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異世界で屋台を開いたら、10番目の客が俺を故郷へ連れ帰るらしい  作者: ひろボ


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第9話 最終決断。寡黙なドワーフ職人の、最高に美味い「普通の定食」

 路地裏屋台『向』の九日目。前日、ドラゴン娘ファフナによって壊滅的な被害を受けた食材は、なんとか商人バルカスの紹介で調達し、屋台の営業を再開できた。


(残り二人。次の客が来たら、いよいよ最後だ)


 拓海は、今日が最後の「新規の客」になるかもしれないという緊張感を抱えながら、屋台を開いた。十番目の客を迎えるための覚悟を決めなければならない。


 今日の客は、ずんぐりとした体躯の、無口なドワーフの職人だった。彼は油で汚れた作業着を着ており、手には巨大なハンマーを握っている。その瞳は、溶鉱炉の炎のように熱く、拓海を真っ直ぐに見つめていた。


 ドワーフは屋台の前に立ち止まると、メニューを一瞥し、そして拓海をじっと見つめた。


「……噂の、異界の飯か」


「いらっしゃいませ。はい。ラーメンも唐揚げもありますが、今日は特に『とっておきの定食』があります。最高の技術で仕上げた、普通の家庭料理です」


 ドワーフは椅子に座り、唸るように言った。


「俺はグスタフ。鍛冶師だ。俺の仕事は、無駄を省き、最高の切れ味を持つ武具を生み出すこと。派手な技巧はいらん。ただ、手抜きのない、本物の仕事が見たい」


「承知しました」


 拓海は、この職人肌の客の言葉に強く共感した。彼が求めるのは、料理の奇抜さではない。料理人が持つ技術と魂だ。拓海は、シンプルだが奥深い料理、「生姜焼き定食」を心を込めて作り始めた。


 異世界の豚肉を丁寧に叩き、筋を切り、秘伝のタレに漬け込む。最高の火加減で肉を焼き上げ、肉汁とタレが絡み合ったソースをフライパンの端で焦がさないように仕上げる。キャベツの千切りと、味噌汁、そしてツヤツヤに炊き上がったご飯を添える。


「どうぞ。『生姜焼き定食』です」


 ドワーフは無言で箸を取った。彼はまず、味噌汁を一口。次に白飯。そして、生姜焼きを箸で挟み、じっと見つめる。その一連の動作に、まるで武具の鑑定をするような、厳密な集中力が込められていた。


 彼は肉を口に運んだ。タレの甘辛い風味と生姜の香りが、肉の旨みを引き立てる。


 ドワーフの顔に、何の表情も浮かばない。ただ、無心で食べ続けている。拓海は、これほど反応のない客は初めてで、不安になった。


 しかし、ドワーフは五分とかからず、定食を完食した。皿の上には、米粒一つ残っていない。


 彼は箸を置き、テーブルを拭くように手のひらを滑らせた。そして、拓海に向き直り、初めて口角を上げた。


「……いい仕事だ」


 その言葉は、まるでドワーフのハンマーの音のように、重く、確かな響きを持っていた。


「派手さはない。だが、全ての工程に手抜きがない。肉の焼き加減、タレの絡み、飯の炊き方。すべてが一流の仕事だ。特に、このタレは、素材の良さを極限まで引き立てている。俺が最高の武具に求める『無駄のなさ』に通じる」


 ドワーフ、グスタフはそう言って、拓海に分厚い金貨を数枚差し出した。


「俺の名はグスタフ。この屋台は、俺の仕事場(鍛冶場)の次に、最高の場所だ。貴様のような職人は、どこへ行っても恥じない」


 グスタフはそう言い残し、立ち去った。彼は、拓海の料理を、最高の「職人の技」として認めてくれたのだ。


 拓海は金貨を手に、深い満足感を覚えた。九人目の客。この異世界で出会ったすべての客が、拓海の料理を必要としてくれた。その料理人としての誇りは、元の世界で諦めかけた自分を、完全に否定するものだった。


(これで、決まった。俺にはもう、この世界に留まる理由はあっても、元の世界に帰らない理由は、なくなった)


 拓海は、十番目の客が、過去の自分を象徴する存在だとしても、もう逃げずに迎え撃てるという確信を得た。


 屋台の片隅で、頭の中でカチリと音がした。


『第九番目の客:グスタフ(ドワーフの職人)。カウントダウン、残り一人』


 運命の時は、すぐそこまで迫っていた。

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