鳥居原くんは、面倒と思っていても対応はする。
マジですか、鳥居原です。おおぅ、続けて僕なのね。
まず、彼女は説明が得意なほうじゃない、というか、数言で全てを理解しろ、みたいな無茶なやつだし、そうね、自称秀才の僕でも、「言葉が足りないよ!」とか「今判ったけどさっきのは理解不能だよ!」とか突っ込みたくなる・・・まぁ、突っ込まないけど。
彼女は頭が良すぎて説明が足りないヤツ、の典型的人物なのだ。または過剰、という側面もあるが。
どちらにしても、説明要員はまた、僕か、という生活をしていた。
正月に母方の一族がお屋敷に集まることはちょっと前に話した。祖父、祖母、母の兄弟姉妹の間では日本語以外にカンタンなフランス語が通じることも。
通称、大ママこと祖母は日本に長年住んでることもあり、日本語は外国人ぽい発音ながら普通に会話できるし、読み書きも難読な漢字や言い回しは苦手なものの、それは日本人でもわかりづらいものがわからないというだけなので概ね問題ないと言える。大ママというのはグランマを適当に日本語にしただけで、別に物理的に大きいという話ではない。それなりの歳になったがスリムな美人で、世間的に言う美魔女扱いでOKだ。
ただ、フランスといってもパリから離れたリヨンの出身なので、大ママの話している言語は教科書的なフランス語じゃなくなることがある。
公的な場では標準的なフランス語を話すのだが、日本におけるリヨンコミュニティ・・・この地域では大ママ主催だ・・・または、自宅、特に飲酒を伴う時にはリヨン方言がよく出る。
僕の従兄弟である彼女、通称マイティによれば、方言とは言わず、地域言語と言うそうだ。
その名称はフランコプロヴァンサル語だそうだが、思わず「長いな」とつぶやいてしまった。言語名が長い。
そして彼女の説明も早口なのに長い。オック語とかオイル語などと言いはじめ、言語学的な説明が続いたが詳細は細かすぎてわからなかったので無視した。途中、英語やフランス語になってたし。
わかったことだけ要約すると、歴史的には中世まで遡る地域言語で、現在では高齢者しか話さない、消えかけの言語で地域の政府やアカデミックな機関により復興の努力がされている言語・・・それ「方言」でよくない?と思ったがフランス的というかヨーロッパ的には違うらしい。
彼女との会話、説明、解説は言葉が足りないか多過ぎの両極端で、多過ぎのときは早口になる傾向がある。
で、少しワインを呑んで気持ちよくなった大ママと彼女との会話は爆速の地域言語になるので、母やそのの兄弟の叔父たちにはわかりづらいようだ。祖父は口説きにいった本人だから速度を落とせばわかる。爆速モードでも、細かい内容はともかく雰囲気はわかるようだ。マイティのママ、僕からの関係性でいえば叔母は、呑みながら黙って聞いている美人だ。この人も言語が趣味や仕事な側面もあるのでわかるらしい。
僕はフランクプロヴァンサル語は話せないものの、聞くだけなら爆速会話もある程度理解できる。フランス語との共通性もあるし、今は現役の受験生で勉強もしている。
そして、幼少期からの彼女との付き合いで超早口にも慣れているし、理解できないところを飛ばして理解できるところだけ摘まむ方法を会得してしまっている。
なので、叔父も母も僕に今何言ってたの?説明を求める。
「大したことは言ってないよ。おせち料理からたぶん料理の話でもりあがってリヨンあたりで著名な料理とかの話。固有名詞っぽいのはわからなかったけどざっくりで言うとパリよりリヨンの料理のほうがおいしいね。ということで合意していた感じかな、ママさん、合ってる?」
いつのころからか、彼女の母を「ママさん」と呼ぶようになった。兄弟二人姉妹二人の次女が彼女の母なので、一意に識別可能だからだ。個人の意思として「おばさん」と呼びたくなく、ママさんも受け入れたので定着した。
ママさんは頷くだけだ。本当にしゃべらないな。見た目だけでなく声も綺麗なのでちょっと聞いてみたくなった。
「しかし、彼女にフランス料理やリヨンの料理も食べさせているの?食べにいくのも大変だし、自宅で作るといっても面倒じゃないの?」
「特には?ウチのパパはフレンチだけじゃないけど、食べにいくの好きだし、ウチにはママが二人いるから家庭料理程度なら、マム、こっちの母のことね、に教わったものや、アレンジしたものは時々作るわ」
頼むから面倒な話をしないでよ。と思う。マイティさんちのママ二人制は母と叔父たちにはあまり良く思われてないんだよ。マムこと大ママはアムールの国の人らしく、祖父のことも含めあまり気にしていないらしいし、祖父は大ママ以外にも女性がいるのを隠していないから人のこと言えないらしい。
そして、僕は、ああ、この人は見た目も声は綺麗だけど、平気で爆弾ぶっこんでくる人だった。で、反応を見て上品に微笑んでいるけど内心ケラケラ笑っている雰囲気を隠さないよね・・・流石、マイティの母だな、と思い出すのだった。
母や叔父は自分達の嫌がる様子を面白がってる妹に「またか」という表情だが、反応するとさらにエスカレートするのがわかっているし、みんな、ちょっと歳の離れた末の妹は大好きなので黙りこむ。なので、僕はマイティや大ママにたわいの無い話を振る係にならざるを得ない。
なんでこんな話をしているかというと、ジョージ君というバッファ兼説明要員ができて、僕は大いに助かっているということが言いたかったからだ。正直、自分がやるのか?一年と三年だと接点少なくて面倒見切れないぞ?と、入学前は思っていた。まだ二ヶ月程度だが、彼には感謝しているし、感謝していることを直接彼にも伝えてもいる。
ま、年一度の親類会合のときは、仕方ないかな(諦観)。