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「16:哀状フィクション。」と「17:潰楽エンターテイメント。」と「18:愛胎リバーサイド。」と「エピローグ」

 16:哀状フィクション。


 ヒサに渡された地図を左手に、彼女の家を目指す。変装の為に身体中に包帯を巻かれて何だか気持ち悪かった。ついでに右目に治療眼帯をつけている所為で上手く距離感が測れない。と言うか包帯の巻き方も適当だしギブスとかもつけてないしこれで本当にバレないのだろうか。それをヒサに聞いたら「大丈夫、お母さんテキトーだし」と満面の笑みで答えられた。意味分かんねー。

 到着したヒサの家は私の家と同じようなマンションで、ついでに号室まで一緒だった。いくらドッペルゲンガーと言えどもそこまで一致するモノなのか。もしかして母親の顔まで一緒だったりして。……一緒だった、マジで笑えねえ。

 出来るだけ明るく無邪気な声と笑顔を心がけて言った「ただいまー!」は、けれど冷たい目で私を睨む母親には届かずに行き場を失くして掻き消えていった。違和感。果たしてこれが本当に優しい家族の反応だろうか? お母さんの目を思い出す。男に「こいつ犯していいわよ」と言った時のお母さんの目。あれと同じ。

 頭に焼けるような痛みが走る。自分の身体が引きずられ始めて、ああ今のは髪の毛を掴まれたんだ、と気づいた。そのまま今まで引きずられて、まるで放り投げるかのように放り投げられた。頭を壁に強く打ち付けて呻く。

「え?」

 滲む視界の端に見えた仏壇。嫌な予感がして、涙を拭う。仏壇にはユリと同じ顔をした誰かの写真と若い男の人の写真が置かれていた。嘘。嘘。嘘。あの記憶の中の父親の顔。いつものっぺらぼうのまま再生されていたあの顔。それが目の前にあった。

 身体の痛みを無視して立ち上がり、ヒサの部屋らしき一室に駆け込む。目に飛び込んできたその光景に、思わず笑ってしまった。一緒、私と一緒。床に敷かれた絨毯は所々が赤黒く染まっていて、机の上には注射針と駆血帯が無造作に置かれている。あいつが言っていたことがすっかり嘘だったって、今さらに気づいた。うちの家族、優しいし。きっと楽しいよ。優しいし。楽しいよ。なんて。

 私はヒサの瀉血道具を引っ掴んで家を飛び出した。


 +++


 17:潰楽エンターテイメント。


 いつもなら喧騒に溢れている街は何故か静まり切っていて、人の気配と言うモノが微塵も感じられなかった。その静謐の中を走る、走る。あいつがいる場所は大体見当がついていた。あの公園でも無い、私の家でも無い。ヒサにとってそのどちらもが既にどうでもいい場所になっているだろうから。

 裸足で飛び出して来たから足の裏に何か色々刺さって痛かったけれど、カラダの痛覚なんて意識しなければシャットダウン出来る。今まで私が耐えてきたココロの痛みに比べれば、にきびを潰した程度の痛みさ。

 両足で交互に地面を蹴りながら、今までヒサがあのあどけない声で言ってきたことを思い返した。例えば初めて喋ったあの時、彼女は自分が車に轢かれかけたことを「轢かれ損ねた」と言ったこと。それはきっと彼女なりの冗談だろうとか思っていたけれど、違ったんだ。

 一緒に食べようと思って、とか言いながら私におにぎりを押し付けたあの時だって、ヒサの鞄の中に入っていたおにぎりは一つだけだった。あの時はそれどころじゃ無かったけれど、今落ち着いて考えてみればすぐに分かる。あいつも私と同じ。私はあいつと同じ。だって、ドッペルゲンガーだし。

 丁度扉が開いて人が出てきたエレベーターに駆け込んで最上階のボタンを押した。人差し指に痛みが走る。突き指。でもそんなこともどうでもいいさ。どうでもいいんだって。私だってもう年頃の女子何だから指の一本や二本折れてるくらいが丁度いいって。意味分かんないけど。

『死ぬならねー、あっこのビルがいいなー。』

 意味分かんないけどヒサはきっとあの時ああ言った通りにこのビルから飛び降りて死ぬつもりに違いないんだ。


 ぽーん、と言うのんきな音が響いて、エレベーターは最上階へ到達した。私は開きかけのドアに肩をぶち当てながら飛び出す。屋上に行く階段はどこ? どこ?

「あった」

 普段なら進入を防ぐ為に閉じられているであろう扉は、けれど今は開け放されていた。屋上から冷たい風が吹き込んでくる。クソ、クソ。死んじまえ。死んだらぶっ殺すから。私は矛盾だらけの悪態を吐きながら、向こう側へと繋がる階段を駆け上った。


 +++


 18:愛胎リバーサイド。


 浅くて激しい息を吸いながら吐きながら、屋上を見回す。そこには誰の姿も無かった。体中から力が抜けて行く。足ががくがくと震えて立っていられなくなった。失禁とかしちゃいそうなくらいの脱力感と虚無感。

「どうして…。」

 なんて呟いてみるけれど、そんなの全部分かってる。

 何故彼女が死を選んだのか。そんなの生きていられないほど辛かったからに決まってる。きっとあいつは私やユリなんかよりもよっぽど酷い目に合いながら生きてきた。だからあんなに歪んでしまったんだ。あんな歪んだ笑顔を浮かべるようになったんだ。恨む相手を失って死ぬのと恨み憎しみに包まれて死ぬの、どっちがマシなのかは知らないけれど、どちらにせよユリも、ヒサも、そしておそらくヒサの姉も、自ら死を選ぶしか無かったことは変わらない。

 そして何故彼女が今ここにいないのか。そんなの、もうこっち側にいないからに決まってる。


「落ち着かなきゃ。」

 深呼吸、深呼吸。けれどそれでも一向に気持ちは治まらない。ふと、ヒサの瀉血道具を持って出てきたことを思い出した。そうだ、瀉血。あれで心を落ち着けよう。

 駆血帯で二の腕の辺りを縛って、腕の血管に針を刺す。焦っている所為か、何度も失敗して無い出血だらけになりながら6回目くらいでやっと血管を捉えた。針の先から血が溢れ出て来る。身体の中から温もりが逃げて行く感覚。

「あーあー、またやってる。って言うか死ぬ前にって思ってトイレ行ってる間に追いつかれるとは思って無かったよ。」

 私は耳を疑った。幻聴でも聞いてるんじゃ無いだろうか、なんて思った。どうして、と再び呟いた。振り向くと、そこには確かにヒサがいた。いつもつけている眼帯は外されていて、前髪の間から覗いている眼球は、目を逸らしたくなるくらいに潰れていた。

「その目……」

「ああ、これ? 昔にお母さんに潰された。と言うか私の身体の傷、8割方はお母さんの所為だから。」

 ヒサは、さも何でも無いことかのような軽い口調でそう言った。きっと彼女にとってはそれが普通なんだろう。私にとって自傷行為が当たり前であったように、ヒサにとっては母親に傷つけられることもまた当たり前。

「……生きていたら、いいことあるよ。」

「あのお母さんを見てまだそんなことが言えるの?」

「それでも、きっとあるから」

「いいことあるまで生きてなきゃいけないんだったら死んだ方がマシだってば。」

 ヒサはおどけた調子でそう言っていきなり走り出した。その先にあるのは、腰くらいの高さしか無いフェンス。そしてその向こうに広がるのは。ヤバい。慌てて立ち上がって追いかける。コンクリートの地面を蹴って埃を撒き散らしながら、もう一人の私を救う為に。でも救うって何だろう。ここで彼女を死から掬い出したところでどうせ家に帰ればそのうちヒサは殺されるに違いない。殴り殺される、蹴り殺される、刺し殺される、絞め殺される。それに比べたら、ここで潰れた方がよっぽど楽なんじゃ無いだろうか。墜落、潰楽。でも、もうそんなふうに迷っている時間すら無いんだ。

 フェンスに手を掛けてそのまま飛び越えようとするヒサ。飛びつくようにその腕を掴む私。

「……何で邪魔するのさ。」

 間に、合った。私の手のひらの中にはしっかりと包帯だらけの腕が握られていて、ヒサはフェンスの向こう側で宙ぶらりんになって揺れていた。ついでに解けかけの包帯が風に吹かれてゆらゆらと揺れている。ゆらゆら、ゆらゆら。

「死ぬなよバカ」

「死ぬよバカ」

 恐ろしく子供っぽいやり取りに、思わず私は笑った。ヒサも揺れながら笑っていた。あれか、人間死ぬ前は童心に戻りたくなるって奴とか?

「私がどんな人生を送ってきたか、何となくは分かったでしょ。あのお母さんを見れば。」

「分かったよ、サイテーな人生だって。お疲れ。そしてこれからもよろしく。」

「……私が死んじゃ駄目な理由って何?」

「あんたが死んだらわたし死ねねーじゃんかバカ!」

 超子供っぽく叫んでみた。今の私なら対象年齢三歳以上って言うラベルを貼っても違和感が無いくらいガキっぽいと思う。そこらの野郎にゃ真似出来無い幼さ。どうだ恐れ入ったか。けれどヒサは呆れたような顔で「それだけ? 私が死んじゃダメな理由って。」と笑った。恐れ入ってくれよ、少しくらい。

 ヒサの顔に、私の腕からどくどくと溢れ出る血液が滴っていた。ぽとぽと、ぽとぽと。

 私は、サヤカさんに渡された便箋を見せようか、と少し悩んだ。「ホントは自殺した時か娘に殺された時に渡してくれって頼まれてたんやけどね」と言いながら渡されたあの手紙。これを見ればヒサもを母を恨むのをやめてしまうかも知れない。けれど「こんなの嘘っぱちだ」と言って信じないかも知れないし、信じたところでそのまま自殺完遂、と言うのもありうるのだ。ユリのように。 

 私はやっぱりやめることにした。きっとこれはヒサが自分で気づいて、そのうえでどう生きて行くか決めるべきことだ。それにこの手紙は私の、私とユリだけの宝物だから、ヒサなんかに見せるわけにはいかないんだ。

 私はヒサの潰れていない左目を見つめながら「多分これで全部。」と答えた。

「お前私を死なせない気、ある?」

「今はあんなしょーも無い理由しかねーけどな、あんたが死んじゃいけねー理由なんて後から後からポンポン出てくんだから、出てくるに決まってんだから死ぬんじゃねえよバカ!」

 私は喉を壊すくらいの大声で叫んだ。ヒサだけじゃ無い、私だってそう。死ぬんじゃねーよ。いくらでも死にたくなるだろうけど、それでも死ぬんじゃねーよ。ユリだって、ヒサの姉御だってそう! 死んでどーすんだよ。お前らが死んだあとにはこんな辛さしか残ってねえんだよ。責任取れんのかこの野郎。

「キリに何が分かるのさ」

 私とは正反対に落ち着いた声でヒサがそう呟いた。けれどその手は、しっかりと私とフェンスを握り締めていて。

「何にも分かんねーけどあんたが泣いたらその涙全部飲んでやるよ。」

 私が不慣れな満面の笑顔でそう言うと、諦めたように溜め息を吐いて、それから「笑えて無いって」と言う突っ込みを入れてながらヒサの身体はフェンスのこちら側へと戻ってきたのだった。


 ***


 いつもの如く学校をさぼって、私はあの公園の滑り台で仰向けになって寝ていた。勿論真っ昼間から星が見えるわけも無い。マジックマッシュルームの効能が切れた所為か、目を瞑ったところで瞼の裏に星が映ったりするようなことはもう無かった。そして、もうヒサの声が聞こえることも。


 あの後、つまりヒサをフェンスから引き離して地面に叩きつけた後、私はとりあえずヒサを納得いくまで殴ってから「私はあんたであんたは私なんだから、何かあったら頼りにこいよ」とかカッコイイ台詞を吐き捨てて逃げ出したわけだけれども、その三日後に何だか寂しくなって私はヒサの家を訪ねることにしたのだ、が。彼女に渡されていた地図の通りに歩いて到着したのは私の家だったのである。まごうこと無きマイホーム。いくらドッペルゲンガーだからってこれは舐めてるんじゃ無いのか。流石に自分の家かどうかくらいの区別はつくっての。

 とにかくこうして私はヒサとの連絡手段を一切失ってしまった。今手元にある痕跡と言えば無理矢理につけさせられた包帯及び眼帯の残骸くらい。ヒサの世界と私の世界を繋ぐには少し頼りないものばかりだけれど、私が心の奥にしまっておくのにはぴったりな大きさだから。


 ところで、サヤカさんに渡された手紙にはお母さんのあの可愛らしい筆跡でこう書かれてあった。

「死んでもずっと死ぬ程愛してる。私の大切な娘たちへ」

 そのお母さんは、入院した二日後にあっけなく死んだ。何か腎臓がイカれてたとか肺に水が貯まってたとか脳から出血があったとか色々重なった末に死んだ。誰ひとり見届ける者はいなかったそうだ。お母さんらしい、と言うか。きっとそれで良かったんだと思う。一人でひっそりと死んでゆくのが彼女にとっての一番の幸せだったんじゃ無いだろうかって思うから。


 とにかくヒサは本当に小さなゴミを私の心に載せやがってそのまま消えた。お母さんは私の心を包む温かな毛布のようなモノを残して死んだ。だから私は、そのゴミをしっかりと持って毛布にくるまりながらこの人生を生き延びて行か無ければならないんじゃ無いだろうか。と怯えた。たまに死にたくなっても、私が死んだらヒサが死ねないから我慢しましょう。それに今頃きっとお母さんとお父さんとユリの三人でわいわいやっているところでしょうし、そこに私が乱入したら怒られるに違いないから我慢しましょう。我慢しましょう。我慢しましょう。

 やってられるか! と悪態を吐いたところでどうしようも無いわけで、私は死ぬまでずっと死ぬ程生きて行かなきゃならないんだ。ファック。けどそんな人生も悪くは無い。悪くは無いぜ。


 私は立ち上がって伸びをした。貧血でゆらゆらしながらもしっかりと睨みつけたその空は文句の一つもつけれないような見事な青空で、心配なんて何も無いのだった。

ダサいので本当はやりたくないのですが、サブタイトルの意味。

・哀状フィクション。

  ヒサが語っていた愛情はフィクションで、本当は哀しい状況でした。

・潰楽エンターテイメント。

  墜落して潰れたら楽になれるし結構エンターテインなイベントだよね。

・愛胎リバーサイド。

  フェンスの上で相対している様子はまるで三途の川のほとりにいるみたい。そしてここから二人の間に友愛が胎児のように生まれてゆくのです。



と言うことでショーも無いこだわりを晒している内に瀉血デイズ、完結でございます。楽しんでいただけたでしょうか。

点数付けて頂けると泣いて喜びます。感想欄に感想頂けると泣いて喜びます。お気に入り登録なんぞして頂いた折にはもう嬉しすぎて統合失調症になってしまうかもしれません。是非是非よろしくお願いいたします。


あとこれからの立花凛もよろしくお願いします。

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