6話 「お弁当ガチ勢」
な、なんだこの女....。
昼休みにお弁当を食べようと中庭のベンチへ行くと、クラスメイトの女子がすでに座っており、足をバタバタ揺らしながら楽しそうにお弁当を食べていた。
化学の授業で隣だったその子に声をかけてみるや否や、彼女は俺に向かってこう言い放った。
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「せっかく一人で食事を楽しんでいるところを邪魔しないでくれないか」
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よくもまあここまではっきりと自分の思いを正直に言ってしまえるものだなと、感心すら覚えるほどだ。しかし、ここでひるむような俺ではない。邪魔はしていないと、敵意がないことをまずは示そう。
そうして、もう一度声をかけようと彼女の方を向くと...その顔は、その表情は、決して俺をにらみつけているわけではないが、しかし、すべてを拒絶するかのように、とても冷たく、食事を楽しんでいた彼女とは別人のようにすら感るほどであった。
「ご、ごめん...」
しかし、授業の時の印象とはまるで違う。おとなしそうな子だと思っていたが......
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「この問題を隣の人と一緒に考えてみてください」
カリカリカリカリ....
隣に座っていた女の子は、足をバタバタと揺らしながらなにか自分のことに集中しているようだった。
「あ、あの...」
「銅、亜鉛、ナトリウム、希ガス」
「え、」
カリカリカリカリ.....
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あの時は、ペアワークの度に彼女が一方的に全部答えを言って、すぐに今みたいに自分の世界に入ってしまった。まともに会話したわけではないし、人は見かけによらないということか...。
自分の弁当を広げ、もぐもぐと食べ始める。
しかし...気まずくならないように声をかけてやったというのに、これじゃあもっと気まずくなってしまったじゃないか、まったく....。
「きみ、」
すると、今度は向こうから声をかけてきた。やはり気まずさに耐えかねて話題を持ち掛けてきたか。最初から素直に会話を楽しんでいればよかったのに。
「な、なに?」
「気まずいから別のところで食べてくれないか」
・・・
こ、こいつ....
なんだこの自分勝手の塊のような人間は。気まずくしたのはお前だろうが!
さすがの俺でもこのまま黙って引き下がるわけにはいかない。
「い、いやだね。気まずいならそっちが移動すればいいじゃないか」
少し強がりながらも、彼女に反抗する形でそのままお弁当を食べ続けてやった。世界は自分を中心には回っていないという、俺が中学3年生のはじめに気付いたことを思い知らせてやる。
「....はぁ....まったく。この年にもなって自己中心的な考え方しかできないとは、この先が思いやられる」
「な、..お、お前が言うな! 自分で場を気まずくしておいて、挙句の果てに俺にどっかいけって、自己中心的な考え方以外の何物でもないだろ! ここは学校のベンチだぞ。みんなのベンチなんだ」
「いや?私のベンチだが?」
「は...?」
「今朝、よっこらせと修行僧のごとく人目もはばからず背負ってきたのだ。恥を忍んで、汗水流して運んできたこのベンチを、君は無慈悲にも”私のじゃない”と、否定するというわけか?」
「否定するよ! だって昨日見たもん!」
「.......すまない、あまりにも過酷な労働だったので、昨日のことを今朝のことと錯覚してしまったようだ」
「嘘をつけ!嘘を!...それに、こんな大きさのベンチ、俺一人でも持ち運べそうもないのにお前みたいなやつが学校まで持ってこれるがわけないだろ」
「.......貧弱な男はモテないぞ」
「なっ、」
きょ、強者だ....。足を組んでこちらに憐みの目を向けてくる....奴は....真の強者!
「それにだ。私の食事の邪魔をした罪は重い。本来ならば、万死に値する」
「ば、万死ですか...」
「ああ、万死を──1万回だ」
桁変わっちゃってるよ!もはや”億死”だよそれ!
どんだけ重い罪を犯してしまったんだ、俺は...。
「んまあ、なんだ、食事の邪魔をしたのは悪かった。ここは一旦、お互い矛を収めないか?」
「そう、じゃあ死を選んだということで、OK?」
ノットオーケー!!
ナイフを構えるな!ナイフを!てか普通お弁当にナイフはいらないだろ!