第12話 ライバル登場。異世界グルメ評論家の顔面崩壊
路地裏屋台『向』の十二日目。神官クロノスの「ターミナル・ロック」の影響で、屋台の冷蔵庫の冷えは悪く、電力消費も激しくなっていた。拓海は、食材の鮮度を保つために、魔術師ファウストからもらった新鮮さの魔術を頼りに、なんとか営業を続けている。この不安定さが、拓海の神経をすり減らしていた。
路地裏の空気は重いが、常連客たちは変わらず来店し、拓海の料理を楽しんでいた。シルフィードはラーメンを、ザンバは唐揚げを頬張っている。
そんな中、拓海の屋台に、新たな騒動が持ち込まれた。神官クロノスの指示か、あるいは単なる偶然か、街で有名なグルメ評論家がやってきたのだ。
背中に大きな羽根飾りのついた派手な服を着た、大柄な男。彼は街で有名なグルメ評論家、ザラスだった。その目つきは鋭く、高慢さに満ちている。
「私がザラスだ。噂の異界の屋台。聞けば、この程度の場所で、下賤な料理を出しているとか。この私が、貴様の店を公衆の面前で徹底的に批判し、潰してやろう!」
ザラスは傲慢に笑い、拓海を挑発した。彼の背後には、クロノスの部下らしき衛兵が隠れて監視しているのが見えた。彼らは、ザラスのレビューを利用して屋台の評判を地に落とそうとしているのだろう。
「いらっしゃいませ。今日のメニューは『コロッケ』です」
拓海は揚げたてのコロッケを差し出した。コロッケは丸く、黄金色に輝いている。衣は極薄でサクサクに、中はホクホクのジャガイモと挽き肉が詰まっている。ソースは、拓海特製のウスターソース風だ。
「コロッケ? 芋を揚げただけの、こんな単純な代物を……! 私の洗練された舌を侮辱する気か! 貴様の故郷の料理は、こんなにも創造性がないのか!」
ザラスは罵倒しながらも、評論家としての使命感から、スプーンでコロッケを割り、一口食べた。熱々のコロッケが口の中で溶ける。
その瞬間、彼の顔の筋肉がピクリと動いた。瞳は大きく見開かれ、そして、彼の口からは、普段の流暢な評論からは想像もつかない、奇妙な唸り声が漏れた。
「ぐっ……!これは……!」
ザラスはスプーンを取り落とし、両手で自分の頭を抱え込んだ。彼の頭の中では、ジャガイモの優しい甘さが、舌を刺激する。
「な、なんだこの衣の薄さとサクサク感は!そして中身の、ジャガイモの優しい甘さ!芋は芋だが、これは芋ではない!これは、『黄金の珠』だ!この庶民的な味が、なぜ私の魂を直接揺さぶるんだ!?」
ザラスは評論家としての威厳をかなぐり捨て、目を白黒させながらコロッケを平らげた。彼は感動のあまり、椅子の上で上半身をくねらせ、奇妙なダンスを踊り始める。その顔は、幸福と屈辱が入り混じった、見ていて笑いを堪えられない表情だった。
コロッケを平らげたザラスは、一瞬にして理性を失った。彼は、コロッケの皿を抱きしめ、天を仰いだ。
「私は、美食の神を冒涜した!この味を否定することは、美食の世界への反逆だ!」
そこへ、たまたま居合わせた商人バルカスが状況を察知した。彼は大声で叫んだ。
「見よ!これが異界の料理人による『大衆洗脳術』だ!この感動は、すぐに街中に広がるぞ!潰したいなら、この証拠を隠せ!」
バルカスはそう叫び、ザラスの顔芸を目の当たりにした衛兵たちを大げさな身振りで追い払った。衛兵たちは、評論家のあまりの醜態に、これ以上監視を続けるのは無益だと判断し、退散していった。彼らは、クロノス神官に報告すべき内容に困惑するだろう。
ザラスは葛藤の末、逃げるように路地裏から走り去った。「私を惑わすな!異界の悪魔め!」と言い残して。彼の高慢なレビューが、屋台の評判を落とすことはなかった。むしろ、その奇行が、屋台の噂をさらに広めることになった。
拓海は、この一件で、料理の力が、権力者の思惑や魔術よりも、人々の心に強く響くことを再認識した。この庶民的なコロッケが、彼の次の武器となるだろう。




