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神代杏奈の怪異調査FILE  作者: Allen
逸話の王/天秤の剣/斬神の巫女
104/108

104:逸話の王











「着いた、か……」

「うん……」



 薄暗い公園の中、二人の声が響く。

姫乃と賢司の二人は、何対もの怪異を潜り抜け、ついに塔の建っている公園へと辿り着いていたのだ。

現在のところ周囲に人の姿は無く、君が悪いほどの静寂に包まれた広場では、最早怪異の影すらも見当たらない。

その状況に、賢司は違和感を覚えて眉根を寄せる。



「ここまで怪異だらけだったってのに……どうしてここに来て全然いないんだ?」

「気配も無いね……それに、杏奈ちゃんたちもいない」

「まあ、それは仕方ないだろうけどな。俺たちが早過ぎただけだろう」



 賢司たちが最初にいた場所は、姫乃の家と喫茶『コンチェルト』のちょうど中間辺りと言った場所だったのだ。

距離としては公園に比較的近く、さらに怪異相手には高い戦闘能力を持つ姫乃の存在があった。

そんな二人だったからこそ、他の仲間達よりもよほど早くその場に到着していたのだ。

半ば予想していたのは確かであるが、それでも賢司からしてみれば、若干都合の悪い自体であると言えた。



「出来れば早めに合流したかったんだが……順調すぎたか」

「えっと……ごめんなさい」

「いや、ヒメが悪い訳じゃない。襲ってきた怪異を無視する事は不可能だったんだし、それは仕方ないさ」



 ここに来るまでに出会ったかいいは、全て人を襲うような危険なものばかりであった。

漆黒に染まった町を徘徊する怪異の姿は、まるでこの場所が怪異の住む町であるかのように感じさせる。

そしてその中を一人で潜り抜ける事が出来たかと問われて素直に頷けるほど、賢司は己の知識に対して自惚れている訳ではない。

故に、姫乃の力を否定する事は決して出来なかったのだ。



「けど、このまま進むのも危険だな。怪異の姿が無いなら皆が到着するのを待ちたい所だが、どうにもきな臭い」

「私が様子を見てこようか?」

「いや、駄目だ。危険すぎる。分かってるのか、ヒメ。相手はお前を狙ってるんだ――」



 そこまで口にして、賢司は気づく。

姫乃が今、一体何を考えているのかを。

そう考えて姫乃の表情を覗き込んでみれば、彼女は若干ばつが悪そうに視線を伏せていた。



「ヒメ……お前、ここまで来て一人で行くつもりか?」

「だって、危ないんだよ? 相手は本当に強い……訳の分からない力だけど、それだけは言える。それにきっと、相手を斬れるとしたら私だけ」

「……確かに、俺には成す術も無いかもしれない。今日ほど戦う力が無い事を恨んだ日は無いさ」



 元々頭脳派である賢司に、怪異と直接戦うような力は無い。

情報を集め、万全の体勢を整え、その上で相手を追い詰める。それが賢司にとっての怪異との戦い方だ。

しかし、今回の相手にはまともな情報など存在しないし、体勢を整える時間も無い。

相手を追い詰められるだけの手段が、賢司には存在していないのだ。



「けどな、俺は好きな女一人に戦わせて下がっていられるほど下種な男じゃないぞ」

「でも、賢司君には――」

「力は無い! けど、相手の行動から色々と予測する事はできる」



 もしも相手が怪異を呼び出すのであれば、その詳細や能力を語る事が出来る。

相手が直接戦うのであれば、その動きを見て次の動作を予測する事が出来る。

そして――



「俺がいるなら、ヒメは俺を護ってくれるだろう?」

「当たり前だよ! でも、それじゃ危ないから――」

「だから言ってるんだ。俺がいればヒメは踏み込みすぎない。無茶な戦い方をしない。後顧の憂いが無い状態だと、逆に危険なんだ」



 その言葉に、姫乃は言い返す事も出来ずに沈黙していた。

それに関しては、姫乃自身にも自覚があった為だ。

姫乃の戦う理由は、あくまでも『護る為』。それ故に、近くに仲間がいるのならばそれを護る。

そして仲間がいない状態で敵と相対するならば、これ以上仲間に累が及ばぬよう、何が何でもその危険を取り除こうとするだろう。

この場においてそれは危険だと、賢司に指摘されてしまったのだ。

言葉と言う点において賢司に勝てる部分を見つけ出す事ができず、姫乃は奥噛みする。



 ――思いの強さとは即ち力の強さ。この力においてそれは不変だ。近くにいれば護りたいと言う思いも強くなるだろう。


(強く思うために賢司君を危険に晒すなんて、そんなのは間違ってる!)


 ――だがこの場に置いて行っても危険な事に変わりは無い。今は怪異がいないとしても、いずれ現れる可能性はある。



 脳裏に響く声はどこまでも正論で、姫乃は言い返す言葉を失って行く。

この声が一体何を求めているのか、一体どこへ導こうとしているのか――姫乃は、半ばそれを理解していた。

そしてその導きに対して、若干己の意志が揺らぎ始めてきていることも。

本来ならば、姫乃の意志は揺らぐ事などありえない。それほど強固に、大切なものを護りたいと思っているのだから。

けれど今は、その護るものの為に出来る事を模索している状況だ。

相手を護る為にどんな自分で在りたいのか――姫乃は未だ、それを模索している最中なのだ。



(私は――)


 ――まあどちらにせよ、あまり差は無いがな。お前たちは最早踏み込んでしまっている。



 響く声に、顔を上げる。それは一体どういう事なのかと、そう問いかけようとして――世界が、鳴動した。



「なッ!?」

「ぅ、あ……!?」



 放たれる巨大な重圧。

空が落ちてきたかのような、上から押し潰されるような、そんな凄まじい感覚。

それに必死に耐えながら、姫乃は何とか視線を上げた。

見上げるものは、漆黒の時計塔。歪み、捩れ、絡み合う謎の建造物。



 ――この異界は奴の体内。存在の内側に持つ世界。そこにある以上、どこにいようが同じ事だ。



 気付いてしまう。姫乃も、賢司も、自分達が今まで勘違いしていた事に。

二人はこれまで、逸話の王たる市ヶ谷英一を探し出し、止めればいいと考えていた。

言葉で止まるのか、それとも戦う事になるのかまでは想像していたが――相手は人間であると思っていたのだ。

だからこそ、あの塔のどこかに彼の姿があるのだと、そう考えていた。



 ――そも、領域が違う。蟻と象? そんなものはの違いでしかない。



 蠢いている。塔の表面が、捩れた何かが、絶えず蠢き歪んでゆく。

それは――無数の怪異の姿だった。

大きさも形も無視して、数え切れないほどの数の怪異が無茶苦茶に固められている。



 ――お前たちは絵の中の兵士が銃を向けていたとして、それに脅威を感じるか? 文字通り次元・・が違う。



 この場に怪異がいないのではない。全ての怪異がそこにいるのだ。

そしてあの塔こそが――市ヶ谷英一、そのものなのだ。

姫乃は気付かされる。今まで見てきたものは、氷山のほんの一角に過ぎなかった事に。



「そんな……!」



 あまりにも違いすぎる。今まで自分が口にしてきた言葉が、戯言にすらなっていた事に気付かされてしまう。

そんな事実を突きつけられ、姫乃が感じていたのは――絶望ではなく、純粋な怒りだった。

ふざけないで欲しい、そんな歪な力で、これまでの努力を否定するのか――と。



 ――超越者を倒せるのは超越者。それ以外が傷つけるなどほぼ・・不可能だ。



 響く声に、姫乃は歯を食いしばる。

どんな業も技術も通じないと言う事実は、姫乃にとっては認めがたいものだったから。

今までの努力は全く意味を成さないのだと、そう突きつけられているようで――



「ヒ、メ……早く、逃げるぞ……!」

「け、賢司君!」



 そんな時、姫乃は賢司に手を握られ我に返っていた。

賢司は凄まじい重圧の中、それでも必死に身体を動かし、姫乃をこの危険域から連れ出そうとする。

力など理解できぬ彼であったとしても、この場にいれば詰みである事は理解できていたのだ。

金縛りと言うのも生ぬるい、指先一つ動かせぬような重圧の中で、それでも大切な恋人の為に必死に身体を動かして。



 ――友情、愛情。大いに結構だ。人の想いの源泉とは他者への感情である事が大半だからな。

 ――お前はその思いを抱く相手を護りたいと願った。

 ――お前は積み重ねた努力を否定させないと言う価値観を抱いた。


 ――それを貫く為に、お前はどう在る?



 逃げ場などあるのだろうか。姫乃の脳裏に浮かんだ疑問は、一瞬でその思考を支配する。

流れ込んでくる意志から、この異界の正体を僅かながらに理解していたためだ。

この世界と、視界の中にある黒い塔。それらを含めて、全てが市ヶ谷英一と言う存在なのだと。

異界の中にある以上、どこに行ったとしても彼の力の領域内。

逃げられる筈も無い。無限に渦巻く汚泥のような怪異達は、どこまでも追い続けるだろう。



 ――So notwendig wie die Freundschaft ist nichts im Leben.



 それでも、この場にいるよりはマシだ。この巨大すぎる重圧から逃れたい。その感情は確かにあった。

けれど、燻る怒りがその足を鈍らせてしまう。

否定されたくない、認めたくない、自分の力が通じない事が許せない。



 ――Freundschaft ist eine Seele in zwei Körpern.



 技量で負けているのであれば認められる。

同じ土俵で戦って打ち負かされるのであれば、その敗北を受け入れられるであろう。

無論仲間が傷つくことは認められないが、それを自身の敗北であると考える事はできる。



 ――Freundschaft ist Liebe mit Verstand.



 けれど、こんな訳の分からない力に敗北するなど認められない。

戦ってすらいない。護ろうと足掻く事すら出来ない。自らの全てを否定され、奪われる。

それだけは認める訳には行かないと――姫乃はこの時、初めて激しい敵意と言うものを知った。

相手は遥か上の存在、勝てる道理など欠片も存在しない。

それでも尚、相手の事を許せないと、そう思ってしまったのだ。



 ――Liebe ist der Wunsch, etwas zu geben, nicht zu erhalten.



 今まであらゆる物を奪ってきた事に対するものではない。

市ヶ谷浩介と言う、多くの人に愛されていた人を殺した事に対してでもない。

姫乃はただ、己自身が否定されると言う事に対して、怒りを覚えていたのだ。

その身勝手な怒りは、自分本意な感情は、今までの姫乃には存在しなかったもの。



 ――Unser Leben ist das, was unsere Gedanken aus ihm machen.



 ぼとぼとと、汚泥の塊が落ちてくる。

それは次々に地面に広がり、その中から怪異を生み出してゆく。

逃げなければ殺される。だと言うのに、姫乃の身体は怒りに固まっていた。



 ――Der sensible Mensch leidet nicht aus diesem oder jenem Grunde, sondern ganz allein, weil nichts auf dieser Welt seine Sehnsucht stillen kann. Geh deinen Weg und laß die Leute reden――



「ヒメ、早く――!」

「だったら、私は」



 あらゆる声も、殺気も、全てが無意味なモノと化す。

大切な人を護りたい、そのために必死に努力を積み重ねてきた。

だからこそ、その努力だけは――憧れの人に近付く為に、そして誰よりも愛する人を護る為に必死に振るってきた剣だけは否定させない。

今、価値ある全てを護る為ならば――



 ――Der Mensch ist das Modell der Welt――


「例え全てが変わってしまったとしても、全てを護れる私で在りたい」



 殺到してくる怪異たち、その中心で剣を握り締め、自らに足りぬ総てを補おうと眼を見開く。

その先に在る存在へ、逸話の王へ、自らが積み重ねた剣を届かせるために。

嘲笑う声が示す領域へと、足を踏み入れようとする。



 ――Übermensch――



 そして、この異界と同じ、己の総てを叫ぼうとして――



「止まりなさい、ヒメッ!」



 ――鈴の音が、響き渡った。





















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