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異世界で屋台を開いたら、10番目の客が俺を故郷へ連れ帰るらしい  作者: ひろボ


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第13話 窮地に立つ商人へ、主人公が贈るビジネスランチ

 路地裏屋台『向』の十三日目。今日は常連客のバルカスが、いつになく暗い顔でやってきた。

 彼のトレードマークである分厚い帳面は、彼の脇に力なく抱えられている。彼の周囲には、目に見えないほどの魔力の揺らぎがある。神官クロノスのターミナル・ロックの影響は、屋台の常連客たちの運命にも、じわじわと影を落とし始めていた。


 バルカスは屋台の椅子に座るなり、頭を抱えた。その表情は、普段の自信満々な商人のものとはかけ離れていた。


「拓海……すまない。私の店が、倒産の危機にある」


 バルカスは、拓海からもらった活力で新しいビジネスに挑戦したが、それが仇となり、街の巨大な商会に潰されかけているという。彼の声には、完全に希望を失った諦念がにじんでいた。


「新しい取引先を信頼しすぎた。彼らは私の取引をすべて横取りし、市場を寡占しようとしている。リスクを分散せずに、すべてを一つの事業に賭けてしまった。私には、もう商売を続ける勇気がない。立ち直るための道筋が、全く見えないんだ」


「勇気は唐揚げで得たでしょう。必要なのは、戦略と、腹ごしらえですよ」


 拓海は、バルカスのために『ミックスサンド』を作った。まず、異世界では珍しい柔らかい食パンの耳を丁寧に切り落とす。そして、パンにバターとマスタードを薄く塗り、新鮮な異世界の野菜、丁寧に味付けした卵サラダ、そしてロースハムを層のように重ねていく。様々な具材が、薄いパンが三層構造で一つにまとめて包み込まれている。切り口は美しく、すべての具材が見事に顔を覗かせている。


「どうぞ。これは、俺の故郷のビジネスマンが忙しい時に食べる『ランチ』です。様々な具材を組み合わせることで、一つの完全な味になります」


 バルカスはサンドイッチを一口食べた。彼の動きが止まる。その目は、サンドイッチの断面に釘付けになっていた。


「これだ……!この味は、バラバラの素材が、一つの目的のために完璧に調和している!パンの柔らかさ、野菜のシャキシャキ感、ハムの塩気、そして卵のコクが、すべて等しく主張しながら、一つの完全な『商品』になっている!」


 サンドイッチの緻密な構造と味のハーモニーは、バルカスの凝り固まった思考を解きほぐした。拓海は、バルカスの抱える問題点を、料理の構造になぞらえて説いた。


「あなたの商会が扱う商品の中で、本当に価値があるものは何ですか?すべてを抱え込む必要はない。パンが具材を包み込むように、あなたは『核』となる商品に集中すべきだ。そして、仕入れルートと販売ルートを見直すことです」


 拓海は続けた。「あなたの強みは、この路地裏で新しい食材を見つけ、それを街中に広める『流通の腕』でしょう。巨大商会ができない、小回りの利く市場に集中するんです。このサンドイッチのように、あなたの商会も『選択と集中』で、新たな価値を生み出せる。リスクを分散し、一つの失敗で全てを失わない堅実さこそが、本当の商人の強さですよ」


 バルカスの顔に、再び活力が戻った。彼は帳面を取り上げ、新たな戦略を書き込み始めた。ペンの走る音が、路地裏に響く。


「拓海!このサンドイッチで、私は絶対に立ち直る!あなたの言う通りだ!私は、この屋台で学んだ『集中と最適化』を、私のビジネスで実践する!小さな取引にこそ、最高の価値を見出す!」


 彼はそう言って、拓海に深々と頭を下げ、代金に加えて珍しい異世界の香辛料を置いて去っていった。その足取りは、店の利益率の心配など、微塵も感じさせないほど軽快だった。バルカスは、拓海にとって、最も信頼できる「異世界の協力者」の一人となった。彼は、ターミナル・ロックの魔力に抗う、一つの希望の光となった。


 拓海は、バルカスが残した香辛料の袋を手に取った。彼の料理が、異世界の人々の人生だけでなく、世界の経済までも動かし始めていることを、拓海は実感していた。

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