第11話 10番目の客を狙う者たち。屋台に現れた怪しい神官
路地裏屋台『向』の十日目。路地裏に響き渡った「カウントダウン、完了」の音と、強烈な魔力の波動は、常連客たちを震撼させた。彼らは拓海を守るように屋台の前に立ち、剣や杖を構えている。
現れたのは、十番目の客ではなかった。深紅と金色のローブを纏った、冷ややかな目を持つ一人の男。神官クロノスだった。
「騒ぐな、異界の民の常連どもよ」クロノスは冷酷に言い放った。「十番目の客は、まだ来ていない。この魔力は、私が発動させた『ターミナル・ロック』だ」
クロノスが指を鳴らすと、屋台の照明がチカチカと瞬いた。冷蔵庫のモーターが異音を立て、熱を帯びる。拓海の持つ現代の魔道具に、異世界の魔術が干渉している証拠だった。
「貴様の屋台が評判を上げすぎた。これ以上の変革は、帝国の秩序を乱す。十番目の客が誰であろうと、貴様を帰還させることはない。なぜなら、貴様には元の世界に帰る『資格』がないからだ」
拓海は、常連客の盾から一歩前に出た。
「資格?」
「そうだ。貴様は元の世界で、料理人としての夢を諦め、逃げ出した。そんな者に、このターミナルを終了させる権利はない。貴様は、この世界で、ただ現実逃避の料理を振る舞っているに過ぎない」
クロノスの指摘は、拓海の過去の挫折を正確に言い当てていた。拓海は一瞬、動揺する。
「黙れ!お前が何を知っている!」ザンバが怒鳴る。
「文献を知っている。異界の民の過去を知っている」クロノスは静かに言った。「そして、貴様の屋台の制約の裏にある『システムを仕組んだ者』のヒントも提示してやろう。このシステムは、過去の異界の民が、故郷への未練を断ち切るために残した遺産だ。貴様はその遺産を冒涜している」
拓海は、十番目の客の正体だけでなく、屋台の存在そのものが、かつて存在した異界の料理人たちの悲願であることを知り、衝撃を受けた。
「……今日のメニューは、『焼きおにぎり』です。あなたにも、一口食べていってもらいましょうか」
拓海は、乱れた心を落ち着かせ、醤油の香ばしい匂いを立てながら、焼きおにぎりをクロノスの前に差し出した。
クロノスは侮蔑の表情を浮かべながら、それを一口食べた。彼の顔が、一瞬だけ歪む。
「……何、だ、この素朴な味は。なぜか、私の幼い頃の……」
クロノスはすぐに感情を押し殺し、冷酷な顔に戻った。彼は焼きおにぎりを食べ終えると、立ち上がった。
「貴様の料理は感傷的だ。だが、私の決意は揺るがない。このロックは解除しない。貴様がいつ十番目の客に会おうとも、屋台の機能は停止し、帰還は不可能だ」
クロノスは、路地裏の壁に、目に見えない監視の魔術を刻み込み始めた。
「私は貴様がこの世界で、この不完全な屋台と共に朽ち果てる様を監視する。それが帝国の安全のためだ」
クロノスはそう言い残し、路地裏の暗闇に消えた。
拓海は、屋台の冷蔵庫が、普段よりも冷えが悪いことに気づいた。そして、路地裏の空気には、クロノスの監視魔術による、重い圧力が残されていた。
拓海は、常連客たちに誓った。「俺は、必ず帰還します。そして、この世界の皆さんがくれた誇りを、故郷に持って帰る。そのために、このロックを解除する料理を見つけ出します」
常連客たちは、神官の脅威を感じながらも、拓海の決意を支持した。屋台の日常は、神官の影に覆われながらも、続いていく。




