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「4:染色体の勝利、私の敗北。」と「5:包帯ラヴ。」と「6:神は逆立ちすると犬になる。」と「7:おむすびげろりん。」

 4:染色体の勝利、私の敗北。


 母は美人だ。無駄に美人だ。多分男だったら皆、すれ違った後振り返ってしまう程に美人だ。きっと父もその一人だったに違いないと思う。そしてそのまま惚れてしまったんだろう、愚かなことに。だから二人は結婚して、父は死んでしまった。

 当時の記憶なんて勿論ほとんど残っていないけれど、一つだけ、脳の奥で遠慮がちに佇んでいる映像がある。燃える車の中で私とユリが泣いていて、父は頭から血を流しているのだ。そしてその身体を叫びながら揺さぶる母の姿。父が死んだ時どんなだったか、親戚の人に聞いても皆口を濁すけれど、きっとこの記憶は事故のメモリーなんだと思う。ただこの記憶にもおかしな点が二つあって、ひとつは父の顔がいつものっぺらぼうのまま再生されること、そしてもうひとつ母が父を揺さぶりながら泣いていること。もし本当に彼女にそんな人間らしい愛があったなら、私だってもう少しまともに育っていたさ。


 母は美人だ。無駄に美人だ。そしてその顔立ちは残念なことに私にも引き継がれていた。とか言ったらまるで自意識過剰みたいだけれど、どう見たってそっくりなんだから仕方無い。その所為で小学生の時から何人もの男子に告白なる行為をされてきた。多すぎてもう数えるのもやめてしまう程に。

 だけど、年を経るごとに美しくなっていく自分の顔が、死ぬ程嫌いだ。だんだん、美しく、醜い母の顔のようになっていく。その内性格まであんな風に真っ黒にすすけて穢れてしまうように思えて、いっそのことあり得ないほど地味な顔に生まれたかった、なんて。母親のスタイルの良さが私に引き継がれていないことだけが唯一の救いである。胸、無いし。

 そしてユリもまた美しかった。ガリガリに痩せてもなお男どもが彼女の身体を買ったくらいに。

 けれど母親には全く似ていなかった。母親の様な妖艶な美しさではなく、ただただ清楚な、野原にワンピース姿で立っているのが似合うような真っ白な美しさだった。

 私は許さない、あの美しいユリを男に何度も穢させ、ぶっ壊した母親を。



+++


 5:包帯ラヴ。


「いちいち帰ってこなくていい。つうか帰ってくんな、むしろ死ね。保険が下りるから。」

 マンションの1017号室つまり我が家のドアを開けると、そこにはハイヒールを履いている母親の姿があって、その女は私の顔を見た瞬間顔を歪めて憎々しげにそう言った。歪めてもなお美しいなその顔がイラっとくる。と言うか実際ユリはこいつの所為で死んだわけだから洒落にならない台詞だぜ。そう言えばユリが死んだ時って、どのくらい保険下りたんだろう。自殺だったら下りなかったりしないのかな。どうでもいいな。

「ヤりに行くの?」

 母親は煌びやかな服に身を包んで、しっかりと化粧をしていた。もともと美しい彼女をさらに昇華させる化粧。その妖艶な雰囲気で、何と無しに母親が今から男に抱かれにいくことが分かった。金と引き替えに自らの身体を捧げるなんて、バカじゃないの。

「あんたの為に稼いでんのよ。あんたもさっさと金稼ぎな、女子高生で処女なんて死ぬ程高く売れるわよ。」

 鼻をふんと鳴らしながらそう言う母親は本当に死んでしまえばいいと思う。

「私は絶対にあんたみたいな女にはならない。」

 そう吐き捨てて、靴を脱いで玄関から上がった。すれ違いざまに母親がバカにしたような声で「何言ってんの」と笑った。

「年食うごとにあたしそっくりになってる癖に。」

 私は心に纏わりつこうとするその呪詛を振り払って、いや実際のところ振り払えずに吐きそうになりながら、さっき会ったもう一人の私のことを思い出していた。あの轢かれかけた包帯女。あとギブスもつけていたような気がする。あいつ、本当に私とそっくりだった。死ぬ程そっくりだった。もしかしてドッペルゲンガーって奴なのだろうか。そうだったとしたらどっちか死ななきゃならんわけだ。私は死にたくないから今度会ったらあいつを殺すことにしよう、よしそうしよう。なんちって。

「って言うかそっくりすぎて気持ち悪かった。」

 何が気持ち悪いって、アレだ、私の顔で照れ笑いなんかするなよマジ気持ち悪い。私の顔で許されるのは無表情と仏頂面とブチ切れ顔と自傷中の弛緩した笑顔だけなんだって。

「こんな感じだったっけ?」

 真似をして、にぃ、と笑ってみる。「いてて」頬が攣った。笑うって意外と高等技術なのな。まあ練習する必要も無いよね、使う機会が無いし。えへへ。あ、また頬が攣った。

 

+++


 6:神は逆立ちすると犬になる。


 神様が嫌いなわけじゃ無い、とユリは言った。確かそれは、彼女が生ける屍になって随分経った頃、確か死ぬ一カ月程前のことだったと思う。その頃にはもうユリの声を聞く機会などほとんど無かったから、私は耳に安ピンでピアス穴を開けようとしていた手を止めて、神経を彼女の声に集中させた覚えがある。中途半端に刺さった針が少しだけ痛かったような覚えも。

「神様が嫌いなわけじゃ無い。」

 ユリはもう一度そう繰り返して、それからまた何も喋らなくなってしまった。けれど声を発している時の彼女の表情は珍しく感情を含んでいて、その感情は、いまだにどんな感情なのか確信に至ってはいないけれど、ただとにかく切迫した何かだった。

 きっとユリは神様が嫌いで、だけどそんなんじゃあまりにも救われないから、わざと逆のことを呟いて、神様を、そして世界を愛そうと努めているのだ、とその時の私は思った。けれど、今あの時のユリの顔を思い返してみればそんな感じでは無かったような気がするのだ。無理をして嘘を吐いている、と言うよりかは、神様を嫌ってはいないと言うことを口に出して誰かに伝えておかなければいけない、と言うような。

 けれど、普通に考えて彼女は神様を恨まなければやってられないような状況にいたわけで、と言うか私はもうすっかり神様と言うモノを恨んでいるわけで、ならどうしてユリはあんなことを言ったのだろう。それがいくら考えても分からないのだった。ただ何と無く彼女はおそらくあの時既に死ぬことを決めていて、だからこそあの言葉を言ったのではないかと言う気がするから、いつかその真意を理解して、受け止めてあげなくてはならないと思うのである。そして、それが果たせたなら私はきっと彼女が死んだ理由を知ることが出来るのだ。辛い世界からの逃避だとか母へのささやかな反抗だとかそんなありがちな理由では無くて、もっと心の奥深くに潜む、ブラックホールの如き何かを。


+++


 7:おむすびげろりん。


 朝帰ってくるなり連れてきた男とベッドにインした母親に行ってきますと吐き捨てて家を出た私は勿論学校には向かいませんでした、まる。じゃあ何処に向かったかと言えば当然この間行った公園です、まる。何で公園に向かったかと言えば当たり前ながらドッペルゲンガーさんに会う為です、エクスクラメーションマーク。割と今まで真面目に通っていたから出席日数とかの心配は無いのです。勿論、公園に行ったからって瓜二つさんに出会える保証があるわけでは無いけれど。

 公園に着いて辺りを見回しても、そこには昨日と同じように酔い潰れて爆睡中のサラリーマンとその財布を現在進行形で盗んでいるホームレスのおっさんしかいなかった。大体予想は出来ていたけれど、それでも少しテンションが下がる。いや少しじゃ無くて死ぬ程下がったけど。深い溜め息を吐く。ついでに血も吐きたいと思って肺の辺りの血管に力を込めてみる、みる。だけど勿論血管を自分の意思で操って破ることなんて出来るわけも無くて、ただむせるだけで終わってしまった。ちくしょう。咳き込んだ所為で眼球を涙が薄く覆って影が滲む。滲んだ所為で何だかもう一人、私の後ろに誰かが立っているような影の形に見えた。

「ボク発見!」

 ……見えたと言うか普通に後ろに立っていた。こっくりさん、じゃ無かった、そっくりさんが。包帯だらけ、ギブスだらけ、ついでに右目に治療眼帯。肌色よりもよっぽど白色の面積の方が大きいぜ、こいつ。

「昨日私が轢かれ損ねたところ見てたよね、キミ。ボクにそっくりだったから気になってたんだ。」

 どうやらもう一人の私は自分のことをボクと呼ぶ少し変わった子らしいです。いや、今の時代だと別に珍しくは無いのかな? 学校の女子制服がズボンになったりする時代だし。

「ちょっと喋ろうよ。」

「いいけど、私はあんたを何て呼べばいいの? 人間の屑とか? それか人間未満女とか?」

「ボクはヒサ。キミは?」

 うわこいつ完璧スルーしやがったとか思いながら「キリ」と答えると、ヒサは少し驚いた顔をして、それからにぃ、と笑った。気持ち悪いな。

「へえ、ボクの名前は木の『桐』って書いてヒサって読むんだよ、何だか似てるね。」

「私のキリは木の『桐』じゃ無くてもやもやした『霧』だから全然違う。」

 ごめんなさい今名前にまで共通点があるのが嫌で嘘吐きました、くそったれ。

「あ、そうだ。」

 包帯だらけのヒサはきゅぴーん、と頭の上に豆電球を灯していきなり鞄をがさごそ、がさごそと漁り始めた。ドラえもんの秘密道具でも出てくるのだろうか。それなら是非ほんやくコンニャクあたりをお願いしたい。目の前の包帯女とまともな会話が出来るようになりたいから。

「一緒に食べようと思っておにぎり作ってきたんだ! はいこれ。」

 まともな、会話がしたかったのに。

 差し出されたおにぎり。私は手を振って首を振った。シェイクシェイク、ベイベー。そして少し強い口調で断る。

「いやお腹空いていないからいいよ。」

「いやお腹空いてなくてもこんくらい食べれるって。ほらほら、別に不味くないから、多分!」

 私以上に強い口調で言い切られた、主に「多分」と言う単語を。凄く不安。と言うか地雷臭しかしない。ただ私が断ってるのは別にそう言う不味そうだからとかそんなんじゃ無くて、とか心の中で叫んでいたらヒサがおにぎりを包んでいたラップをぺりぺり剥がしだした。

「いやだから本当にお腹空いてないんだって」

「いやだから本当にお腹空かせてよ今すぐ。」

 誰か、誰か、私にほんやくコンニャクを! どうせ食べられないけどな!

「はいどうぞ」

 屈託の欠片も無い笑顔と共に私の口にぶち込まれるおにぎり。おにぎり。おにぎり。もしかしたら食べれるかもしれないな、なんて夢を見て歯を立てる。そして妙に味気ない米の粒が口の中で広がる。大丈夫、大丈夫、腐ってない筈。おいしいおいしい手作りおにぎり。だから大丈夫。

 だいじょうぶ。

 妙に酸っぱい胃液の味が口の中に広がってもう私は駄目になって勢いよくおにぎりと胃液を吐いた。


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