元、新歓の帝王、理学部副部長の鳥居原くん
僕の番が来てしまったか。
鳥居原謙治という。今年の新歓テストまでは帝王とか閣下とか呼ばれていた。理由は簡単で去年二年生でありながら新歓テスト全校トップで、当時の史上最高点だったからだ。
まぁ、彼女が来ればそういう敬称なんてもの、返上するのはわかっていた。自分は一番持ち上げてもらったとしても努力型の秀才というのが関の山だ。といっても十分に努力を重ねていたし、周囲から神童とか天才と言われるのには慣れていた。
住んでいるのは隣りの市だから、そんなには会ってないが、親戚付き合いはあるので、最近でも少なくとも年一度くらいは見掛けていた。2学年下だから、向こうが幼稚園、自分が小学生のころはかわいい妹的存在だった。そのころはもう少し会っていたと記憶している。
右腕を負傷して、三角巾で吊ってたときは普通にかわいそう、と思ったが、いつのまにか箸もクレヨンや鉛筆も左手で持って普通に食べたり、書いたりしていたのは驚いた。むしろ、自分は二年前にこんなに字が書けたっけ?のほうに驚いた記憶がある。
彼女の母親が僕の母の妹なので、年に一度、年始に母の実家、以前ちょっと話に出てきた市議会議長を長年務めた祖父が家長である、まあ、お屋敷だな、に集まるときに会うのだが、毎年びっくりしてばかりいた。
母の母、祖母はフランス人の美人で、今でも年齢はそれなりに上になったが美人だ。祖父も175cmくらいなので当時の日本人としては大きなほうだし、元イケメンだったんだろうなという印象はある。
これは本人の口から聞いているので確かな話だが、彼女を口説いたり家族にアピールするためだけにフランス語を話せるようになったそうだ。まあ、祖父にも色々な噂もあるし好色、女好きなほうと言ってもいいだろう。
ただ、そのお陰で?母の兄弟姉妹はほぼフランス語をしゃべるし、自分も話せる。会話ができると読み書きも勉強しやすいので、自分も語学、フランス語で大学入試を受けても大丈夫なレベルだ。理系で第二外国語がフランス語というのはそれほどメジャーじゃないが。
母の妹、彼女の母は一番祖母の血が濃い?というのか、見た目がハーフよりフランス人寄りで背も高くはっきりとヨーロッパ風な美女だ。その上、日本人の血が成せる技か若く見え、小学5年生の彼女を連れてきていた時には36歳くらいだったはずだが見た目は20代、彼女は小五にして175cm以上あったので、15歳以上に見えてしまい、姉妹?という見た目だ。今は40超えてるはずだがアラサーで余裕で通じてしまう。彼女もメイクすればハタチくらいには見えるのでいまでも姉妹で通じるだろうな。
正直に言うと僕の初恋は彼女の母だ。僕の母とは8歳くらい違い、これを言うと母に怒られるが12歳以上離れているように見えた。初恋といっても小学校低学年くらいのほんわかしたやつだが。
彼女と会うのは、最近では何か無い限り年一度という感じなので、驚かされたことをリスト的に書く。日付としては基本、1月2日か3日なので、3学期のはじめごろ、年度としては終わりごろということには留意する必要が・・・特に無いか。
年中・・・前述の左利き切り替え事件
小1・・・左手で箸を使うはどうか?と祖父に指摘されたら、即座に右に変え、普通に食べていた。
小3・・・体が強いイメージは無かったが、強いことが判明。有段者の祖父と竹刀で打ちあいをしていた。雑だったが祖父も笑いながらも困っていた。
小5・・・背を抜かれた。学力も抜かれた。この時点で大学入試の準備が終わっていたらしい。
中一・・・東大入試A判定。もはや言う言葉も無い。周囲から僕への突き上げがスゴい。恨むぞ?級だ。
中二・・・同S判定。自分も高校の内容がだいたい終わる。自分の背が急成長。抜き返せるか?と思う。
中三・・・同上。市の治安委員任命。こそっとヤクザを締めた話を聞く。自分にとっても親類のおじさんで高校の指定運動具店だ。いやがらせをされているのは色々聞いていたので、なんとかしたいという気持もあったが直接シメに行くというのはちょっと思いつかなかった。と言うか、事実上の組事務所に素手で乗り込むとか、ぶっ飛び過ぎだろ・・・中二で会ったのも正月なので、去年の時点では計画中というところだったのだろうが、中二のウチにカチコミを仕掛けたらしい。
この時点で彼女と対抗するなんて気持ちは一切無かった。正直言うと子どものころはあった。中一のころまでに消えていた。リストを見ればわかるだろ?「女の子ができるのに男の子のあなたができないなんて!」も、ずいぶん言われた。無理だよ。あんたも女だが、あのジジイを剣道で困らせられたらその言葉を聞くよ。も、随分と飲み込んだ。小学生のころ、切れて言っちゃったこともあるらしいが、切れてもいいよね?
僕もそれなりにガタイもいい方とは思っていたが、そこですら抜かれて抜き返せてないからなぁ。男女の成長期の違いがあるから、まだ一縷の望みはあるが。
僕が努力型の秀才ならば、彼女は努力を努力と思わないほど努力できる天才だ。僕も環境的には恵まれているが、彼女はそれ以上に恵まれている。彼女の父の母はドイツ人。なので、僕はクォータだけど、彼女はハーフとハーフの子で、生粋の日本人にもかかわらずハーフ。しかも無茶なスキームで彼女の父は妻二人を実現している。
彼女も理系だが、多言語の会話ができるし、読み書きもできる。日本語、英語、フランス語,、ドイツ語、スペイン語、イタリア語、ロシア語、ウクライナ語、その他いっぱい。彼女曰くの「おかあさま」はヨーロッパの言語をだいだい全部話せるというチートママだ。「母上」は日本人だが、そもそもフランス語だし、英語、イタリア語、スペイン語、ラテン語も得意だ。両方の母親の話す言語は習得済みで、英語なんて、ニューヨーク風、ワシントンDC風、ウェストコースト風、UK風、その他幾つかの母語風の英語(フランス、ドイツ、ロシア、そしてもちろん日本風)英語も話せる。
数学や理系科目、地理歴史や経済に留まらず大学のリベラルアーツでやりそうなものは既に網羅している。
これは環境のなせる技というやつで、彼女の父がHLSというITの会社をやっており、彼女も社員寮に一部屋もらって住んでいるからだ。
当然ながら、会社は人を採用しなければならない。HLSという会社は、地域では公共にも食い込んでおり、中堅企業と見做されている。
基本的に新卒採用しかしておらず、しかも理系の修士以上、高身長と見た目も考慮されるという、いまどき大丈夫かそれ?という選考基準らしい。まぁ、見た目は主観なので、選考基準には書けないだろうし、実際に基準のうちの一つだったとしても炎上防止の観点から絶対に書かないだろう。
男子はともかく女子がよく入るな、と思ったが、彼女曰く、理系女子で高身長の美人が入社してくれる理由というのがシンプルだった
・理系女子は一見ブサイクっぽく見えていても化粧してないだけ、素材は悪くない人。という人も多い。
・HLSでは姿勢、化粧、おシャレも習得できる技術として教えている。
・似た境遇の女性がほとんど、という場所はHLSくらい。ほとんどの女性は同志が数名しかいなかったはず
・自分より背の高い男性に囲まれたりチヤホヤされる環境もHLSくらいだ。あと、東京も遠くない。
・・・そういうことか、という感じだ。こだましか止まらないとはいえ、1時間半もあれば新宿、渋谷の特定のお店まで行けるといえば行ける。ギリすぎるから2時間見たほうがいいけど。丸の内、大手町周辺ならもう少し早く着く。
そんな訳で彼女の居住する空間には大学院を出たばかりの社員がごろごろ居るわけだ。見た目中高生、実は小中学生の彼女から、自分の卒論、修論に関する質問を聞かれたら喜んで答えるだろう。大学での得意科目に関したものでも同様だろう。
外国籍の社員もそれなりに多いと聞いているが、英仏独西葡露中韓が話せる彼女であれば何の問題もないだろう。新入社員選考の際、日常会話程度の日本語能力は必須と聞いているし。先程の一覧には出てないが、彼女は中国語、韓国語も会話、読み書きともできる。中国語なんて北京、上海、香港、台湾の4種類の使い分けができるほどだ。
なので、どの社員とも会話ができるし、社長令嬢から外国籍の社員であれば自分の母語で話しかけてもらえるというのはそれだけでも嬉しいことだろう。というわけで、彼女は日本のみならず、ワールドワイド・・・は言い過ぎかもしれないが各国の大学、大学院レベルの知識を得やすい環境に自分を置き、そして貪欲に知識を吸収してきたわけだ。
法律や倫理も知識としてはあるようだが、彼女は必要があれば倫理的、合理的、合法的でない行動をするのも躊躇しない。正直、これはマネできるものではない。小心者と言いたければ言ってくれ。
僕は普通の秀才として地元でがんばることにしたんだ。
本心を言えば、中央高など来ずに、東京の進学校でも海外の大学に飛び級でもいいから行ってくれ、と、思っていたが、彼女の合理性は、毎年新入社員から学べる今の環境を選ばせたようだ。
それは想像できたし、中二の正月、つまり三学期の時点で本人の口から聞いていたので、去年は同級生に限らず教師・職員・下級生にもこう言っていた。「来年想像の斜め上のさらに遥か上を飛び越すような変態的と言っても過言ではなく暴力行為も辞さない天災的天才がやってくる。まぁ、言葉は大体なんでも通じるし
、ナメてかかったりしない限りいきなり蹴られたりもしないから安心して普通に付き合ってやってくれ。一応従兄弟なんだ。知識は教師全員分より豊富な可能性すらあるからうまく付き合えばメリットも多いぞ。あ、それと見た目以上に体力もあるぞ」
高二では友人や一部教師からは尊敬と皮肉を込めて閣下と呼ばれる存在だったので、「閣下よりもか?」と聞かれた。
「ああ、敢えて言わせてもらうが、君たちの平均を70として、僕を95~98くらいと評価してくれている・・・と勝手に思っているが、その尺度でいうと、彼女は未だ中三にも関わらず、1000以上だ。大学入学レベルじゃなくて大学院卒レベルが来年高一として入って来る。高々98の僕には、余裕で自分の10倍を超えてる・・・つまり、1000より大きいということはわかっても具体的数値はわからない」
ま、みんな、どよめくのは当然だが、確かめようもないので、半信半疑だった。どちらかというと暴力的な悪い噂しか地元民の間でも流れてないからな。
新歓後は大袈裟な表現でなく、単なる本当だった、少なくとも学力は、という評価に変わった。
「おいおい、一人でグラウンド走っている大きな女子がいただろ?新歓解きながらあんなスピードで走ろうと思えるか?体力も生半可じゃない証拠だよ」
自分も三年生として史上初の400点代に届いた。が、一年生として史上初の全校トップの495点(まだ確定していない)と比べると408点というのは微妙感がものすごい。例年なら校舎に垂れ幕か横断幕掲げようか?!という点数なんだがな。
正直、彼女なら予想通りというところなので、どうせなら満点取っておけよ。という感想しかない。
そして、理学部・・・大学の学部のような名称だが、部活の名称だ・・・に入ってきたので、一番新歓の点数が高いものが部長をするという伝統に従い、彼女に部長になってもらった。二番目の僕は去年の部長。今年は副部長である。