第28話 感動と茶番。9人の常連客が贈る、別れの贈り物
路地裏屋台『向』の二十八日目。拓海が十番目の客を迎える前夜だ。屋台はすでにほとんど片付けられ、調理器具も布で覆われている。
その日の夜、九人の常連客全員が、再び路地裏に集まった。彼らは、拓海との最後の別れを惜しむために、それぞれの仕事や立場を捨てて駆けつけたのだ。
路地裏には、吟遊詩人ライラの静かなギターの音色が響いていた。その曲は、この路地裏で生まれた絆と、間もなく訪れる別れを歌う叙情的なメロディだった。
「拓海。あなたの料理は、私たちの人生を変えた。感謝の言葉だけでは足りない」エルフの騎士シルフィードが、常連客を代表して口を開いた。彼女の凛とした声も、わずかに震えている。
常連客たちは、一人ずつ拓海に最後の別れを告げ、感謝の品を贈呈し始めた。
まず、シルフィードが、故郷の森で採れた最高級のワインを贈った。「故郷へ帰ったら、これを飲みながら、私たちを思い出してくれ」
獣人のザンバは、自身が倒した魔物の最高級の毛皮を贈った。「寒さに弱いと聞いた。故郷で店を開くとき、この毛皮で暖をとれ。これは、俺の誇りだ」
魔術師ファウストは、時空間の歪みを結界で守る魔術の護符を贈った。「万が一、そなたが再びこの世界に戻りたくなった時、この護符が道標となろう。だが、二度と未練を持つな」
盗賊の娘シーナは、彼女の愛用の短剣を、布に包んで拓海に差し出した。「これは、私を追手から守ってくれた短剣だ。これを屋台の守り刀にしてくれ。ここは、永遠に私の秘密の場所よ」
貴族令嬢エリシアは、最高級のレースで編まれた、美しいナプキンを贈った。「わたくしの家紋が入っているわ。このナプキンがあれば、貴方の料理がどこでも一流のテーブルを飾れる。マヨネーズのレシピは、わたくしが守るから安心して」
ドラゴン娘ファフナは、自分の鱗を一枚、拓海に手渡した。「これは私の力の源だ。故郷に帰ったら、これを使って、世界で一番硬いフライパンを作れ。そして、最高の食材を見つけるんだ!」
ドワーフの鍛冶師グスタフは、約束通り、分厚い鉄板に拓海の屋台の名前『向』を刻み込んだ最高の看板を贈った。「故郷で店を開く日、これを掲げろ。最高の仕事は、最高の技術によって生まれる」
吟遊詩人ライラは、拓海の料理で生まれた物語をすべて書き込んだ、分厚い楽譜を贈った。「あなたの物語は、私の歌と共に、この世界を旅するだろう」
そして、最後に、商人バルカスがやってきた。彼は、分厚い布に包まれた、巨大な包みを拓海に差し出した。
「拓海!故郷に帰っても困らないように、私が異世界で最も価値のある『宝物』を持ってきました!」
感動に包まれていた路地裏の雰囲気が、一瞬にして凍り付いた。バルカスの表情は真剣そのものだが、彼の持つ包みは異様に大きく、形がいびつだ。
バルカスが差し出したのは、使い古されたリモコンと、底にヒビの入った古い湯呑み、そして片方だけしかない軍手だった。
「これは、かつて異界の民が残していった、幻の魔道具だ!リモコンは、あらゆる魔道具を遠隔操作できる!湯呑みは、高貴な儀式に使う!軍手は、失われた鍛冶技術の結晶だ!」
拓海は絶句した。リモコンはただの家電の付属品で、湯呑みは割れており、軍手はただの作業用品だ。
「いや、バルカスさん。これは、ただの……」
「拓海、馬鹿なことは言うな!」バルカスは真剣な顔で拓海の言葉を遮った。「この『宝物』がどれほどの価値を持つか、貴様はわかっているのか!これこそ、この異世界で最も希少で、真の商売人しか手に入れられない、最高の『幻のガラクタ』だ!」
バルカスの的外れな贈り物のおかげで、感動的な別れのムードは、一気に笑いと困惑に包まれた。シルフィードは笑いをこらえ、ファフナはリモコンを奪い取って火を噴こうとし、ザンバは湯呑みを割らないように必死に守った。
拓海は、この混乱の中で、心から笑った。
「ありがとう、バルカスさん。最高の贈り物です。このガラクタこそが、俺がこの路地裏で手に入れた、最高のユーモアの結晶だ」
常連客たちは、拓海の帰還を心から祝福した。彼らの絆は、どんな魔術や、どんな距離にも引き裂かれることはない。




