着く秋穂さんの姿に、私は胸中で小さく苦笑する。



「さて、それでは……浩介君の帰還と、葵ちゃんの歓迎を兼ねて、乾杯!」

『かんぱーい!』



 秋穂さんの音頭と共に、私達は手に持ったグラスをぶつけ合う。

流石に端から端へは無理だけれど、全員が一緒に突き出した為か、それほど気にはならなかった。

乾杯を追えれば後は自由、皆が皆、思い思いの料理へと手を伸ばしてゆく。

秋穂さんもパーティメニューを心得ていたのだろう、皆が少しずつ摘めるようなメニューが多い。

私も取り皿に少しずつ取り分けながら、ちらりと葵ちゃんの事を観察していた。

彼女は市ヶ谷さんに料理を取り分けて貰いながら、隣に座る秋穂さんと笑顔で話をしている。

何て言うか―――



「……親子みたいね」

「あはは、そうだね」



 殆ど無意識に呟いた言葉だったけれど、ヒメはそんな私の言葉を拾っていたらしい。

微笑ましそうな表情で葵ちゃんを中心とした三人の方へと視線を向け、ヒメは頷く。

嶋谷から市ヶ谷さんの経歴を聞いた時は、ただの定住せずにフラフラしてるうだつの上がらない甲斐性無しかと思っていたけど、葵ちゃんは結構幸せそうだ。

だったら……まあ、いいかしらね。

この子の過去なんて、聞いた話から私が勝手に想像した内容でしかない。

そんなモノで同情するなんてくだらないし、今が幸せならばそれでいいだろう。


 と―――そこで、テリア先輩が市ヶ谷さんへと向けて声を上げた。



「そういえばコースケ、今回は何処を回ってたの?」

「ん? ああ、そうだな……今回は東の方だ。やっぱり、あっちは都会だな……人が多い分、色々な話があった」

「へぇ、そうなんだ。後でどんなのがあったか聞かせてよ」

「あ、それは俺も気になるな」



 市ヶ谷さんの言葉に、先輩だけではなく嶋谷までもが反応する。

純粋な好奇心? でも、この二人が揃っていると、どうしても都市伝説の事を思い浮かべてしまう。

どうも、あの辺には市ヶ谷さんを中心とした輪があるように感じる。

そんな事を考えながら観察していると、市ヶ谷さんは苦笑を交えた様子で声を上げた。



「別に、いつも通りだよ。いつも通り、やりたいと思っていた事をやっただけだ」

「それが正義のヒーローまがいの事なんだから、大概だよねぇ、コースケも」

「わぁ……市ヶ谷さんって凄いんですね」

「そうだよ、コースケはすごいんだぞ」



 ごくごく純粋に、感心したような笑顔でヒメが手を叩けば、葵ちゃんがまるで自分の事のように誇らしげな様子で胸を張る。

そんな言葉達に苦笑を浮かべながらも、市ヶ谷さんはどこか照れくさそうな表情で返答した。



「そんな、大したものじゃないよ。俺がやってるのは単なる自己満足さ」



 自己満足で、正義のヒーローね。

まあ、葵ちゃんを引き取ってきたと言う辺り、困っている人を放っておけない性格なんだろう。

ヒーローなんてものは、憧れでやる事は出来ない。

あくまでも、己がそうしたいから。有り体に言えば、誰かに手を差し伸べる事に快感を覚えるような人間じゃないと無理だ。

そうでなければ、ただ搾り取られるだけの生き方に絶望するのがオチだろう―――



『―――だから、純粋な正義なんてありえないのよ。あたしは、あたしの為に偽善で在りたい』



 お兄ちゃんの友達の一人、フリズさんがそう言っていたのを思い出す。

私はあの人の経歴を詳しく知っている訳ではないから、その言葉が一体どんな思いで発せられたのかは分からない。

けど、それは確かに説得力を持っていて、思わず納得してしまうだけの重さがあった。

多分、この人もそういう類の人間なのだろう。自分の為に他人を助けるとか、そういう感じの。



「でも、あんまり無茶しちゃいけません。ただでさえ無茶しがちなんだから、浩介君は」

「あ、あはは……まあ、性分だから」

「コースケからそれを取ったら、確かに何も残らないけど、ねぇ」

「ぅおい!? それはちょっと酷いだろ!?」

「そんな事ない! コースケから無茶を取ったら、カイショウナシしか残らないよ!」



 幼女にトドメを刺され、椅子にもたれるように撃沈する市ヶ谷さん。

それは単なる笑い話―――だったけれど。

さっきの言葉を発した時、テリア先輩が少しだけ暗い表情をしていた……それだけが、僅かに気になった。

恐らく、嶋谷も何かしら知ってるんでしょうけど、私達はまだまだ外様。

先輩が如何して必死なのか、それを知るにはまだ早い。



「ほら、浩介君。ショック受けてないで、話をしてあげて」

「……何気に辛辣だよなぁ、秋穂」

「え?」



 秋穂さんもこういうヒメと似たような天然さがあるからなぁ……ヒメが成長したらこんな風になるのだろうか。

まあ、少なくともいづなさんのようになるよりはマシだけれども。


 秋穂さんの言葉に苦笑しながら起き上がった市ヶ谷さんは、小さく嘆息して頭を掻く。

そして、興味深そうにしている嶋谷や先輩、そして葵ちゃんの様子に微笑みながら、ゆっくりと語り始めたのだった。











 * * * * *











「ふぅ」



 ゲーム大会のどんちゃん騒ぎになった店の中から抜け出し、私は小さく息を吐き出す。

別にゲームが嫌いという訳では無いけれど、無駄に白熱したトモと先輩と葵ちゃんのテンションに着いて行けなくなった次第である。

時間はもうすぐ九時……まだ遅すぎると言うほどでは無いけれど、いい加減そろそろ帰った方がいい時間帯だ。

けどまぁ、あのゲーム大会もまだ終わらなさそうだし、しばらくは付き合う事になるかしらね。



「しっかし、あのボードゲームは懐かしかったわね」



 呟き、私は苦笑する。

よくある、すごろくのようなゲームのアレだ。

私達四人が知り合った当時は良くやっていたけど、まだ壊れずに残っていたのは意外だった。

嶋谷も秋穂さんも物持ちがいいから、きっちりと仕舞っておいたんだろう。

これがトモだったら、駒とか金券とかを失くしてしまっている。



「さて、と」



 ごそごそと、私は荷物の中から一冊の本を取り出す。

金の縁取りに茶色い表紙を持つ日記帳、『杏奈の日記』。

先日の事件、『ひきこさんもどき』の件で私が手に入れた、怪異を宿す日記帳だ。

私はパラパラとすべてが真っ白なページを捲り、適当なページを開いてペンを取り出す。



「『こんばんは、杏奈』」


『うん、こんばんは、杏奈』



 都市伝説ということで多少の不気味さはあったし、この間ひきこさんと相対した恐怖もあって、最初はちょっと敬遠しがちだったけれど、今はその忌避感も無くなっている。

やり取りとしては少々分かりづらいけれど、この日記に宿った少女、森杏奈はいい子だ。

非業の死を遂げた少女ではあったが、それでも彼女の人格は狂気に満たされたバケモノとは程遠い。



『今日は、どんな事があったの?』


「そうね……『とりあえず、いつも通り学校。それから、嶋谷の家に行ったわ』」


『嶋谷君……あの、喫茶店の人?』


「『そう。いつもの四人でね』」



 この杏奈は日記帳だから、当然の如く目や耳は無い。

だから私達の行った事を知るためには、私がこうやって伝えるしかないのだ。

その為、私の一日の行動を杏奈に教える事が、私の習慣のようにもなっていた。

まあ、普通に日記を書くのと同じようなものだ。その日記が語りかけてくるだけで。



「『そうしたら、嶋谷の従兄弟だっていう人が、葵ちゃんって言う女の子を連れて帰ってきてね。嶋谷の家に住む事になったから、その部屋を掃除していたのよ』」


『お疲れ様、杏奈。その人はどんな人なの?』


「『面白い人だったわ。ちょっと胡散臭いけど、嶋谷が信頼しているから、いい人だと思う』」


『そっか……杏奈は、嶋谷君の事を信頼してるんだね』



 そんな杏奈の言葉に、ペンを持つ手がピクリと震える。

そんな自分に苦笑しながらも、書く文章に動揺が伝わらないように気をつけつつ、私は続けた。



「『そうね、幼馴染だから。それからゲームをやって……それで、疲れたから抜け出してきたところ』」


『そっか……楽しそうだなぁ』


「『杏奈も参加できればいいんだけどね』」


『ううん、仕方ないよ』



 これは私の偽らざる本心。

この子に目や耳があればいいな、と思っている。

私が何か書き込まない限り、この子はずっと日記帳の中に閉じ込められているのと同じ事なんだから。

けど、先輩もこれを何とかする方法は知らないみたいだったし―――



「―――成程、君から怪異の臭いがすると思ったら、そういう事だったか」

「ッ……!?」


『杏奈、どうかしたの?』



 突然声をかけられ、びくりと震えた手が無意味な直線を日記帳に刻む。

それを読み取った杏奈が疑問符を浮かべていたけれど、私にはそんな余裕は無かった。

咄嗟に背後を振り返り、そこにいた人物へと声を上げる。



「市ヶ谷さん、いつから……っ!」

「っと、ゴメンゴメン。いきなり声をかけたのは謝るよ」



 そこにいたのは、あの嶋谷の従兄弟だと言うちょっと胡散臭い男性、市ヶ谷浩介。

彼は両手を上げて無害である事をアピールするようにしながら、私とは一定の距離をあけたまま声を上げる。

交渉の仕方を多少は心得てるみたいね。



「最初に見た時から、少し気になっていたんだ。君から怪異の気配がする……もしも有害なものであれば、何とかしなければと思っていたんだが……問題は無さそうだな」



 ちらりと、市ヶ谷さんは日記帳に視線を向けてそう告げる。

私はこの日記帳に対して理解を示してくれた事に対する安堵半分、そしてこの人に対する疑惑半分を抱きながら、視線を細めて彼の事を見つめる。

多少予想はしていた。けれど、これは私の予想以上だ。



「……貴方は、都市伝説を……怪異の事を」

「ああ、知っているよ。恐らくは、テリア以上に。専門家と言っても過言ではないかな」



 彼の言葉に、私は抱いた驚愕を何とか押さえ込む。

半ば予想はしていたけれど、聞けばやっぱり驚いてしまうものだ。



「貴方は、何者ですか?」

「何者と言われてもな……嶋谷家の親戚で、探偵をしてるとしか言いようがない。まあ、その関係で怪異の事を調べて、それに巻き込まれた人を助けたりしてるがな」



 そうか、それで正義の味方っていう訳か。

怪異の恐ろしさを知っているから分かる。この人は、そうして葵ちゃんや……恐らく、テリア先輩の事も助けたんだろう。

そう考えれば、先輩達のあの反応も納得が行くというものだ。

それでも警戒は抜けないままじっと市ヶ谷さんの事を睨んでいると、彼は小さく苦笑を浮かべて首を振った。



「まあ、警戒するなとはいわないさ。とりあえず、君の持つ怪異は危険度は少ないものだから、安心していいだろう。それと、その怪異に目や耳を持たせたいのなら、絵の上手い人に頼んで姿を作って貰うといいよ」

「え?」

「じゃ、そういう事で」



 ヒラヒラと手を振り、言いたい事だけ言った市ヶ谷さんは去ってゆく。

そんな彼の背中を見送り、釈然としない気持ちを抱きながらも、私は日記帳を見下ろしていた。



「……ホント、謎だわ、あの人」





















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