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異世界で屋台を開いたら、10番目の客が俺を故郷へ連れ帰るらしい  作者: ひろボ


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第14話 騎士の悩みは恋。告白前の腹ごしらえはハンバーグで

 路地裏屋台『向』の十四日目。神官クロノスによる「ターミナル・ロック」の影響は続いており、路地裏の空気は重かったが、常連客たちは変わらず拓海の屋台を訪れていた。ターミナル・ロックのせいで、水道の出が悪くなるなど、日常の些細なストレスが増えていた。


 今日の午後、常連客の中で最も早く屋台を訪れたのは、エルフの騎士シルフィードだった。彼女の身に纏う深い緑色のシンプルな私服は、普段の銀の甲冑よりも、彼女の緊張を際立たせていた。その顔は、魔物の群れに突っ込む戦闘中よりも、遥かに張り詰めているように見えた。


「拓海。今日は、私の最も得意とする剣技をもってしても、どうにもならない問題に直面している」


 シルフィードは、椅子に座るなり、深いため息をついた。彼女の凛とした表情が崩れるのは珍しい。


「今日のメニューは、貴様の故郷の料理で、私の心に『バランス』と『勇気』を与えてくれるものにしてほしい。私は、長年想いを寄せていた人間の男性に、今日、求婚する」


 拓海は驚きに目を見開いた。シルフィードはエルフの騎士であり、帝国の騎士団に所属している。彼女の求婚相手は、身分の違いから交際を躊躇している人間族の男性だという。エルフ族の騎士である彼女と、身分の低い人間族の男性との結婚は、帝国騎士団の古い慣習に反し、大きな障害を伴う。


「騎士団の慣習と、私の個人的な愛。この二つを天秤にかけるたび、私の心は揺らぎ、剣の切れ味が鈍る。愛を選ぶことは、私の使命を裏切ることになるのか。使命を果たすことは、私の愛を捨てることになるのか」


 シルフィードは深く悩んでいた。彼女が求めるのは、どちらか一方を選ぶ勇気ではなく、両方を背負うための精神的な「バランス」だった。彼女の強すぎる使命感と騎士としての威厳が、かえって大切な人を遠ざけているのではないかという不安に駆られていた。


「承知しました。貴方に、すべてを受け止め、前に進む力を与える料理を作ります。メニューは、『ハンバーグ』です」


 拓海は、シルフィードの抱える葛藤を理解し、すぐに調理に取り掛かった。


 合挽き肉に、玉ねぎのみじん切り、パン粉、牛乳を加え、丁寧に捏ねていく。肉を捏ねる際に、拓海は何度もハンバーグの種を空中に投げ上げて、中の空気を徹底的に抜き、肉の繊維をしっかりと絡ませる。この工程が、ハンバーグの「強さ」を生む。この捏ねる作業は、拓海自身の「過去の未練」と「現在の誇り」を混ぜ合わせ、一つに統合する作業でもあった。


 最高の火加減で表面をカリッと焼き上げ、肉汁を閉じ込めた後、オーブンでじっくりと火を通す。この「優しく火を通す」工程が、ハンバーグの「優しさ」を引き出す。


 デミグラスソースは、赤ワインと異世界野菜のブイヨンを時間をかけて煮詰め、まろやかなコクを出した。このソースは、人生の苦悩や葛藤、そして深い愛情の象徴だ。それをハンバーグにかけ、付け合わせには、バターとハーブでソテーしたポテトと、彩りの良い温野菜を添えた。


「どうぞ。『ハンバーグ』です。外はカリッと、中はフワッとジューシー。肉の旨みを閉じ込めています。あなたの強さと優しさ、両方を表現してみました。肉汁のように、溢れる想いを伝えてください」


 シルフィードはハンバーグをフォークで切り分けた。その瞬間、閉じ込められていた肉汁が皿の上に溢れ出し、デミグラスソースと混ざり合った。シルフィードは、その溢れる肉汁を、まるで自らの感情のようだと感じた。


 彼女はハンバーグを一口食べ、目を閉じた。


「……美味い。そして、温かい。この肉汁が、私の内に秘めていた勇気を呼び覚ますようだ。外側のしっかりとした焼き目は私の使命感のように硬いが、内側の柔らかさは、私の中にある、彼への優しさを思い出させる……」


 彼女は食べ進めるうちに、緊張が解けていくのを感じた。ハンバーグの味は、彼女の強さと優しさが矛盾するものではなく、共存できることを教えてくれた。彼女の心は、二つの重みを背負うことを恐れるのではなく、それを力に変える決意で満たされた。


 完食したシルフィードは立ち上がり、拓海に感謝した。彼女は、私服姿ながら、銀の甲冑を纏っているときよりも、強く、そして人間的に見えた。


「ありがとう、拓海。あなたの料理は、私に真の勇気をくれた。私は強さだけではなく、優しさも持って、彼と向き合おう。そして、この屋台で得た決意を胸に、身分の壁と騎士団の慣習を打ち破る」


 シルフィードは、騎士団の制服を正すように自らの服を整え、路地裏を颯爽と去っていった。その背中には、愛と使命、二つの重みを背負いながらも、前を向く強さが満ち溢れていた。


 拓海は、ターミナル・ロックの魔力に負けることなく、料理人として常連客の人生に貢献できていることに、深い満足感を覚えた。この屋台の存在が、この世界の常識と古い慣習を変え始めていることを実感していた。

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