70 新人
早いもので、アトラス刑務所に赴任して1年が経った。
スタンピードにはじまり、驚くことの連続だったが、1年も経てばそれなりに慣れてくる。給料を自分で稼がなくてはならない以外は理想の職場かもしれないと思うようになってしまった。俺の感覚が麻痺しているのだろうか?
そんなことを思いながら、いつもどおり勤務に就く。
いつも通りの決まりきった朝礼の後にバネッサ所長から驚きの発表がなされた。
「明日、この刑務所に新人の刑務官がやって来る。仲良くするように」
新人?
こんな職場を希望する新人なんているのか?
「あのう・・・新人は、どういった者なのでしょうか?」
「明日になれば分かる。副所長よ、妾は忙しいから指導のほうは任せたぞ」
「は、はい・・・」
ここでも丸投げだった。
俺はというと朝礼の後、必死で新人の指導要領を確認していた。前世の日本でも、この世界でも総じて新人というのはトラブルを起こす。俺も新人の時は何回かやらかしたものだ。安心安全な生活を目指す俺にとって新人は天敵に近い。
なるべく関わりたくはないが、仕事なら仕方がない。被害を最小限にするために指導マニュアルを作成していく。
有力貴族の子弟で言うことを聞かないタイプ、やる気が全くないタイプ、やる気はあるけどズレていてトラブルメーカーになるタイプなど、タイプ別の指導マニュアルを作成していく。
そんなことをしているとフィオナ嬢から声を掛けられた。
「新人を指導するだけで、そこまでするんですね?」
「そうだな。安心安全な生活のためには、必要だからな」
リオネッサ将軍も続く。
「軍なんか大雑把なものだ。文句があれば殴りつけるだけだからな。これからの時代は、センパイのような指導が大切かもしれんな」
「まあ、トラブルを最小限にするためには必要ですからね」
そんな話をしている時、フィオナ嬢が言う。
「センパイが一生懸命なのは分かりました。でも今回の新人はトラブルなんて起こさないと思いますよ」
「何か知っているのか?」
「秘密です。明日を楽しみにしてください」
どこの誰であれ、平穏な生活が送れればそれでいいんだけどな。
★★★
次の日、やって来た新人を見て流石にびっくりした。
「で、殿下?」
「お久しぶりです、アレク兄上」
なんとやって来たのは、アンドリュー皇子だった。
「卒業後すぐに他国の王女と結婚予定でしたが、情勢が変わり破談になってしまいました。それで結婚相手が決まるまではアトラスで、今までどおりレストランを経営することになったのですが、これでも皇子ですから貴族学校卒業後の就職先がレストランでは納得してくれませんでした。それで、形だけこちらの刑務所に籍を置かせてもらうことにしたのです。なので週一回形だけ、こちらに通わせてもらいます」
それを聞いて安心した。つまり、俺は何もしなくていいのだ。
しかし、フィオナ嬢が言う。
「殿下、センパイは殿下のために一生懸命に指導方法を考えていたんですよ。今日も色々考えてくれていたみたいですからね」
フィオナ嬢、俺はそんなこと全く気にしてないぞ。仕事が無駄になったとか微塵も思わない性格なんだ。
「そうなんですか?折角ですから指導をしてもらいたいと思います。それにここに通う日は、きちんと仕事をしようと考えています」
アンドリュー皇子、別にやる気を出さなくてもいいぞ!!
仕事なんて、あってないようなものだから・・・
しかし、空気的にそんなこは言えないので、事前に作成したマニュアルに沿って新人教育をスタートすることになってしまった。
最初は施設の見学だ。これはどこの職場でも同じだろう。
「殿下、こちらの刑務所はですね・・・非常に言いにくいのですが・・・」
「これでも僕は皇子ですから、ある程度のことは知っています。気にせず案内してください」
「そうなんですね。では・・・」
やはり皇族ともなると、ある程度のことを知っているのだろう。
俺は事前の説明を省き、アンドリュー皇子をゴーレム神殿や事前に話を通していたエルフやアラクネの集落に案内した。
「実際に見ると驚きますね。人間と全く違う姿をした種族がいるなんてね・・・」
「俺もここに来た時は驚きましたよ」
「それにゴーレムも凄いですね・・・ここの囚人が暴れ出したら、国軍を総動員しても止められない気が・・・」
「そ、そうですね・・・」
俺もそう思う。
話題を変えようと、俺は疑問に思っていたことを質問した。
「ところで皇族の方は、この刑務所の現状をすべて把握していらっしゃるのですか?」
「すべて把握しているのは皇帝陛下だけです。僕がこの刑務所の現状を知ったのは、偶々ですね。アトラスに住まなければ分かりませんでした。多分、皇太子のウイリアム兄上は知らないと思いますよ」
フィオナ嬢の表情が変わる。
「フィオナ姉様、すみません・・・」
「殿下、気にしてませんわ。もう過去のことです」
未だにフィオナ嬢はウイリアム皇太子のことを許していないのだろう。
そんな感じで、第一日目の勤務が終了した。
「次に来られるのは、一週間後ですね?」
「はい」
「それで一ヶ月くらいは各集落を周って、勉強してもらおうと思います。フィオナ嬢か将軍が巡回する際に同行していただければと思います。それでよろしいでしょうか?」
「はい、よろしくお願いします」
新人がアンドリュー皇子で本当によかった。
これなら俺が直接指導して、トラブルを起こさないようにする必要なんてない。
この時はそんなことを思っていた・・・
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