107:エピローグ
あの戦いの後、私達は気づけば元いた場所に戻ってきていた。
電波時計で確認すれば、時間はあの時から数時間後。
既に昼過ぎとなってしまっていたが、最悪の可能性として考えていた『時間が一気に飛んでしまう』というような事も無く、安堵したのは秘密だ。
煉さんが『時間の流れがおかしくなっている』と言っていたし、そんな可能性もあった訳だ。
もしかしたらあの人が何かしら手出しをしたのかもしれないけれど、あまり気にしないでおく事にする。
何事も無いに越した事は無いのだ。
その後は、少しだけ大変だった。
まず、平日なのに集団で行方をくらませてしまっていた事。
お兄ちゃんの事を知っていて事情を話す事が出来るうちの両親はともかく、ヒメの家である篠澤家に関してはちょっと大変だった。
なにせ、息子と娘が一晩中帰ってこなかったのだ。
黙って抜け出してきた部分もあり、体育会系の篠澤家では大説教大会が開催されてしまった。
まあ、それに関しては秋穂さんの説得と、市ヶ谷さんの事について説明をして事無きを得た。
たぶん、賢司が話していたらもっと拗れていただろう。
ヒメとの仲は、おばさんは認めているものの、おじさんの方はまだ複雑な心境らしいから。
市ヶ谷さんの事は、少しだけ大変だった。
何しろ遺体がない。情報に分解されて、逸話の王――市ヶ谷英一に吸収されてしまった。
さすがに魂がどうなったかとかそんな事は分からないけれど、あの男を倒しても市ヶ谷さんの遺体は戻っていない。
精々、遺品がいくつか残っている程度だ。
結局、市ヶ谷さんについては行方不明扱い。時間が経って死亡扱いになってから、改めてお葬式をするという事になった。
まあ、あの人の死を証明する手段がない以上は仕方ない。
親族もいないし、あの人を弔う準備だってすぐに出来る訳ではない。
だから、時間ができた事はある意味好都合かもしれなかった。
市ヶ谷さんの遺品については、生前あの人と親しかった人たちの間で分配される事になった。
まあ、市ヶ谷さんの貯めていた財産に関しては、正式に養子として引き取っていたらしい葵ちゃんに渡される事になったのだけど。
変に親戚がいなくて良かった、と言った所だろうか。その辺の話が拗れなかったのは幸いだ。
まあ、未だに行方不明扱いだから、正式に譲渡された訳ではない。それまでは秋穂さんが管理する事になるだろう。
秋穂さんなら悪いようにはしないだろうし、とりあえず安心だ。
とにかく、短いようで長かった――いや、長いようで短かったのだろうか。
どちらにも感じるような事件、私の『非日常』は、こうして終わった。
そして今、私たちは――
「……先輩、本当にいいんですか?」
「うん、もういいんだ。未練も無いよ」
片づけられた部室を前に、先輩はそう言いながら頷いていた。
怪異調査部の部室――正確には、部室だった場所。
私達の部活は、先輩の意向で解散する事となっていた。
「ごめんね、姫乃ちゃんの勧誘除けの仕事、放棄する事になっちゃってさ」
「いえ、先輩には感謝してますし。それに、今のヒメなら勧誘を撥ね退けるぐらい簡単ですよ。あの子は、それだけ強くなったんですから」
「あはは、そうだねぇ。姫乃ちゃん、最初の頃と比べたら、見違えるほど強くなった」
先輩は、しみじみと頷きながらそんな事を口にした。
ヒメが変わったのは事実だろう。けれど、変わったのはきっとヒメだけじゃない。
先輩もまた、大きな心境の変化を得ていたはずだ。
先輩は、これ以上怪異に関わるのを止めると言っていた。
それは、不必要な危険に首を突っ込まないようにしたかったから。
家で待っている葵ちゃんに心配をかけないように、危ない事をしないで生きていく、と
賢司と先輩の目的は、あくまでも市ヶ谷さんを助ける事だった。
けれどあの人がいなくなってしまった今、その目的も、そしてその手段であった怪異調査部にも意味は無い。
そして何より、先輩には護るべきものができた。葵ちゃんという、先輩にとって大切な『妹』が。
その決断をした先輩は、やはりすごい人なんだろう。
遠慮なく言い合うけれど、なんだかんだで仲のいい姉妹のようになってきた二人の姿を思い浮かべ、私は小さく苦笑する。
部室の鍵を返す為に守衛室へと向かう途中、私はしみじみと声を上げた。
「最近、葵ちゃんはどうですか?」
「ん? いつも様子は見てるでしょ?」
「いや、先輩には私たちに見せないような面も見せてるのかなーと」
悪戯っぽくそう口にすれば、先輩はどこか照れたように頬を掻く。
最近は、先輩のあのふざけた様子も少しなりを潜めるようになってきていた。
あの態度は市ヶ谷さんの事に関する不安を押し留める為のものだったのか、あるいは妹の前で不健全な態度をするべきではないと考えたのか。
まあどちらにしろ、いい傾向だと思う。
「家族だって思ってくれるようにはなったかな。コースケがいなくなったのは寂しいだろうし、ワタシがその穴を埋められるとも思ってない。けど、多少はワタシを頼ってくれるようになったみたいだ。だからワタシも、それに応えたい」
「料理の勉強は、それで?」
怪異調査部を止めた先輩は、料理部に入っていた。
先輩は、自分の経歴ではあまりきっちりした仕事はできないと思っているらしい。
まあ来歴は不明だし、身元保証人の一人は亡くなってしまっている。
おまけに学費は葵ちゃんに残す為、自分で大学に行く事は諦めていた。
結果的に、『コンチェルト』で働く事を視野に入れて活動しているらしい。
まあ、秋穂さんなら出自なんて全く気にしないだろうし、先輩からしても慣れた職場だ。
とはいえ安易に甘えるつもりも無いらしく、いずれは秋穂さんに並んで店を経営できるようになりたいようだ。
『コンチェルト』は元々市ヶ谷さんの家でやっていた店だし、その辺の意識もあるのだろう。
「ワタシなりに、出来るだけ葵の傍にいて、それでいて危険のない仕事を考えたつもりだよ」
「まあ、怪異を追っかけるような危険な仕事なんてそうそうないと思いますけど……でも、立派だと思いますよ」
「あはは、杏奈ちゃんに保証して貰えるなら自信が出てきたかな」
先輩は、未来を見据えて行動している。
高校二年生だし、もうそういう時期なのかもしれない。
けど、正直なところ私にはあまりピンとこない内容であった。
まあ、うちの神社で働く事が決定してるからかもしれないけれど。
んー……まあ神学やら経営やらに関してはちゃんと大学を出ないといけないだろうし、勉強はちゃんとしておかないと。
――そんな、当たり前の事で悩める。これはきっと、幸せな事だ。
「おーい、杏奈ちゃーん!」
「お、ヒメ?」
響いた声に、私は視線を前方へ戻す。
見れば、ヒメと賢司とトモが守衛室の前で待っている所だった。
三人は、部室にあった書類を運ぶ仕事をしていたのだ
いくら怪異を追うことを止めるとは言え、あの大量の書類は先輩の努力の結晶だ。
捨てるのは少々忍びないと言う事で、市ヶ谷さんの家に置く事になったのだ。
ちなみに、先輩も市ヶ谷さんの家に住んでいる。出来る限り、葵ちゃんを一人にさせたくないそうだ。
「わざわざ戻ってきて待ってたの?」
「まあ、最後だしな。俺としても、多少感慨深いものはあるんだよ」
「私はその付き添い」
「そして俺は! そんなヒメの付き添いだッ!」
「はいはい、分かったからボリューム落としなさい」
怪異を相手にしてた時は真面目だったくせに、トモも前のような感じになってしまった。
いや、下手をすると前より更に五月蝿くなっているかもしれない。
まあ、この無駄なハイテンション具合は、低くなってたテンションを無理矢理高く戻そうとした結果のような気はするけれども。
まあとにかく、この部活は先輩と賢司が二人で頑張って切り盛りしてきたようなものだ。
それを終わらせるのであれば、二人の手で行うのが相応しいだろう。
そう思い、私はちらりと先輩に視線を向ける。
先輩は――手の中にある鍵を、しばしじっと見下ろしていた。
「……うん、そうだね。怪異とはもう関わらないけど、これはワタシの誇りだよ。だから、ワタシが終わりにする」
小さくそう呟くと、先輩は顔を上げて守衛室の前へと歩いていった。
その背中に私たちも続き、その行く末を見守る。
「……これ、お願いします」
「はいよ、お疲れ様」
きっと守衛さんは、私達の部活が最後だとか、そんな事は知らないんだろう。
いつも通りに声を掛けてくれた、ただそれだけなんだと思う。
けど――その言葉は、不思議と私の心に響いていた。
頑張ったんだと、戦ってきたんだと言う実感が、染み込むように心の中に芽生える。
うん、悪くない気分だ。そんなことを考えていた所で、先輩は大きく息を吐き、私達の方へ戻ってきた。
「……部長、お疲れ様です」
「あはは、もう部長じゃないけどね」
賢司のその呼び方も、きっとわざとだったんだろう。
そう呼ぶのはこれが最後。それが、私たちにとっての非日常――これまで続けてきた戦いの、本当の決着だった。
皆にとっては、きっとそうだろう。けれど私には、一つだけ気になる事があった。
「さて、それじゃあ『コンチェルト』で打ち上げでもするか。姉さんが用意してくれてるんだ」
「私も少しだけ手伝ったんだよ」
「へぇ。いいねぇ賢司君。流石は宴会部長!」
「違います」
たった一つだけ、やらなきゃならない事がある。
それを知ってるのはきっと私だけで、その必要性を感じているのも私だけだろう。
そして今、会わねばならない相手が近くにいる事を、私は直感的に感じていた。
「……ごめん、賢司。ちょっと用事を済ませてから行くわ」
「ん、そうか? どれぐらいかかるんだ?」
「そこまで長くはないわよ。一応待っててくれるとありがたいけど」
「そこは『先に始めててもいい』って言う所じゃないのか? ま、了解したけどな」
恐らく、皆私の態度には気付いていただろう。
けれど、その上で追求してこなかった。
それをありがたく受け取って、私は踵を返す。
現状では無茶をする理由なんて存在しない。だからこそ、皆もこれを認めてくれたのだろう。
だから、こんな下らない事はさっさと終わらせてしまえばいい。
結局は何も変わらない、私の自己満足なのだから。
――そして、辿り着いた先はこの中央棟の屋上。
「よう、遅かったな」
そこに、一人の男性の姿があった。
中肉中背、見慣れた黒いジャケット。あの事件の折にも姿を現していた、私の知っている人物。
けれど彼の姿はあの時のような黒髪黒目ではなく、銀色の髪に蒼い瞳をしていた。
――九条煉。お兄ちゃんたちのリーダーであり、最強と名高い人物。
そんな彼が、姿を偽る事無く現れている。
それはつまり、もう市ヶ谷さんたちの傍からは離れたと言う事なのだろう。
「ま、お前なら来ると思ってたがな」
「そっちこそ、ここに来たってことは……色々、教えてくれるんですよね?」
「まあな。ここまで来たら、伝えようが伝えまいが大差ない」
言って、煉さんは苦笑する。
それは煉さんなりの誠実さなのか、或いは何かしらの思惑があるのか。
私には判断できなかったけれど、とにかく彼は私の質問に答えてくれるらしかった。
なら、と――私は、抱いていた疑問を口にする。
「あなたの目的は、何だったんですか?」
「いきなりズバッと来るな……まあ俺の、そして俺たちの目的は最初から変わらない」
『俺たち』、と言う言葉に私は眉根を寄せる。
それは一体どこまでの事を指しているのか。お兄ちゃんもこれに関わっているのだろうか、と。
薄っすらと笑う蒼い双眸は、酷く不気味に感じる。
けれど――その口から放たれた言葉には、どこか祈りのような感情すら込められていた。
「『我らの楽園よ永遠なれ』。この優しい世界がいつまでも続くように、それが俺たちに共通した目的だ」
「優しい、世界……? あんな風に、想いが踏みにじられるような場所が?」
「まあ、これでもかなりマシなんだよ。何せ、いきなり理不尽な滅びを押し付けられるような事が無い。そうだろう、お前はこれまで生きてきて、『世界が滅ぶんじゃないか』という危機感を本気で抱いた事があるか?」
「そりゃ……ないですけど」
規模が違う。いや、視点だろうか。
凄まじく高い位置から物事を見ていて、私たち個人の事情など気にも留めない。
そんな風な意志を、この人からは感じ取る事ができた。
彼の言葉を吟味する。そんな理由があったから、この人はあの逸話の王を追っていたという事なのだろうか。
あんな、回りくどい方法まで使って?
「……やっぱり、納得は出来ません。逸話の王を倒そうとしていたのは分かりますし、たとえ何があったからって、アレは倒すべきだったと思ってます。けど、あんな危険な状況にせざるを得なかったんですか?」
それは、私が最初から抱いていた疑問だ。
この人は、本当に強い力を持っている。それこそ、お兄ちゃんですら届かないほど。
そんな彼が、果たして他人の協力なんてものを必要とするのだろうか。
疑問を視線に込めて問いかければ、煉さんは小さく嘆息しながら肩を竦めて見せた。
「加減が利かないのは事実だ。丸ごと消し飛ばさないように注意してたんだがな」
「けど、敵が姿を現した瞬間。あの時なら、煉さんは相手を確実に仕留められた筈ですよね?」
その、言葉に――煉さんは、口の端を歪めて見せた。
この人の力は、『拒絶の力』なのだとお兄ちゃんが言っていた。
拒絶した事は起こらない。だから、この人に銃口を向けられて逃げられるはずがない。
だって、外れるという事を拒絶されたら、弾丸は絶対に当たってしまうのだから。
だから、この人が何かを仕留め損なうなんて、そもそもありえないのだ。
「……目的に関して、嘘は言っていない。俺はその為に全力を尽くしている」
「市ヶ谷さんの事ですか? それともヒメの……?」
「正直に、そして素直に答えよう。両方だ」
煉さんの発した言葉に、私は思わず息を飲む。
市ヶ谷さんを逸話の王の許まで導いた事。そして、ヒメが超越者になりかけた事。
そのどちらもが、この人の目的の一部だと言うのか。
煉さんは……酷薄な笑みを浮かべたまま、声を上げた。
「まず前者。俺は強い意志を持った人間を集めている。強い意志、強い魂。俺たちの味方になってくれるような、そんな存在だ。だから手を差し伸べた。俺が市ヶ谷浩介に対し、選択肢を与えたんだ」
「選択肢……?」
「一つは、力を与えられそのまま生きるか。或いは、そのまま戦い抜いて死した後、俺にその強い魂を差し出すか」
絶句すると共に、納得する。
ああ、成程。この人は、本当は逸話の王なんてどうでもよかったのだろう。
ただ、『楽園のような世界』とやらを護る為に、戦力を集めていただけなのだ。
そしてその食指が伸びたのは、ヒメも同じ。
「こちらも貰ってばかりでは拙いからな、あいつを目的が果たせるように導き、そしてあいつが愛したものを護る約束をした。市ヶ谷葵がどうして殆ど怪異に襲われなかったと思う?」
「……通りで。ちょっとおかしいと思ってました」
「俺には必要の無い存在だったが、まあ俺に必要な存在が必要とした存在だ。それなら、護ってやるぐらいはどうって事は無い」
必要か、必要じゃないか。この人の判断基準は、私としては理解できないものだ。
人の情なんてものではなく、執着しているかどうか。まるで機械のように、或いは逆に獣のように。
淡々と、他人の存在価値を決定してしまうのだ。それを当然のように口にしている彼に対し、若干の嫌悪感が湧き上がる。
けれど、やっている事は助かる事だ。きっとこの人は、私の事も護ってくれているのだろう。私が、お兄ちゃんの妹だから。
「俺が求めている戦力と言うのは、一言で言ってしまえば超越者の事だ。だからこそ、才を持ち、そして強い意志を持った篠澤姫乃も引き込もうとした訳だ」
「っ……目論見が外れて、残念でしたね」
「いや、どちらでも良かったんだ。今回の事で超越に至ろうが至るまいが、な。当初の目的は市ヶ谷浩介だった訳だし」
ゲームのユニットでも、扱っているつもりなのか。
そんな思いが脳裏に浮かんだけれど、私は首を振ってその考えを追い出す。
確かに受け入れがたい考え方だけど、この人は本気でそれを考えている。
そして、その考えの下に受け入れた存在を、この人はちゃんと愛しているのだろう。
それだけ真剣で、けれど認めたくは無いと思ってしまう。本当に、嫌な感じだ。
「今の状態で超越者となるか、或いは市ヶ谷英一の力を喰らい、より高い次元で超越者に至るか。どちらを選んだとしても構わなかった」
「ヒメは、超越者になんかならない!」
「それはそいつが決める事だな。お前の言葉は聞くだろうが、もう一歩踏み出せばあいつは俺たちの領域に達する。必要とあらば、それを成すだろう」
煉さんの言葉に歯を食いしばる。
その言葉が、非常に納得できてしまうものだったから。
私だから分かってしまう、ヒメはそういう子だ。
悔しげに睨み付ける私の視線を受け、煉さんはどこか苦笑するような表情を浮かべた。
そんな普通の人間のような表情に、少しだけ腹が立つ。
「ま、俺がそんな状況を自分で演出するような真似はしない。お前たちが自分から関わらない以上、厄介な状況に巻き込まれる事は無いだろう。安心しておけ」
「安心は、出来ないですね。『時限装置を解除した爆弾を置いておくから安心しろ』って?」
「くはは、言い得て妙だな」
会話をしているようでしていない、そんな感じだ。
結局のところ、私では到底及ばない。この人は超越者……あの時言った言葉の通り、私たちとは次元が違うのだ。
認識すら出来ない領域の存在に、私が出来る事なんて――ちょっとしかない。
だから、ほんの少しの意趣返しを込めて、私は苦し紛れの言葉を口にしていた。
「……お兄ちゃんに、言いつけといてやります」
「はははっ」
煉さんは、どこか楽しそうに笑う。
見た目相応の少年じみた笑みで――その人間らしい表情に、どこか違和感を感じてしまうけれど。
「そうだな、あいつには怒られるだろう。ま、気をつけておくさ……それじゃあ、壮健でな」
「……あんまり来ないでください」
「善処するよ」
結局の所、非情になりきれない私は――たぶん、一生この人の事を理解できないのだろう。
一瞬の内に姿を消してしまった煉さんがいた場所を見つめ、私はそんな事を考える。
きっと、それでいいのだ。それは認識外の、非日常の出来事で、知る必要の無いものなのだから。
「……はぁ」
空を見上げる。
あの闇に覆われていた空は、もうどこにも存在しない。
市ヶ谷さんの魂がどうなったのか、ヒメがこれから先どうなるのか。
私には分からない、知る手段なんて無い。
けれど――
「私は私の日常を、無くさない」
それだけは絶対に、忘れないようにする。
そうすればきっと、本当に大切なものは、変わらずに護り続ける事が出来るだろう。
差し当たっては――
「……さて、打ち上げに合流しますかね」
そう口にして、私は踵を返す。
これで、私の非日常の物語は終わり。もうしばらくの間、影も見たくない。
だから、いつも通りの日々に戻っていこう。
それこそがあの日、絶対に取り戻すと誓った、私の大切なものだったのだから。




