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「12:エンドクロール。」と「13:ヘイトフループ。」と「14:ケンプファッカー。」と「15:ロストリガー。」

 12:エンドクロール。


 寒い。ワイシャツとスカートだけしか身に着けていない所為で冬の寒さが身体の芯まで忍び込んできて、私はぶるりと震えた。そしてこれから行くところなど無いことを思って泣きそうになった。

 白く曇る息。何も考えずに踏み出した足は、確かに家を目指していた。帰りたく無い筈の家を。結局、いつだってそう。いくら私が嫌だと思ったところで帰るところはあそこ以外に無くて、頼る相手はあいつ以外にいない。いつだってそう。

 きっとユリはそれを知っていたんだと思う。生きている限り自分はあの家であの女に寄りかかっているしか無いと言うことを。それが死んだ理由の全てだとは思わないし、頭をぶち抜くきっかけみたいなものは他にあったに違いないと思うけれど、きっとそう言ったどうしようも無いことがいくつも重なってどうしようも無いくらいどうしようも無くなって死んだのだろう、と思う。今なら少しだけ彼女の気持ちが分かる。そんな気がした。

 けれど私に死を選ぶ度胸なんてある筈も無くて。


 家の中には人の気配が無かった。この時間ならいつも母がいる筈なのに。不思議に思いながら居間を覗く、台所を覗く、母の部屋を覗く。誰もいない。トイレにいるわけでも風呂に入っているわけでも無いのは、灯りがついていないのを見れば明らかだった。

 別におかしな話では無い。あいつが出掛けていたって全く不思議ではないのだ、今までそう言うパターンが無かっただけで。ひたすら何度も家の中を探し回ってからそう気づいて溜め息を吐いた。その時ふと私の――私とユリの部屋に誰かがいるような気がして、私は急いで自分の部屋の扉を開けた。華やかな匂いが鼻腔をくすぐる。ユリのような香り。

「誰も、いない。」

 今日の私は本当にどうにかしている。正常じゃ無い。

 だから机の上に置かれていたメモ書きを見て酷く動揺してしまったのも、きっと何かの間違いなんだ。だって、ほら喜ぶべきことに決まってるし。


 母親が病気で倒れた、だなんて。


 +++


 13:ヘイトフループ。


 そのメモはどうやら母の男が書いたものらしく、達筆な文字で母が倒れたこと、相当ヤバくて助からないかもしれないこと、そして運ばれた病院の名前と住所が書かれていた。そして最後に「出来れば来てやってください」と、小さな文字で。

 誰が行くものか。私が今までどれ程あいつに虐げられてきたと思っているの? そのまま死んでしまえ。私は心の中でただひたすら母に対する呪詛の言葉を連ねた。誰が、誰が、誰が行くものか。死んでしまえ、死んでしまえ。あの世でユリに詫びろ。

 けれど身体は心に反して何度も玄関へ向かおうとする。その度に堪えて堪えて、でも堪え切れなくて身体が痙攣した。どうして。あいつなんて大嫌いなのに、どうして。

「ああ、そうだ。死なれる前に一発殴らなきゃ。」

 私は病院に様子を見に行く理由を見つけて、家を飛び出した。


 駆け付けた病室には意識が無いらしい母が寝かされていて、その横に母の男と、もう一人、知らない女の人がいた。その知らない女の人は部屋の入り口で立ち尽くす私を見てにこりと笑った。

「ああ、来てくれたんね。」

「あの……どなたですか?」

 脳内を引っ掻きまわして記憶を辿っても、目の前の女性に該当する知り合いはいない。と言うことはきっと母の知り合いに違いない。

「あーあたしは、何て言うかな、そこで寝てるキミの母さんの妹的な。」

 私は絶句した。母に妹がいるなんて全く聞いたことも無かったから。と言うか、あの母に家族と言うモノが存在することが信じられなかった。普通に考えれば家族がいない筈は無いのだけれど。

 母の妹、と名乗った女性は凍りついた私を見てまた顔を綻ばせた。少し意地悪で悪戯っぽい笑顔。私と母には欠如した豊かな感情。恨む感情だけならきっと圧勝だけど。

「妹っても血の繋がった妹とかじゃ無くて妹分みたいなもんね。中高一貫の女子校に通ってた時に美術部の先輩後輩やったんさ。姉御にはすっげー可愛がってもらったんだけどね。姉御が高一であたしが中三の年の冬に全然喋って貰えんくなって今に至る。あたしはずっと姉御のことを好きやったから絡みに行ってたんやけど無視され続けてねえ。切なかったぜ。」

 そう語りながら母を見つめるその目はおどけた風に歪んでいたけれど、その奥に潜む寂しさみたいなモノを感じて私は切なくなった。想う人に裏切られる哀しさは私も知っているから。何も食べられなくなったあの日のあの気持ち。世界が真っ暗になって足下の地面が無くなるような不安と恐怖。

「何があったんですか、その時に。」

「姉御の実の姉が自殺したんよ。エンコーが学校にバレた翌日に。」

 目の前が真っ白になると言うのはこのことだ、と私は他人事のように思った。偶然にしてはあまりにもよく出来た話すぎる。いや、逆か。あまりにも酷い話。哀しみと憎しみは繰り返す。ヘイトフル・ループ。

「今のキミが、あと一年前までのキミの姉さんがどんな生活を送ってきたのかは大体知ってる。けどね、それを同じ生活を姉御も送ってきたんよ。父親に早く死なれて、母親にボロボロにされて。違うのは、姉御はキミの倍近くの年月そう言う思いをして来たってこと。」

 それから彼女は深呼吸をしてから、私の目を強く見つめて言った。

「許してあげろとは言わないさ。けどね、これはあたしからのお願いなんやけど、キミが姉御を支えてやって欲しい。姉御も、寂しい人なんよ。」


 +++


 14:ケンプファッカー。


 母の男も帰って、母の妹分だったサヤカさんも帰って、病室には私と母の二人きり。病室の中はエアコンから排出される生温い空気で満たされていて、頭がガンガン痛んだ。ついでに視界までぐるぐる回り出してこれはもうエアコンの所為じゃ無いんじゃ無いだろうかとか思ってしまう程に吐き気がした。

 母は苦しそうに目を瞑ってピクリとも動かない。今きっと三途の川辺りで身体を売っているんじゃ無いだろうか。それか閻魔大王に身体を捧げて地獄行き回避とか。まあ何にせよどうせサイテーなことをやっているだろうからどうでもいいや。

「どうでもいいや。」

 声に出してみる。どうでもいい。このクソババァのことなんてどうでもいいから私はさっさとこの空気の悪い病室を出て家に帰るべきなのに、どうして身体が動かないんだろう。

 母の顔を見つめてみる。こうやってじっくり見るなんてずっと無かったから気づかなかったけれど、いつの間にか美しい母の顔は酷くやつれていて、目の下には濃い紫色のクマが住みついていた。

 母はいつも戦っていた。私には母親が一体何と戦っているのか分からなかったし、きっと母親自身も分かっていなかったんじゃ無いだろうか、と思う。分かっていればまだ勝算はあったのだろうけれど、現実はこうして負けて意識不明の重体だ。私はいつも母親と、その血と戦ってきたからこうやって生きてこれたけれど。

 さっきサヤカさんに渡された便箋を右手で握り潰した。

「そのまま騙していてくれれば私はあんたを恨んでいるだけでよかったのに。」

 涙が頬を這う感触。私は泣きながら、お母さん、と呟いた。


 +++


 15:ロストリガー。


 フラフラと病院から脱出して、フラフラと行くあても無く歩く。もう人生の行くあてなんて欠片も無いって、ねえ。恨む対象すら失くしてどうやって生きて行けば。ユリが死んだ理由の最後のピースが埋まったのを感じた。全部分かったよ、無気力だらけのユリがトリガーを引いたそのわけが。これでお母さんが死んで私も飛び降りか何かで死んだら向こうでは上手くやっていけるのかな?

 クラクション。気がつくと横断歩道の真ん中で立ち尽くしていた。這いつくばるように車道から抜け出す。ぐるぐる、ぐらぐら。脳味噌が頭蓋骨のなかで暴れ回っているみたい。ふらふら、ふらふら。ヒサの声。気がつくと公園の真ん中でうつ伏せに倒れていた。内臓を吐き出すように嘔吐する。ぐるぐる、ぐらぐら。脳味噌ごと吐いてしまいたい。

「酷いことになってるねえ」

 ヒサはころころと笑いながら面白そうにそう言って、くるくる、くるくるとバレエを踊るように回り出した。

「ねえ、いい提案があるんだけど。」

「……何?」

「今からちょっと入れ替わってみない?」

 思考が停止した。ついでに脳味噌も停止して、ぐるぐるぐらぐらと吐き気が治まる。

「ねえ、いいでしょ? うちの家族、優しいし。きっと楽しいよ。」

 その選択肢を選んじゃ駄目、と誰かが叫んでいるような気がした。それは逃げでしかないから。ユリの死も、お母さんの想いも、全て無駄にしてしまうことになるから。それは駄目。駄目。

 私は引鉄を引くように口を開いた。

「いいよ。」

 口を開いて、全てを捨てた。

自らを虐げる存在に頼って生きてくしか無い絶望。恨みを糧に生きてきたのにその恨む対象を失った時の空虚。そう言うノリ。


今回はサブタイトルを英語二つを合わせた感じに統一。ケンプファはドイツ語だろとか突っ込まないでください。


感想とか点数とか頂けると泣いて喜びます。


多分次で完結です。


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