第17話 盗賊団の娘が持ち込んだ、秘密の異世界キノコ
路地裏屋台『向』の十七日目。昨日、魔物の襲撃があったにもかかわらず、路地裏の日常は変わらず続いていた。拓海は、常連客たちの強い絆に感謝しつつ、改めて食材の仕入れルートを見直していた。ドラゴン娘ファフナの食欲に対応するため、バルカスの商会を通じて、通常の三倍の肉を確保したばかりだ。
今日の午後、盗賊団の娘シーナが、大きな布袋を抱えて、いつものように屋台に駆け込んできた。彼女は辺りを警戒しつつ、拓海に袋を差し出した。
「拓海、これを見て!山で見つけたの!すごく珍しいキノコなんだって!」
シーナが袋から出したのは、毒々しい紫や青の斑点を持つ、いかにも怪しい異世界のキノコだった。そのキノコからは、強い魔力の波動が出ている。
「シーナ、これは明らかに毒キノコだろ。食べたら死ぬぞ」拓海は眉をひそめた。
「違う!匂いを嗅いだら、すごく美味しそうなの!それに、父が言うには、これを料理できるのは、世界で一番の腕を持つ料理人だけだって。拓海なら、これを安全に食べられるんじゃないかと思って!」
シーナの瞳は、拓海への信頼に満ちていた。彼女にとって、拓海の料理は単なる食べ物ではなく、不可能を可能にする奇跡の象徴なのだ。
拓海は、魔術師ファウストからもらった文献を思い出した。異世界の毒は、適切に処理すれば強力な調味料や薬になる場合がある。そして、このキノコが彼女の父にとって「世界一の料理人」への試練であるなら、拓海は受けて立たねばならない。
「よし、試してみましょう。ただし、食べても俺だけだ。絶対に勝手に食べるなよ」
拓海はキノコを丁寧に処理し、衣をつけて「キノコの天ぷら」を揚げた。油が熱くなったフライヤーに投入されると、毒々しい色とは裏腹に、香ばしい、良い匂いが立ち込めた。この天ぷらは、ターミナル・ロックで弱まった火力でも、拓海の技術によって見事に揚げられた。
天ぷらは見た目と異なり、香ばしく、口の中でとろけるような美味さだった。拓海は感嘆した。
「美味い!これはすごい!旨味が凝縮してる!このキノコの持つ魔力的な強さが、逆に最高のダシになっている!」
拓海が天ぷらを食べていると、シーナが待ちきれず、こっそり一つ盗み食いをした。
「シーナ!勝手に食べるな!」
シーナは天ぷらを飲み込むと、目を丸くし、体勢を立て直した。 「身体がカッとして、疲労がポンと飛ぶようだ……!すごい力!」
その直後、シーナの頭から、ウサギのような長い耳が生え始めた。彼女の髪の色と同じ、鮮やかな茶色の毛並みだ。その耳は、長くピンと立っており、僅かな音にもピクピクと反応している。
「な、何これ!?耳が、耳が伸びた!」シーナはパニックに陥った。彼女は自分の頭を触り、初めて生えた異様な耳に絶叫した。
「ああ、やっぱり毒性があったか……」拓海は溜息をついた。これは、キノコの持つ魔力が、シーナの身体に一時的な変容をもたらしたのだろう。
しかし、そのウサギ耳は、シーナの暗い盗賊の服に似合わず、妙に愛らしかった。シーナは衛兵に見つかることを恐れたが、その愛らしさのおかげで、逆に衛兵は彼女を「貴族のお嬢様が遊びで耳飾りをつけた」と勘違いし、誰にも疑われずに済んだ。
シーナは顔を赤くしながらも、その天ぷらの美味さには抗えず、こっそりもう一つ食べてしまう。ウサギ耳はさらに大きく、フワフワになった。
「拓海、どうしよう!でも、このキノコ、すごく美味しい!」
「大丈夫。これは一時的なものですよ。ただの副作用です。時間が経てば元に戻ります。キノコは全部俺が回収します」
シーナは天ぷらの美味さと、自分の愛らしい耳という奇妙なギャップに戸惑いながらも、その天ぷらの味には完全に満足した。
(シーナは、自分に自信がないから、フードで顔を隠していた。でも、このウサギ耳のおかげで、衛兵の目を気にせず、路地裏を堂々と歩けるようになった。これも料理の奇跡か)
拓海は、キノコを天ぷらにしたことで得られた「シーナの自信」という、予期せぬ恩恵を噛み締めた。このキノコは、彼女の機敏な動きをさらに高める可能性も秘めている。拓海は、この異界の食材の力を、常連客たちの未来のために、さらに研究する必要があると感じた。




