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異世界で屋台を開いたら、10番目の客が俺を故郷へ連れ帰るらしい  作者: ひろボ


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第30話 10番目の客と、屋台の終点(ターミナル)

 路地裏屋台『向』の三十日目。運命の光が路地裏を包み、空間が大きく歪んだ。九人の常連客が結界の外側で見守る中、拓海はただ一人、屋台の前に立っていた。


 光の中から、一人の少年が現れた。年齢は拓海が料理の道を諦めた頃の、十代後半に見える。その顔は、拓海自身の若い頃に酷似していたが、瞳には活力と諦めが入り混じった、複雑な光が宿っていた。


 十番目の客。拓海が元の世界で失った「純粋な情熱」を擬人化した存在だ。


 少年は屋台の前に立ち止まり、拓海を見つめた。


「随分と遠回りしたみたいだね、僕」


「ああ。やっと、会えたな」拓海は言った。「お前が、俺が過去に置き去りにした情熱か」


 少年は静かに椅子に座った。その動作には、拓海がかつて持っていた、夢を追うことへの疲れが滲み出ていた。


「僕は、あなたが故郷で店を開くのを夢見ていた頃の僕だ。あなたが成功を恐れて、僕をゴミのように捨てたとき、僕はここ、異世界に流れ着いた。あなたが自信を失った間、僕はただ、あなたがこの世界の秩序を壊さないか、心配していた」


 少年は、神官クロノスの代弁者でもあった。彼の視線は、拓海が「資格のない逃亡者」であった過去を問い詰めている。


「最後の料理をください。あなたが、もう一度、料理人として立ち直った証を。あなたが、僕を連れて帰る『資格』があるのか、証明してくれ」


 拓海は、少年の問いに静かに頷いた。言葉は不要だ。彼が示すべきは、この異世界で得たすべての絆と技術を込めた、たった一皿の料理だ。


 拓海は、最後の料理の調理に取り掛かった。それは、シンプルな日本の家庭料理をベースに、この異世界で出会ったすべての常連客の「進化」の要素を織り込んだ、『絆と旅立ちのフルコース』の象徴となる一品だ。


 拓海は、グスタフの哲学に従い、無駄を排した調理法で、異世界で得た最高の食材を調理していく。シルフィードの愛のような温かい心遣い、バルカスの最適化された手順、そしてファフナの炎のような情熱。すべての常連客の心が、拓海の動きに宿っている。


 拓海が作り上げたのは、『絆の具材が溶け込んだ、故郷の豚汁』だった。


 豚汁は、具材が豊富で、日本の家庭の温かさと、故郷への郷愁を呼び覚ます料理だ。拓海は、異世界で手に入れた根菜と肉を丁寧に煮込み、ファウストの魔術で安定させた味噌で味を調えた。


 拓海は、豚汁を少年に差し出した。その丼からは、路地裏のすべての思い出が凝縮されたような、温かく、そして力強い香りが立ち上っていた。


 少年は、震える手で豚汁を一口飲んだ。彼の瞳から、一筋の涙が流れた。


「美味い……。こんなにも温かく、力強い豚汁は、僕が夢見ていた店の味だ……。この味には、諦めも、逃げも、一切ない。あるのは、純粋な料理人としての誇りと、誰かを笑顔にしたいという、あの頃の僕が失ったはずの情熱だ」


 少年は、豚汁を完食した。彼の顔から、過去の未練と諦めが消え去り、瞳には、拓海の現在の自信と同じ、輝きが満ちていた。


「もう、大丈夫だ。あなたは、僕を連れて帰る資格がある。この異世界の常連客たちとの絆が、あなたを真の料理人にした」


 少年は、満足げに微笑み、立ち上がった。彼の体は、徐々に光の粒子となって崩壊し始めた。


「さあ、帰ろう。あなたが本当に開くべきだった店は、この路地裏ではなく、あなたの故郷にある。あなたの情熱は、もう一度、あなたと共に生きる」


 拓海は、屋台の調理台とフライパンを深く見つめた。そして、路地裏の外側で見守る常連客たちに向かって、静かに頭を下げた。


「みんな、ありがとう。俺の旅は、ここで終わりです」


 拓海が心の中で別れを告げた瞬間、屋台の周囲に光が満ちた。屋台の鉄骨がきしみ、すべての異界の知識、道具、そして拓海自身の存在が、光の粒子となって元の世界へと引き上げられていく。


 路地裏には、十番目の客も、屋台も、拓海も残らなかった。







 エピローグ


 元の世界。日本の片隅で、拓海は小さな店を開いた。店の名前は、ドワーフのグスタフが打ってくれた看板と同じ『向』。


 カウンターには、シルフィードがくれたワインのボトルと、ザンバの毛皮の端切れが飾られている。店のメニューには、異世界で人気だった『唐揚げ定食』や『プリン』が並んでいた。


 ある日、店に一人の客がやってきた。それは、異世界で拓海を監視していた神官クロノスにそっくりな、日本のサラリーマンだった。


「いらっしゃいませ。ご注文は?」


 サラリーマンは、メニューを見て、そして拓海の顔を見て、何か懐かしいものを感じたように、一瞬目を見開いた。


「……焼きおにぎり、ありますか?」


 拓海は微笑んだ。


「はい、ございます。温かいものをお出ししますね」


 彼の料理人としての旅は、今、故郷で、再び始まったばかりだ。



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