クランクアップの増田くん
「すっかり『増田組』だな!」
珍しく笑顔でマイティさんから声を掛けられた。
増田です。地のクセはウザいので、普通にします。
映画業界では、監督の名前+組で撮影班的なものを表現するそうです。
最初は脚本だけのつもりでしたが、そういうわけにも行きませんでした。
実際に映像作品にするとなると、撮影班の手順もしっかりとやらないとならず、絵コンテを書き、香盤表も作り、抜け漏れのチェックもすることになりました。
最初、自分が
マイティさんのプロモーションビデオ的なものなら抜け漏れがあっても成立はすると思うんだけどな・・・
などと呟いてしまったせいで
「そんなんじゃダメ!!」
と水野さんが張り切ってしまい、助監督兼スクリプターになりました。
そしてその水野さんから
「学くんは、しっかりと監督やって!!」と叱咤激励?されて、オレも男子だ!女子から頼られたらやる気がでるぜ、とばかりに乗せられてしまいました。
どこかのユカさんが何時もの調子で、「たーんじゅーーん~」と歌いながら両手を体の横に開いた飛行機ポーズでひゅーんと走りながら揶揄してきましたが、単純で結構。
高嶺祭やりたさに中央高に来たのも事実ですし。
女子としては大きめのはずですが、このクラスでは何故かそう見えない水野さんと恋愛関係になれたらいいなあ、という希望も・・・高一男子としては持って当然でしょう?
普通ならノーチャンスだったはずの自分にこんなチャンスがあるなら単純に乗せられるのも悪くないです。
恋愛関係が高望みだったとしても、女子の友人としての存在だったり、多対多であれば、休日に一緒に出かけるなんてイベントでも充分です。
高嶺祭きっかけで付き合い出すという話も普通に先輩達から聞いてますし。
背の高さだけなら、168cmと160cmでいい感じです。
自分もジョージくんみたいに少し鍛えるともっといい感じ?
まあ、夢見るのは許して欲しいけど、映像の監督というというのは中々の激務でした。
脚本を書くのが夢のうちの一つなので、劇や映画の作り方や裏話的な本なんかもそれなりに読んでますが、「へー、大変なんだなー」という感想と、実際にやる大変さは段違いでした。
ともかくやる事自体が多い。
その上、引っ込み思案ギミのオタクっぽい自分が、人に命令したり、指示を出したり・・・一番キツいのが駄目出しですが・・・結果の報告を受けたりというのが普通に辛い。
それをメモに取ったり、確認したりのダブルチェックで水野さんと事実上密着できるのは嬉しいですが、今のところは嬉しさを表に出さずに淡々と進められている、と自分では思っています。
マスターの台本、絵コンテ、香盤表は紙なので、どうしても二人で一つを見たり書いたりすると密着せざるを得ません。
本当はドキドキですが、淡々と見せられるようにがんばってます。
お蔭様で身嗜みにも気を使うようになり、少なくとも朝は汗臭くないようにシャワーを浴びてから家を出るようになりました。
母親には「いきなりどしたん?」と驚かれました。
いえ、母は関西人ではありません。このへんの地元出身です。
テレビで芸人さんが言ってた単語を使っただけだと思います。
さらに「まさかオンナ?マナブに限ってそれはないわー」とセルフツッコミまでされ、微妙に傷付きました。
あんたの息子やぞ?と心の中だけでツッコミ返しておきました。
そういう意味ではクラスの清潔感向上に一定の役割を果しているのかもしれません。
色々な作業で男女が物理的に近づく必要がある・・・そもそも女子のほうが多い異例の年度ですし・・・のです。
例えば、例の大道具、マイティさんスライダーにしても、コンパネを組むのも、板を固定するのも、ぶっちゃけくっつかないと無理です。
そもそも男子は15名しかいません。
そこから、マイティさんべったりのジョージくん、
いざというときは協力してくれるものの、基本、夏休みは野球部に行ってしまう赤池くん、
大道具監督的立場になってしまい、苦労して作った設計図との突合せに必死のソロバンくん、
監督で実作業には手を出さない/出せない自分、
インハイやらなんやらの可能性がまったくゼロでない、まだ、勝っている運動部の男子女子も参加できません。
その他かるた部や塾などの事情で参加できない男子が毎回何名かいるのはしかたのないことですが、男子はヒトケタしかいないのがほとんどなんです。
汗かいて密着する裏方業務の男女比が、1:2。
これは男子も清潔感向上に努めるしかないわけです。
みんな休憩中もMen'sなんとかの汗ふきパッドなどでがんばってます。
しかし、マイティさんはその上を行くというか、自分だけでなく見てるほうみんなが大汗をかくようなことを平然とやってのけます。
見た目だけなら華奢な白ギャル風のももかんちゃんが、マイティさんと敵対するトクリュウの幹部に捕まっているところを助けるシーンがありました。
トクリュウは見た目は普通の人でいいとのことなので、背が高めの男子を割り当てて、ラーメン屋かぶりの黒いタオルと黒いマスク、全体的に黒っぽい衣装で仕立て上げました。
他の女子をなんとか逃がすよう、ももかんちゃんが孤軍奮闘して、逃がすことには成功したものの、本人は捕まってしまったという設定です。
ウチの校舎は東西に長く伸びていて、北棟、部室棟、南棟と並んでいるのですが、南棟と部室棟は比較的近いです。
また、南棟、部室棟、共に4階建てですが、部室棟のほうが少し低いです。
部室棟の屋上には柵も何もなく、ももかんちゃんが孤軍奮闘するシーンもヒヤヒヤでしたが、なんとか無事に撮り終えました。
そして、マイティさんが南棟屋上に逆光ぎみに登場するところまでは想定通りでしたが、部室棟に移動する手段を失念していたことに気付きました・・・
「カントク、マイティさんがこっちにきてももかんを助けるシーンはどうします?」
水野さんは撮影時には自分のことをカントク、と呼んで丁寧語で話し掛けてくれます。
うん、あとでCG合成しようか?
「それ、香盤表的にNGですよ? ジョージくんもいいPC使わせてもらってるみたいだし、デキるとは思いますけど・・・」
「おーい、マナブ、早くしろ!!」
なんだ?マイティさん。
「飛ぶからさっさと撮れ!!。予備で何人かスマホで撮らせればよかろう?!」
・・・なんの安全策もないんですが・・・
「うるさい!!、体育の授業でも走り幅跳びは6m飛べたんだ!!」
ちょっと後ろのほうを見たら、やはり背の高い女子が首をフルフルと振っています・・・え、どうしたの?
「あのですね・・・あたしも陸部なんですけど、女子で6mって、インハイで優勝狙えてもおかしくないレベルです・・・」
あなたは飛べるの?
「無理です・・・5m30がベストですが、県でなら一年としては『結構やる』ってレベルです」
論理的にはここ飛べるけど飛べる?
「全然無理。怖いに決まってるじゃないですか?」
だよね。
マイティさん、ここの正確な距離は4m70だし、こっちのほうが低いから飛べる可能性は高いけど、体育のときみたいな砂場じゃなくてコンクリだよ?
「そうだな。レーザーで測ったので精々数mm程度の誤差であろう。ジョージがそちらに着き次第飛ぶぞ!天候や光線の具合は任せた!!」
「マイティさんならやれちゃいそうだけど、カントク、どうするの?」
水野さん、こういう判断が本当に重いです。
だって、4階の屋上ですよ?
一万回やって、9999回大丈夫だとしても、その残りの一回で大怪我または死亡事故だってありえますからね。
「お待たせしましたーー!!。マイティさん、カントクがゴーを出したら飛んで下さい!!」
「うむ、カントク!適宜キューを出せ!!」
ジョージくん・・・マジか?
「ああなったマイティさんを止めるのは危険です。安全性が担保できないからダメなんて言ったら自分が飛んで安全性を証明すると言い出す可能性すらあります」
わかった、カメラ班、スマホ班、準備して!!
「行くの?大丈夫?」
ジョージくんの話聞いたよね、水野さん。気合いが乗っている今のほうが安全と判断するよ。したくないけどさ。
じゃあ、行くよ!! 5秒前、4、3、2 ・・・
「桃花!!ご苦労だった!!あとは私に任せろ!!」
そう、台本通りのセリフを言うと、マイティさんは見事に南棟から部室棟まで飛んで、一発で綺麗に着地した。
はいカットー。おつかれさまでした!!
「カントク、あたし、言いたくないけど脇汗すごいよ・・・」
自分もですよ。水野さん。香盤表を更新しましょう。
「今近づくと臭うかも・・・ごめん」
いえ、自分もそうです。第一、夏ですもん。普通ですよ。
いや、水野さんは臭くなんかありませんけど
「そう・・・ありがとうございます」
・・・
そして、ヤクザさんとの大乱闘シーンがやってきた。
これが終われば、香盤表が埋まる。あとは地獄の編集作業だけのはずです。
「カントク、マイティさんが連れてくる方々は普通の会社員なんですよね?」
そう聞いています。水野さん。ジョージくん、ご存知?
「はい、何度か顔を会わせております。商店街のほうを掃除したりしているので、みなさんもすれ違ったことはあるかもしれません」
怖い人?
「いえ、今はそんなことありません。見た目だけなら、まあ、怖い、と思う人がいても驚きませんが、普通の会社員になられております」
・・・
「カントク、入校許可は取ってあります・・・が、他の教室の見物人も多いですね・・・」
まあ、マイティさんのエグい噂は有名すぎるからしかたないでしょう。
中学生女子が暴力団に乗り込んでそれを潰したなんて、信じるのも難しいですからね・・・
来ましたね。行きますか。
・・・
校門のところにハイエースが止まりました。
ジョージとマイティさんがそれを出迎えています。
「社長、汐田以下三名、参上いたしやした」
「うむ。ご苦労。久々だな、その派手なシャツはww」
「勘弁してくだせえ。社長のリクエストですよ?」
本当に社長と社員なんだ・・・
「学生の皆様方、商店街ではお見掛けしておりやすが、中央更生カンパニーの汐田と申します。左右は持田と吉浦と申す者でやす。本日は社長との乱闘を撮影していただけるとのことで、よろしくお願いいたしやす」
うん、ヤクザ、というかその筋の方という感じだ。
「生徒諸君。こちらは当カンパニーの社員だ。皆、普段は白のワイシャツと黒のチノパンでサラリーマン風のコスプレをしてもらっておる。腰は低く、元の顔が怖いのはしかたがないが笑顔での接客をするように指導しておる。今日はカントクが考えた乱闘の撮影ということで、現役当時に近い服装で来てもらっておるが、穏当な人物になっているので過度の警戒は不要だ」
「よしてくだせえ。社長にすっかり牙を抜かれてやすんで。それに、ちゃんとしてねえと、県警の刑事さんからの扱いが、あっという間に元暴力団員扱いになっちまいますんで・・・わきまえておりやす」
すげー関係性だな・・・
で、行けんの?マイティさん?
「問題ない。地廻りの連中はそういう言動をするのが普通だ」
「社長、地廻りなんつーのはカタギの連中は言わんのですよ?」
「おお、失礼いたした。おお、そうだ。忘れるといかんから、先に渡しておくぞ」
「ありやとうございやす。いつもすんません」
「うむ。一旦下がれ。車もカメラから見えないところに止めてこい」
「社長、わかりやした」
マイティさんが現役の女組長です。と言われたほうがなんかしっくりくるな・・・
・・・
「カントク、汐田達には一回ハケてもらった。もう一度校門から入ってきてもらう。校門の入口付近で押し問答になって、私が口汚く罵しると、彼等が殴りかかってくる、それを私が適当にあしらいながら最終的にノックアウトする、ということで合意している」
わかった。引きで撮って次第にアップにするよ。
口論シーンと乱闘シーンは横のカメラで。乱闘のほうは、スマホ班がスター方式でよろしく
スター方式というのは写り込み抑止のためのフォーメーションです。
五角形方式と最初は呼んでたんですが、スター方式のほうがかっこいいという理由でそちらになりました。
正五角形の頂点から対象物を撮ればカメラやスマホ部隊は真ん中には写らない、という単純な考えです。
まあ、演者も撮影者も動くのでまったく写らないわけじゃないんですが、カット割でけっこう誤魔化せます。
校門すぐのところでの押し問答、マイティさんの聞いたことないような早口の関西弁?
内容はわからなかったですが、マジで元ヤクザの社員さんたちは、真っ赤になって怒っていたように見えました。
正直怖かったです。
そして、おじさんたち大丈夫?と思うような音をさせて、その元ヤクザ的な人々と揉み合いになり、最終的にマイティさんが殴ったり蹴ったりしている映像は撮れました。
「一応、映像チェックもOKです。香盤表は埋まりましたよ?カントク」
おじさんたち大丈夫かな・・・
「うん・・・すごい音でしたし心配ですね・・・マイティさん?」
「うむ。段ボールを入れてもらっていたから、音はそのせいだろう。無事か、汐田?」
「痛えは痛えですが無事でやす。段ボールでもそれなりに効きやす」
「では、解散!今日はもう上がりでよい!」
「ありがとうごぜえやす。社長。では、失礼しやす」
あー、簡易プロテクター的に段ボールか。音も大きくなるしいいアイデアかもな。
あのですね・・・マイティさん、これ、マジの乱闘シーンすぎて、高嶺祭で上映できるか微妙ですが・・・
「問題ない。協力:県警暴力団更生支援部、市の治安委員会、中央更生カンパニー、ここまでは確定している。あと、県庁の中央生職員任意団体と超党派中央生県議団にも話だけはしてある。教育委員会はそちらで抑えさせる」
うわ、公権力総動員ですか?
「総動員というほどではないな。まあ、県警だの自衛隊だの、まあ、ヤクザでも映像を見ればじゃれ合いにすぎないというのは分かるレベルだ。高校生にしては迫力のある映像、に過ぎない。頭や急所を狙っていないしな」
感想がマジもんですね・・・じゃあ、県警のかたとかにチェックしてもらいましょうか?
「不要だとは思うが・・・まあ、高校生のお遊びに真面目に付き合う程度の更生は果している、という意味で見せてもよいかもな。あやつらの為にもな」
じゃあ、このシーンはOKということで
「よし。では帰るとするか。ジョージ」
「はい、マイティさん」
どうぞ。マイティさん。
・・・となると・・・
クランクアップというやつですか?水野さん。
「まあ、この後の編集が地獄だったり、数秒足りないが連続すると思いますけど、それでよいかと思います」
水野さん、調子は大丈夫?顔色悪いよ?
「はー、・・・顔色に出ましたか・・・マイティさんって、普段の学校生活では、噂とは違って案外普通の常識人って思ってましたけど、こういうことになると少し、噂通りですね・・・」
まあねえ・・・あの見た目の人達から殴りかかられるってだけで、僕なんかは体を丸めてごめんなさいって言いつづけるくらいしかできないよ・・・
「ですよねー・・・で、あれが『じゃれ合い』ですもんね・・・」
そうだよね、おじさんたちも本気のパンチじゃないにしろ、マイティさんも何発かは腕や肩に食らっていたし、まったく痛くないわけはないよね。
「その人が単なる喧嘩自慢のアホの子でもなんでもなくて、閣下先輩が史上初の400点超えを達成したっつーのを上書きする暫定496点という冗談みたいな学力というのが信じられないです」
水野さんも「っつーの」とか言うのね。
「あー、カントク、いわゆる高校デビューで学校のお勉強だけじゃなくてお化粧とかも一所懸命勉強したんですよ。兄とキャッチボールしている系女子でしたし」
その系女子は長くてよくわかんないけど、そっちも教えてもらっていいかな?野球はともかく、キャッチボールとか題材的に文学的だし。
「カントク細いからなーー・・・まー、カントクは文学部文芸部だから普通ですけどね」
文学部文芸部でもジョージくんくらいには鍛えてもいいと思うよ。
あそこまでってのはマイティさんの実質彼氏な特権だと思うけど。
「確かに。一緒に少し鍛えましょう!」
・・・これは、脈ありと認識してもよいのでしょうか。声には出せませんが。




