初日から来た赤池くんに興味はあるものの、ちょっと呆れた野球部部長の櫛谷くん。
この話だけ、時系列的に入学式翌日のお話です。
やれやれだぜ。
櫛谷直樹だ。中央高野球部の部長をさせてもらっている。部長というと野球部界隈では責任教師のことを指すことが多いが、ウチでは、というかこの文脈では生徒の代表、部活のリーダーだ。
175cm 70kg。サイド気味スリークォーターのサウスポーだ。世間的にはいくらか大きいほうだが、野球の強豪高なんかも考えると、チビとは言わないまでも、平均的、並の体格だ。
ウチ、中央高は、地域一番の県立進学校で色々な施策により、偏差値も70を悠々突破している。一学年3クラス、100人くらいの中学だと、中学のレベルによっては学年一位でも入れないこともある。
そんな高校でも実は昭和の時代に一度だけ甲子園に出たことがあり、県大の準決、決勝まで進んだことも何度かある。甲子園は一回戦負けだったらしいが、練習の合間に普通に勉強しているので話題になったらしい。わかるよ。この学校はそういう高校だ。公休が認められたとしても試験は手加減ないからな。
県大でいいとこ行っても敗退する理由、唯一の甲子園でも一回戦負けの理由はわかる。全て、変則ピッチャーで強豪高をスリ抜けたパターンだ。
そういうラッキーや相手の自滅込みで勝つパターンであっても、所詮エースは一人。
なのでスタミナ負けしてしまう、甲子園に出られたときも、県大で肩を使い切ってしまっていたんだろう。
そうでなくても、甲子園初戦なら専用に対策を取る時間がある。強豪高に対策されれば、一巡目はともかく、それ以降は厳しい。そして二番手以降はそれ以下のヘロヘロピッチャー・・・火ダルマだ。
そういう理由だ。とてもわかりやすい。
そもそも、本気の本気で勉強しなければ合格しない高校に野球エリートが来るわけない。
That's all for today.
という感じだ。あいつら勉強できないやつ、できてもしないやつら多いもんな。
ところが今年、大物ルーキーが入ってきた。All Japan U15のメンバー。リトルシニアサムライの赤池だ。リトルとは言ってもオレよりデカいがな。
U15の世界選手権、去年は地元、日本、東京での開催だったので、日本は特別に2チーム編成になった。勝ち上がってからの試合は全部東京ドームなので、何戦かは見にいけた。
事実上AチームとBチームと言われていたが、そこまでの差は無いように見えた。赤池はBチームの5番キャッチャーだった。これもAチームに入れて正捕手不確定にするよりはBチームに入れて正捕手固定にしたほうが、チームとしてはまとまる、という思想にも思えた。
AチームBチームという言い方は地域にもよるが、要は野球的に言うところの、一軍二軍ということだ。
他のメンバーを見ても、オレの見立てでは、ベンチ入り18人だとしたら、その18人に入れそうなやつを18人でなく24人集めて、二つに割った。
そこに、その24人に続く12人を二つに割って、18人のチームを二つ作ったように見えた。
最初の12人は、その12人のバランスとか相性でざっくり均等、もしかしたらA側のほうが多少有利?くらい。次の6人は、正直A側のほうが良い。特にピッチャー、代打陣。
つまり、一軍二軍というよりは、1.33軍と、1.67軍という程度の差に見えた。10戦とかすればAチームのほうが勝ち越す可能性が高い。しかしトーナメントの一発勝負ならやや有利、という程度だ。
もっとも、当たるとしたらトーナメントの上のほう、順当に行けば決勝か三決しか有り得ないから、その場合はAチーム側がかなり有利だ。ピッチャーの層が厚いからな。
実際には優勝と三位で、金、銅メダルの獲得となった。オレも見にいったが、先に三決、次に決勝、両方日本チームが出るので、ドームは満員御礼。両方日本チームの勝利で非常に盛り上がった。
その後の監督インタビューでも、準決でBチーム・・・というのは対外的によくないのでツバキチームという名称だったと思う・・・が、アメリカチームを痛めつけてくれたおかげでAチーム、こちらはサクラだったかな?が、アメリカに勝てた面もあるので、日本チームとしての勝利だ、的なこと言っていた。
準決は赤池がかなり活躍した試合だ。強気のリードと強肩で守備を引き締め、打つほうでも1本塁打を含む3安打。全て長打だったと思う。翌日の三決でもスリーランを一本、走者一掃のツーベースを一本打っている。つまり一試合6打点だ。
金属バットで東京ドームなら、シニアトップクラスなら、確かにホームランも出ないわけじゃない。
ただ、それは赤池の打ったライト側なら、右中間からポールに掛けての入りやすいところを狙えるなら、という前提付きだ。愚直にセンター返しでは中学生の飛距離では厳しい。
まあ、怪物級というプレーヤーもいるし、サクラチームにはいた。ただ、その大会では普通の活躍だった。
アメリカチームの4番は、まー、バカスカ打ってたな。打率5割で大会でのホームラン王にもなっていた。
ただ、打点王は赤池だ。左なので、待って引っ張ってライトスタンドも狙える能力があることは先程言ったが、レフト側にも打てることを証明したようなものだ。
しかも、ライトの守備位置を見てライン際を狙う、または左中間が広いときにはそこに落す、という器用な打撃をしていた。
三塁打を狙えそうな場面でも敢えてセカンドベース近辺で行こうか行くまいか?みたいな挙動をしていた。
外野手の目を引き、ランナーの本塁突入を助けるためだ。0.2~0.3秒迷わせるだけでアウトをセーフにできる。
まあ、キャッチャーは体力勝負だから、回が浅いときは体力温存も兼ねていたかもしれない。
こいつうめぇな、と思った。そして、地元出身、市内の選手であることは知っていたが、ウチにはこねぇよなぁ、とも思っていた。
が、来た。正直ビックリした。仮入部初日に、第一でおなしゃす!と挨拶に来て、いきなり練習に参加してきたのだ。多分、それなりにトレーニングしていたんだろうな、というのがわかった。
普通の新入生は硬式未経験だ。キャッチボールはまだしも、打席に立たせるのは結構気を使う。
テレビやリールでも普通に出てくる『自打球』、記録的にはファールだが、自分の打ったボールが自分の体に当たるやつ、の映像を面白おかしく流したりしているが、あれは本当に痛い。
それで辞めるやつすらいる。それくらい痛い。
なのでウチでは、最初のころは部の持ち物であるキャッチャーの防具を全身に付けて打たせる。それならまだ当たってもマシだからだ。上級生も試合では認められていない防具を総動員するのが普通だ。
なので、新入生の打撃練習はあまり進まない。まあカンのよいやつは必ずいるので、そういうのから上級生同等の、普通の打撃練習になっていくがな。
しかし流石にU15代表正捕手様ともなると違った。自前の装備で初日からバッテリー練習やシートノックに参加してきやがった。打撃もばっちりだ。
進学校らしく、ウチの部活の練習時間は短い。なので、終了後に話を聞いた。
おう、赤池、ウチに来てくれるとは思わなかったが、正直嬉しいぜ
「あーす!あ、先輩、ちゃんと、ありがとうございます、と言うほうがいいっすか?」
ウチの高校なら、多少は略してもいいが、一般人が聞いて、ありがとうございます、と聞こえる範囲が望ましいかな。
「承知しました!じゃぁ、おなしゃすも言わないほうがいいっすね」
芸人さんやマンガなんかの影響で、ある程度はわかってもらえるとは思うが、あまり言わないほうがいいな。代表でも使うんだな。それ。
「まー、ずっとそれっすから。やっぱ中央高ともなると違いますね」
それ聞きたかったんだが、なぜウチに来たんだ?いくらでも誘いがあったろ。準決も三決もついでに決勝も見たが、お前がMVPでもオレ的には驚かなかったぜ?
「いや、三位ですからMVPはないっしょ。確かによく当たってましたが、ラッキー打点も多かったっすよ?それに、やっぱすごい選手いっぱい見ちゃって、長い目で見たら、高校は基礎練と体作りで、勉強もしっかりやって、野球推薦のない六大学を目指すほうがいいかなって思いまして」
・・・ウチ向きの思考だな。ほぼ、どこ大学志望かまるわかりだが、実家がデベロッパーだから、経営とか経済学部かな、悪くない選択だ。強豪高に言ったら野球一択だからなぁ・・・
まあ、ラッキーも実力のうち、いまさらだが、打点王おめでとう。
「あーっっりがとうございます。すんません、まだ慣れてなくて」
いいよ。段々慣れてけ。で、お前、一年のリーダーな?まかせたぞ。二年後は部長だ。
「えっ・・・初日ですよ?」
初日だからだよ。普通な、ウチにくるのは途中でやめちゃったけど硬式や準硬式の経験があるってので実質リーダークラスなんだよ。それが初日からシートに入って普通にキャッチャーとかやりやがって。まあ、みんな見てみたかったから好都合だったけどな。やっぱ日本代表てのは見てみたいもんなんだよ」
「あ・・・りがとうございます?でいいんすか?入試終わってからは一応トレーニングとかしてましたし、今日もアップしてから来たんで・・・」
その心掛けが普通じゃないんだよ。さすがサムライジャパン様だよ。
「いや、もう代表じゃないんで、それはごかんべん下さい」
わかった、一度言ってみたかったくらいだから、もうやめるわ。で、2番はオレの同級生、三年に付けさすと思うんだが、11だろうが12だろうが事実上お前が正捕手な
「初日なんですが・・・」
今日の時点でバッティングではお前が部で一番だ。キャッチャーとしての動きもな。ウチは三年が優遇されるとかは無い高校なんでな。新歓は受けてるんだろ?
「マジで何もわかりません・・・辛うじて塾やカテキョでやったな、ってところが書ける程度っす。あっという間の二時間でした・・・」
だろうな。オレらだって三年の目標は全部埋めるってなってる。でも、できるやつなんか3割どころか2割もあやしい。オレも埋めてない。そういや、家はどうだったんだ?お前なら特待生で寮費もいらないってオファーがあったろ?
「あー、うちは親父も爺さんも中央生でして・・・よろこんでくれました。カテキョに塾とずいぶんおカネ使わせちゃいましたが・・・まぁ、シニアやってて、しかもキャッチャーですからいまさらですけど・・・」
そっち系か、それなら喜ぶだろうな。で、某大を出て大手に就職したあと、跡継ぎで戻ってくるという、中央生一族のパターン的なやつか
「そうっすね。親父も大手のやりかたをある程度取り入れて、地主不動産屋を一応デベロッパーにしたクチですから」
カネあるんだな。正直うらやましいよ。ウチは特にそういうの無いサラリーマン家庭だからな。
ウチの選手はお前みたいなパターンもいるがオレみたいな普通の家のほうが多い。
なんで夏大敗退したら、即引退の受験モードだ。
で、第一のまま三年になったってことは二年間それなりに練習してきたってわけだ。
そうすると、自分に伸びしろがあるにしても、後わずか三ヶ月で、お前に追い付き、追い越すなんてありえん、てのもわかっちゃうんだよ。
だからお前が正捕手。
2番を付けるやつは新歓対策で今日は来てない。そっちのほうが普通だ。
聞いてないが、お前と一緒に練習できて、夏大では負け確の試合で記念代打で出れれば満足するだろう。
やっぱ、お前、野球が好きなんだよ。一年は今日、お前ひとり。普通はダメモトで新歓対策するもんだ。
「なんかすんません」
あやまらんでいいよ。ウチは一軍二軍を分けるほどの人数でもないし、明日からも普通に練習に参加してくれ。
「承知いたしました!」




