吉村先生のファーストコンタクト
吉村詠一です。
物理の教師ということになっていますが、この高校では習熟度別の授業を実施しています。
そのため、クラスの構成によっては、一時的に数学の教師が不足します。
なので、その際には理系の教師が動員されることになります。
去年からの着任の私、まだまだ若いつもりの私、現役研究員であることを公表してしまっていることもあり、割と高難度というか三年Sクラスを受け持っています。一番上ですね。
まあ、物理といっても自分の論文の内容は半分以上数学ですし、頭の整理にもなるのでよいのですが・・・
で、今回から彼女がこのクラスにいます。まあ美人だこと・・・
元から美人な上に綺麗なメイクをさらにして「美人ですが何か?」的なオーラすら感じます。
足・・・例の長くて危険な脚ですね。長すぎるせいか、机の下に収まってません。
鳥居原君もかなりのイケメンなので、二人が一番前に並んでいると壮観です。
鳥居原君?なぜ彼女がいるんですか?
「あー、先生、一応、彼女、最初は一年Sに割り振られました」
まあ、あの新歓の成績ならそれが当然でしょう。
「しかし、それではつまらないということで、ちょっとしたらで二年C、そして二年B、さらに二年A、二年Sまで行ったところで、いっそのこと三年Sに行け、ということでここに来た次第、とのことです」
まあ、新歓の数学含め全ての教科が、全学年のトップなのですから、論理的帰結としてはおかしくないですね。
ではなぜ最初からここに来なかったのでしょうか?
「当初は機械的に割り振られていたようだ。しかし、あまりにもつまらぬ・・・と申し上げては教諭の方に失礼かもしれぬが、内容的に、その、少々、な・・・」
まあ、退屈だったということですね。
「それに、吉村教諭に置かれては、現役で博論をお書きだということで興味もあり、お会いしたく思っておりました」
よくご存知ですね。この学校はなんとか時間を捻出できるので、少しづつですが書いています。
「わ・・・私も3年弱くらいほど前から『特定の数論的関数と素因数分解の関係性の研究』というのを書いており、とある教授のツテを使って見てもらっているのだ・です」
それは・・・大学でも結構なレベルですね。
ところで、教授のツテですか?どんなツテがあったんですか?
「父上の会社の新入社員が後期博士課程修了で、博論は Reject されてしまったそうだが、読ませてもらったら、まだ理解できそうな内容だったので、中一の夏休みの自由研究としたのだ。
で、卒業して次の夏ならまだ教授とは連絡が取れるだろう?それで私を紹介してもらった、のです」
ちょっと待って?凄いとは聞いていたけどレベルが違うね・・・Reject されたとは言え、博論を読む中一ですか?あれ?中学だと自由研究は無いのでは?
「自分の自由研究なので、学校の宿題ではありませぬ。夏季課題の単純な計算問題は白紙で出したので、代替物として概要を英語で出しましたが」
・・・それは、中学の先生が気の毒ですね。理解できないでしょう。しかし、夏休みということは一ヶ月程度?よく読めましたね。
「いえ、書かれている内容をしっかりと理解とできるようになるだけで中一の冬の初めまでかかりました。Reject の理由を考え、自分なりに修正を始められるようになったのは正月くらいです」
それでもすごいけど。
「あー、僕も見てますね。正月に大ママそっちのけでノート開いてガリガリ何か書いてたね」「わかるようになると嬉しいじゃないか?いいだろう?」
お二人は従兄妹の関係とのことでしたね。鳥居原君は、彼女が何を書いているかわかりましたか?
「わかるわけないじゃないですかww。中三としては普通の秀才でしたが、高一の問題ならともかく、大学四卒の向こう側レベルがわかるわけないです」
自分で秀才と言っちゃうんだ。でも四卒の向こう側、面白い表現ですね。
「鳥居原殿も、そのような自己卑下はよろしくない。そういう私も、命題の組み換えや論点の整理をして、自分の論文として書き直し始めてからは二年と少々。教授に『これは君の論文になってきたね』と言われてからは一年半と少しです。途中で体力的な親類の問題解決もありましたし。」
体力的な問題解決?
「君のような二歳年下の従妹がずっといる僕の身にもなってくれ!!。あと、先生、そのことは命が惜しければ聞かないようしてあげてください。それからマイティ、君がいつもそう言うから、卑下と取られないよう、自分で『秀才』などと発言せざるを得ない僕になってしまったんだ」
はい?わかりました・・・なにか危険な臭いがする・・・というやつでしょうね。
秀才と自称する利用はそれですか。
確かに、優秀過ぎる凄まじいプラス思考な従妹は強烈なプレッシャーですね……
「終わった事象なので危険はないはずだが・・・吉村教諭、私が三年Sに相応しいか簡単な口頭試問でも致すか?」
その前にちょっとあなたの論文の内容を聞いてもいいですか? 短く説明はできますか?
「トーシェント関数とオイラーの定理、でスタートしたが、今は・・・かなり面倒な内容になっており、一言では難しい。
オイラーのトーシェント関数はフェルマーの小定理の拡張形的なものだ。
これはまあ、オイラーも小定理を証明している故、当然といえばそうだが」
・・・それは、本当に大学院生でも上のレベルでしょうね。数学科でない僕には理解できないと思います。RSAにちょっと関連あるかな?くらいしかわかりません。ああ、説明はしなくていいです。
もしかして最終定理の証明も理解できます?
「ワイルズが後に修正した方か。あれはまだ無理だ。ABC予想が定理であれば解けるというのは理解できているが」
・・・口頭試問はいらないと思います。この授業は高校数学ですから・・・
まあ、折角ですし、やってみますか。
生徒の気分転換にもなるかもしれませんしね。
東大入試の過去問題、円周率が3.05より大きいことを証明せよ。はどうですか?
「ん、そうさせていただくか・・・。3.05だと内接八角形を使って余弦定理でどうだ?」
即答ですか・・・せっかくですから、マイティさん、あなたの学年の本来の授業のカリキュラムで解ける方式はいかがですか?
私も今提案しているので解き方はわかりませんが・・・
「・・・三平方の定理は大丈夫か?あと、二次方程式は中学で出てきたと思うので、ルートも大丈夫か?」
それなら大丈夫ですね。
「かといって、垂線を引いて仕舞うと余弦定理と然程違わぬな・・・」
それ、三角関数使いません?それは高校ですよ?
「cos(45°)は自明だからいいだろう?あと半角公式を使えば・・・」
ああ、垂線引いて直角三角形で、22.5°ですね。でも、それ、半角公式は高校の範囲です。
「・・・だめか・・・では・・・ルートが大丈夫、三平方が大丈夫だとすると
・・・
・・・方眼紙上に四分円を書く。
時計でいうと12時から3時部分までの1/4相当だな。
イメージのためにアナログ時計を挙げたが、針や時計盤の目盛は不要。
単なる四分円だ」
いきなりですか? 方眼紙ね・・・ほうほう? あとで拡張すればいいので四分の一なのかな?
「半径を・・・13・・・とする」
は? 13?素数ですが意味ありますか?
「中心、(0, 0)をO、12時の位置、(0, 13)がA、3時の位置、(13, 0)をBとする」
まあ、(x, y) と考えれば、位置取り的には普通の記号ですね。
「正確に1時、2時の位置ではないが、その近傍に、(5, 12)、(12, 5)という点が存在する。
それをP, Qとする。
5 + 12 = 13 なので、その二点が円周上に存在することは三平方で証明できる。
1時の正確な位置は (6.5, √3 × 6.5)だから夫々A,Bにやや近いことになる」
・・・ああ、それで13なんですね。二つ目のピタゴラス数と。
「APとQBはこれも三平方で、25+1だから長さは√26、PQは7, 7だから、49×2で長さ√98か」
・・・合っているように思います・・・
「弧ABの長さより、辺APQBの和のほうが小さいのは自明だ」
うん、内接だから問題ないですね。
「うむ・・・そうすると5.1より僅かに小さい×2 + 9.9より僅かに小さい×1で、20.1より僅かに小さい×2で、40.2より小さいが、40.19はある。
よって、明らかに40よりは大きい。
40÷13は、3.0・・・・91だから7はいけるな。よって、3.07以上なので、3.05以上である。どうだ?」
・・・??・・・少々説明が足りませんが、半円に内接する線分の計を半径で割っているんですね・・・なるほど、そこはいいです。
全円と直径の比から2を通分した形ということになりますから。
しかし正多角形でない方式ですか。正八角形、十二角形なら良く見ますが・・・
えーと、二つの数字は本当に『僅かに小さい』ですか?計算できてます?
「うむ、51 は2601、99 が9801だから、僅かに小さい、でよい」
ああ、平方数ですか。その1/100と。なるほど。26.01と26の平方根なら精々0.001程度の差のはずか。98.01と98なら、差はさらに小さいと。4倍弱だから半分強になると。
×4と×2だから、0.005~6 程度に収まるので、ざっくりの計算誤差を考えても 40.194 はある。
さらに切り捨てしても 40.19 ね・・・なるほど・・・
「珠算が居れば厳密に計算できそうなのだがな・・・」
珠算?算盤が得意な人の渾名ですか? 電卓使っていいですよ。スマホにあるでしょ。
「あー、40.1950・・・これ以降はいらないね。40.915を13で割ると3.0919……。確かに3.05より大きいですね。先生」
そうですか、鳥居原君。他の生徒も計算してみたようですね。ノートとスマホを見ながら頷いている人が何人かいますね。
・・・本当に三平方とルートと四則演算だけで解いたね。しかも速くてわかりやすい・・・
この方法は知らなかったなぁ。どこかで習ったの?
「いや、ふと考えてみたらできそうだったのでやってみた」
実際には使ってないけど、方眼紙というのはなぜ?
「うむ、(5, 12), (12, 5) を頭の中で整理するのに良さそうだったら、くらいの話である」
まあ、君は頭の中でやっていたけど、他の生徒が書くのにもよかっただろうね。
数学なら方眼ノートを使っている人も多いだろうし、先ほどの話の速さなら書き写せるね。
ピタゴラス数や、平方数を使って概算する方法も見事だね。
「前述のような論文を記述しているので、慣れている……います」
博論ということは英語で書いているの?
「はい、最初は張り切って、英語以外に、ラテン語、フランス語、ドイツ語でも提出しましたが、今は英語だけでいいと教授が。あと英語の後に日本語も。英語がそれほどでもない院生のためだ…そうです」
五言語で書けるのね・・・驚き疲れるからこれくらいにしておこうか。
君は自分の論文を書いていればいいよ。席も後ろのはじっこでいい。ただ、中間と期末の前に過去問を使った小テストをやるから、それは受けてね。あとテストもね。ん?テストだけ一年になるのか?まあ、好きなほうを受ければいいよ。
「承知、しました」
僕もだけど、君も口調がブレてるね。
でも、話を聞く限り、君は僕の生徒というより盟友か同輩に近い存在のようなので、特に丁寧語を使わなくても僕は怒ったりしない。
ただ、他の先生の前では配慮してね。この高校の先生なら大丈夫だとは思うけどね。
「委細承知」
一瞬でそんな返答ができるとは・・・さすが、国語も99点なだけあるね。
聞かないけど、全教科99点って、絶対わざとだよね・・・
さあ、皆さん、授業を始めますよ。少し押した分、早口になりますので、しっかり聞いてノートも取ってください。質問もね。
・・・あなたも頷いていますけど、あなたは好きにすればいいです。
物理学の私の専門分野ならともかく、数学なら間違いなく私よりレベルが上ですから。
あと、語学もね。




